戦争第一夜 後編
2015/01/15改稿
大きく要素が変化したので、あとがきに変更点を追記します
自分たちの受け持った分の敵を排除して、支援のためD4区画に移動を開始し、特に何の障害もなく交戦中の区画中央交差点を視界内に収めた。が、そこに居たのは普通の装甲車一台と、その前方に見慣れない車両が一台。装甲車にもまず詰めないような大砲を載せた角ばったフォルムと、移動にキャタピラを使うのが特徴的な装甲車両。一目見て、それの運用目的が運搬ではなく、砲撃用だというのがわかってしまう。
敵の方向へとローラーダッシュで移動しながら観察していると、砲塔がゆっくりと回転し、こちらを向き始める。不味いと思った時には体が動き、片足を踏ん張って機体の進路を変えて、路地へと一気に潜り込んでいた。入り口が狭く、入るときに機体を壁にぶつけてしまったが関係ない。避けなければ死ぬ。直感でそうと感じた直後に雷のような砲声と砲弾の炸裂音が鳴り響き、砕かれたアスファルトとその下にあった土が空に舞い上がり降ってくる。
着弾地点を見るまでもなく、砲声だけでその威力はアースを破壊するには役不足だとわかってしまうその圧倒的な破壊力。支援に来て早々に戦意を喪失しそうになるが、ここで戦意を喪失しても死ぬだけだと自分を奮い立たせて怯えを拭い去る。それに、ここまで近寄ればアースに最初から搭載されている短距離通信の有効範囲に入っているはず。状況はここで戦っている連中に聞くまでもなく悪そうだが、情報は多いに越したことはない。
短距離通信を起動して状況を確認しようとする。
「こちら足の32番、支援に来た! 状況を教えてくれ!」
『援軍か! あの化物をどうにかしてくれ!』
『ロケットをいくら撃っても壊れねえ! どんな装甲してやがるんだ!』
『もう弾が切れた! 畜生、攻撃が通じないならどうしろってんだ!!』
聞いてもやっぱり悪かった。ロケット弾を撃ちこんでも壊れないなんて事聞きたくなかった。こっちの最大の攻撃手段が通用しないならどうやって壊せばいいんだ……ああ、倒せないから化物か。納得。
『クロード、白い子の機体が直撃もらって消し飛んだわ。どうする?』
「あいつのことは放っとけ」
どうせあいつの事だ。俺が生きて帰ったら、いつの間にか家に居るだろう。それより今はあの化物をどうするか考えないといけない。とりあえず本部に助けを求めようか。もしかしたら、何か良い手段があるかもしれないし。
路地に隠れたまま本部へ中距離通信を繋いで、その音声をそのまま短距離通信に乗せて、この区画に居るアースにも聞こえるようにする。ただしアンジー以外からの通信はオフにしておく。でないと五月蝿くて仕方がない。
「こちら足の32番、D4区画に到着した。区画中央の交差点で敵と遭遇、ロケットランチャーが通用しない装甲車両が一つ居るらしい、どうにかしてくれ」
『どうにか、と言われましても。どうにかできるのならとっくにやっています』
「俺達には前線で戦わせといて、そっちからは何も出来ねえって?」
『一応、迫撃砲があります。しかしアースのロケットランチャーほどの破壊力はありませんし、装甲車両を破壊できるとは思えません』
「そんなもんあるなら出し惜しみせずにさっさと使え!」
『了解。三十秒後に迫撃砲による支援砲撃を行います』
「三十秒あったら三回は死ねるぞクソッタレ!」
悪態をついてから通信を切り、センサーを睨む。いくつかの熱源がこちらに向かってきている。数は十。反応の大きさから見るに全てアースのもの。これを纏めて相手するのは流石に無理があるが、さっきと同じように路地に引き込んで一匹ずつ対処すればいい。問題はその後。回りをうろつくアースを蹴散らした後は、どうにかしてあの化物をぶっ潰さなきゃならない。だがロケットランチャーも通用しない相手をどうやって壊す。迫撃砲でぶっ壊れてくれるなんて、甘いことは考えても無駄だろうし。
『クロード、敵が来るわよ』
……後のことは後で考えればいいか。今はひとまず、路地に隠れた俺達を殺しに来る奴らを殺し返すことだけを考えよう。残り二十秒。
「ああ、わかってる。そっちも敵は見えてるな」
『はっきり。こっちに来た分は任せてくれていいわよ。責任持って全部仕留めるから』
頼もしい言葉だ。どこかの死んでも生き返るガキと違って、確かな実力があるから安心して片割れを任せられる。路地の角から左肩に付いた機関砲の砲身だけを出して、敵が顔を出したらすぐに撃てるように準備をする。残り十秒。
敵のアースが路地の入り口から顔を出した。トリガーを引いて機関砲の掃射を浴びせ、一機撃破。これでこの路地に入るのは躊躇するはずだから、反撃が来る前に一度奥へと引っ込む。残りゼロ秒。砲撃開始の時間だ。これでどれだけ削れるか。
