騒動
ガキを連れて、ゴミ共の巣のど真ん中を突き進む。普段あまり縁のない場所であり、コロニー内で最も治安が悪く、さらにゴミ達にとっては美味そうな餌を連れて歩いているため、アースに乗っていてもいつ襲われるかわかったものじゃない。機体のカメラ越しに移る映像では、道の端でぐったりとうなだれていて、生きているのか死んでいるのかわからない人間や、やせ細っているのに目だけ野獣のようにギラギラと輝かせてこちらを見る人間が居る。そしてさっきから、本人たちは気づいていないのかどうか知らないが、機体後部に取り付けられたサブカメラが自分の後ろをついてくるいくつかの人影を捉えている。その数はおよそ十程度で、距離は二十メートルほど。ガキも気付いているのか、ここに来たときと比べると、少しだけ近くを歩いている。
さすがにうっかり踏んでは困るので少しだけ離させたのだが、その瞬間を狙ってついて来たゴミ達が一気にダッシュしはじめた。
「伏せろ」
ガキにそう言って地面に伏せさせ、左手で背中につけた実体ブレードを取り、右手に持ったマシンガンをばら撒きながら振り向く。工場区から響いてくる雑音に新たに銃声が加わり、ついてきたゴミ共の身体に風穴を開け、弾が当たった周りの肉ごと掻っ攫って後ろの空間へと流れていく。外れた分の弾が道端に座り込んでいたゴミに当たり、半身がはじけ飛び鮮血と肉片を撒き散らすが気にしない。ゴミがゴミをまき散らしたところで何にもならないし、飛び散った肉も付近のゴミが掃除してくれる。
さらに機体を左へ半回転させると、大体七人くらい挽き肉になった。残る三人は右腕の可動角度の外の左側へとすでに回りこんでおり、ガキをつかもうと手を伸ばそうとしている。それに対して機体をさっきとは逆。右回転しながら左腕のブレードを振り抜いて三人をまとめて殴り飛ばした。ブレードといっても切れ味などなく、胴体を真っ二つにとはいかない。叩き付けられた勢いで吹き飛ぶだけ。といっても、ただ生身の人間が長さ一メートル半、幅十五センチ、厚さ二センチの鉄板を勢い良く腹や胸に叩きつけられて生きているわけがなく、殴り飛ばした三人はぴくりとも動かない。
ブレードを背中に戻して警戒を解くと、刃物を片手に持ったゴミどもが集り始め、我先にと死体へ刃を突き刺し肉を剥ぎとって口へと運び始めた。見るに耐えない、全く醜い光景。自分たちの住む今の世界もなかなかに汚く醜いが、これを見たら少しだけマシに見えるのが恐ろしい。
「……今のうちに行くぞ」
「あわぁ!?」
空いた左手で地面に伏せ、頭を抱えて怯えているガキを持ち上げて走る。ゴミ共が新しい餌に夢中になっている間にこの区画を抜けてさっさと外へ出たい。重度汚染地域と生存不能地域を分けるゲートまで到達すれば、外からの汚染がきつくなるからゴミ共も追ってこれない。
「何、何!?」
走っているとガキが暴れて危うく落としそうになる。それを一々持ち直している暇など無いので、一度しっかりと命令する。もし落としたらこいつはその瞬間にゴミの餌確定だ。そうなると俺もこいつも困るので、一言だけ命令する。
「口を閉じて、動くな、しがみついてろ頼むから」
「……!」
「よしいいぞ」
今度は黙って、おとなしくなってくれた。おかげで少しは安定して持てる。言うことをキッチリ聞いてくれる奴はとても好きだ。
そしてまたしばらく走ったところで、ようやくコロニーの外周の壁。人類が生存可能な程度の汚染地帯と、生存不可能な深刻な汚染度の地域とを隔てる大きな壁に到達した。この壁は、上はほんの数メートル程度の高さに有刺鉄線が巻かれているだけの粗末なだけだが、下は地中深くまで打ち込まれており、外部の土や植物の侵入を防いでいる。その中央には、壁の大きさに見合ったサイズのゲートが。
周りを見渡して策敵するが、やはり生存不能地帯に近い場所なだけあり人の姿はない。ならもうガキを担いで移動する必要もなくなった。一度膝をついて、地面に近い高さでガキを放してやる。
「うべ……もう、動いていいの?」
「ああ」
ゲートの正面まで歩き、ゲート横のスイッチに触れて出てきたカメラに自分のアースを写す。その後間もなくカメラの上についたスピーカーのカバーが外れ、そこからガサガサとマイクを触るときに出るノイズが流れる。
『ガキはどうした』
どこか苛ついたような頭の声。連絡が遅くなったことを怒っているのだろうか。
「ちゃんと無傷で連れてきた。ゲートを開けてくれ」
『ならいい……おい、E3区画外側のゲートを開けろ!』
『あいさー』
ガチリ、と金具の外れる音がしたのでゲートを押すと、重苦しい見た目からは想像もつかないほど簡単に扉が開いた。ゲートの向こう側はやはりコロニー内部とは全く違う。見える範囲には建物も草木も存在しない、ひどく殺風景な荒野……汚染された土壌により、人が住めなくなった死の世界。壁の内側はまだ人間が生きているということで、活気あるいは生気というようなものが僅かながらに存在するが、外側にはこれっぽっちも存在しない。カメラ越しにも空気が死んでいる……と言えばいいのだろうか。そんな雰囲気がわかってしまう。
「……昔の人間は、馬鹿な事やったもんだなぁ」
