激闘
コロニーを出発して、ほんの数十分。昨日までのお出かけを考えると、ほんの僅かな時間でミュータント、くそったれなお客様達の住む集落に到着した。
アースに乗り込もうと装甲に手をかけると、手が震えていた。怯えからではない。連中を皆殺しにできる事への興奮からだ。一度装甲を殴り、その硬さを確かめて震えを止める。
「どうしたクロード」
突然の奇行を気にしたのか、トーマスが声をかけてきた。
「なんでもない。行こう」
開いた装甲に手をかけ、よじ登って体を回して背中から機体に乗り込む。機体の腕に、袖を通すように腕を差し込むと、それをスイッチにして機体に電源が入り、装甲が閉じてモニターに光が灯る。
『おはようございます。システム通常モードで起動します』
「システムスキャン。異常がなければ戦闘モードに」
『起動前にやっておきました』
「結構」
モニタに情報が表示される。機体の状態は良好。さすがにコロニー内の量産品とは質が違うらしい。
歩いて格納車両のハッチ正面に立ち、運転手にサインを送る。死に絶えた大地との境界を踏み越えると放射能汚染度が急上昇し、警告が現れるが、いつも通りそれは消しておく。そして正面に見えるのは、二度と来たくなかったミュータントの集落の、門。ちんけな門だ。
センサーの知覚範囲に敵は居ないが、集落の門の上には見張りが二人居た。既にこちらの事に気付いているだろうが、それでも門の向こうに動きはない。
こちらの目的に気づいていないのか、それとも迎え入れてから包囲殲滅するつもりか。間違いなく後者だろう。
『コロニーからちっとお使いに来た。ババアを呼んでくれるか』
トーマスが外部スピーカーを使って要件を伝える。すると門の上の見張りがゴソゴソと動き、その直後に音源反応があった。
「火器ロック解除」
『解除完了。いつでも撃てます』
三人よりも一歩前に出て、盾を構え、ロケットランチャーと機関砲の使用準備をしておく。相手の出方は、きっと最悪なものになる。なら先に叩いておこう。
『まだ撃つな』
トーマスの一声で、一度発射態勢を解く。何故止めたのかはわからないが、きっと何か考えがあるんだろう。
『連中に不意打ちは使うな。正面から、実力で叩き潰す。手足を潰して装甲をひっぺがして引きずり出して土下座させて、地面に頭をこすりつけさせて命乞いをさせて……その頭を踏みつぶす! そうでなきゃ気が済まん』
出撃前のゆるい顔からはとても想像もつかないほど、殺意で張り詰めた声と言葉。俺もトーマスも、気持は同じらしい。
そして、門が開く。
『お出ましだ』
そこから出てきたのは、予想していたとおり骨董品の群れ。数は六。何機かには見覚えのあるパーツ……レーザーブレードらしき装備が取り付けられていた。
「接近戦は気をつけろ。レーザーで焼かれるぞ」
『おう、わかった。だがその前にだ……』
トーマスが地面に向けて、ライフルを一発撃つ。それに反応して向こうも身構える。
『糞虫ども! てめえらのせいで、俺達の家も仲間も無茶苦茶だ! ぶっ殺してやるから全力で抵抗しろ!』
そう叫び終わるとライフルを水平に戻し、一発。その一発だけで、正確に敵一機のモノアイを撃ちぬいた。激しい怒りの割に、冷静さの失われていない正確な射撃。さすがだと感心しながら、自分も回避運動。反撃のロケット弾がすぐ横を飛んでいき、銃弾が盾を叩いて不規則な音色を奏でる。
背負ったままのロケットをどうするか考えるが、骨董品の性能だと撃っても避けられる可能性があるし。かといって温存しておいて被弾してもマズイ。というわけで、散開を始めた相手の足元を狙って全弾を撃ちこむ。直撃こそしないが、炎と土が舞い上がり相手の視界とセンサーを潰す。
『馬鹿野郎! 敵が見えねえだろ!』
「どうせ突っ込んでくる」
土煙の中に閃光が見え、銃弾と共にブレードを光らせたアースが突っ込んできた。
胴体に当たれば即死。腕に当たれば攻撃不能。足に当たれば動けなくなる。何にせよその後死ぬのは間違いないので、あのレーザーブレードには一発であっても当たる訳にはいかない。
しかも、今の俺は片目だ。接近戦はこの上なくまずい。
「スピン-」
正面から盾を叩く銃弾に押されるように、後ろへ下がる。煙幕を抜けて追ってきたのは三機。残る二機は未だ煙の中から発砲を続けている。そして俺を狙うのは出てきた三機。一人だけ突出していれば狙われもするか。
「このままでは囲まれます」
「わかってる」
三機はそれぞれ分散し、正面と左右から挟み込む形で近寄ってきている。左側は盾があるが、見えないから回り込まれると怖い。かといって残る二機を放置するわけにもいかない。動きながらライフルを放つが、全て装甲に弾かれて致命傷は与えられない。
『右にどきなさい』
アンジーからの通信が入り、言われたとおりに右へ動く。重心を傾けてローラーの回転方向を調整し、背負った機関砲を狙いも点けずばら撒きながら、接近する敵と距離を取る。
