お隣さん
相変わらず適当なサブタイです。そして残念ながら、モンスター文庫一次落選。
ギリギリと、強く腕を締め付けられる圧迫感と、それに伴って発生する傷口の痛みに歯を食いしばって耐える。痛い。しかしこうせずに放置していれば傷口からの出血が収まらず、おまけに傷口を外界の汚染から守れず、肉がどんどん腐ってこれの比にならない苦痛を味わった上に腕を切り落とさなければならなくなる。
それを思えばこの程度、安いもの……と、そう簡単に割り切れたら苦労しない。
「ーーー!!」
その証拠として、こうやって痛みに耐え切れずとうとう悲鳴を上げる自分が居る。傷の手当をしてもらっている最中に、しかも女の前で。自分でも情けないとは思う。しかし痛いものは痛いのだ。ちっぽけなプライドなど、こんなにも強い痛みの前には徹甲弾に対するアルミ板のように脆いものでしかない。
「もう終わるわよ。おとなしくしなさい」
そう言われて、締めあげられた包帯による痛みにまた悲鳴を上げる。
「はいお終い。お疲れさま」
「ありがとう……全く、ひどい目に遭った」
処置の終わりを告げられたので、これ以上の苦痛を与えられる前にアンジーから離れ、包帯に覆われた肩を擦る。圧迫されているせいで激しく痛むが、撃たれた直後や処置の最中ほどではない。まだ我慢できる痛み。この痛みが治るまでの間ずっと続くかと思うと、泣きたくなるが。
「せっかく善意で治療してあげたのに、ひどい言われようね」
「お前のことじゃない、あの殺し屋のことだ」
不機嫌そうな顔をするアンジーにすぐ釈明して、誤解を解いておく。人肉食主義者でも隣人は隣人、できるだけよい関係を保っておきたい。
それにしても、最初から今になってまで、本当にあいつは碌な事をしない。初対面じゃ不意打ちで殺されかけて、逃げたらその後アースが故障するし。二度目の遭遇じゃ狙撃から逃げまわって、アースの片腕が故障するし。その次は殺し合いをする羽目になったし。それからしばらくは何もなかったが、今日は人から銃を奪ってお客様に襲いかかるし。嫌になる。だが嫌になったからといって、あいつは殺しても蘇るから、俺にはどうすることもできない。どうにかしようと思ったら、あいつの言うとおりコロニーから出ていくか、あるいは死ぬかの2つしか手段がない。
「ああ、あの子の事」
「そうだ」
「そこまでの事じゃないでしょう。あなた死んでないし」
「死んでたら文句も言えんだろ」
「だから、ラッキーじゃないの。あなた自分じゃ気付いてないかもしれないけど、なかなか幸運よ」
「どこが?」
むしろアンラッキーな気がするが。ミュータントのガキを送り届ける時が初回。その帰りが二度目。デモの鎮圧で三回目。コロニーを出て、他所のコロニーの連中を奇襲でぶっ殺して、四回目。撤退戦で五回目。それに昨日の戦争が追加されて、計六回。それだけの回数修羅場に遭遇しておいて、どこがラッキーだと言えるのか。是非聞かせてもらいたい。
「普通ならそう何度も命の危険に遭遇したりしないし、大体は二回目で死ぬわ。それを、あなたは六回も生き延びた。幸運だと思わない?」
「……そういう考え方もあるか」
今までは全く違う視点からの意見に、なるほどと頷く。確かにそう考えれば幸運と言えなくもないだろう。だが、それは結果だけに注目した場合。当事者である俺はどうしてもその過程にばかり目が行ってしまい、そういう見方はできない。
「そいつの言うとおり。最高にラッキーだよお前は」
「おぉう!?」
いきなり後ろの階段から声をかけられて、驚いて思わず飛び上がってしまう。そのせいでまた強く痛み始めた右腕を抑えながら振り向くと、元々は綺麗だったであろう禿頭を煤と油で黒く汚した修理屋が。
「後ろから話しかけるな。心臓に悪いだろ……で、どうした」
一言文句を言って、しっかりと相手の顔を見て用件を聞く。上がってきたってことは、多分朝頼んでおいた修理が終わったんだろうが。
「悪い。んで、用件はだな。修理が終わったからその報告に。手をいれる場所が大量にあって思ったより時間かかっちまった……その前に、喉が渇いたから水一杯くれ」
「はいよ。アンジー、蒸留水出してやれ。水は冷蔵庫に入ってる」
「なんで私が」
「俺は片腕動かせんからな。頼む」
「……仕方ないわね」
頭を下げて頼むと、彼女は渋々といった様子で冷蔵庫へと歩いて行き、そこから迷うこと無く蒸留水の入ったボトルを取り出して、プラスチックのコップに水を注いで戻ってきた。水を左手で受け取って、それを修理屋に渡す。
「ありがとよ。ああ、冷えた水は美味いな」
蒸留水に味は無いはずだが、乾きが癒やされる感覚を美味いと表現してるのか。ま、いいか。
