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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第二章 明日への逃避
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呼び出し

 朝。目覚ましの音ではなく、エーヴィヒのスキンシップでもなく。スカベンジャー招集用電話のベルで、予定していた起床時間よりも早く叩き起こされた。昼前まで寢るつもりで時間をセットしていたのに、なんと酷い事を。

 胸中で頭に様々な呪いの言葉を呟きながら、ソファに寝転がったままテーブルに腕を伸ばして、受話器を取り、耳に当てる。

「ようやく起きたか糞野郎。何度も電話かけてんのに、その度に切りやがって。しまいにゃぶっ殺すぞ」

 まさか、朝一番から上司の怒鳴り声を聞くことになるとは。最悪とまでは言わないが、なんて嫌な一日の始まりだろう。おかげで眠気もどこかへすっ飛んでしまった。

「頭。すまんがさっぱり身に覚えがない。隣にかけ間違えてたんじゃないのか?」

 さすがに電話のベルほどの音が部屋の中で鳴ったら一発で起きる。それで起きないとなると死人か聾人くらいだろう。ということは、頭がきっと留守の隣にかけ間違えたんだろう。番号も最後の一桁しか違わないし。それで、かけ間違えていることに気づかずに何度もかけ直して、勝手に向こうが怒っている。多分そんな所だろう。

「黙ってさっさと集会所に来い。話がある」

 どうせきっとまた碌でもない事なんだろう。誰が行くものか。俺はもう少し寝ていたい。

「あと二時間くらい寝させてもらえませんかね」

「そのまま永遠に眠るか、今すぐ来るか。どっちか選ばせてやろう」

「……わかりましたよ、行きゃいいんでしょう」

 投げ捨てるように乱暴に受話器を置いて、枕代わりとして頭の下に置いていた着替えを取る。何日か着続けているものなので、少し匂いを嗅いでみると、ほのかに機械油臭い。そろそろ洗濯したほうがいいだろう。今日の呼び出しで、何もなければ洗濯しよう。何かあったら……また今度、だな。

「エーヴィヒ」

 俺よりも先に起きて、俺の冷蔵庫から無断で合成食料を取り出して勝手に朝食をとっている少女に声をかける。

「何でしょうか」

「話は聞いてたか」

 もう勝手に人の家の食い物を漁ることについては何も言わない。あれを止めるのはもう諦めた。

「はい」

「来るか?」

「勿論」

「なら準備しろ。すぐに出る」

 枕にしていたせいで皺になった上着を広げ、袖に腕を通し、ボタンを止めて前を閉じる。グローブをつけ、ガスマスクを被って用意はおしまい。あとはブーツを履いて、外にでる。朝飯はなし、腹は減っていないし、頭からの説教を食らった後でさらに気分を悪くすることもないだろうと思ってのことだ。

 ブーツの紐をきつく締め、その上からマジックテープで固定して、ガスマスクを顔まで降ろしてさあ外に出ようと立ち上がったところでエーヴィヒも用意が済んだ。俺とほぼ同じ格好だ。彼女もマスクを付けたのをしっかりと見届けてから、外に出る。

いつも通りに、薄暗い。朝早い時間帯なのもあるが、太陽と思しき白い光球は厚いスモッグの向こう側でぼんやりと輝いている。工場がいつも通り正常に稼働している証。家の前に駐めてあるバイクにまたがり、バッテリーとモーターをつなげてハンドルを回す。電力を供給された整備不足の電動モーターはやかましく金属同士が擦れる音を立てて回りはじめ、アクセルを回すとゆるやかに加速し始める。今日もとりあえずは動くようだ。一旦ブレーキを握って動きを止める。

「後ろに乗れ

「落とさないでくださいよ」

 落としたいというか、置いて行きたい気持は非常に強い。だが置いていけば面倒なことになるのは間違いない。後のことを思えば、ここは少し我慢して連れて行くべきだろう。

「そんなつもりはない」

 エーヴィヒが後ろに乗り、腕が俺の胴に回される。そういえば、ここまで体が密着するのは今回が初めてだ。殺ろうと思えば、今ほどの好機は無いだろう。少しだけ自分の軽率な行動に冷や汗をかくが、体に何の痛みも無いことから、警戒を解く。こいつはもう、俺を殺す気は全くないんだろう。今のところは。

アクセルを回して加速し、道路に出て集会所への走る。


そしてバイクを走らせること少しの間。区画をいくつか移動して集会所の前に到着する。衛兵の前にバイクを止めて、いつも通り顔パスで通してもらう。いつもと同じように中に入って行く。

「遅えぞ屑!」

 そして入った途端に、鼓膜を叩く大音量の声が、体育館の中にこだまする。いつもと変わらず、元気あふれる糞ジジイだ。全くくたばる気配がない。

「すんませんね。道が混んでたもので」

 堂々と、すぐにわかるような嘘を付いて頭の気分を逆なでしてやる。ゆっくり寝たかったのに、それを邪魔された仕返しだ。

「チッ……まあいい。遠征組からの続報だ。壊滅したコロニーから帰還中に、正体不明の部隊から接触があったらしい」

「襲撃じゃなく、接触?」

「ああ。どうも不気味なことに、連中白旗上げて対話をしに来たらしいんだ」

 驚いた。今の世の中に、そんな穏やかな、あるいはお人好しな連中がまだ居るなんて。まだ生き残っていたなんて。普通そんな連中は真っ先にカモにされて食い殺されるのが常のはずだ。そして、それに応じる遠征組も、俺が思っていたよりは理性的だったらしい。

