表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第二章 明日への逃避
54/116

返却 前編

お股せしました?

今日はちょっと長め

 正午。午前と午後の境目。曖昧な時間。体育館に到着した時間。

 アースから降りてすぐに顔パスで警備の羽に通してもらい、頭の待っているであろう体育館の中に足を踏み入れる。扉を一枚潜り、次の扉を通る前に汚れた上着とガスマスク、靴を脱いで、汚れを持ち込まないようにする。

 そしていよいよもう一枚の扉を押し開き、複雑な思いを抱きながらお客様と対面する。体育館の奥に見えるのは、いつも通り一段高くなっているステージに鎮座する我らが頭。そしてその下、俺とエーヴィヒと同じ高さに立っている三人。大人二人に挟まれた子供一人。彼らがアースの回収に来たお客様だろう。ただ、なぜ子供を連れて来ているのかが理解できない。


「遅かったじゃねえか!」

「お客様を守るために少し怪我をしましてね。痛くてなかなか準備が進まなかったんですよ」


 予想通りに飛んできた頭からの文句に、あらかじめ用意しておいた答えを返して、体育館の中心に向けて歩いて行く。それに遅れてエーヴィヒが後ろをついてきて、お客様の六個三対の瞳がこちらを捉える。

 真ん中まで進んだ程度で一度足を止め、頭に目を向けて質問をする。


「それで、怪我人を至急と前置き付けて呼び出すとは一体どのような用件でしょうか」


 こちらも予想はつくが一応聞いておく。外れていても困るし。


「そこのガキが、お前に会いたくて来たんだと」

「はぁ……は?」


 視線を頭から、偉そうに腕を組んでこちらを見る子供に移す。そしてまた頭に視線を移す。何も答えない。


「……何の用事で?」

「ここが襲撃されたっていうから、恩人が無事かどうかを見に来た」


 恩人。そのワードに反応して記憶の中から、自分が恩を売った相手を思い出そうとする。しかしここ最近刺激的な出来事が多すぎて、どうにも印象の薄い出来事は忘れてしまい思い出せない。


「失礼を承知して聞くが、どちら様?」

「……アンリだ! 忘れたのか?」


 アンリ。アンリ……確かそんな名前を、つい最近聞いたような。

 しばらく腕を組んで唸りながら記憶を辿り、ようやく解に辿り着く。


「ああ、先週のガキか」


 支配階級に親をぶっ殺されたから、集落まで連れて行けと頭に命令され。コロニーから出発する際にエーヴィヒに襲われ。その日からだ。人生最悪の日ランキングが随時更新されることになったのは。

 単なる偶然。そうとわかっていても、気分が悪い。


「俺が無事かどうかだが、見ての通りだ。用事はそれだけか?」


 もしそうならとっとと帰れ、と付け加えようとしたところで、真剣な面持ちの護衛が一人、一歩前へ出てきた。用件の本命は言うまでもなく、考えるまでもなくこちらだろう。


「いいえ、たったそれだけでこんな危険な場所までは来ません。アースの返却をお願いに来ました」

「……はぁ。やっぱりか」


 全く予想通りの用件に、ため息を一つ。


「何か不都合なことでもあるのか」

「何度も修羅場を一緒にくぐり抜けたせいで、愛着が湧いてな」


 かなりオブラートに包んで、今の機体の状態を表現してみるが。果たして伝わるだろうか。伝わったとして、無事に済むのだろうか。


「あれは貴重品だ。貸した時にそう話されたはずだろう」


 ああ、ダメだ。真意がまるで伝わっていない。布一枚で覆い隠した程度の表現で本音を読み取れなくなるとは、なんて知的とはかけ離れた存在なんだろう。

 かく言う俺も、それほど知的とは言いがたいが。こうなると、機体の様子をありのままに説明するしかない。気は進まないが。


「ああ。うん、まあ、そう言われたがな」


 そして、こうとも言われた。壊さずに返せと。それに対して俺は善処すると答えた。そう答えた結果が、外に停めてあるボロボロになった機体だ。一回ぶっ壊れて、修理して、もはや別物となった機体でも許してもらえるだろうか。


