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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第二章 明日への逃避
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買い物 3

2015/01/15改稿

「クロードさん。買い物に行きましょう」


 コロニーに帰ってきてから翌日の朝。突然言い出されたその言葉に、いくつも買わなければならないものがあると思い出し。そしてたった今、コロニーで生活するのに必要な物が置いてある市場に到着した。風船が弾ける際にぶっ壊れた大型ショッピングモールの中身の瓦礫を掃除して、穴を塞いだだけのボロい建物の中には多くの店が並ぶ。取り扱う品は電子端末、薬品、合成食料、衣料品、洗剤など生活に必要なもの全般。

 合成食料以外の商品は品の種類が充実しているのに対し、合成食料の棚だけはいつも三種類の品だけが並ぶ。皆大好きプレーンテイスト、シュガーテイスト、ソルトテイスト。この三種の中で、一番マシなのがいつも俺が食べているプレーン。他のは臭いと味の差が大きすぎて頭が混乱してとてもじゃないが食べられない。

 それでもなんとか食べる人間が居るから、こうして商品として置いてあるんだろうが。こんなのを食べる奴の気が知れない、なんていつもと同じ事を考えつつ。その三種の中からいつも通り『無味』と大きく書かれた銀色のチューブを、いつもの倍量放り込んで。そういえば洗剤も切れていたか。買わなければ。


「……?」


 ドサリと、急に重みの増した買い物カゴに目線をやると、入れた覚えのない衣服がいくつも。


「おいクソガキ」

「なんでしょう」


 サイズもデザインも明らかに俺のものじゃないその服は、つい先程まで姿の見えなかったこいつが入れたものだとハッキリわかる。


「戻してこい」

「あなたは私に、今後着替えを一切せず汚れた服を着続けろと? もしくは洗濯している間は裸で居ろと? まあ抵抗しないと言った手前命令されれば従うしか無いのですが……寝首をかかれても知りませんよ」


 最後に小さく聞こえた言葉は気のせいじゃないだろう。真っ白な髪の毛をしてるくせに、なんという腹黒さ。俺もまだ死にたくないし、これは買うしか無いか。買うしか無い状況に追い込まれている。


「着替え位持ってきてないのかよ」

「ええ、今着ている物以外持ってきていません」


 冗談だと思いたい発言だが、冗談にしては笑えないしこいつが冗談を言うとは思えない。あまり金は使いたくないのに出費だけがどんどん増える。その事実に頭が痛くなる。一体こいつは俺にいくら出費させるつもりなのかは知らないが、きっとまだまだ出費は増えるんだろう。しかも金を払ったからといって何が返ってくるわけでもなし。こいつはもう疫病神以外の何物でもない。


「お前の飼い主は、飼い犬の最低限の世話すらしないのか」


 うんざりしながらそう言うと、エーヴィヒはその通りだというように深く頷いた。


「動物呼ばわりは不愉快ですが、仰ることは事実です。アースとガスマスク、今着ている服以外は何も渡されていませんから」

「人様の家に勝手に放り込むなら、せめて宿代位払ってもらいたいもんだが」


 まあ、上の連中はひょっとすると『俺の街に住まわせてやってるんだから、その位我慢しろ』なんて思ってるのかもしれないが。上の連中の生活を支えているのは俺たち下の人間だというのを忘れちゃいないだろうか。連中の農場に居る働き蟻はコロニーの軽度汚染区域から拉致された労働者なのに。


「……話は変わりますが、ここの店の商品に天然繊維の衣類は無いんですか」

「天然繊維? そんな上等なものあるわけないだろ」


 天然繊維といえば、尻を拭く紙でさえ貴重なのに。ウールやコットン、シルクのような天然繊維なんて単語は街の図書館の本の中でしか見たことがないレベルだというのに。そんなものがあるはずがないだろう。仮にあったとしても、それはかなりの高級品。買えるはずがない。