そして俺が避けた場所をアンジーの機体が通りぬけ、突撃。正面の敵にブレードを突き出し、一体串刺しに。そのブレードを抜きもせず、新しいのに持ち替えてまた次の獲物に襲いかかる。煙は少し晴れてきたが、接近戦をしているアンジーに弾は向かない。フレンドリーファイアを恐れてのことだろう。弾が向くのは相変わらず俺ばかり。盾を持っているから当たっても死にはしないが、気分は悪い。撃ち返しても相手も盾を持ってるから当たらないし。火力が足りなすぎる。
「トーマス、エーヴィヒ。もう少し撃ってくれ」
「敵がよく動くせいで、狙いが定まりません」
「当たらなくてもいいから椎て!」
そういいながら、モニタを注視し続ける。目が二つあればモニターに移る映像とセンサーの両方を見れるのに、片方しかないから片方しか見れない。全く不便だ。
「警告、左方から敵」
映像にばかり注目していたら、センサーに気付かなかった。COMからの警告で機体を左に向けると、もう目の前に青白い閃光が。盾の内側。防御、間に合わない。回避。もう遅い。ひゅっと息を呑み、勘に従って行動。
「迎撃!」
後ろに下がれないなら、前へ進む。ブレードが振り切られる前に、その腕をライフルで押し止める。ぶつかり合い、押し合いになるが、このまま力比べはしない。最初にエーヴィヒと殺しあった時に、機体の性能差は把握している。馬力ではこっちの負けだ。
すぐ左の盾で相手のカメラを殴りつけ、強引に距離を取らせる。片目が潰れているから、近寄られると本気で危ない。かと言って、視界外に逃げられるのも怖い。だからここで。
至近距離。この距離なら外しはしない。ライフルの銃口をカメラに向けて、人差し指を引く。
「!!」
衝撃、エラー音と警告音が機内に響く。モニタの中央で、ひしゃげたライフルが宙を舞う。隅に表示されるダメージ表では、右腕が赤く塗りつぶされている。目の前の敵は健在。一体何が起きたのか。
「右腕損傷」
「原因は!」
「ライフルが暴発しました」
「ブレードは握れるか!?」
「ネガティブ。マニピュレータが消滅しています」
「クソが!」
思わず悪態を叫んでしまうが、その間にも敵は好機を逃すまいと目の前に迫る。現実を見て、どうするかを考える。よし、殴ろう。こうなればやけだ。壊れていても鉄の塊。勢い良くぶつければダメージもあるだろう。
盾を正面に押し出して動作を隠す。相手のブレードがまた光り、そして振られる。その光の根本に、隠していた右手を叩きつける。
「右腕破損」
金属同士がぶつかり、歪み、破れる不快な音。果たして砕けたのはこちらだけか、相手もか。どうでもいい。
今度は左腕の盾で殴る。殴る。留め具が衝撃に耐え切れず壊れ、盾が外れる。狙い通り。軽くなった左腕で腰部にマウントしたブレードの刃を掴み、抜刀し、装甲が薄いであろう相手の肩関節に向かって突き出す。が、距離を見誤って空振り。
「下手くそですね」
COMからの罵倒は聞かず、舌打ちしてローラーを逆回転。
「後退する! 援護を!」
後ろで撃ち合いを続けるトーマスとエーヴィヒに援護を頼んで、一度二人のラインまで後退する。やはり、近接戦なんてするんじゃなかった。
『どうしたヒーロー。この前の勢いはどうした』
「銃をくれ。片目じゃ格闘は出来ん」
トーマスの横に並び、左手を出して銃を催促する。しかしその手に銃が置かれることはなかった。
『いや、下がってろ。今日は楽させてやる』
「そうか……ならそうさせてもらう。目も痛み出したからな」
敵の弾を潰れた右腕で防ぎながら装甲車へ戻っていく。片目がない状態での戦いがこれほど厳しいとは思わなかった。正直、敵はそれほど強くないのに。それほど技量は高くないのに、これほど苦戦するとは。苦戦するだけならともかく、一人も殺せないのは、かなり悔しい思いがある。だが、ここは命があるだけ良しとする。
「ハッチ開けろ。帰還する」
『ラジャー。さっさ入れ」
閉じていたハッチが開いたら、そこへ飛び込んでいく。中に入るとすぐに閉じて、銃弾から遮断される。
「……ふぅ」
安全地帯に踏み込んだので、深呼吸を一つ。
「もう少し丁寧に扱ってください」
「文句を言うなら頭に頼む。引退したいのに、無理に戦わせてるのは頭だ」
COMに返事をしたら、機体から腕を抜いて、正面装甲を開き、外へ出る。
「……よし。今回は五体きっちり揃ってる」
機体の右腕はほぼ完全にぶっ壊れてるが、俺の腕に傷は一つもない。それだけで良しとしよう。
『まだ敵が残っています。安心するには早いのでは』
「大丈夫だ。あとは三人でどうにかしてくれるだろ」
感じ取ったとおり、相手の技量は高くない。正直、俺も目さえ無事ならもう少しやれたはずだ。なら五体満足のあいつらなら、もっとやれるはずだ。俺でさえ三倍の戦力差をひっくり返せたんだから、アンジーとトーマスにできないはずがない。
戦闘シーンなんて嫌いだー、地味だし泥臭いし
あと、一周年記念でなんか書こうと思ってますんで。何かご要望があれば割烹まで。




