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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第二章 明日への逃避
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洗浄

2015/01/15改稿

 昔、暇さえあれば聞いていた戦前の歌。毎日の退屈な記憶に埋もれて歌詞も思い出せないそれを、鼻歌で音程を取りながら、片手に持ったブラシでアースの装甲を磨く。さっきから何度もブラシを浸けているバケツの水はもう真っ黒だが、その分アースの装甲は夜空のような黒さを取り戻していく。傷のついた部分はそうはいかないが、傷のついていない部分が綺麗になるのが楽しいから時間をかけて何度も何度も繰り返している。

 ある程度綺麗になったらバケツを転がして汚れた水をガレージの床にぶちまけて、バケツを蛇口まで持って行き、溢れない程度にたっぷりと水を注いで。またブラシを浸けてアースを擦る。不機嫌そうな視線が背中に突き刺さるが気にしない。


「……楽しそうですね」


 視線の主が放った言葉に、一度手を止める。


「殺し屋が話しかけてこなけりゃ、もっと楽しくなるんだがな」


 そう返事をして、また機体を洗い始める。何かに集中している間はこいつの事を忘れられるからいい。しかし話しかけられたらこいつの事を意識するから嫌になる。だからなるべく意識の外に置いておきたいのに、度々話しかけてきて意識させられる。こいつは監視以外にやることはないのだから仕方がないが、四六時中見張られていては落ち着くはずもない。


「それは申し訳ありません。ところで、それはまだ終わらないのですか」


 そしてこのやり取りも、もう何度目かわからない。申し訳ないと言っているのは口先だけで、きっと心からの言葉ではないのだろう。


「まだまだ。半分しか終わってない」


 まだ上半身を洗っただけ。下半身はまだ手を付けてすらいない。上半身を洗うよりは楽だが、それでも重労働には変わりないし、少し疲れたので一息つくことにしよう。

 足場にしていた脚立を畳んで壁際まで運んで、近くに置いてある弾薬箱に腰掛け。近くに置いてあったボトルを手に取り、蓋を開けて、飲み口を咥え天井を仰ぐ。

 常温で放置してあったせいで温くなった液体が舌の上を通り喉へと流れ、少しだけ感じていた乾きと疲れが癒やされる。そんな労働の後の一杯だが、美味い不味いと表現する以前に味も香りもない。なぜなら中身は蒸留水、味や香りなど、つけていないのだから有るわけがない。

 蓋を閉めて、ボトルを自分の横に置いて一つ息を吐く。

 

「休憩ですか」

「休憩だよ。悪いか」

「いえ。それよりも気分が悪そうですね、どうかなさいましたか」

「誰のせいだろうな」


 息を吐いたら今度は悪態を吐く。どこへ行っても視界に入る白い少女。今は脅威ではなくとも、いつ脅威に変わるかわからない。そんな信用のおけない人間……人間という表現が正しいのか、それとも化け物と表現するのが正しいのかわからない奴が自分の縄張りの中に居る。しかも、食い殺しても蘇ってくるという質の悪さ。

 これで気分が悪くならないはずがない。

 

「さあ、誰のせいでしょう」


 とぼけたように言うが、誰という言葉が自分のことを指しているのはわかっているのだろう。口の端が吊り上がっているのがいい証拠だ。


「暇なら代わりにやってくれてもいいんだぞ」


 一度手を止めたら、再開するのが面倒になる。やり始めたら楽しいのだが、腰を上げるのが億劫になる。対価も渡さない居候なのだし、そのくらいはしてくれてもいいだろうとは思う。きっとその願いは叶わないのだろうが。


「お断りします」

「……だよなぁ。よっと」


 重い腰を上げて、伸びを一つ。少々早いが休憩はこれでお終いにして残りも早く終わらせてしまおう。こういうのは後回しにすればするほど面倒になる。洗い終えたらついでに弾薬の装填も済ませておこう。



 その後機体の洗浄にはしばらく時間がかかり、ようやく全体を洗い終えたアースにさらに水をかけて仕上げで終了。壁にかけてある時計を見ると、もう20時を過ぎていた。弾込めは明日にして、今日は飯にしよう。腹も減ったし。

 ブラシとバケツを片付けて階段へ向かう。その後ろをエーヴィヒが付いて来る。


「どこへ?」

「飯だ。いるならついてこい」


 二人で階段をのぼる。楽しい食事を終わらせたら暇になるな。シャワーでも浴びて寝るか。

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