信用
サブタイトルは適当です
2015/01/15改稿
「おかえりなさいませ」
焼き肉パーティーの会場から家に帰り、汚れた衣服を着替えてからドアを開いて自分の部屋に入ると。よく知ったアルビノの少女が不気味な笑顔で出迎えてくれた。笑顔が不気味……実際はそこまで不気味ではないが、素性が殺し屋というだけにやはり笑顔に何か別の意図が隠されているのではないかと警戒する。
「……ああ、ただいま」
返事をしてその横を通りぬけ、脇目もふらずにまっすぐ冷蔵庫へ足を運ぶ。空腹を感じ始めてからもう三十分以上。区画一つを歩いて帰ってきたせいで、とにかく腹が減って仕方がない。冷蔵庫の扉に手をかけ、開く。中にはこの前買い物で仕入れた大量の合成食料と、自宅で作っている蒸留水。合成食料のチューブを一本と、蒸留水を一杯分。いつものセットを、いつものように取り出してテーブルに置く。
「……」
すると、エーヴィヒが何故か正面に座って、白い粉の入った袋をテーブルの上に置いた。
「なんだ、それ」
「吸ったら幸せになれる薬です」
色々と突っ込みたい事はあるが、まずは飯にしよう。チューブの蓋を開けて、口の中へ一気に絞り出し。できることなら味わいたくない劣悪な味をゲロのような香りと共に楽しみながら、咀嚼もせずにそのまま丸呑みする。そして湧き上がる吐き気ごと、口の中に残る残渣を蒸留水で押し流し、飲み込んで、ゴミはゴミ箱へ投げ捨てる。
それから目の前に座る殺し屋の少女の顔と、白い粉を順番に見て尋ねる。
「なんでそんなものがここにある」
「ご主人様から褒美として渡されました。今の私には必要ないものなので、差し上げます」
「……」
支配階級の考えることはやはりわからない。褒美にしても、もっとマシなものがいくらでもあるはずだろう。汚染されていない食品や、同じく汚染されていない酒類。またはアースのパーツ。俺がほしいのはその辺り。薬なんてもらっても使わない……が、金にはなる。販売ルートを持っているわけではないが、持っている奴の事は知っている。薬を買い取ってもらった金でパーツを買えば……だがいずれは返さないといけない借り物の機体だ。あまり変に触る訳にはいかない。ならいっそ自分用の機体を組み立てようか。
「いやいや」
首を振って、頭に浮かんできた考えを振り払う。まだそれが買えるだけの金になると決まったわけじゃないし、一体こいつがなぜこの薬を俺に渡すのかもわからない。何か、別に意図があるのかもしれない。早々に手を出すのは危険かもしれない。
伸ばした手を引っ込めて、緩みきっていた気分を再び引き締める。どうも最近は少し警戒が緩みすぎているような気がする。この少女を信用するに足る要素など、そう多くはないというのに。
「どうしました」
「果たして受け取っていいものなのかとな」
「これだけ何もしていないというのに、まだ信用してもらえませんか」
不満そうな声。だが、こいつのした事からすれば俺の対応はまだ優しい。優しすぎると言ってもいい。ソファにだらりと背を預けて、背もたれの後ろに隠してある拳銃を彼女から見えないように手に取る。冷たいグリップの感触が、目を覚ましてくれる。
「三回だ」
「なんの回数ですか?」
「お前が俺を殺そうとした回数」
「それを言うなら、あなたは二度も私を殺したじゃないですか」
「一度目は脅されたから。二度目は正当な防衛。それ以降は殺してないし、その二回も生き返ってるからノーカウント」
貸し借りで言うならば、こちらが貸し一。あと一回殺すか、命一個分の価値のある物をもらわないと貸し借り無しにはならない。そう考えるなら、目の前に置かれたこの薬はその価値があるかもしれない。これが本物であるという前提の話だが。
信用出来ない相手の言葉を信じられるか? 否だ。ひょっとすると薬は薬でも毒薬かもしれない。毒薬を売人に渡したら、俺の信用も無くなる。それは困る。そう考えると、引っ込めた手を出せなくなる。
「何をすれば信用してもらえますか?」
「何もするな」
「それで信用してもらえるのですか?」
「言葉が足りなかったな。信用したくないから、何もするな。お前を受け入れるつもりはない」
見えないように持っていた銃を取り出して正面に向ける。しかし顔色は以前と同じように全く変化しない。眉の一つも動かさずに、それどころか優雅に蒸留水の入ったコップを揺らして遊んでいる。怯える表情の一つでも見せてくれればまだ可愛げがあるものを、つまらない奴だ。
無意味な脅しを続けるのも労力がいるので、銃に安全装置をかけ直して元あった位置に戻す。
「撃たないんですか?」
「今のは拒絶の意志を示しただけ。撃つ気なんて最初から無い」
撃ったところで、どうせストックがあるし生き返ってまた俺の前に現れる。いくつあるかわかったものじゃない。
「……何度殺せば死んでくれるんだかなぁ」
「私は殺されればそのまま死にますよ」
「そういう意味じゃなくてな……あと何回殺したらストックが尽きる」
