来客
またしても適当なサブタイ。
第~話とか、楽でいいんですがね。
翌日。
クソ共へのお礼参りに出かける遠征組、あるいは侵略組とも呼べるスカベンジャーのメンバーを見送って、本日の業務に取り掛かっている。久々に、ゆっくりと。椅子に座ったまま通りを監視し続けるという簡単な仕事を、のんびりとこなす。
通りは疎らにしか人が歩いておらず、そのどれもが工場で働く人間たち。間違っても何かするような連中でないことはわかっているので、ただぼんやりとしたまま、時間が過ぎていく。
監視していても何か起こるわけでもなく。誰かに話しかけられるわけでもなく。何の刺激もなく、実に退屈だ。だが、それがいい。変わらない日常。何も変わらず、当たり前に過ぎていく時間。それがどれほどありがたいものかは、ここ最近の出来事で嫌になる位理解した。
だからこそ、今視界の隅に入った白い髪を見なかったことにして、トイレ休憩のためだと自分に言い聞かせて席を立つ。今ならまだ相手からは目視されていない。そうに違いない。
「そこの椅子から立った君。待ちたまえ」
聞いたことのない男の声が後方から聞こえてくる。それが誰に向けて放たれた言葉かはわからないが、おそらく自分ではないだろうと判断して路地へ潜り込もうとする。路地に逃げ込みさえすれば間違いなく追いつかれることはない。
そして、数歩。大股かつ早足で進み、路地まであと一歩というところで、腕を掴まれた。
「クロードさん。あなたのことです」
今度は聞き覚えのある声が、すぐ後ろから聞こえてきた。おまけにご丁寧なことに俺を名指しで呼び止めてくれたので、立ち止まらないわけには行かなくなった。できれば今すぐにでもこの腕を振り払って路地に逃げ込みたいところだが、こいつの連れてくる人間を考えればそれができないのはわかってしまう。
いっそコロニーについて何も知らない暗愚であれば、無視するという選択肢もあったろう。だが中途半端に知っているせいで、その選択肢はどこか遠くへ飛び去ってしまっている。
表現しようにも、今の気持ちを表現する語彙が無いために表せない微妙な感情を抱いたまま、後ろへ振り返る。できれば予想が外れていてくれと願いながら。
「はじめまして。君の話はよく聞いてる」
そこに居たのは男。明らかに、自分たちとは異なる容姿、体型の男だった。ゴミならばやせ細り、棒のような体をしている。働き蜂やスカベンジャーならば、ゴミよりはマシだがそれでもまだ痩せている。しかしこいつは、そのどちらでもなく。分厚い防護服である程度着膨れしている事を差し引いても、太っていた。どちらでもないということは、残る答えは一つだけ。
それは、最悪の予想が当たっている事を意味していた。ガスマスクを付けていたのは幸運だった、戸惑いと衝撃で引きつった無様な顔を見られずに済んだのだから。
「……どうも。支配者様がこんな汚い場所までやって来て、私のような下っ端に何の御用で?」
直接手を下しに来たわけじゃないだろう。こんな丸い図体で、そこまで俊敏な動きができるとは思わない。本気で殺すのならアース位持ってくるだろうし。
「最近、あの薄毛が何か良からぬ事を企んでいるようなのだが、私には情報が回ってこないのだよ。今朝も装甲車が何台かコロニーの外へ出て行ったが、報告の一つもないのはどういうことかとね。それで彼に会いに行ったら、今日は何処かへ消えていたから、探しているのだよ」
……汚染区域まで降りてきた理由はわかった。つまりは頭が報告すべきことを報告しておらず、それに怒って問い詰めに降りてきたら、頭はどこかへバックレていたと。足が悪いから誰かの協力なしには体育館からは出られないはずだが、まあそれはそこらのやつに命令すれば問題ないか。
おかげで、面倒な仕事がこっちに回ってきた。上司が仕事をしないのはキツイな。
「申し訳ありませんが、頭の居場所は私にはわかりませんよ」
「確かにあの薄毛のことも気にはなるが、私が聞きたいのは別のこと。今までにない規模の戦力が外部に出て行った理由だ。知っているのだろう? 話してくれたまえ」
どういう意図があっての質問かはわからない。だが、果たして話してもいいことなのだろうか。頭が話さなかったのは、それなりの理由があってのこと……かもしれないし。ああ、でも頭だし何も考えてなかったというのも十分に有り得そうだ。
しかし、どうするか。タダで教えるか、それとも何か対価を要求するか。
ここは大人しく尻尾を振っているふりをしよう。変に欲張って危険を増やすこともないだろう。
「以前、このコロニーを襲った賊の拠点へ、報復しに出た。私が聞いているのはそれだけです。実際にどうかは知りませんがね」
「そうか……あまり住人が死ぬのは望ましくないのだが。まあこれは君に言ってもしかたがないことか。ありがとう。もう用事は済んだ」
自分のすぐ横で、パチン、と留め金を外す音が聞こえた。目を動かして、そちらを見る。
「死にたまえ」
その言葉と共に向けられた銃口。それに対して冷静に判断して動けたのは、日頃の成果だろうか。リボルバー式だったのでシリンダーを掴んでトリガーを引けないようにして、空いた右手でナイフを抜き、逆手に持ってガスマスク越しの眼球へ突き刺す。
判断してから行動に移るまで、ほぼ時間差がなかったのは、こいつを殺すことに慣れてしまって抵抗が一切無かったからだろう。しかし、これでキルカウントは幾つになるだろうか。結構な回数殺している気がするが。
まあそれはともかく。
「何か言い残すことは」
左手で拳銃を抜いて、支配階級の男に向ける。今まで貯めこんできたストレスが強い怒りに変換されて、それに突き動かされるように引き金に指をかける。
やはり心中に抵抗はあるが、それでももう我慢ならない。こいつのけしかけた殺し屋のせいで何度命の危険を経験したものか。その一端でも味わわせたい一心で、一言脅す。
「機体の操縦技術だけでなく、生身の反応速度もいい。私の部下にならないか、優遇するよ」
「そうかい」
積もり積もった怒りに対しては、あまりに軽い引き金を引く。パン、と軽い音が工場の稼動音に混じって短く響き、図体のでかい男はピンク色の脳漿と真っ赤な血、それと白い頭蓋骨の破片をまき散らしながら、地面に倒れた。
またしてもやってしまったという後悔の念が湧いてくるが、どうせエーヴィヒと同じように生き返るだろうと自分の中で問題の論点をずらして仕事に戻る。
「……おっと、いかんいかん」
エーヴィヒの眼球に突き刺したままのナイフを抜き取り、袖で血を拭って鞘に収める。それから通りを見渡せる椅子に座り、交代の時間を待つことにする。
今日は何事も変わりなく、平和な一日だ。




