疑念と確信
64話
犬どもを蹴散らしてから一日が経つ。そろそろ遠征隊と合流できる頃だ。そう思い走りながら通信用電波を垂れ流しにして走ること二時間ほど。ようやく反応があった。
「こちらクロード、遠征隊、聞こえるか」
「――こちらトーマス。ああ、しっかり聞こえてる」
どうやら一応生きては居るらしい。一先ず最悪の想定は外れていてくれたので、胸を撫で下ろす。だが完全に懸念を払拭できたわけではないので、まだ気は緩めない。
「どうした。声に元気が無いな、風邪でもひいたか?」
「あのなぁ……何日この狭い車の中につめ込まれてると思ってんだ。元気があるわけねえだろ」
「そりゃ確かに。ところでアンジーはどうした。コロニーで聞いた録音じゃ、アンジーが通信してきてたが」
「あいつは…………少し席を外してる。トイレだ」
今、台詞の間に露骨に間が開いた。声色も本当にわずかにだけだが、違う。その間に込められた色々な意図を察して、一気に気を張り詰める。ストレスで眉間に皺が寄るのを自覚するが、声には出さない。相手に気づかれるのはあまりよろしくない。
「そうか。で、相手さんはどうしてる。三日間ずっと『お行儀よく』待っててくれたのか?」
「連中も、俺達と同じように装甲車に乗ってずっとお前らの到着を待ってる。早くしてくれよ、あっちがいくら『お上品』でも、我慢の限界ってもんがある」
確信。それなりに気の知れた相手だからこそ、なんでもないような会話でもその意図を理解できる。
「それは悪いな。もう少し待っててくれ、すぐに着くから。切るぞ」
「ああ。待ってる。じゃあな」
通信機のマイクを戻し、電源を落とす。それから俺の方を見る三人に向かって口を開く。
「どうもあまり良くないことになってるかもしれない。もしそうなら、最悪の一歩手前ってところだ」
「引き返していいか」
「ダメだ。人はともかく装甲車を失うわけにはいかん」
あれは貴重な戦前の品だ。あれほど大型の車体に、高い気密性を持った物は、今のコロニーで作るのは難しい……と頭が言っていた。作れないわけではないようだが、コロニー内の復興を後回しにする必要があるほど予算と資材を食われるだろう。
人に関しては、またゴミ共か働き蜂かから適当に拉致って教育すればなんとかなるので、まあ気にしない。貴重な気を許せる友人を失うのは痛いが。
「今の通信のどこにそんな要素が?」
「前も言っただろ。この世界に善人は居ない」
それを前提にして今の会話を振り返ると、お行儀よく待ってるなんてことは有り得ないわけで。『お行儀よく』の返しに『お上品』と来れば、もう確信できる。
壁にかけた防護服を着込んで、ガスマスクを掴み、エーヴィヒに向く。
「お前の折りたたみ式の大砲、射程はどのくらいだ」
「見える範囲なら、じっくり狙えるという前提があれば当てられますが……」
「それはいい。コロニーの中と違って、ここらはまだ視界良好だ」
「まさか、先に仕掛けるつもりですか?」
「相手の出方次第だな。運転手、遠征隊が見えたら停車してくれ。エーヴィヒは俺が出てしばらくしたら、砲撃支援の準備を」
返事を聞く前に、コンテナに乗り換えて黒い塗装の機体に向き合う。そして充電用のケーブルを抜き、機体のバックパックから合成食料を取り出して腹ごしらえ。いつも通りにチューブの蓋を開けたら、覚悟を決め、飲み口を加えて一気に握りしめる。なんとも言えない、ゲロのような風味が口いっぱいに広がり、鼻を突き抜けて脳みそを揺らす。吐き気をこらえて飲み込む。
「ぐっぇ……クソまず」
蒸留水で口の中をゆすぎ、飲み込む。戦の前の腹ごしらえと、目覚ましはこれで十分。あまりの不味さに気合もバッチリ。パックを床に投げ捨てたら機体の前面装甲を開いて乗り込み、袖を通して電源を入れる。眼前のモニターに光が灯り、顔を照らす。
『おはようございます』
「今の時間は13時。もう昼だぞ」
『これは失礼。こんにちは』
ユーモアがあるのか、無いのかよくわからない。一体こいつ《CPU》は何を考えてこんな設定にされているんだろう。こんな事に無駄な容量を割くなら、もっと性能向上の余地があると思うが。
「システムスキャン」
『スキャン開始します……完了。異常ありません』
「火器ロック解除」
『ロック解除。完了』
