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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第二章 明日への逃避
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墓参り

今年一年お付き合いいただき、大変感謝しております。本年はこれにて書き納となりますが、来年もよろしくお願い致します。

 さて、何もすることがないから見回りにと外に出てきたのはいいものの。生身でできる事は被害確認以外に特にないらしく、戦闘のあった場所を適当に撮影してこいとカメラだけ渡され、区画を歩いて進む。

 自分の住んでいる区画までは敵が来なかったから綺麗な状態だが、それに比べて戦場になった区画はと言うとひどい有様。敵の進んできたルートは火が放たれて焼け焦げた建物、大砲で撃たれたのか大穴が空いている建物、そのまま崩れた建物があちこちに。道端は逃げ遅れた人間の残骸が散らばって。掃除が全くできてないから、どの道を通ってきたのか一目で分かる。そしてそれを一々撮影して回り、ひたすら練り歩く。

 さて、さて。俺が今見ているところだけで建物や道路に結構な被害が出ているが、今回の件でコロニーの人口もそれなりに減ったし、まずゲートの修復が最優先になるから他所に回すほど手が無い。ゲートの修復が一体どれほどかかるかは知らないが、それが終わったとしても、全て修復するには範囲が広いから時間がかかるし金もかかる。一体完全に復興が終わるのはいつになることやら。


 そんな事を考えながら歩いてしばらく。気がつけば、この前戦場になったC4区画から一区画進んでD4区画まで来てしまった。しかし、まだ破壊の痕は絶えない。D4区画の方がゲートに近いからそれは当然なのだが、このもう一区画南には集団墓地がある。どうも瓦礫の道は一直線に進んでいるし、おそらくは墓地を通っている……荒らされてないだろうかと、少し気になるところだ。


「……一応見とくか」


 顔も思い出せないが、自分の親の名前が刻まれた墓も一応あるわけだし。荒れてないかどうかの確認ついでに、何年かぶりの墓参りに行ってみようと思い立った。残っていれば、十字の一つでも切って帰って。壊れていたら直す金もないしそのまま放置。

 後ろを黙って付いて来る殺し屋を連れて、さらに瓦礫の道を歩く。時折瓦礫に足を取られ転びそうになりつつも、また一区画移動して、なんとか墓地へとたどり着いた。


 そこには予想通りだが、思っていたほどひどくはない光景があった。戦車の進行ルートにあった墓は全て履帯に踏み潰され、ただの石の欠片になって散らばっていた。一つ残らず墓がぶっ壊されているものと思っていたが。相手も案外まともな奴らだったんだろうか。

 ……いや、敵コロニーの住人とはいえ、殺した人間を盾として装甲車に吊るすような連中だ。そんな倫理観があるとはとても思えない、きっと時間がないからさっさと進みたかっただけだろう。

 そうと自問自答して、一人首を振り。自分の両親の墓はどの辺りだったかと、塵に埋もれた記憶の中を掘り返して思い出そうとしてみる。


 前に墓を見に来たのは、果たして何年前だったか。一体、何のために墓参りに来たのか。それさえ覚えていない。だがなんとかして思い出そうと努力し、何分か腕を組んで悩み、大体の位置をなんとなく思い出した。

 しかしそこには戦車の通った痕と大雑把に砕けた墓石しか残っていない。ということは、顔も思い出せない両親の墓は他の墓石と混ざって粉々に。全く、なんと酷いことをするのか、とは別に思わない。

 死人の名前だけ刻んだ墓に何か価値があるわけでもなし。墓を壊したからといって死人が怒るわけでもなし。怒ったとしても何かできるわけでもなし。親の名前が刻まれた石を壊された、その事実に怒りも悲しみも湧くこと無く、ただそのままを受け入れる。


「一応写真は撮っとくか」


 ポケットから小型のカメラを取り出して、レンズに塵が着く前に荒れた墓地を枠内に収めて、シャッターを切る。画像データが保存されたのを確認したら電源を切って、ポケットの中に戻す。それからすぐに墓地を背にして、来た道を戻ろうと瓦礫の道に踏み出す。


「待ってください。せっかく墓地に来たのに、写真だけ撮って帰るのですか?」


 撮影したカメラを腹の連中に返して、それから家に帰ろうと考えた矢先。エーヴィヒに声をかけられ足を止める。墓に来たら墓の前で十字を切って、花を供えて、祈りを捧げるのが普通だとでも言いたいんだろうか。墓は壊されて、供えるための花はどこにも咲いてなくて、祈りを捧げる神など居ない。居たとしても、祈りを捧げたところで救われることは決して無い。それでも何かしろと言うのだろうか。何ができると言うのだろうか。


「他に何かやることがあるか?」


 あれば是非とも教えてもらいたいものだが。俺にはとても思いつかない。


「いえ……ただ個人的に、墓というものに憧れているので。もう少しここに居たいだけです」

「墓に憧れ……か」


 一体どういう思いを持ってその言葉をつぶやいたのか。なんとなく理解できた。墓は死んだ後に入るもの。死の象徴。埋葬の概念が消え去った今でもその意味だけはしっかりと機能している、縁起でもない物の代表格。それに憧れを抱くなど、普通ならまず有り得ないことだが、彼女は普通ではない。役割で言えば支配階級の犬、殺し屋、監視役。有り様としては、死んでも死に際の記憶を受け継いで新たな体で蘇る。普通というにはあまりに異様。

 彼女自身もそれは苦痛だと言っていた。何度も何度も苦痛を味わい続ければ、いい加減に解放されたくもなるというものだろう。拷問は死ねば終わる。解放されるが、彼女の場合は死んでも終わらない。開放されない。それが一体どれほど苦しみか。想像すらしたくない。だがそんな体験を彼女はしている。し続けている。最低でも百年以上。

 同情する。


「居たいなら一人で居ればいい」


 だがそれに自分の行動を左右されることはない。一度決めた予定は変更せず、それに従って行動する。拒否できない相手からの頼みか、そもそも撤回する予定がない場合以外に誰かに付き合って行動する事はしない。


「あなたが帰るというのなら、私もそれに従います。このコロニーで、何の自衛手段も持たずに一人で居るのは死ぬと同義ですから」

「好きにしろ」


 そう言って、墓参りは終わり。今度こそ来た道を戻っていく。腹の連中に撮影したデータを見せたら一体どんな顔をするか。予算の捻出にきっと頭を悩ませる事だろうが、俺達は俺達でしっかり仕事をして被害を最小限に抑えたのだから、連中にもしっかりと仕事をしてもらわなければ。

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