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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第二章 明日への逃避
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謹慎命令

遅れました。申し訳ございませぬ。

 日が傾いて、スモッグ越しの光がコロニーを橙色に照らす時間。夕暮れ時。交代に来たスカベンジャーに後の仕事を任せ、帰宅途中に今日あったことの報告のため、頭の居る体育館に寄る。

 いつも通り衛兵に顔パスならぬ声パスで通してもらい、中へと入り、いつも通り上着を脱いで奥へと進む。


「頭! 居るか!」


 空洞の空間では声がよく響く。これほど大きな声を出さなくとも、この建物の中に居れば十分聞こえるはずだ。


「うるせえな……人が折角気持ちよく昼寝してたってのに。どうしたクロード」


 壇の奥、カーテンに包まれたステージ裏から、髪の一本も生えていない(あたま)を掻きながら(かしら)が出てくる。言葉通り先ほどまで寝ていたのか、顔にも声にもいつものような気合が感じられない。

 これなら、報告をしても寝ぼけていて怒られないだろうか。いや、そんなに都合のいいこともないだろう。きっと話を聞けば目が覚めるに違いない。だが話さずにいれば、報告が遅いとさらに怒られるのは目に見えている。こういうのは早い内に話しておいた方がいい。


「昼間、支配階級から直接の接触があったんで、一応報告に来た」

「……あんだって? 詳しく聞かせろ」


 やはり上がらみの事になると目も覚めるか。頭にとっては唯一の上司だし、当然だな。事実をありのままに報告してしまえば一体何を言われるやら。いやいや、何か言われるだけで済むのならそれ以上のことはない。どんな処分が下されるか、それが心配だ。


「支配階級と、その護衛が来まして。頭の所在を聞かれたのですが、知らなかったのでそうと答えると、いきなり『死ね』と言われ撃たれかけまして。咄嗟の事だったので、つい反撃で両名とも撃ち殺してしまいました」

「……」


 目を見開き、しばしの間沈黙。それから頭を何度も掻き毟り、両拳を握りしめて何やらもだえ始める。何か言いたい事があるが、言いたいことが多すぎて纏まらないと言った様子だ。俺もたまにあんな感じになる。


「このっ、大馬鹿野郎が! 死ねと命令されたら大人しく死んどけこの無能! 屑!」

「そうは言われましても。誰だって命は惜しいですよ。それにほら、どうせあの殺し屋と同じように死んでもきっと生き返ります」


 だから問題ない、とは言わない。上司のさらに上司に歯向かったことが問題であって、生き返るかどうかが問題点ではない。それはわかっているが、頭が思うほど重大な事をやらかしたわけではないと弁解して置かなければ、どれほど重い罰を下されるかわかったものじゃない。

 

「そういう問題じゃない、この無能!」

「いや、そりゃわかってますがね。頭だって死ねって言われたら素直に死ぬんですかい?」

「やかましい口答えするな! てめえは上司の命令に黙って『YES』と答えりゃいいんだ! わかったか!」


 黙っていればいいのか、それともYESと答えればいいのか。大いに矛盾する要求だが、これ以上何か言っても火に油を注ぐだけだと思って引き下がる。


「……イエスボス」

「黙ってろつったろ! てめえは処分が決まるまで自宅謹慎だ! わかったな!」

「……」

「何とか言えこの屑が!」

「イエスボス!」


 面倒臭い。黙ってればいいのか、返事すればいいのか、どっちかハッキリしてくれよ、と心のなかで呟いた。もちろんその不満は口には出さない、黙れと言われてるし。回れ右をして体育館から出て行く。外にでるとすぐに衛兵に呼び止められ、足を止める。


「おいクロード、今度は一体何をやらかしたんだ。怒鳴り声が外まで聞こえてきたぞ」

「仕事中にクソに撃たれそうになったから先に撃ち殺したら、怒られた。そんだけだ」


 誰に撃たれそうになったかは言うか、言うまいか迷ったが、結局言わないことにして適当にぼかして答える。支配階級を撃ち殺したなんて言ったら、混乱するに決まってる。


「働き蜂かゴミ共か、どっちに襲われたかは知らんが。頭もその位で怒るなんてなぁ……よっぽど虫の居所が悪かったんだな」


 本当のことを言えば、怒る理由も納得するだろうか。多分納得するだろう。しかし、説明するのも面倒なのでさっさと帰ることにする。


「そうだな。自宅で謹慎してろとも言われたし、帰って休暇を満喫するよ」

「謹慎は休暇じゃないぞ」

「中身は同じだろ、どっちにしても家でだらだらするだけだ。じゃあな」


 呆れられているのか、笑われながら見送られる。


それからしばらくして、何事も無く家に辿り着いた。玄関には既に一人分のガスマスクと防護服がかけられていて、そのサイズからいつもの奴が居るのだとわかりため息を吐く。

 

「おかえりなさいませ」

「ただいま。お前は相変わらずだな」


 もうこいつが家にいることが当たり前になっていて、当たり前に返事をしてしまった。遠慮というものを欠片も見せず、堂々とソファに座って合成食料の蓋を開けている。そんなのはいつもの事だ。いつもの事になってしまった。当初はどうにかして追いだそうと考えていたのに、今ではその気すら起きないまでに、慣れてしまった。

 しかしそれでも、玄関を開いた瞬間に額か腹に穴を開けられるよりかはマシだと自分に言い聞かせて、空腹を満たすために冷蔵庫へ向かう。朝にチューブ一本食ったきり何も腹に入れてない。冷蔵庫からチューブを一本取り出して、中身を吸ったらゴミ箱へ捨てる。


「……まず」


 会いたくもない相手が家に居座っていて、ただでさえ嫌な気分だというのに。そこへさらに最悪な味の飯が追撃を仕掛けてくれるおかげで、気分は一気にどん底だ。どん底の気分でも、こいつには聞かなきゃいけないことがある。実に最悪だ。


「支配者様は、撃ち殺したことについて何か言ってたか」

「スマートな体に戻れた、と喜んでいましたよ」

「朗報だな」

 

怒っていない事に関しては喜ぶとしよう。だが知りたくもない事を知ってしまったのは複雑な気分。まさかこのコロニーの支配階級が、上司の上司に当たる人間が、殺されて喜ぶような異常性癖の持ち主だったなんて。今までそんな奴の下で働いてたと思うと、悲しくなってしまう。


「それ以外は」

「監視に戻れ、とだけ言われました」


 結局、下克上しても状況は変わらず。悪い方向に変わらなかっただけ良しとしようか。

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