 しかしこいつの口ぶりでは、上には天然繊維の品物があるのだろうか。あるんだろうな。天然食品に天然繊維の衣服。どれだけ裕福な生活をしているのか。羨ましい限りだ。


「……そういえばお前の服は合成繊維か?」

「もちろんです。私ごときが、ご主人様と同等の衣服を身につけるなどおこがましいにも程が有りますから」


 もし天然繊維だったら脱がして売り払おうと思っていたのに……支配階級の犬のくせに、貧相なやつだ。まあ食料もこっちの合成食料のほうがマシだとか言うくらいだし、そこまでいい生活はしていないのかもしれない。

 ふと彼女の顔を見るが、そこまで不健康そうには見えない。むしろそこらで働いている連中よりも血色はいい。死ぬ度に真新しい体になってるなら、不健康になりたくてもなれないか。


「私の顔に何か?」

「死んでも生き返るのはどういう気分なのかと思ってな」

「最悪極まります」


 珍しく、嫌悪感を丸出しにした表情でそうつぶやいた。それはそうだろう。死ぬような苦痛じゃなくて、文字通り死ぬ苦痛を何度も味わうなんて。しかも女だし、犯されて死ぬことだってあるだろう。というかあったらしいし。その場合は肉体的な苦痛だけじゃなく、精神的な苦痛もかなり大きいはずだ。

 よく心が持つものだ。それとも、壊れる度に体ごと作り直してるのか。そこは俺の知るところではない。


「聞きたいことはそれだけですか?」

「ああ。それだけだ」


 買い物を続けよう。あとは何が必要だったか。確か洗剤が切れていたはずだ。買わなければ。


「では、今度はこちらからあなたにお聞きします。どうしてあなたには恋人が居ないんですか? コロニーの人口維持のためには、積極的に子作りをすべきだと私は思うのですが」

「喧嘩売ってんのか」

「いえ、単純な疑問です」

「はぁ……作れるようなら作ってる」


 本当に切実な悩みだが、俺はアンジー以外の女に気を許すことができない。そのアンジーとも、十年以上の近所づきあいでようやく気を許すことが出来たのだし、今から十年かけて別の女と新しく信頼関係を築くなんて気の遠いことはできないし、まずそれまでに寿命が尽きる。


「ああ、所謂種なしでしたか。それは失礼」

「作れないのは恋人だ馬鹿」


 種なしかどうかは、検査してみないことにはわからんが……それはともかく。どうしてこんな美少女なのに、そんな下の発想が出てくるのか、不思議でならない。中身が何歳かわからん化け物だから、考えることも年寄りなのか。


「では収入は」

「スカベンジャーの中じゃ普通だ」


 役割に寄って多少は上下して、特別出動があった場合はその時に追加で報酬が出る。それでも最近は出費が多いから、支出と収入で考えれば平均よりも低いと言えるか。


「見た目は普通。健康は」

「健康……良くはないな」


 健康については、この世界で生きる者なら絶対に避けられない問題。体が弱い者は十年も生きられず、普通の者でも二十年を超えれば体に蓄積した毒が徐々に体を蝕み始め。三十年で結構な数が病に倒れ。四十年でそのほとんどが死んでいく。

 例外はミュータントか頭位だ。実は案外、頭もミュータントだったりして。それならあの長寿も納得がいく。

 それはともかく、改めて自分の魅力について考えてみると。魅力なんて欠片も感じない。俺が女なら、まず見向きもしないレベル。なるほど、信頼関係を構築以前に魅力がないから寄っても来ないのか。


「……魅力が欠片もありませんね」

「わざわざ言わなくていい」


 自分でもわかっている。たった今わからされたところだ。


「なんなら私が相手になりましょうか。これからお世話になるお礼に」


 ……殺し屋に情けをかけられるとは、悲しすぎて笑えない。いや、ただ俺を馬鹿にしているだけかもしれないな。多分そうだろう。いつもと同じように、こうしてからかって反応を見て楽しむ。性格の悪いこいつの考えそうなことだ。いい加減に飽きてやめればいいのに。


「余計なお世話だ」

「本気かもしれませんよ?」

「だとしてもだ。お前の世話になるくらいなら俺はずっと独り身でいい」

「ガードが固いですね」

「アホな事言ってないで。さっさと買い物終わらせるぞ」


 日用品の買い物が終わったら今度はアースの部品や弾薬を買わなきゃならないのに。こんな下らないことに時間を費やしてる場合じゃない。

 

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