帰宅
第70話
装甲車から降ろした荷物を背負って、家に続く道路を歩く。一週間の外出だったが、その間も工場はしっかりと稼働し続けていたようで、道路には塵が積もり、一歩歩くごとに足跡が刻まれる。
大勢のスカベンジャーがアースやトラックに乗って、ゴミや資材を右へ左へと運んでいるために、暴漢に襲われたりすることもなく、無事に家の前に辿り着けた。
半ばで折れたマンションを、片目で見上げる。相変わらず、すすで真っ黒に汚れている我が家だ。また生きて帰ってこれたのだと安心して息を吐く。目線を落として中に入ろうと、一歩踏み出した。そして、見慣れぬ小さな足跡を発見する。まだそれほど塵が積もっていないのか、形がクッキリしているのを見るに、新しい足跡。エーヴィヒのではない、あいつの履いてるブーツとは靴底の形が違う。
緩んだ気を引き締める。背負った荷物を降ろして体を軽くし、銃を片手に持って不測の事態に備え、ドアをゆっくりと引く。
記憶が確かなら、家を出る前には鍵をかけていたはずだが、抵抗はなくゆっくりと開いていく。スカベンジャーの家と知っていながらピッキングして侵入するなんて、大層な度胸を持ったクソガキだ。とっ捕まえて、何発かぶん殴ってから追い出してやろう。
そっと、足音を立てないようにゆっくりと家の中に入る。玄関には靴が一つ、脱ぎ散らかされている。侵入の痕跡を残さないために気を使ったのだろうが、外に足跡を残すとは実に中途半端だ。
リビングの方から物音がするので、そちらに向かう。やはり足音は立てないよう、慎重に。そして、暗がりの中に招いた覚えのない客を見つける。
「動くな!」
怒声を張り上げて銃を構える。声に驚いた客はビクリと大きく震えた後に、命令したとおり動かなくなる。部屋の中は暗く、様子がよく見えない。壁につけたスイッチを押し、電気を点けて部屋を照らす。目に入ったのは、金色の髪。
「手を上げて、ゆっくりとこっちを向け。それ以外の行動をしたら腹を撃つ。それから頭だ」
命令したとおり、両手を上げてゆっくりとこちらに振り返るガキ。その顔には、見覚えがあった。
「あ~……と。誰だっけ」
しかし、名前が出てこない。
「アンリだよ!」
「そうだった、確かそんな名前だった」
思い出したところで、一気に気分が悪くなる。こいつはあのババアの血族。事件に直接の関係はなくとも、血つながりがあるだけで、憎む対象にはなる。
「どうしたの、そんなに怖い顔して」
「どうした、じゃねえだろ。てめえのところのババアのせいで、コロニーはこの有り様。俺の目玉もだ」
引き金にかけた指に力が入る。だが、まだ撃たない。
「どうして、知ってるの?」
「襲ってきたクソ共が吐いた。ババアに情報と機体の提供を受けたってな」
こんな反応をするってことは、捕虜の吐いた情報は真実ということだろう。本当に、くそったれだ。口からでまかせなら、一体どれほど良かったか。
「ごめんなさい! 私は止めようとしたんだけど、どうしても聞かなくて!」
「言い訳なんぞ誰が聞くか。それが真実かどうかもわからんのに」
「あの、本当に……」
一つ、この場で確かなのは、こいつはミュータント。コロニーを裏切ったクズの仲間。敵の仲間は、敵でしか無い。
「跪け!」
「っ!」
さっきよりも大きな声、強い口調で命令する。拒否は許さない。拒否をするなら足を撃って跪かせる。
「お前は俺たちの敵だ」
「違う! おばあちゃんはそうでも、私は助けられた恩を忘れたりしない!」
言葉はそう簡単に信用出来ない。信用は、その者の行動の積み重ねによって構築される。こいつらへの信用は、あのババアの行動で全てぶち壊された。一度裏切られたら、もう二度と信用出来ない。
「身体チェックをさせてもらう。動くなよ」
跪いたアンリに近寄り、まずはぐるりと周りを一周して、武器を隠していないか目視で確認。衣服にそれらしい膨らみはない。今度は直接服の上から体を触る。
前に回り、胸から順に触れていく上半身にも、妙なものはない。今度は足を開かせ、股に手を当てる。。変な手応えはない。
今度は後ろに回り、背中から腰、尻、足。と順に触れていく。すると、足に硬い、明らかに人体の構造物ではない感触があった。
左手でナイフを抜き、衣服を摘んで刃を当てる。
「な、やっ! イヤ!」
悲鳴を無視してナイフを引くと、布が切れ、それと一緒に小さな箱が床に落ちる。拾い上げて、目の前に持ち上げて尋ねる。
「これは何だ」
「……」
気まずそうに目をそらした。歯ぎしりをし、腕を振りかぶって、拳銃のグリップで頭を殴打する。ゴッ、と鈍い音がして、ミュータントの少女は床に倒れる。
「これは何だって聞いてんだよ!」
「ぐぇっ!」
さらに倒れた所を足蹴にして、質問を続ける。
「と……盗聴、機? どうして……」
「どうしてだって? むしろこっちが聞きたいんだがな」
その盗聴器を床に落とし、踏み潰す。貴重な電子機器だが、そういうものなら処分するべきだ。
「何をしに俺の部屋に入った」
「じょ、情報を、渡しに来たの」
「盗みに来たの間違いだろう?」
鍵をピッキングで開けさせて、部屋に盗聴器を仕掛けようとする。そうまでしてコロニーを敵に回すか、あのクソババアは。上等だ、明日になったら殺してやる。だがその前に、こいつだ。
「嘘じゃないの! お、お願い……話を聞いて!」
「今更対話の余地があると思ってるのか?」
ピッキングして勝手に部屋に入って、盗聴器まで持ってきて。第一、用事があるならまずは頭のところへ行くはずだ。
「殺さないで」
「ああ、殺しはせんさ」
どうしてそんなに金にならない始末の仕方をしなきゃならんのだ。ここで殺せば部屋も汚れるし、せっかくのベッド兼ソファも台無しになる。
一瞬だけ希望の顔を浮かべたアンリを、叩き落とす一言を告げる。
「研究所の連中に売り飛ばす。あいつら、前から生体フィルタのサンプルが欲しいとか、ミュータントと人間の間に子供が作れるのかとか言ってたからな……安心しろ。しばらくは死にはしない」
「イヤ! 何でもするからそれだけは許して!」
床を這いずり、足にすがりついて許しを請うガキ。それを蹴り飛ばし、髪を掴んで床に引き倒す。頭から流れる血が手についた。
「お願い……お願い」
みぞおちに足を踏み降ろす。
「かっぁ……」
さて、これで静かになった。とりあえず荷物を中に入れよう、外に出しっぱなしにしていては盗んでくれと言ってるようなものだ。その後は、ガキの手足を縛って、集落の戦力でも吐かせて。研究所に持って行って。それからシャワーでも浴びて寝るとしよう。