風船が弾けた、とはなかなか上手い例えだと思う。歴史を学べばわかるが、人類の繁栄は風船のように膨らみ続けて限界を迎え、限界を迎えた瞬間に弾けた。そして残ったのは、わずかな人類の生き残りと、この汚染された大地。
こんなに辛いだけの世界を残して死んでいった先祖、人類は、俺達にこんな暗い時代をどう生きて欲しかったのだろう。必死に足掻きながら生きて欲しかったのだろうか。絶望の中に生み落とし、その中から希望を見出して欲しかったのだろうか。
そんな事を考えながら、死の世界への一歩を踏み出……そうとしたら、身体と機体の動きに同期ずれが起きてバランスが崩れ、機体が大きく揺れた。
「おっと……!?」
そしてその瞬間に、機体の胸部の装甲表面を弾丸が削り飛ばして行った。
「な、なんだ! 誰だ!?」
何が起きたかを理解する前に、叫びながら大慌てでゲートの外側へと転がり出て、叫ぶ。そして第二射が来ないことに少しだけ安心してから、頭を冷やして襲撃者の姿をセンサーで探す。反応は二つ。小さな熱源が一つと、大きな熱源がもう一つ。一つはガキのもので、もう一つがおそらく襲撃者のもの。
しかしさっきまで熱源はなかったことを考えると、おそらくはあらかじめ付近で動力を切った状態で待ちぶせしており、ゲートを通る瞬間を狙って発射したのだろう。もしもさっきの瞬間同期ずれが起きていなければ、胸部装甲を真横から撃ちぬかれて死後の世界で待つご先祖様の元へと旅立っていたところだ。
変な言い方だが、整備不足に感謝しなければ。
「ガキ!」
「ここに居るよ!」
慌てて転がったから機体で弾き飛ばしていなかったかどうか心配していたが、すでに壁の外に出ていて、ちゃんと返事もしてくれた。声の調子から察するにケガもしていないようだ……さて、ガキの無事も確認したところで、あとはどうすればいいか。反撃するか、このままゲートを閉めて逃げるか。
反撃してうまくいって、相手をぶち殺すことができたならそれでいい。しかし相手はゲートの内側から出てくる様子がないので、反撃しようとすればこちらからゲートを潜る必要がある。ゲートという狭い場所から中に入って、待ち構えている敵を撃つ。その前にぶち抜かれて終了だろう。よって却下。
帰ってきた時にまた狙われる可能性があるが、ここは逃げるべきだろう。伏せたまま壁に付いている手動閉鎖装置に手を伸ばして、レバーを下ろして作動させる。すると開いていたゲートがゆっくりと閉じ……るのかと思ったら、その間を真っ赤なアースが一機抜けてきたので、それに向かって肩に載せたロケットランチャーを一発発射してやる。が、やはり当たりはしなかった。命中の直前で加速して回避され、その後ろの壁にロケット弾が命中し、炸裂した。私の今乗っている探索用のアースではまず不可能な挙動。おそらくあのアースは競技用のもの。カラーリングにも見覚えがある。
「ランク持ちか」
競技用アースは非常に高価だ。探索用のアースが全ての人に同じように扱える量産型としたら、競技用は個人に最適化された調整を施してある完全なワンオフ。性能も扱いやすさも別次元と言っていい。そして競技用は大体が非常に高価で、俺が死ぬまで休まず働いたとしても買えるかどうかという代物。そんなものを持っているのは、支配階級に飼われているコロシアムの上位陣位なもの。掃いて捨てるような実力の俺にはまず勝てない。
が、勝つ必要もないしそもそも戦う必要もない。一まずはお互いに銃を向け合って、睨み合う。
「その子供をどこに連れて行くつもりかな?」
「どこだっていいだろう」
「うーん、確かにそうだけど。連れて行かれたら私怒られちゃうんだ、渡してくれる?」
「馬鹿を言うな、俺だって連れて行かなきゃ怒られる。怒られて給料カットされて、下手すりゃ明日の飯だって食えなくなる」
「私は君の生き死になんてどうでもいい、私が怒られると私が嫌な思いをするでしょ。だから、渡してくれないと怒っちゃうよ」
「そっちの事情なんて知ったことじゃない。それに怒ったところでどうする」
「君をぶっ殺してその子を連れて行く。死にたくないなら話は聞いとくべきだよ」
「こいつを連れて行かなきゃ俺は餓死するんだが」
「さっきも言ったよ、どうでもいい。ここで死ぬか後で死ぬか、どっちか選んでね」
「そうだな……」
銃を下ろして、考える素振りを見せてやる。答えはもう決まっているので、素振りだけだが。
「わかった、お前に渡そう。俺も今すぐには死にたくないしな」
「へ!? ちょ、助けてくれたのに見殺しにするの?!」
「黙ってろ」
逃げようとするガキに近寄り左手で持ち上げて、ランク持ちの方を向く。ガキが暴れるが、それでも機械の腕からは逃れられない。
「物分かりが良くて結構。じゃあ、いただこうか」
「ああ、くれてやるよ……」
肩にマウントしたロケットランチャーを自分と相手の間の地面に一発撃ちこんで土煙を巻き上げて光学索敵を封じ、さらに弾頭の炸裂時に発生する熱で熱源センサーも封じる。さらに右手に持ったマシンガンを煙幕越しにワンガマジン撃ちこんで、ガキを脇に抱えたまま壁とは逆方向に走る。非装甲目標用のマシンガンをいくら撃ちこんだところでアースは壊せないだろうが、競技用はデリケートだし探索用と違って壁の外、つまりは生存不能地域で長時間活動できるようにはなっていない。少しでも損傷を与えた上で、生存不能地域深くまで逃げればまず追ってこれない。