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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第一章 新たな日常
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集落

 応急修理をして、動けるように成ってからまたしばらく、ガキに先導してもらいつつ歩いた。膝の故障のせいで移動速度こそ落ちたが、道中は懸念していた野生動物の襲撃もなく安全そのもの。おかげでヒザが完全にぶっ壊れる前にミュータントの集落へたどり着くことができた。コロニーのように大きくはないが、かといってそれほど小さくもない。少なくとも野生動物の侵入を防ぐには十分なサイズの門を背にガキが振り返り、両手を広げてこう言った。


「ようこそ、私達の集落へ!」


 ガキを無視して、その横をアースの片足を引きずりながら通って行く。この集落には工場こそ無いが、空気は戦前に撒き散らされた汚染物質で満たされ、汚染された土壌に遺伝子を傷つけられ異形と化し猛毒を纏う植物があちこちに生える生存不能地域のど真ん中。安全地帯ではあるが汚染に適応できていない旧人類の生存できる場所ではないため、到着したところで感動など有りはしない。さっさと用事を済ませて、さっさとパーツの交換をして、さっさとあの最高に汚いコロニーに帰りたい。

 しかし帰ったら帰ったで問題がある。それも二つ。あのランク持ちにまた襲われる可能性と、頭にどんな仕事を頼まれるかわからないということ。頭に頼まれたことは、まあできないならできないでいい。怒られて、ブレードが手に入らず、夢を諦めるだけで済むのだから。

 だがもう一つの方はかなり深刻な問題だ。生死に関わる。あくまでも俺の予想にすぎないから事実がどうなるかはわからないが、あの襲撃者はきっと根に持つタイプだ。そしてプライドが高い。また襲ってくる可能性が非常に高い。これはちょっとした自慢になるが、自分の勘はよく当たる。だからきっとまた襲われる。ああ、帰りたくない。

 おまけに俺はミュータントじゃないからこの集落に住めない。住めるものなら住みたいが、生存不能地域は人間が生きられないから生存不能地域なんだからどれだけ無理をしたところで住むのは無理だ。


「あ、無視しないでよ」


 正門から堂々と入っていくと、ガキが私の後ろをついてきた。見慣れない客の到来に興味がわいたのか、多くのミュータント達がレンガで作った風情のある家から出てくる。それも無視して集落の真ん中を走る道路を進み、その先にある周囲よりも一回り大きい建物を目指す。権力者はその権力を誇示するかのように他の者より大きな建物に住みたがるものなので、多分この集落のトップもそこにいるだろうと考えてのことだ。そしてその予想は合っていたようで、こちらが建物に到着する前にあちらから出てきてくれた。

 赤色の煉瓦で作られた、大きな集会場のような建物から出てきたのは、銃を持った護衛二人を連れた老婆だ。その姿を見たガキが私の後ろから飛び出し、その老婆へと猛ダッシュをかけた。護衛が銃を向けないところを見ると、どうも互いによく知った間柄のようだ。私にとってはどうでもいいことだが。


「おばあちゃん!」

「ああ、おかえりなさいアンリ……話は聞いてるよ、よく戻ってきたねえ」


 互いにハグし、無事を確認する二人。当人同士からしたら感動的な光景だが、俺からすればどうでもいい。ここで空気を読まずに片足を引きずりながら老婆に近寄る。ある程度寄ったら護衛が銃を向けてきたので、そこで止まり用件を告げる。


「再開の喜びをかみしめている所悪いんですが、ちょっとよろしいですかね」

「ああ、これは失礼しました。わざわざ遠くからこの子を送り届けてくれたというのに、歓迎の一つもなしに申し訳ありません」

「こっちは仕事でここまで来ただけだ、別に礼とかはいい。それより、俺が宿泊できるような場所とアースを修理できる場所。無いかね。対価としては不足かもしれんが、合成食料の余分をいくらか持ってきてる。乳児に食わせるといい」

「孫を連れ帰って来てくれた方の頼みとあれば、対価など求めるわけにはまいりません。もちろん無償で用意させていただきます」

「それは、ありがたい」


 アースに乗ったままお辞儀はできないので、心のなかで深く頭を下げながら礼を言う。無茶な対価を要求されれば値切るつもりではあったが、まさかタダでとは。素晴らしく気前がいいのか、それとも何か裏があるのか。見た目から考えればとても後者はあり得ないと思うが、外見と中身が大きく乖離しているのはよくあること。警戒しておくに越したことはない。


「いえいえ。礼を言わなければならないのはこちらの方ですよ」

「さっきも言ったが、礼の言葉は不要だ。本来ここに居るのはその子と父親の二人だった。自分と、子供のセットじゃなく。コロニーに来たお客さんを守るのが自分達の仕事だったのに、それができていない。無能と罵られてしかるべき事じゃないか?」

