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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第二章 明日への逃避
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早朝

良いサブタイトルなど思いつくはずもなし

 日が昇り、窓から差す光で部屋が少し明るくなってきた時間帯。玄関の扉が開く音と、気付かれないように押し殺した小さな足音で目を覚ました。疲れた体を休めるための睡眠を邪魔された不愉快さと、未だ残る生き残ったことへの高揚感に、起きたばかりだというのに意識が完全に覚醒し、すぐに警戒状態へと思考を移す。

 入ってきたのは盗人か、それとも襲撃者の生き残りか。そうでなければ一体誰がこんな朝早くに人の家にやって来るというのか。ソファから降りて、テーブルの上に置いてある拳銃を手に取って銃口を玄関へ向ける。そうして入ってきた人間の顔を見て、警戒心は一気に消え去った。見知った顔を目の前に脱力し、ソファに落ちるように腰掛ける。

 ドフン、と勢い良く座ると、埃が舞い上がってしまった。今度掃除しておこう。


「おはようございます。よく眠れましたか?」


 警戒して損した。いや、警戒はするべき相手なんだろうが、今のところは殺意が無いようだし。少なくともアースに乗っていない生身の間は安全な相手だというのは、これまでの行動でわかっている。今はお互いに生身、安全だ。警戒はしても、怯える必要はない。


「お前が居ないおかげで、久々に安心して眠れたよ。もっと遅くに来てくれたらよかったんだがな」

「それまで外に居ては、外に居る怖い人達にまた殺されてしまいます」


 怖い人。俺にとってはそれを言っている奴が一番怖いんだが、それはあえて言うまい。


「死んでも生き返るだろ」


 俺が知るかぎり、こいつが死んだのは五回。内俺が手を下したのが二回。カニバリストに襲われたのが一回。他所のコロニーの奴らに殺されたのが二回。俺がこいつを知る以前に、こいつが何度死んだかはわからない。しかし一度や二度では済むまい。それだけ死んでもまだ生き返れるのなら、命のストックはそれこそ無尽蔵だろう。もう死ぬことにも慣れているだろうし、どこに問題があるというのか。


「以前同じような話をしましたね」

「ああ、あるな」


 確か死都を探索した時にそんな会話を交わした覚えがある。確か、死ぬのは気分がいい事じゃないから云々という話だったと思う。問題は問題だが、損得が関わらない以上気分の問題でしかない。


「答えはそれに加えてもう一つ。流石にここ最近は少し死にすぎました。機体のストックがもう残り僅かです」

「そうか」


 それは良いことを聞いたと、顔には出さず心の中でほくそ笑む。機体がなければこいつは死んでも生き返るだけの、ただの非力なガキだ。これで今しばらくは身近な命の危険に怯える必要はなくなった。ああ、ただ元の当たり前の日常に戻っただけなのにひどく気分がいい。


「それよりお腹が空きました」

「ああ……そうか。そうだったな」


 訂正。元の日常という表現は正しくない。こいつが居るから元の日常には戻れない。こいつが居るということは、命を脅かされる危険がないというだけで、監視は今まで通りに継続される。変なことをすればすぐにアースを取ってきて殺しに来るだろう。

 ああ、どの道クソッタレな現状からは逃げられないと。死にたくなければ何もしなけりゃいいだけなんだが、いずれはミュータントにあのボロボロになった機体を返しに行かなきゃならんし。だがこいつは支配階級の犬、ミュータントとは相容れない。このまま俺の監視を継続するのなら、何かしらの衝突は避けられないだろう。その時は、どうやって乗り越えようか。その時になってから考えればいいか。


「何か?」

「いつになれば、お前の監視から解放されるのかってな」


 冷蔵庫からいつも通り二人分の合成食料と蒸留水を取り出して、片方は招いた覚えのない客に向けて投げる。もう片方はその場でキャップを開き、飲み口を咥えて一気に絞りだす。よく冷えたゲロが口の中に流れ込んできて、吐き出しそうになるのをこらえて。碌に咀嚼もせずに飲み下すと、すぐに水で口の中を濯ぐ。