『迫撃砲、効力射開始します』
無線連絡が終わると同時に、北の方角からボンボンボンと何度もくぐもった砲音が鳴り、そして付近一帯に砲弾が降り注ぐ。さっきのデカブツの砲撃よりは控えめな爆発音が発射音と同じ数連続して起こり、少し遅れて辺り一帯で建物が崩れる音、アスファルトや土が降り注ぐ音が聞こえる。
効果がどれほどのものかはわからないが、敵も今の砲撃で驚いているであろうその内に、路地からローラーダッシュで飛び出して、呆然と立っている敵アースの中で一番近い機体にレーザーブレードを一閃。赤い線が刻まれ動かなくなったその機体を掴んで引きずって盾にし、その脇からライフルを通して撃ちながら砲撃の効果を確認。十居たアースの内、二機はさっきと今で自分が仕留めた。立っているアースは残り五体。砲撃で潰れたのは三機。交差点の状況は土煙がひどくて確認できないが、少なくともアースに乗ってない歩兵は全滅しただろう。
さて、目の前の五機だが、注意は全てこちらに向いている。仲間の死体へ発砲するのをためらっているのか、攻撃はない。おまけにこちらばかり見ていて、新たに路地から出てきたアンジーの方へ注意が全く行っていない。そして、彼女の肩には多連装ロケットランチャー。
全部で九発のロケット弾が放たれ、さらに三機が炎に包まれる。残りは二機。
「近い方は引き受ける!」
『任せた!』
残った片方は自分で仕留めようと、ローラーの回転方向を視線操作で前進に切り替え、盾をそのままに前進。死体の盾ごと体当たりを当てるが、不意打ちでもない正面からの突進では倒れてくれない。逆に押し返そうと、力比べをする羽目に。だが性能はこちらのほうが上だ。片手で盾を抑えながら、ライフルを盾越しに何発も打ち込む。一発、二発、三発と。貫通は……してくれない。そして弾切れ。だが、それならそれでいい。味方はもう一人居るんだから。
力比べをしているアースの向こう側で、残るもう一体の敵をブレードで仕留めたアンジーがこちらに迫る。
「ぶっ殺せアンジー!」
『言われなくても!』
真後ろからブレードを突き刺され、一瞬前まで力比べをしていたアースは沈黙し。これでこちらに来ていた敵は全滅。交差点の方はどうなっているだろうか。あのデカブツがまだ生きていたら驚きだが、できればもうぶっ壊れている事を祈りたいが。さて……どうだ。映像を赤外線カメラのものに変えて、煙の中を睨む。辺り一面迫撃砲の爆発のおかげで真っ赤だが、デカブツ以外に動く物はない。
だが、あの化物はまだ動いている。直撃弾もあっただろうに、まったく化物としか言い様がない。
「本部、迫撃砲をもうワンセット! 交差点中央に集中して頼む!」
『了解。照準座標D455に合わせ! 発射!』
また同じ砲音が聞こえて、砲弾が降ってくる。ただし、今度は着弾地点を絞って指定したため先ほどのような広くに疎らに、ではなく、狭く濃く砲弾が降ってくる。その狭い範囲に砲弾が降り注ぐから、範囲内の敵への直撃弾は当然多くなる。至近弾でも損傷は与えられるが、やはり直撃弾の方が効果は高いだろう。これで壊れなきゃもうお手上げ。特攻しか手段が無くなってしまうが、どうだろうか。
熱を帯びた空気が風に飛ばされると、デカブツのシルエットが見えてきた。
「……嘘だろ、うぐっ!?」
砲身が、ゆっくりとこちらを向き直した。慌てて路地に引っ込もうとすると、スクリーンが炎の色に染まり、次いで襲ってきた衝撃に、鉄の塊であるはずのアースが吹き飛び、地面に倒れ、爆発音が装甲の中に反響する。爆弾が炸裂したかのような暴力的な音が、機体の中に反響し、音量を保ったまま残響し続け、音の暴力に脳を蹂躙され、しばし、意識が飛ぶ。
「……つ、ぅ……ぐ」
そして、残響と耳鳴り、機体の異常を知らせるアラームに意識が引き戻される。機体を起こそうと、体を起こす動作をするが、肉体を動かしてもクッション越しに装甲の重みが伝わってくるだけで、機体は微動だにしない。スクリーンも電源が落ちたのか、真っ黒になったままカメラの向こうの景色を写してくれない。
ドッ、と、うなじから背筋にかけて、氷のように冷たい汗が湧き出てくる。心臓の鼓動の音が、棺桶の中に反響する。このままじゃ、死ぬ。そうは思っても、機体は動いてくれない。このままあの化物に撃たれたら、この鉄の棺桶ごと、ゴミのように吹き飛ばされて、ゴミと同じように死んでしまう。
「クソッタレ! 動け、動けよ!!」