「獣に襲われるか、人に襲われるかの違いですよ。それに私達は子供が戻ってきてくれただけで十分です」


 ため息を一つ吐く。生産者である大人の死というのは、俺達にとってそこそこ重要な事柄なのに、こいつらミュータントにとってはどうでもいい……とまではいかないが、それほど重いことではないらしい。しかし、ただの消費者である子供が死んだら烈火のごとく怒る。俺達とは真逆だ。文化、あるいは価値観の違いとでも言うべきか。その差はあまりに大きく、理解するのには時間を要するだろう。


「それで、修理と泊る場所ですが。私達の家はどうですか? ガレージもありますし、お客様をお迎えするための部屋もあります」


 そんな俺の思考を遮るように、魅力的な提案をしてくれた老婆。これが罠だったとしても、俺は受けるしか無い。罠だとしても、受けなければどの道死ぬしかないのだし。


「ありがたい」

「いえいえ、むしろこれ位しか礼ができず申し訳ありません」


 帰ってから大きな報酬が待ってるから、礼は別にいい。欲しいとも思わない。ミュータント達が持つ価値のある物の多くは、コロニーへ持って来られてスカベンジャーが対価を渡して購入するということになっている。俺のような下っ端が勝手にそんな価値のある取引を行う訳にはいかない。下っ端は下っ端らしく、己の分をわきまえた行動を取るべきだ。その考えが根っこのほうまで染み込んでいるから、いつまでも下っ端のままなのかもしれないが。


「では、こちらへどうぞ」


 老婆がさっき歩いてきた道路をそのまま引き返したので、自分もその後ろをついて行く。近寄りすぎて銃を向けられるのは嫌なので、アース一機分ほど距離を置いて。そんな俺とは正反対に、ガキは相変わらず老婆にピッタリとくっついている。そういえば老婆から謝礼の言葉は聞いたが、ガキからはありがとうの「あ」の字も聞いていない。強制するつもりはないが、やはり一言くらいあっても良いのではないかとは思う。

 まあ、言うのも面倒なので黙ってついていくだけにするが。



 老婆の後ろを歩き続けて少し。老婆が出てきた建物の裏手に、他の民家より少し大きい程度のレンガ造りの家があった。招かれるままに開かれたシャッターからガレージから家へと入る。ガレージに入り、その真ん中辺りに機体が付いたくらいにシャッターが降りて閉じ、いきなり大量の水が上下左右前後から吹きつけられ、両脇の壁が開いて回転する大きなブラシが迫ってきた。

 何事かと思ったが、すぐに壁に書かれた洗浄場という文字が目に入ったので、家に入る前に機体の汚れを落とすのか、と思い納得する。確かに、汚染物質が付着したまま家に入る訳にはいかない。

 しかしせめて事前の説明は欲しかった。いきなりこんなのが始まると何事かと驚いてしまう。


 


 そして、洗浄が終わり。周りから吹き付ける風で機体についた水を飛ばされてから、奥へと進む。奥の部屋には老婆が待ち受けていて、相変わらず微笑みを顔に貼り付けたまま固そうなソファに座ってこちらを見ていた。


「この部屋は汚染されていません。それは脱いでも大丈夫ですよ」

「そうかい。ならお言葉に甘えて」


 胸についているスイッチを押して、前面装甲を開く。それから袖から腕を抜くように、片腕ずつ機体から自分の腕を外に出し。開いた装甲に手をかけて、体を持ち上げ機体の外に出る。汚染された空気特有の、肌を刺すチクチクとした痛みがないため、この老婆の言うことは真実なのだろう……ついでにガスマスクも外して、一つ息を吸う……咳き込まないし、汚染された空気特有の喉を襲う激痛もない。これは、素晴らしいことだ。汚染地帯のどまんなかにありながら、汚染をここまで軽減・除去できるとは素晴らしい。


「高性能空気清浄機。遺跡からの掘り出し物です」


 私の考えを見透かされていたのか、老婆が部屋の隅に置いてある小さな箱を見ながら呟いた。少しだけほしいと思ったが、アレが無くなってはコロニーの人間との応接ができなくなる。それはお互いに困るので、ねだるのはやめておく。


「長寿の秘訣というやつかね」


 この世界に生きる者はほとんどが短命で、半分以上が三十年生きる前に肺か消化器系の病気で死ぬ。肺を汚染された空気で傷つけられ、消化器系は長年少しずつ積み重なった毒にやられ。四十まで生きれば十分に長寿と言われる位。それ以上生きる者はほとんど居ない。汚染に耐性のあるミュータントでも、旧人類よりは進行が遅いが徐々に身体が蝕まれ、最後には床に伏して最後を迎える。


「ええ……使い続けてかれこれ何年になるでしょうか。まあ、それはひとまず置いておきましょう」


 老婆はコップに入った透き通った水を一口だけ飲み、ため息を吐くように一つの言葉を俺に伝えた。


「一つ、あなたに頼みが有ります」

「断る!」


 そしてその頼みを聞くこともなく、損益の計算を考えることも忘れて即答した。自分の勘がこの状況、この老婆の態度から、これから頼まれることは碌でもない事であると告げたからだ。もし面倒な事でないにしても、コロニーに帰ってから頭にまた仕事を押し付けられるのだし、仕事が増えるのはあまり好ましくない。帰ったらゆっくり休みたい。