さて、もうこれでいつでも殺し合いができる。が、俺は決して殺し合いがしたいわけではない。むしろ予感は外れていて欲しいと。確信が勘違いであってほしいと。そう思っている。
車が止まり、コンテナがわずかに揺れる。
『見えたぞ。前方600m。行って来い』
コンテナの扉がゆっくりと開く。扉の間から、木の一本も生えていない荒野と、それに刻まれたタイヤの痕がどこまでも続いていく。足元に転がるスロープを蹴って、方端を地面に落とす。
外に出るとセンサーの感知範囲が急激に広がり、モニターから実に様々な情報が飛び込んでくる。放射能汚染度。周辺の動体反応。金属反応。音源、熱源反応。以前使っていた骨董品よりも探知範囲は明らかに広い。見事、装甲車とは別の、一つだけ離れた位置にある小さな反応も捉えてくれた。
「やっぱり居るよな」
シールドを構え、遠くに点にしか見えないサイズの何かに機体を向ける。それをカメラのズーム機能を使って観測する。外見はほぼ通常のアースと変わらない。よく見ると細部がうちのコロニーのものと異なる程度だ。それがシールド一枚、狙撃用か、大砲を一つ構えてこちらを睨んでいた。
「待ち伏せか、それとも警戒してるだけか」
撃ってこないのは、前者なら射程外だから。後者なら放っておいてもいいだろう。警戒はしておくべきだが。
『同型機と情報を共有できますが、どうなさいますか』
「そんな便利な機能があるのか。やっといてくれ」
『了解しました。データリンク開始』
モニターの隅っこで小さく文字が点滅する。意識しなければ気にならないサイズなのがいい。
踵を二度踏み鳴らして、ローラーを起動。トラックの横を通りぬけ、彼正面方向に停車する複数台の装甲車に向け前進する。
『止まれ』
ある程度近づくと、全周波数に向けての通信が入る。言われたとおりに停止するが、狙撃手の居る方向にシールドを向けておくのを忘れない。ただ、装甲車の機関砲の砲口が此方に向いているので、片方だけ守っても意味が無いかもしれないが。
『あの装甲車に乗ってる奴らの仲間か』
「そうだ。対話がしたいって聞いてるが、お前ら本当にその気があるならこっちに向けてる機関砲を逸らしてくれ。落ち着かん」
エーヴィヒと初めて生身で会った時、あいつに銃を向けたが。あいつも同じような気分だったのかもしれない。あっちは死んでも生き返るが、こっちは死んだらそれきりなので、多少は違うだろうが……似たようなものだろう。
『……』
無線の向こうから笑い声が漏れてくる。ああ、嫌な予感。
『他の奴らとは違う、珍しい機体だな』
「そうか?」
『できれば壊したくない。今すぐ降りれば命は』
右手中指を二度折り曲げて、こちらからの通信を切断。
「Launcher.Aim.Fier」
肩に載せているロケットランチャーを、上半身をひねりながら放つ。三台の装甲車に、それぞれ三発ずつ。合計九発の弾頭が煙の尾を退いて装甲に食らいつき、炸裂する。やはり嫌な予感は嫌というほどよく当たるものだ。これでは遠征組も、まだ生きているかどうか怪しいな。
『EMPTY《残弾なし》.』
そして、左側から大きなハンマーで殴られたような衝撃と、音。痛みは、耳が少し痛い以外はなし。
『左腕シールドに被弾。戦闘に支障ありません』
どうやら撃たれたらしいが、モニターに映る機体の色にほとんど変化はない。損傷らしい損傷はなし。衝撃で関節に少しだけダメージがあったようだが、それだけで済んだ。さすがに高い金を払っただけある。良い物を買った。
『マークした機体の撃破を確認』
第二射が飛んでくる前に狙撃手はエーヴィヒに撃ちぬかれて死んだようだ。さすが、一度は回避行動を取りながら逃げ惑う俺で遊んだだけある。大した精度だ。
「ナイスキル」
『撃たれるまでは撃たないんじゃなかったんですか』
「相手の出方を見るとは言ったが、そんな事は一言も言ってない」
しかし……やっぱりこうなってしまったか。もしかしたら、この世界にもマトモな奴らが居るのかもしれないと期待していただけに、本当に残念だ。
警告もなしにぶっ放す俺も含めて、やはり人間はクソだな。
