対話
お待たせしました。その割にやっつけクオリティ。
閉めきったまま開かれる事のない窓から、光が差し込まなくなる時間。やる事もなければできる事も無いので、一人でソファ兼ベッドに寝転がって天井を眺めていた。本当は寝たいのだが、肩の痛みで目が冴えて、寢るに寝られず仕方なくこうしている。
何もしていない時間はやたらと長く感じる。一人のほうが落ち着いていいものだが、本の一冊でもないと暇で仕方がない。コロニーの図書館にでも行って借りてこようかとも一瞬思ったが、日が落ちてから怪我人が出まわるのは自殺と何ら変わらないとして、すぐさま却下する。
「……飯でも食うか」
飯を食ったらどうするか。腹が膨れたら眠くなるだろうか。眠くなったところで眠れるだろうか。痛みを意識しないために、そんな普段ならどうでもいいようなことを考えて、冷蔵庫まで歩く。歩く度に振動が傷口に響いて痛む。左手で扉を開き、左手で目的の物を取り出して、左手で扉を閉める。それから片手でキャップを開け、よく冷えた中身を一気に飲み込む。
……不味い。今までに何千回とこの糞不味い合成食料を食ってきたが、今日に限って美味になるわけもなく、当然不味い。いつものように吐き気をこらえて、蒸溜水で口の中を洗い、流し場に残渣を吐き出す。それからすぐに、ゴミをゴミ箱に捨てる。
あまりの不味さにかえって目が覚めたが、しばらくすれば胃に血が集まって眠くなってくれるだろう。また、痛みをこらえながらソファーまで戻って、眠くなるまでのんびりと座っておく。
「……」
それからすぐに、玄関の扉が開く音がした。こんな時間に一体誰が来るものかと考えて、思い至るのは一人だけ。昼間に俺が殺したあの監視役。だがそうでない可能性もあるので、枕の下に置いてある拳銃を左手で漁り、痛みを堪えながら両手で構える。それから、入ってきたのは、やはり予想通りの客だった。
「こんばんは。お邪魔します」
「邪魔するなら帰れ」
予想があたっていたことに安堵しつつ、それでも警戒は緩めず拳銃は向けたまま冗談を言う。筋肉を動かしているせいで、包帯を巻いた右肩が激しく痛むが、相手に殺意がないことと、凶器が無いのを確認するまで構えを解くわけにはいかない。身の安全のために。
「ではお邪魔はしないので、入ってもよろしいですか?」
「その前に。武器は持ってないな」
「……護身用の拳銃程度なら」
「弾を抜いて床に置け、ゆっくりな」
命令すると、彼女は特に歯向かってくることもなくスカートをたくし上げる。白い肌に黒い下着と、同じく黒色の太腿につけられたホルスター。それからリボルバー式の拳銃を抜いて弾倉をスイングアウトさせ、弾を床にばら撒く。キンキンと甲高い音を立てて落ちる弾丸六発。その中には空薬莢が二つ。
「誰を撃った」
言った通り緩慢な動作で床に銃を置く彼女に尋ねる。彼女が撃った相手によってはこいつを頭のところまで連れて行かなくちゃならなくない。しかし、腕の痛みを堪えながらそんな面倒なことをしたいかと言われれば、断固として否であり。そうならないことを祈るばかりだ。
「襲われたので、仕方なく撃ちました。少なくとも、あなたのお仲間ではありませんよ」
「ならいい。武器はそれだけか」
「はい」
今回ばかりは、こいつの言い分を信じることにしよう。一々確認するのも面倒だし。
向けていた銃を下ろして、痛む肩を撫でながら立ち上がり、彼女の方へ近寄る。それから床に置かれた弾丸と銃を拾って懐へ入れ、顔を上げれば、見知った殺し屋の顔。
「入っていいぞ。歓迎はせんがな」
「その前に、話があります」
「……昼のことか?」
「はい」
どうにも、嫌な予感がする。嫌な予感は必ずと言っていいほど当たるから、きっと今回も碌でもないことになるんだろう。
「昼にあったことをご主人様に報告しました」
「……それで、何て? 俺を殺すようにとでも言われたか?」
「そうですね。なにせ、ご主人様の方針に従わない反逆者ですから」
実に恐ろしい宣告に、思わず頬が引きつる。せっかく少しは気を緩められると思ってきたところでこれだ。可能ならという言葉に引っかかりを覚え、そうでない場合のことも聞いてみることにする。
「無理なら?」
「懐柔しろと」
「懐柔な。無汚染地帯で暮らす権利をくれたら喜んで尻尾を振る。次に死んだらそうご主人様に伝えてくれ」
とても無理な要求だというのは、前例が無いことからわかっている。今までこのコロニーで生きてきて、スカベンジャー、あるいはその他の人間が支配階級の住む無汚染地帯に移住できた、なんて話は聞いたことがない。
「ご期待に添えるかどうかはともかく。話すだけはしておきます。ただし、こちらからも一つ要求が」
「期待に添えるかどうかはともかく。聞くだけは聞いておこう」
どうせ、碌でもない要求なんだろうが、俺だって要求を一つしたし。こいつからの要求を聞くことでお相子。帳消しだ。
「今日の昼にコロニーへ入って来たミュータント。あなた方の言うお客様を殺してください」
「……それはできんな。俺だって死にたくないし」
以前、お客様の来訪日を支配階級にリークした馬鹿をぶっ殺したことからの予測だが、スカベンジャーとミュータントは友好的な関係を結んでいて、それを乱すものには死を。それが頭の方針なのだろうと思う。彼らの恩恵を受けている一個人としても、その方針には概ね賛成だ。
対して、こいつのご主人様の方針はミュータント殺すべし。上と下とで方針が真逆を向いているのなら、衝突は避けられない。
「ミュータントを庇うのですか」
そしてそのしわ寄せが、下っ端に寄ってくると。勘弁してほしい。
「お客様を守るのが俺達の仕事だ」
「仕事のためなら死んでもいいと?」
「お客様を殺せば俺が殺される。かといってお前の要求を突っぱねればこれまた殺される」
やってられんな。だが、どうにかしてこの状況をうまい具合に切り抜けないと、平和に天寿を全うするなどとうてい無理だ。
「だからこうしよう、俺の見てないところなら何も言わないし止めもしない。好きにすればいい」
これが俺にできる最大限の譲歩にして、最良の選択だろうと思う。自分で殺せば他のスカベンジャーに殺されるし、こいつからの要求を完全に拒否しても、命が危ない。その点これなら、完全に要求を突っぱねるというわけでもなく、自分で手を下すわけじゃないからスカベンジャーに殺される心配もない。悪い考えではないが、良い考えでもない。結局は現状維持と何ら変わらない。
「結局、今までと何も変わりないのでは?」
「……」
やはり無い頭で考えて出した程度の答えでは、長い年月を生きている化物には敵わないか。
「そのとおりだ」
「まあ、構いません。私もこの要求を飲んで頂けるとは思っていませんでしたし、一歩でも前進できたのならばそれでいいです」
……結局言質を取られただけで終わってしまったか。まあ、こいつもご主人様に話を通してくれるとは言ったし。昼に殺したことについては別に何とも思っていないようだし。それでもいいか。