「それじゃあ報告だ。まずは装甲。強力な爆発を至近距離で受けて、機体がバラバラになる寸前だったみたいだが、まあ一応装甲板の切り貼りで多少不細工になったが直せるだけ直しといた。で、一番肝心の中身だが、これがほぼ全滅に近い。ギアは歯がずれてるし人工筋肉はほとんどちぎれてたし、CPUは衝撃でぶっ壊れて動かないし。風船が弾ける前のシロモノだから、予備パーツやCPUの在庫なんてあるわけないしで。仕方ないから、性能は落ちるが在庫にある一番いいやつに変えといた」
……性能が落ちるのは仕方ないとして、問題はいくら金がかかるか。それに尽きる。まだ今回の件での特別報酬が出ていないから、額によっては貯金がすっからかんになるどころかマイナスになる恐れもある。もし特別報酬でさえそのマイナス分を埋められなければ、アースは売れないから家を売り払い。それでも足りなければ俺はとうとうゴミに成り下がることになる。
「……大体六十万くらいしかないんだが」
恐る恐る、聞いてみる。
「ああ、それでもいい。特別割引だ」
「いいのか? 大損だろ?」
この前の修理だと、いくら取られたんだったか。確か百四十万。今ある全財産はその半分以下。それを全部吐き出しても、おそらく今回の修理代にはとてもじゃないが足りないだろう。部品代どころか工賃にすら足りない。
「お前らの活躍のお陰で大黒字だ。今日の割引は感謝とお詫びの印だよ」
……確かに家から外に出ればそこら中にスクラップが転がっている。敵からコロニーを守るために死んだ仲間の機体とこのコロニーを襲ってきた敵の機体が、戦場となった道に沿って。どれだけひどく壊れていても、跡形も残らないほどに破壊されなければ使えるパーツはいくらかある。
となれば、そこらに転がるアースはこいつにとっては宝の山と。何もしていないのに、戦いが終わった後は街を歩くだけで丸儲け。羨ましい限りだ。
「スカベンジャーからゴミを漁ったのか」
コロニーを守るために、自分の生活を守るためにどれだけの弾を浪費したか。どれだけの金を失ったか。どれだけの恐怖を味わったか。それを知らずにただ死体漁りをして、部品を拾い集めて喜ぶこいつを見ていると、とても腹が立つ。皮肉の一つでも言ってやらないと気がすまない。
「そんな怖い顔すんなよ。礼とお詫びって言っただろ」
「別に怒ってるわけじゃないから気にするな」
俺達も昔の人間達の墓を漁って生計を立ててるんだし、それに関しては別にどうとも思わない。漁ってパーツを取って、売るのもどうぞご自由に。重い腰を上げて、ソファの下にある金庫のダイヤルを回して。かちりと鳴ったら開く。限りなくすっからかんに近い中身。そこから残っている札をすべてつかみ出してテーブルの上に置いて、すぐに閉じる。これで中に入っているのは小銭だけ。次の給料が入るまでは、しばらく貧しい生活を送らなければならないらしい。
「有り金はこれでほぼ全部。持っていけ」
テーブルの上に置かれた金の上に手を重ね、そのまま滑らせて修理屋の方へと出す。彼は渡された金を一枚一枚めくって数えると、そのまま汚れた鞄に突っ込んで椅子から立ち上がった。
「まいどあり。アフターサービスは無料だから、何かあったらまた連絡してくれ」
「ああ、ご苦労さん」
そして、玄関まで歩いて行く修理屋を見送る。
「そうそう、帰る前に一つ言わせてもらうが。こっちもお得意様が大勢死んで参ってるんだ。これ以上死なれたら本気で転職を考えなきゃならん。お前も注意しろよ」
「遠回しに死ぬなって言ってるのか?」
「……言わせんなよ。恥ずかしい」
黒く汚れた頭の後頭部の、少しだけ覗く肌色が赤くなる。それを見て、純粋に気持ち悪いと思った。
「気持ち悪いぞハゲ」
「うるせえ、さっさと死んじまえロクデナシ!」
思わず口に出たその言葉に怒ってしまったのか、バン、と強く扉を閉められた。築百年以上のぼろい建物なのに、そう乱暴にされては崩れ落ちてしまうかもしれない。もう少し静かに閉めてもらいたい。
「それじゃロクデナシ、私もそろそろ帰るわ。大人しくしてなさいよ」
それに続いて、ガスマスクをかぶって出て行くアンジー。今日は彼女に世話になったし、礼を言っておいた方がいいだろう。
「今日は世話をかけた。すまんかった。それと、ありがとう」
それを聞いた彼女は足を止め、一度こちらを振り返る。ガスマスクの向こうの表情は読めない。
「私が困ってる時に助けてくれればいいわよ。ギブアンドテイクってやつ」
「無いに越したことはないが。その時が来て、その場に俺が居たら」
「オッケー、確かにその言葉聞いたわよ」
俺よりもずっと高い操縦技術を持つこいつが、そうそう窮地に陥ることもないと思う。もしそんな状況に陥った時に、俺がこいつ一緒に居たならば、きっと共倒れになるか、俺が先に死んでこいつだけが生き残るかのどちらかだろう。
それで借りを返すってことで、いいか。
「じゃあ、お大事に」
さっきのハゲとは違い、静かに。優しく扉を閉められる。これで、家には俺一人だけ。しばらくすればエーヴィヒが来るだろうが、さて殺された事にはどんな反応をするのやら。