必死で棺桶の中でもがいても、ヒトの筋肉で鉄の塊を動かせるはずがなし。目の前に死が迫ってきているのに、何も見えず、真っ暗な棺桶の中で、どうすることもできない恐怖。寒いはずはないのに、寒気で奥歯がガチガチと鳴り、長い距離を全力で走ったように息があがり、心臓の鼓動と合わせて耐えられない騒音になる。さらに、何も見えない真っ黒なスクリーンに、化物の砲口がこちらへ向けられているのを幻視する。その恐怖の中で、ひたすら喘ぎながら耐えていく。
「ッ……!」
一体心臓が何度鳴っただろうか。一体何度歯を噛み鳴らしただろうか。一体何度息を吐いただろうか。随分と長い時間を耐えたような気がするが、それでも、まだ死は訪れない。
「大丈夫、なのか?」
自分がまだ行きている事を安堵する。次いで湧いてきたのは、胸の奥に灯った奇妙な熱さ。怒りと屈辱と安心感、他にも色々な感情が混ざった、よくわからないなんとも奇妙な感覚。それに従って、棺桶の蓋を叩いて開ける。
「っ、ゴホッ……」
空に登る黒い煙、それを照らす炎の明かりが目に入る。それからすぐに熱せられ、フィルター越しにも焦げ臭い空気が鼻の粘膜を炙り、思わずむせてしまう。だがその苦しさは自分がまだ生きている証。苦しさを受け入れ、棺桶を脱ぎ捨てて、生身で化物を睨む。幸いこちらにはもう見向きもせず、進行方向へと砲身を向けている。
こちらを見られる前に、路地へと逃げこむ。そして都合よくゴミのように転がった敵味方どちらともつかないいくつかの死体からロケットランチャーとその予備弾頭を剥ぎ取り、背負って駆け出す。仲間はロケットランチャーでも壊れないとか言ってたが、そりゃ正面から撃ったからだろう。迫撃砲の直撃でも壊れなかったのは、砲弾がただの榴弾だったからだろう。
だが、最初から使用目的が装甲目標の破壊であるHEAT弾を使用したロケットランチャーを真上からぶち当てればどうにかなるだろう。これで壊れてくれなきゃ、死ぬだけだ。
あの化物の進む方向と、日頃の警備で記憶した頭の中の地図、足止めの戦力、その他諸々を熱くなった脳みそで考えて、仕掛けるのに最適な位置を割り出す。散々好き放題してくれたお礼を、たっぷりと食らわせてやらなければならない。
攻撃するために選んだ建物の扉を蹴破り、階段を探して二階へと登り、ランチャーを使う準備を整えながらバルコニーに出る。そしてあの化物は予想通りに、無防備な上っ面を晒してくれている。仕掛けるなら今しかないと言うほどに、絶好のチャンス。安全装置を外してランチャーを肩に担ぎ、照準器で狙いを定める。
「真上からの直撃弾……頼むぞ!」
トリガーを引く。バシュッ、と軽い音がして、軽い反動と共に弾頭が放たれる。その弾は放たれてすぐに目標へ命中し、爆発を起こす。動きが止まる。それでも一発では不安なので、拾った弾頭を筒の先端に突っ込み、弾頭先端の安全ピンを抜いて、再度狙いをつけて、もう一発。命中。
「もう一発……もう一発!」
同じようにリロードして、構えて、発射……命中。これで弾切れ。建物の中に引っ込む。これで潰れてなかったらもう死ぬしか無いが……引っ込んですぐに、ここで一番大きな爆発音が鳴り響いた。どうやら、撃破出来たようだ。
「目標、撃破っ、はぁ~……」
一気に緊張が緩み、力が抜け、持っていたランチャーを捨てて、壁に背中を預けてそのまま座り込む。正直、今のは過去最高にスリリングだった。アースがイカれた時には死ぬかと思ったが……なんとかなって、良かった……
「……よし。帰るか」
俺はよく働いた。それはもう、働き過ぎと言っていいくらいによく働いた。アースも故障してるし、もうできる事はない。俺一人帰っても誰も文句は言わないだろう……故障したアースは、アンジーに頼んで持って帰ってもらえばいいか。
未改稿版からの変更点
戦車が迫撃砲着弾の衝撃で機能停止の場面を削除
迫撃砲でも沈黙せず、反撃をもらって故障。その後生身でロケランを拾って撃破する場面を追加。
この話に出てくる化物、装甲目標、デカブツと呼ばれているのは戦車です
M1エイブラムスでも、T-72でも、お好きな戦車を思い浮かべてください。
主人公のコロニーには装甲車があっても戦車はないので、そう呼ばれていました
エーヴィヒの死亡回数をカウントしてくれていた方が居たので、死亡した回と死因を纏めてみます。
第14部 買い物 主人公に拳銃を4発(背中1、頭1、心臓2)撃ち込まれて死亡
第18部 決闘 レーザーブレードで焼き殺される
第24部 会話 モブに撃たれて食べられる
第34部 包囲突破戦 撤退中に撃たれて死亡
第41部 この話 戦車砲の直撃で機体ごと消し飛ばされる
計5回でした。カウントしてくださった方がいた事に驚きです