「材料が切れるまで、でしょうか。ストックは数え切れない位ありますし、減ったら減っただけ生産されますから私を殺しても意味がありませんよ。殺されるのは苦痛ではありますけど」
そう、彼女がため息を吐きながら答える。果たして今のため息は、死ねない事への苦しみからか、それとも意味のない質問をした俺への呆れか。
どっちにしろ、今言ったことが本当なら殺しても仕方がない。仕方がないなら、諦めよう。諦めて受け入れよう。諦めるのは慣れている。
「ところで、人の肉の味はどうでしたか?」
「食わなきゃ死ぬって位追い詰められなきゃ、人肉は食わん。それにそんな物食ってたらわざわざ糞不味い合成食料なんて食うわけ無いだろ」
「食べなかったのは、一体どういう理由で?」
「個人的な主義だ。食う必要がないなら食いたくない」
「嫌だから食べない、ですか。合理的じゃありませんね」
理屈ばっかりに従って生きてたら、世の中生きてはいけない。だが、それでは納得しないというのなら合理的な理由が無いこともない。
「他に理由を挙げるなら、食わない方が健康に良い」
汚染物質まみれの美味しい人間の肉よりも、汚染物質が可能な限り取り除かれた糞不味い合成食料を食べた方が健康に良いに決まっている。だがそんなちょっとした意識も、九割の人間が三十を迎える前に死ぬこのコロニーで果たしてどれだけ意味のあることか。
外を歩くにはガスマスクが必要。そのマスクも完全に汚染をシャットアウトすることはできない。
昼も夜も関係なしに工場の騒音が鳴り響くせいで、毎日の睡眠も質のいい休養とは言えない。
汚染がわずかに残る合成食料を毎日食べて、少しずつ体に毒が溜まっていく。
そうやって徐々に体に積み重ねられていったダメージが、個人差はあるが大体二十代後半から限界を迎え、病に倒れ、そのまま寿命を迎えるのが普通。
例外は頭と、支配階級と、ミュータント。頭はどういう理屈かあんなにも長く生きていて。支配階級は汚染のない場所で汚染のない食料を食べて生きていて。ミュータントは汚染に耐性があって。
そのどれもに当てはまらない俺がどれだけ健康に気を使っても、きっと人の肉を食ってる奴らより寿命が二、三年伸びる位だろう。
「あまり意味が無いのではありませんか?」
「わかってる」
健康上の理由なんて、道路の上に転がった小石みたいなものだ。あってもなくても同じ。実際のところは、自分より下の人間たちと同じ所に落ちたくないだけ。たったそれだけの理由で人の肉を食わないでいる。他人から見たらどうでもいい事かもしれないが、ちっぽけなプライドとアイデンティティを保つためには非常に重要なことだ。
「さて……それで、何の話をしてたんだか」
こんな辛気臭い話になるよりも前に、他に何か話していたことがあったはず。
「ああ、そうだ。薬をどうするかだったな」
思い出した。そして、どうするかも決めた。信用出来ない相手からの贈り物はもらわない。目先の利益よりも、自分の信用を取るべきだ。
粉の入った袋を握り、それを置いた元の持ち主に確認を取る。
「お前も要らないんだよな?」
「はい」
「捨ててもいいな」
「どうぞ、ご自由に」
「じゃあ、見回りに出たついでにそこらに投げ捨ててこよう」
腹も膨らんだし、この後は特にやることもなし。まだ日は高いし、寢るにはまだ早い。こいつとずっと一緒に居ても、話題もそれほど無いし。焼肉パーティーに出席してる連中が仕事をしてない分出てない連中の仕事が増えて大変だろうから、応援に行こう。この薬はそこらに投げ捨てておけば、誰かが拾うだろう。毒なら拾って使った奴が死んで、そうでないならトリップするだけだろう。
「私も行きます」
「好きにすればいい。ただし、何があっても俺に助けを求めるな」
「ええ、迷惑はかけません。自分に何かあっても、自分で何とかしますから」
迷惑をかけないなら、それでいい。仕事以外の事を進んでやるつもりはない。こいつが泣こうが喚こうが、犯されようが食われようが、素知らぬふりをして見回りできるのならそれに越したことはない
。拳銃をホルスターにつけて、ガスマスクを被り。防護服代わりの上着を一枚着て、粉をポケットに突っ込んで外に出る。
「いつも通り、仕事仕事……と」
早朝にあれだけの事があったのに、街の雰囲気はほとんど変わってない。工場の騒音と、排煙で霞んだ空。それにゲートの方から聞こえる重機の音が混ざった位。特に変化がないなら、見回りしてもきっと特になにもないだろう。
以下愚痴となりますので、興味のない方はそっとページを閉じてください。
前回のサブタイトル
「謝肉祭」を元の言葉に直すと「カーニバル」
「人肉食」は「カニバリズム」略して「カニバル」
カーニバルとカニバルをかけてたのに、誰も気付いてくれませんでした
そして凝ったサブタイトルに意味は無いと気付かされました
よってこれからも適当なサブタイトルが続きます