「どうした」

「……全財産を投げ売って修理したが。やっぱコロニー産のとは規格が違うからな。元通りとはいかなかった」


 そう話すと、護衛の表情が大きく歪んだ。感情の均衡が崩れ、天秤が楽観と焦りの間。平静の状態から大きく傾く。どちらかに傾いたかは、もはや言う必要もないだろう。


「ッ、機体はどこにある」

「外だ」

「そうか!」


 慌てて走りだす護衛の一人。真横を通り抜ける際に足を引っ掛けて、転ばせる。広くて静かな体育館には転んだ音がよく響いた。


「貴様!」


 怒りか羞恥かそれとも受け身を取れず無様に顔面を強打したからか、あるいは全部か。ともかく顔を真赤にして起き上がり、殺意すら感じさせる表情でこちらに迫るお客様。胸ぐらを掴もうと伸ばされた腕を左手で払いのけて一言。


「外にでるならマスクを付けろ」

「偉そうに……ぶっ殺すぞ屑」

「死にたいならマスク無しで出ればいい」

「お前らと違って、俺達はマスク無しでもッむぐ!?」


 エーヴィヒが後ろに居る以上、この続きを言わせたら不味い事になる。そう判断し、指を口の中に突っ込んで舌を掴み、強制的に黙らせた。それから相手の耳元に口を寄せ、後ろに控える彼女に聞こえないよう小さな声で警告をする。

 

「支配階級の殺し屋が見てる。今俺の後ろにいる女がそれだ。死にたくないなら指示に従え。OK?」


 そう言って、舌を離す。


「……わはった」


 了承してもらえたようなので、指を抜く。唾液で濡れた指をズボンの裾で拭いたら一歩横にずれて、入り口までの最短距離の道を開ける。そして言ったとおりにマスクを付けたお客様の一人が、外へと出て行くのを見送ったら、もう一人に目を向ける。


「……で、返せって言うならそっちも俺の機体を返してくれるんだよな?」

「勿論。と言いたいところですが。こちらも注文したパーツが届かなくてですね」

「まあ色々あったからな。仕方ないだろ。我慢しろクロード」

「まさか頭、俺にアースなしで過ごせって言うんですか?」

「怪我してるんだ。何かあっても出撃できねえだろ」


 まあ、一理あるが。それでもいつも持っている、身を守る鎧が無いとなんとなく不安になる。何かあった際に無防備で、殺されるのを待つだけという状況など、想像するだけで体が震える。

 この前はアースから降りて生身で化物をぶち壊したが、あれは頭が恐怖でちょいとおかしくなった末に取った異常な行動だった。普通に考えるなら無謀極まりない行動で、無事生きて戻れたのはまさに奇跡だし。


「自分の身に危険が迫ったら、そんな悠長な事は言ってられませんよ」

「コロニーを襲ってきたクソどもは壊滅させた。捕虜を痛めつけて得た情報では、もうその敵の本拠地に新しい脅威を送り込んでくるだけの戦力はない。そのクソガキも、刺激しない限りは殺しに来ることもない。ならこのコロニーのどこにそんな危険があるって言うんだ?」

「それは……」


 捕虜に吐かせた情報が嘘で、新たな部隊を送り込んでくる可能性がある。そう言おうと思ったが、それは自分の仕事が雑でしたと宣言するようなものだ。喉まで出かかった言葉を飲み込み、もう少し違う言葉を考えてみる。


「店で商品をもらっておいて、料金はツケ払いなんて認められんでしょう」

「あのなぁ……お客様といい関係を保つために、ちっとは協力しようって気にならねえか? ならねえならそれでもいい。こっちも考えがある。歯車が一個回らなくなったら取り替えるだけだ」

「……っ」


 組織の利益のためなら、一個人の不満など踏み潰しても構わないという考えは、非常に合理的だ。たった一人が我慢するだけで全体が得をする。だが、合理的だからといって納得がいくとは限らない。

