死闘
65話
「ところで、行くのはいいですが。作戦は?」
「俺が盾を構えて正面から突っ込んで、その後ろをお前がついてくる。それから一体ずつ撃破。できれば二人くらいは生かして捕まえたい」
「それは作戦とは言いません」
「ほっとけ」
COMの言っていたとおり、正面から突っ込むのは無謀でしか無い。しかし、不意打ちをしようにも相手には既に姿を見られているし、おまけにここは隠れる物が一つとしてない荒野。正面から行く以外にどんな手段があるのだろう。
一つとして在りはしない。あるとすれば、諦めて殺されるくらい。
「冗談じゃない」
死への恐怖をその一言で押さえつけ、意識の奥底に沈める。そして深呼吸。スリルに猛る心臓を落ち着かせ、頭に上る血を少し減らして冷静になる。両足の踵を浮かせ、二度鳴らす。モーターに電力が供給され、高速回転を始める。
一度後退して離した距離を、今度は前進して縮めていく。盾が敵からの弾丸を跳弾する音だけが耳に入る。貫通する気配は全くない。
「速度上げるぞ」
「了解」
彼我の距離が縮まってきたところで、さらに体を前に傾ける。モニタに表示されるモーターの回転数が最大値を示し、ローラーが地面を削り取って機体はさらに加速。突出した一人に狙いをつけ、弾を防ぎながら接近。盾で殴りつけて姿勢を崩し、ライフルの銃口を頭部モノアイに押し付けて発砲。視界を奪うだけ奪って、真横を通り抜けて通信。
「トドメ任せた」
「承りました」
サブカメラが映す機体後方の映像に、盾を持たない右脇を大きく切り裂かれたアースと、その横をすり抜けるエーヴィヒの赤い機体が。
「ナイスキル」
これで敵の残りは六機。ライフルの残弾は六発。一機一発で仕留められるなら十分足りるが、そんな訳がない。敵機はこっちの動きを見て、盾を構えて集団で固まり、さらに濃密になった弾幕が襲う。機関砲弾にロケット弾に。大量の弾丸が命中するが、関節が悲鳴を上げるだけで盾が壊れる気配はない。だがこれだけ濃い弾幕だと盾のカバー範囲外に命中する危険が高まる……が、それでも直進。こっちの足は早い、あと少しで届くところまで来ている。
残弾一を残してライフルを全弾撃ちこむが、四発は相手が構える盾に当たり、一発は装甲に弾かれた。致命弾はなし。正面からのライフルでは、同じ場所に何発も当たらなければ装甲は抜けない。
もう目の前、腕の届くほどの距離に敵機が迫る。
「格闘戦に切り替える。突っ込んだら好きに暴れろ」
「そうします」」
未だ健在の盾で一体を殴りつけ、速度に物を言わせて強引に弾き飛ばし、そうしてできた集団の隙間に機体を割りこませ、陣形の内側に潜り込む。右の踵を踏み下ろすと機体右足のローラが回転を止め、前進が止まり、右足を軸にして時計回りに機体が旋回。反応しきれていない敵機の内一体の背中、放熱のために薄い装甲しか施されていないバッテリー、アース最大の急所に残弾一発を撃ちこんでやる。撃破を確認せず、残弾がゼロになったライフルを手放しながら旋回を続け、一回転。正面には突き出されるブレード。左手を上げ、盾で受け、空いている右手でカメラを殴り潰そうと拳を向ける。ブレードの刀身で受け止められるが、その横からエーヴィヒのブレードが襲いかかり、脇を貫通。致命傷だ。残りは四機。陣形の内側に食い込まれ、危険と感じたのか陣形を解いて散開し、包囲の輪を一度広める。機関砲は動きながらの斉射はできない、これで一発で致命傷を受ける危険は低くなった。
「後ろは任せた」
答えはないが、任せるしかない。ならば任せて己は正面方向、後退する敵機に突っ込む。右足のローラを再起動。急加速。側面からの攻撃は盾で防ぎ、正面からの攻撃はブレードの腹を盾代わりにして防ぎつつ、接近。後ろからの攻撃は無い、やってくれている。
「来るな! 来るなぁ!」