撃破した装甲車に、まだ中身が生き残っている可能性を信じ、背負った機関砲を構えて撃ちこむ。放たれる弾丸はロケットランチャーの着弾の衝撃で脆くなった装甲を簡単に食い破っていく。しかも使っている弾丸はなんとただのAP《徹甲弾》ではなく、APHE《徹甲榴弾》。通常のAPに比べてお値段なんと三倍。しかしその効果の程はお値段以上。弾丸がただ装甲を貫通するのではなく、貫通した後内部で炸裂して破片を撒き散らすのだから、中に乗っている生存者にとってはたまらないだろう。
装填されている弾を装甲車一台にすべて撃ち尽くし、戦前の食品でいうところの穴あきチーズに変えたところで、これもまたパージ。軽量化して第二ラウンドに備える。
そして、残る二台からわらわらと敵機が出てくる。その内数機が、出てきてすぐにエーヴィヒの狙撃で撃ち殺される。そして、残るは……六、七、八。一機撃ち殺されて、残り七。内一機は外見が異なる。骨董品と同じような外見。要警戒、だな。
『EMPTY《残弾なし》。これ以上支援はできません』
「もう一仕事だ。直接支援しに来い」
『また死ねと言うのですか?」
「今日は俺が前衛だ」
『……わかりました。少し待ってください。すぐそちらに向かいます』
シールドを相手に向け、横殴りに飛んでくる弾丸の嵐を耐えながら、ライフルで牽制しつつ蛇行運転で後退する。いいな、この盾。どれだけ撃たれても貫通する気配が全くない。しかも機体性能がいいのか、こっちの弾はよく当たるし。ただライフルは当たっても、命中したのが正面装甲だと何発も命中しないと抜けないから、あまりありがたみはない。頭部カメラに命中すればその向こう側にある人間の頭も吹っ飛ばせるが、相手が蛇行移動しながらだとそこまでは狙えない。
「聞こえるかクソ共! 死にたくないなら武装解除して投降しな!」
勢い良く言いたいことを吐き出し、重心を傾けるとローラーが逆回転し、機体が後ろに下がっていく。もちろん相手が投降してくれるなんて夢にも思ってないし、これから殺し合いをするから興奮してるわけでもない。ただの挑発だ。
『クソはてめえだ! こっちの方が数は多いし、てめえの仲間も人質で居るんだぞ! なのに迷いもせずに撃ちやがって!!』
「ハハッ! こっちが先に攻撃しないとでも思ったか! それにお前らの言う俺の仲間が生きてる保証もない。証拠もないのに信じると思うかバーカ!」
『ぶっ殺す!』
「やってみろクソ共!」
センサーが後ろから接近する機体を捉え、サブカメラで確認。赤い塗装、エーヴィヒの機体だ。それが真後ろについたところで通信を切って、ローラーの回転を止める。機体に急制動がかかり、クッションに体が沈む。
『単純な戦力差は3.5倍。絶望的ですね。やれるのですか、パイロット』
「やれるやらないの問題じゃない。やらなきゃ死ぬんだ、やるしかないだろう」
現実を突きつけてくるCOMのせいで、ほんの少しだけ士気が削られる。
『勇敢ですね。無謀とも言い換えれますが』
「この前は無謀を通り越して絶望的だったが、それでも生き残った。それに比べりゃ大したことはない」
ただし、あの時はそれでも迫撃砲の支援があった上に、腕の良いアンジーがペアで、さらに言えば砲撃で混乱してるところに殴りかかった。言わば奇襲に近い攻撃だった。
今回は砲撃支援はないし、アンジーではなく技術で劣るエーヴィヒがペア。それで3.5倍の戦力差に正面から挑むとは、全く馬鹿げてる。しかし先に殴った以上、喧嘩はやめて話しあいましょうと言って聞いてもらえるわけもなし。どれほど無謀であっても殺すか殺されるかしか選択肢はないのだ。
「さて、第二ラウンド開始だ……エーヴィヒ」
『何でしょう』
こんな状況だというのに、極めて冷静な声が返ってくる。これで操縦技術さえあれば、思い切って頼れるのだが。惜しいな。だが、そのおかげで今俺は生きているのだし、なんとも言えない。
「お前に死なれたら俺が死ぬ。俺が死んでもお前が死ぬ」
『つまり?』
「最後まで生き残るぞ」
『善処します。私も死ぬのは嫌ですから』
踵を二度踏み鳴らし、ローラーを回す。体を前に倒すと、それに応えるように回転数が上がり、地面を削り取って急加速する。機関砲とランチャーをパージして軽量化したとはいえ、まだ盾があるから機体はかなり重いはず。それを物ともせず、少し肝が冷えるほどの速度で機体が駆け出す。
スリル満点の殺し合いなんて、できることなら避けたかった。
久々に戦闘シーンを書いた気がする
そして主人公ついにデレる