 だが、納得するしか無い。そうしなければ、踏み潰される。それが組織に所属する者の定め。歯を食いしばり、俯いた状態で返答を絞り出す。


「わかりました。ただ、返却する前に武装は取り外させてもらいたい」

「おう、武器はお前の持ち物だからな」

「この屑め! よくも貴重品をあそこまでボロボロにしてくれたな!」


 そう言い放ったのは、さっき外に出て行ったお客様。確かに、あの状態の機体を見てきたならそう言いたくもなるか。


「よくも……よくも!!」

「……弁解の余地もない。すまない」


 大人しく頭を下げて謝罪する。が、髪を掴まれ顔を上げさせられる。痛いし、最近抜け毛が気になっているので、それへの心配も。


「謝って済む問題か! あれが私達にとってどれだけ貴重なものか、お前にはわからないだろう!」

「すまん」


 言われた通り、こいつがそこまで怒る理由はわからない。俺の認識としては、ただスペアパーツがない代わりに性能が高い……高かったアース。それだけだ。貸したものをボロボロにして返されて怒るのは、まあわかる。俺が貸した側の立場なら、俺だって怒る。だが、それだけでここまで怒りはしないだろう。ここまで憤慨するには、やはり大層な理由があるのだろう。

 その理由は知らないし、知るつもりもないが。


「もう、いい……死んで詫びろ!」


 そう言って、髪を離されナイフを向けられた。彼らからすれば、俺のしでかしたことは反論の余地もなく、反撃してはならないほどの罪なのだろう。だが、誰だって死ぬのは怖いし嫌だろう。だから反射的に手が出てしまうのは、当然のことだ

 頭が働くより前に、体が動いた。まずはボディに一発。怪我をしていない左手で殴る。


「っ……!」 


 動作スピードを優先した一撃にそれほどの威力はなく。一撃で相手をのすことは出来ないが、くの字に曲がり頭が下がったところへ、肘を振り下ろすといい感じに後頭部へ肘が刺さった。ナイフを片手に持った彼女は頭を抱えて地面に膝をつく。その膝をついた状態の顔の高さが、膝を叩き込むには丁度いい所にあったので、つい追撃を一発、顔面に膝蹴りを食らわせて、ノックダウンさせる。

 少しやり過ぎたと思いながらも三歩ほど下がり、拳銃を抜いて安全装置を外し、床に倒れ伏した彼女に向ける。あれだけやれば気絶してるだろうが、念のためだ。念のため。


「悪いとは思ってるが、さすがに殺されるのは嫌だからな。いいだろう、頭」


 先に殺そうとしてきたのは相手だし、さらに言うなら俺は殴っただけで殺していない。相手がお客様だとしても、問題は……ないな。無いはず。


「問題ない。いくらお客様とはいえ、どんな理由があろうとこれ以上貴重な人材を減らされちゃかなわんしな」


 さすが頭だ。話がわかる。


「で、お客様よう。機体がボロボロになってるって話だが、たった今起きた俺の部下への殺害未遂。昨日のお前らを守った分。さらに遡って、お嬢ちゃんをコロニーから集落に送り届けた分。あとはそいつのアース返却の延滞料金でチャラにしといてもらえるか」

「……私個人の意志では、如何ともしがたいですな。お嬢様は、どうお考えになりますか?」


 無事な方の護衛は、まるで責任を取りたくないかのようにクソガキに答えを求めた。責任を逃れたいのなら正しい行動だ。後になって追求された時に、「――がこう言っていた。だからそうした」と他人に責任を擦り付けるために。


「……うん!? ま、まあ、一回は助けてもらった恩もあるし……いいんじゃないかな? と思うよ。おばあちゃんも、事情を話せば多分わかってくれると思う」


 自分に話を振られるとは思っていなかったのか、狼狽した様子で答えるアンリだった。


「ババアがこっちの話がわからねえほど耄碌してんなら、さっさと降ろして新しいやつを長に立てろ。クロードは話が済むまでに武装を降ろして戻ってこい」

「ここで寝てる馬鹿はどうしたらいいですかね」

「放っとけ」

「了解。では一旦家に戻ります」


 回れ右をして、入り口へと戻っていく。その後ろを、今回は一言も話していないエーヴィヒが付いて来る。無言で付いて来るのは正直不気味なので、やめて欲しいところだ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