「相手の数は」

「遠征組よりは少ないらしいが、火力はわからん」

 下手に刺激して返り討ちにされるのを恐れて対話に誘ったのか、それとも本当に戦う意志が無いのを示すために白旗を上げて、対話をしに来たのか。

「まあ、相手の意図は置いておいて。私が呼び出された理由は」

「あちらさんがお互いに代表代理を立てて、互いに手を取り合って仲良くする約束しようぜ、と言ってたそうだ」

「……怪しい」

「そうだな。怪しすぎる」

 この時代で、誰かと手をとって仲良くしようという発想が出てくる事もおかしいが、俺達がぶっ潰そうとしていたコロニーを先に叩き潰した、という事情もある。そんな連中が平和的に話し合いを求めてくるとなんて怪しすぎる。裏がないと思う方が難しい。

 他人と手を取り合うより、他人から力ずくで何かを奪い取るほうが簡単なのに、あえて難しい選択肢を選ぶ理由がわからん。

「だが、話に乗らず相手の機嫌を損ねて装甲車を失う訳にはいかなねえ。あれはなんとしても守らなきゃならんシロモノだ」

「ですな」

 とはいえ、相手が殴りかかるチャンスをあえて見逃して、話し合いを求めてきたというのはありがたい事だ。おかげで重要な備品を失わずに済んだ。

あの輸送装甲車両がなければ、スカベンジャーはコロニーから遠くに出ることはできない。そうなると外地の探索は全てミュータントに任せきることになり、バランスが崩れてしまう。連中の手助けなしでも生活はできるのだが、そうすると今度は支配階級への頼り具合が大きくなり、今度は上の言いなりになってしまう。両方に適度に頼っているからこそ俺達は今の生活ができるのであって、その状況が変わるのはあまり望ましくない。もちろん良い方向へ変わるのなら歓迎だが、そうなる保証はどこにもない。

「で、それを聞かせて、どうしろと」

「俺の代理として行って来い」

「待て」

 いきなりそんな重役を任せられても困る。俺に人との交渉能力なんて皆無。俺にできるのはせいぜいが殴るか蹴るか、銃を向けて言うことを聞かせるか位。そんな俺に代理とはいえ代表が務まるわけがない。

「代理人の選定基準を教えてくれ」

「お前が行けば嬢ちゃんも付いていく。そいつは上に情報を流してるだろ。俺が向こうと手を組んで下克上を試みてるなんて思われたくないから、直接交渉の場を見せて、正しい情報を流してもらいたい」

「ああ、そういう事か……じゃあ俺は連れて行くだけでいいんだな」

「お前みたいな脳みそすっからかんのやつに、そんな重要な役割を任せられるかド阿呆!」

 さすがにここまで言われると腹が立つが、しかしそんな重役任されても、役割を放棄して逃げ出したくなるだけだ。といってもどこへ逃げ出すかを考えれば、任されれば最終的には引き受けるしかない。それを思えばまだ……

「さっさとくたばっちまえ糞爺」

 我慢はできた。本音を包み隠して話そうと思っていた言葉も用意していた。だが本音がもれ出てしまった。

「今何つった?」

「何も。喜んで引き受けさせていただきます」

 別にあわてることもなく、用意していた建前を冷静に口に出す。

「それで、引き受けるのはかまいませんけども。あちらさんまでどうやって行けと」

 アースのバッテリーは持って半日。予備バッテリーを担いでいけば、その分だけ移動可能な距離は伸びるが、そんな長距離をアースの中で過ごすなんて自分が耐えられそうにない。

「装甲はついてないが、その分移動速度の速いコロニー用の輸送車両ならある。あれを使えば丸一日あれば合流できるだろうよ。ドライバーも用意しよう」

「ああ、下手すりゃ野生動物の襲撃でも壊れるって評判の……」

 元々はただのトラックで、しかも搭載スペースはただの荷台だから野晒しで、乗り込むには外の放射線を短時間だが浴びることになるという。防護服を着れば多少は軽減されるが。

「動いてりゃ獣は追いつけねえし、アースに乗り込むのに外に出なくていいようコンテナを載せる。運転手はこっちで用意する。そっちは家に戻って万が一に備えとけ」

 何にせよ、拒否権は無い。頭も少しはこっちのことを考えてくれてるようだし、やらなきゃ自分の生活も危うい。それならするしかないだろう。

 どうにも、エーヴィヒに関わってから碌でもないことばかりだ。

キカプロコン二次審査突破のサプライズプレゼントとして、本作のヒロイン「エーヴィヒ」のイラストをいただきましたので、この場にて紹介させて頂きます(前の話にも上げてるけど)

挿絵(By みてみん)

絵師様に感謝



ついでに軽く設定も放出

エーヴィヒ

戦前に行われていた、記憶を継承するクローンの被験者。肉体のスペアがいくつかある。意識の入った肉体が死亡すると、死亡時の記憶を受け継いだスペアが起動して、任務を続行する。

アルビノなのは、度重なるコピーのせいで遺伝子が劣化しているせい。

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