悲鳴に構わず前進。構えた盾からはみ出た足にレーザーブレードを振るうと、閃光の通り道に沿って赤い線が走る。そこに速度を載せた前蹴りを当てると、切れ込みのは言った部分から脚部が折れ曲がり、人工筋肉の断片と、砕けた歯車がモニターの中で散乱する。
姿勢の制御を失った機体の後ろに回り込み、実体ブレードの柄頭でバッテリーを殴り潰す。
「一機撃破」
『同じく』
残り……エーヴィヒが一機片付けたから、二機。骨董品と同じような見た目のやつが一機と、量産品が一機。
『大したことはありませんね』
COMの声には反応しない冷静さを失わないように常に自分を俯瞰して、耳の奥で鳴る鼓動を冷ます。こうも上手くいくのは、相手が下手なのか、機体の性能が良すぎるだけか、二つに一つ。おそらく後者。自分の力を過信してはいけない。
バッテリーを失い、動かなくなった機体の肩に積まれた機関砲のグリップを握り、敵機をそのまま盾にして、一機に向けて弾幕を張る。直撃弾は期待しない。エーヴィヒが二対一にならないように、ただの嫌がらせだ。しかしそれも三秒としない内に弾切れ。それでも注意は引けたようで、弾が切れたとわかった直後、お礼がすぐさま向けられた。
機関砲と、ロケットランチャー。その両方がこちらに向けられる。
「こっちにゃてめえの仲間も居るんだぞ!?」
通信の回線を開きながら後ろに下り、盾を構えて衝撃に備えると、機関砲弾とロケット弾が大量に飛んできた。その機体と俺を結ぶ直線上には、まだ生きている仲間(俺にとっては敵)もいる。それでもお構いなしだ。
一枚目の盾を貫通してきた砲弾を、二枚目の盾で防ぐ。関節へのダメージ蓄積量が増えてくる。
「仲間ごと撃つのかよ……」
『てめえが撃たせたんだろうが』
全くだ。盾にしたのは俺だが。しかし、これでは本気で友人二人のことが心配になってきた。
『くぁっ!』
通信機から短い悲鳴が聞こえる。誰のものかと言えば、エーヴィヒしか居ない。モノアイを彼女の機体の方向へ向けると、片腕が切り落とされ、機関砲を向けられ、今まさにトドメを刺されようとしているところだった。
射撃武器はない。距離は離れている。なら手助けはできない。どうするか考えている間に、彼女の機体が機関砲の弾丸によって屑鉄に変えられる。これで二対一。状況は一転して不利に。いや元々は七対二の圧倒的不利な状況が、今では二対一になっているのだから、考えようによっては状況は好転しているのか?
『さて、よくもここまで俺たちを追い詰めてくれたもんだ。敵ながら感心するよ』
通信が繋がれる。最初に聞いた男の声だ。
「褒めても何も出んぞ」
『礼として、一度だけ投降のチャンスをやる。そうすりゃ楽に死なせてやる』
「面白くない冗談だ。俺を殺しても、お前らの帰るための車はないんだぞ。降参したほうが、身のためだと思わないか? なあお二人さん」
『バカ言え。散々殴りあっておいて今更手を取り合えると思うか?』
呆れた声と一緒に飛んできたのは、またしても砲弾。これ以上言葉を交わすのは無意味と、中指を二度折り曲げて回線切断。盾は無事でも、衝撃による関節への負荷蓄積が非常に大きい。再度ローラーを起動して、蛇行機動で回避を行う。しつこく食いついてくる砲弾をなんとかして避け続け、拾ったライフルで散発的な反撃をする。
『解析開始。完了』
何を、と聞く前にCOMが解析完了の報告をした。
『敵反応速度、攻撃精度共に『骨董品』のデータに近似。僅かに劣りますね』
「いいことを聞いた」
探索用のアースには搭載されていない機能。そうなると、この機体の武装の情報も抜かれているだろう。もし今後エーヴィヒか、支配者相手に喧嘩する事があれば、その情報分だけあったアドバンテージが失われるだろう。
まあ、今は生き残ることが最優先。次点で敵を殺すこと。欲を言えば、あの機体を持ち帰りたい。できれば操縦者も生かして捕まえて、どこで手に入れたかを吐かせたいところだが、二対一じゃ難しい。ここまで来たら、味方の装甲車の中が気になる所だ。中身が無事なら手伝ってもらいたいし、皆殺しにされて制御を奪われているならそれも壊さなきゃならん。だが今のところ、味方装甲車は沈黙を守ったまま。
