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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第二章 明日への逃避
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仕事 後編

本年二度目の更新と、ご報告。

活動報告にも書きましたが、鋼鉄の夢、二章を改稿いたしました。内容は一部除きほとんど変わっていませんが、「戦争第一夜 後編」には対戦車シーンを追加。それに伴い展開も若干変化しておりますので、その話だけでも是非読みなおしていただければと思います。

 今日は珍しく、生身で結構な距離を歩いたと思う……正直、もう家に帰りたい。粗悪品のガスマスク越しにひどい臭いのする空気を一日中吸い続けて、歩き回るから呼吸数も増えて、その分早くフィルターも詰まって、その度に息を止めて交換して。あちこち焼け焦げたり崩れ落ちたりした建物を見て回って。それから腹の連中に撮影したデータを渡して。最後にはミュータントのお出迎えを頼まれて、またゲートまで歩かされて。

そこからさらに待たされるというのだから、嫌にもなるというもの。


「……ん、やっとご到着か」


 到着してからどれほど経ったか。頭に塵が積もるほど待ってようやく聞こえてきたエンジン音。立ち上がって崩れたゲートの瓦礫を登り、土煙を上げながらやってくるトラックを見つめる。毎度毎度、時間をかけてコロニーまで来ずとも、通信で話せばいいだろうに。何か直接会って話さなければならない事があるのか? よりにもよってこんな面倒ごとがあったばかりの時期に。それとも、面倒ごとがあったばかりだからこそか。もしそうなら勘弁願いたい。これ以上面倒を増やされたら、頭の胃がぶっ壊れる。それで頭がぶっ倒れても、誰も代わりが居ないからちょいと困る。


「あれに、ミュータントが乗っているのでしょうか」


 俺より少し遅れて瓦礫の山に登ってきたエーヴィヒが、そう尋ねてくる。


「繰り返すが、お客様だ。ミュータントかどうかは知らん」

「お客様、というのは種を表すものではありませんよ」

「俺達下っ端には、そうとしか知らされてない。そういうことにしといてくれ」


 そうとだけ答えて、瓦礫の山を慎重に降りていく。お客様を出迎える準備もまだできてないのに、あちらはこっちの事情など知ったことかと言わんばかりに唐突にやって来る。いつだってそうだ。連絡をするのはいいが、少しはこちら事情も考えてもらいたい。

 とは思うが、お客様にそんな事を言うわけにもいかないので、その考えは心の中だけに留めて。いつも通り、両手を振ってトラックをゲートの前で停車させる。

 あまりしっかり整備されていないのか、耳障りなブレーキ音が重機の作業音に混じっていつも通りの黒い空に消える。完全に停車したのを確認して、正面から運転席に回りこみ、窓を開けてくれとジェスチャーで伝える。


「コロニーへようこそ、お客様。せっかく来てもらった所申し訳ないが見ての通り今は取り込み中だ、トラックは通れない。作業のじゃまにならない所に停めてくれ」

「わかった。しかし、話は聞いてたがひどい有様だな」

「悪いが話をしてる時間はない。窓を閉めて、早く行ってくれ。事情は後で話すから」


 いつもならここで冗談の一つでも交わして歓迎するところなんだが、後ろに支配階級の殺し屋が居るのでそんな余裕はない。窓を閉めて走り去っていくトラックを見送り、一息つく。

 身長差があるから背中で隠せたものの、今のはなかなか危ういところだった。


「今の方、ガスマスクを付けて居ませんでしたね」

「……気のせいだ」


 どうやら危うい、では済まなかったらしい。少し、様子が変わった。ガスマスク越しでもわかるほどに、表情が変わった。


「駆除」


 そう、感情の篭もらない機械のような声で言葉を放つと、何の躊躇も見せずに俺の腰の拳銃を奪い、走りだした。あまりに堂々と、そして突然のことにほんの一瞬だけ対処が遅れる。気がついて手を伸ばした時には、すでに俺の手の届く範囲から脱していた。