「……内容も聞かず即答ですか」

「悪いが帰ってからもう一仕事あるから、新しく頼み事を引き受けるほどの余裕がないんだよ」

「いえいえ……こちらも急に頼み事をして申し訳ありません。しかし、話位は聞いて頂いてもよろしいですか? 機体の修理代の代わりということで。受けるかどうかは強制しません……受けなかったからといって、機体の修理を引き受けないということもしませんので、ご安心ください」


 修理代の代わり、と言われるとどうも断れない。ここにガキを連れて来たのは頭の命令で、ミュータントに頼まれたワケじゃない。機体の修理が必要になったのはそもそも自分の整備不足が原因。だからタダで修理してもらおうなんて考えてなかったが、払うとしてもバックパックに入ってる合成食料やメディカルキットだけじゃ足りないから結局ツケになる。それが話を聞くだけでタダになるというのなら、聞くくらいはいいだろう。どうせ修理してもらわないとコロニーには帰れないのだし。


「そう言われると仕方ない。わかった、聞くだけ聞こう。ただし聞くだけだからな」


 そうとだけ釘を刺してから、話を聞くことにする。


「ありがとうございます。頼みというのは、私の息子を殺した人間に復讐してもらいたい、というものです」


 息子、というとあのガキがこの老婆の孫だからその親か。それを殺したのは支配階級。支配階級に復讐≠反逆する。やはり勘は正しかったようだ。碌でもないどころか、うっかり引き受けていたらコロニー全体が窮地に陥りかねない大問題に発展していた。

 この老婆もコロニーの仕組みはある程度わかっているはず。支配階級に逆らうということが一体何を意味するのかも。おそらくはそれをわかっていて頼んでいるのだろう。


「無茶な頼みというのわかっています。この集落の長としての立場が有りますので自分から復讐をしに動くわけにはまいりません。しかし、それ以前に親として息子を殺されて黙っているわけにはいきません」

「お気持ちはわかりますがねえ……」


 子供が殺されたことに同情はする。しかし、こっちにも事情はある。ここに来る前は直属の上司からの命令を遂行するために仕方なく交戦したが、殺すつもりはなかった。加えてあれば支配階級そのものではなく、支配階級に飼われているだけの存在であって、それに対してちょっとだけ動けなくなってもらうように反撃しただけで。よってあれは支配階級への直接的な反抗ではない……屁理屈でしか無いが。

 しかし、この老婆は完全な私情で、かつ支配階級を直接対象とした敵対心を持っている。重要な取引相手だから処分するわけにはいかないが、コロニー内でそんな考えを持っている奴が居れば即射殺だ。


「ただ聞いてもらいたかっただけです」

「考えを抱くなとは言いません。口にだすなとも言いません。しかし、絶対に行動には移さないでいただきたい。我々も生活がありますので」


 事が事だけにさっきまでの軽口では話さず、今だけは敬語で話す。これだけ長生きしている人間なら、この警告がどれだけ真剣なものかもわかってもらえるだろう。もし実行に移す、あるいは移そうとしたらどうなるかも。


「わかってますとも。この集落も、あなた方との取引で生活が成り立っているのですから。本当に、ただ聞いてもらいたかっただけです」


 口ではなんとでも言えるが、言葉のすべてを疑っていてはキリがない。後で頭に、今日は帰れないという報告と一緒に話しておくことで対策としよう。


「さて、それはさておき修理の件ですが。先に言ったとおり話を聞いてもらったのと、孫を連れ帰って来てくださったお礼に修理代はタダとさせていただきます」

「それはどうも……」

「修理が終わるのはおそらく夜になりますが、夜はどうなさいますか?」

「夜道を行くのは自殺行為だからな。一晩泊めてもらえないか。それと、帰れないという事をコロニーに連絡もさせてもらいたいんだが」

「ええ、もちろん構いません。連絡もこちらでしておきます。しかし、休むにしても汚染の全くない部屋となるとここしかないですが……ここで寝るとなると敷物もありませんよ」

「ソファでも地面よりマシだ。泊めていただくだけで十分です。贅沢は言いません」

「そうですか? では、機体をお借りします」

「んじゃ頼みます」


 それだけ言うと老婆はソファから立ち上がり、俺の横を歩いてアースの前へ立ち、それから年齢を感じさせない身軽さで乗り込んだ。適応種については謎が多いが、ひょっとして身体能力も旧人類より高いのだろうか。


「動かしますから、少し離れてください……動かし、にくいですね。これは」


 忠告に従って自分もソファから立ち上がる……と、その直後にアースがバランスを崩して転倒した。そしてすぐに起き上がって申し訳無さそうにこちらを見て、そのまま入ってきた両開きの扉から出て行った……ドアの枠に頭をぶつけながら……修理箇所が増えなかいといいのだが。

感想は暴言でなければ大歓迎です。感想は作者にとってのガソリンですので。

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