現状確認。敵アース二体と、敵とも味方ともわからない装甲車が複数。確実に安全と言える方向がないのは、かなりのストレスになる。関節部分のダメージカラーも少しずつ変化しているし。
このままだと相手の弾が切れるか、こちらの関節が限界を迎えるかのチキンレースだ。胃が痛くなって、さっき飲み込んだ合成食料が喉まで出かかっている。戦って死ぬならまだしも、ゲロに溺れて死ぬなんてマヌケな死に方はゴメンなので無理やり飲み込む。
「……残弾なし《EMPTY》」
用意してなかったプランB。接近して殺す。弾の切れたライフルを捨てて、またブレードを握る。二対一の接近戦に勝つには、相手の片割れを一発で殺す。最低でも二人は生かしておきたい、なんて贅沢な考えは捨てる。両方殺すつもりでいく。出し惜しみもなし。でなきゃこっちが殺される。死ぬのは嫌だろう、俺。
「ローラーの回転を正方向に変更《スピンチェンジ+》、固定」
短縮音声制御でローラーの回転方向を変更。後退から前進へ。急激な減速、一瞬の停止、加速。二秒で進行方向が真逆になり、体が後ろに引っ張られ、クッション越しの装甲に押し付けられる。
「突っ込む」
盾で弾丸を受け止めながら、二機の内一機、性能の劣っている方の量産機に接近。速度を載せた突きを放つが、正面から点での攻撃だ避けられる。カウンターに放たれたライフルの弾をシールドで受け止め、一度その横を通り抜ける。踵を踏み下ろし、片足を軸に回転。相手は旋回が追いついていない。体が機体に振り回されそうになるのを歯を食いしばって抑え、もう片方からの支援が来る前に、再度加速。すれ違いざまにレーザーブレードで横っ腹を焼き切る。やった、これで残り一機。
『敵機接近、回避してください』
安心していると、COMからの警告。機体後部のサブカメラが捉えた映像が、メインモニタの端に映る。ブレードを構えて突撃してくる機体が、もうすぐ傍に。
「スピンチェンジ±!」
機体が急速に回転。一瞬で前後がひっくり返り、モニタ越しの眼前に敵のブレードが。
一瞬の油断が招いた危機。時間が止まったような錯覚。防御、間に合わない。切っ先は既に腕の内側。
「ひっ!」
思考ではなく、反射で左手が動いた。モニターが黒一色に染まり、その真ん中から、火花を散らしながら分厚い刃が飛び出してくる。死ぬ、こんなところで死ぬ。死にたくない。左手をでたらめに振り回し、刃が止まる。死が、止まる。
『胸部装甲貫通。バッテリー、残量十%。パイロット、心拍数増加。血圧上昇』
「はっ、はっ、はっ……は…………うぁ」
顔と喉が引きつる。上手く呼吸ができない。体中を汗が濡らし、体温を奪っていく。
『絶望的な戦力差を前に、殲滅。生存。お見事です』
「……」
真っ暗になった装甲の内側に、声だけが響く。そして、まだ生きていることを実感し、意識が暗闇の中に溶けた。
戦闘シーンは疲れるから書きたくない。そしてエーヴィヒデスカウントはじまるよ。
1 第14部 買い物 主人公に拳銃を4発撃ち込まれて死亡
2 第18部 決闘 レーザーブレードで焼き殺される
3 第24部 会話 モブに撃たれて食べられる
4 第34部 包囲突破戦 撤退中に撃たれて死亡
5 第41部 戦争後編 戦車砲の直撃で機体ごと消し飛ばされる
6 第49部 仕事 後編 ナイフで喉を切り裂かれる
7 第56部 来客 眼球にナイフを突き刺される
8 第66部 死闘 20mm機関砲で機体ごと蜂の巣(中身ミンチ)にされる
計8回になります。話数にして10話ぶり。
そして縦書ソフトで書いてるから、改行を忘れてるこの数話。読みにくい人は縦書で読むか、それも面倒なら苦情を言ってください。チマチマ改行しますので。