「おい!」


 呼びかけても聞く耳持たず、走るのを止めようとしない。このままで不味いと思って俺も慌てて走りだすが、初動が遅すぎたのか距離が空いてしまっている。だが、追いつけないほどじゃない。しかし、彼女に気付いたトラックが減速している。このままトラックが停車すれば最悪の事態になるだろう。それはなんとしても止めなければ……俺が問題の責任を取らされる。


「止まるな! そいつは支配階級の殺し屋だ!」


 そうと力いっぱい叫んでも、少し離れてしまえばガスマスクのせいで相手には届かない。トラックは減速し、エーヴィヒはそれに追いつき、俺は彼女にまだ追いつかない。

 彼女が運転席の真横まで辿り着き、ステップに軽やかな動きで足をかけ、ドアを開き、俺から奪った銃を中に向けたところで、ようやく追いつく。そして、後先考えずに無心で彼女に跳びかかって。

 ダン、というよく聞いた音。肩に衝撃と、次いで襲いかかる灼熱感。何が起きたのかはわからないが、地面に引きずり落した彼女の手に握られたままの拳銃から次の弾が放たれる前にナイフを抜き、その真っ白な首へと突き立てる。


「っ!」


 突き立てたら、やっちまったという後悔の念が湧いてきて。しかしそれでも一拍置いて、横に振りぬく。切断された頸動脈から血が噴き出し、真っ白な彼女の首と、黒く煤で汚れた俺の視界を赤く塗りつぶす。


「あー糞……痛え」


 後が怖い。が、まあやらねばならないことはやったし、俺だって肩を撃たれたし。それで貸し借り無し。そうしてくれないだろうか。

 後の事を考えて嫌になりながら、撃たれた肩を抑えて地面に座り込む。触った感じでは、表面の肉が削り取られているだけで血管には当たっていない。出血多量で死ぬことはないだろう……


「おい大丈夫か!」


 トラックの運転手が降りてきた。


「大丈夫に見えるかよ、畜生……最近こんなのばっかりだ」


 肩を撃たれて大丈夫なわけがない。急所は外れているとはいえ、歩いてテーブルの足に小指をぶつけるのとはわけが違う。あんな一時的な痛みじゃなく、ライターの火を押し当てられている痛みがずっと続いてるような感じ。

 痛みがあるのは生きている証拠……とはいえ、痛いのは我慢ならないし、いくら命に関わる傷じゃないとはいえ、放っておくのはまずい。さっさと消毒して治療したいところだ。


「……悪態がつけるなら大丈夫だな。ところであの子供は」

「支配階級の殺し屋だよ……訳あって、ずっと監視されてる」

「殺して大丈夫なのか?」

「やっちまったもんは仕方ない。それより、そっちは怪我はないか」

「ああ、おかげさまでな」

「ならいい」


 大事なお客様に怪我がなくて何より。だがその代償は、自分の怪我と……まあ、お客様を庇って怪我をしたと言えば、怪我が治るまでの休暇はもらえるだろう。


「それと、案内はそこらで作業してる奴に頼んでくれ。怪我しちまったから案内なんてできやしない」

「こっちも怪我人に案内を頼むなんて酷いことはしない。ゆっくり休んでくれ」

「どうも……ああ、痛え痛え」


 ミュータントに見送られながら、汚れたグローブで傷口を抑えたまま。また瓦礫の山を登って帰路につく。家に帰ってエーヴィヒが戻ってきたら、何と言われるか。あるいは何をされるか。弱っている所を狙われてしまえば抵抗できずに死ぬだろう。

 ああ、一人で居るのは怖いな……家に帰って、アンジーも食事会から戻ってきていれば、看病を兼ねた護衛を頼んでみようか。酒を報酬にして頼めば快く引き受けてくれるだろう。きっと。

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