「……っ、それも以前言いました」


 同じように、合成食料を味わわず一気に飲み干したエーヴィヒがその質問に答える。以前言われたのは、俺が死ぬか、コロニーから出ていくかのどちらかだった。だがここで、俺の頭の中には第三の選択肢が浮かんできている。支配階級の護衛であるこいつの予備機体はもう残り少ない。なら支配階級ぶっ殺せばいいんじゃないか? ……そう思ったが、発電所のメンテナンスができるのは支配階級だけだった。さすがにそれはできない。ということで、結局は現状維持。何らかの事情でこいつが監視から外れない限り、寿命が来るか、俺が死ぬまではこのまま。寿命なら長くて向こう十年前後。

 

「そうだな」


 さて、ゲロみたいに不味い合成食料を食って目も覚めた。下に降りて、機体のメンテナンスでもしようか。昨日は大砲の至近弾食らって動けなくなったんだし、チェックして修理箇所を確認しておかないと、次に使う時に使えないと困る。そうしていればその内頭から招集命令が出るだろうし。なんと言っても、昨夜は珍しい緊急事態だった。他所のコロニーから攻撃を受けるなんて、このコロニーができてから初めてじゃないだろうか。そういう事があったという話も聞いたことがないし。


「どこへ?」

「メンテナンスだ」


 ドアを開いて階段を降りる。その後ろを何時間か前と同じように、エーヴィヒが付いて来る。ただしその目的は、異邦人殲滅のための出撃準備ではなく単に俺を監視するため。平和なものだ……ああ、そうだ。そういえば今になって気になることが一つある。聞いておこう。


「お前のご主人様は、今回の襲撃について何か言ってたか」

「何かとは? 質問が曖昧すぎて答えられません」

「自分の縄張りに他所のクソどもが入り込んできて、それを撃退した功労者にねぎらいの言葉の一つでも言ってなかったか」


 あれだけ頑張ったんだ、できればご褒美の一つでも貰いたいものだが。


「いえ。何も」


 ……まあ、期待はしてなかった。落胆しながらガレージのドアを開き、電気をつけ、ゆっくりと自分の機体に近寄る。明るいところで落ち着いて見ると、真っ黒だった装甲が土と煤。オイルと血。そして至近距離での爆発による傷と凹みで、ずいぶんと派手に汚れていて、元の綺麗な装甲などもうどこにも見当たらない。

 

「私からも質問があります。あの戦車をどうやって破壊したんですか?」

「戦車? あの重装甲の車両のことか? あれならロケットランチャーを真上から三発撃ちこんだらぶっ壊れた」


 正直、死ぬかと思ったと聞こえない程度の声で呟いて、アースの肩の装甲の一部を押すと、そこだけがパカリと開いて中から端子が現れる……はずなのだが、装甲が歪んでいて開かない。仕方ないので、マイナスドライバーを装甲の隙間に突っ込んでこじ開ける。そこに端末から伸びるコードを繋いで、画面に現れた解析スタートの文字を押す。大量の文字の羅列が上から下へと流れていき、そして現れるエラーの文字。まあ、結構な無茶をした上に、あの爆発だ。仕方がない。アースを一機ブレードで突き刺したままローラーで前進して、そのまま体当たり。プラス直撃弾ならアースが消し飛ぶ威力の爆発を至近距離で食らった。原型を留めているだけ、良しとしよう。

 しかしこれを修理するとなるとまた結構な金が飛びそうだが、生き残るための対価と思えば納得もできる。むしろそう思わないとやってられない。


 エラーを修正するようにボタンを押して、あとはプログラムに任せ。自分は空になったライフルと機関砲のマガジンに20mm弾を詰めていく。招集命令が出た後は、修理屋にまた頼んでみよう。

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