帰宅
このサブタイ、前にも使ったことがあるような。と思いつつ、これ以外に何が思いつくわけでもないので結局コレに。
2015/01/15改稿
頭への報告を済ませて自宅へ帰り、アースを地下のガレージに置こうと思ったら。いつも自分がアースを置いている場所に見覚えのある赤いアースがピッタリと収まっていた。まるで最初からそこにあったかのように、俺が散らかしていた整備用の道具たちが輪を作っている、その中心に。一体誰のものか、そんな事は考えるまでもない。おそらくは、というか確実にエーヴィヒのものだろう。あいつに鍵を渡した覚えはないが、一体どうやって入ったのか……頭が渡したのだろうか? アンジーの時もそうだったし。
「まあいいや」
赤いアースの隣、整備道具が散らかっていないスペースに自分の機体を停めて、装甲を開き地面に降りる。降りてから一度振り向き、改めて借り物の機体をじっくりと観察してみる。受け取った直後の状態とはもはや比べるべくもない。黒く艶消し塗装されていた装甲は薄汚れ、あちらこちらに被弾した痕の凹みや傷が。これはミュータントに返す時になんと言われるやらわかったものではない。修理すればいいだろうが、修理するにも金がいる。それも旧型機に比べて結構な額が。何かに使う予定もないが、そう余裕が有るわけでもない以上無駄な出費はしたくない。
だが、返すときには修理して返さないと連中が嫌がって関係が悪くなる可能性もある……どうしたものか。
「頭に任せればいいか」
深く考えることはない。俺達下っ端の仕事はミュータントを護衛することであって、連中との関係を維持することじゃない。それは頭の仕事。俺たち下っ端のやった事位で関係が維持できなくなるのなら、それは頭の実力不足ということしておこう。
頭の中で全ての責任を頭に押し付けるための口実を作って一人納得したら、機体のバッテリーを発電機とつないで充電を開始する。弾の補充と機体の洗浄は後回しでいいだろう。そんなにすぐに機体を動かす事もないだろうし。では、上に戻って休むとしよう。
階段を登り、踊り場のドアを開いて一階のリビング兼自分の寝室へ。そこにはソファーとテーブル、水道と冷蔵庫。あとは衣服を入れる箪笥だけという必要最低限の物しか無いはずの寂しい部屋へと入る。
すると物音に気づいた少女がソファから体を起こし、眠そうな瞳をこちらに向けた。まるでたった今起きたような様子だが、まさかこいつは人の家に勝手に入って勝手に人のベッドに寝転がって眠っていたのだろうか。隣人に負けず劣らず厚かましいやつだ。
「おかえりなさい」
最初からこいつが居るのはわかってはいたが、死んだはずの人間が目の前に現れるのはどうも気味が悪い。それが自分を監視する役割を持つ者なら尚の事。さらに見た目が可愛らしい少女のそれで、中身は何年受け継がれてきたものかわからないという化け物ということも、一層気味の悪さを引き立てる。
あとおかえりなさいと言われても、どう答えていいやらわからない。覚えている中で、アンジー以外にそんな言葉を言われたことがないし。
「……」
なので、無視して横を通りぬけ。空腹を満たすために冷蔵庫まで進む。いつも通り冷蔵庫を開いて、中から合成食料を取り出して。あまりの不味さに吐き気をもよおすが、それを必至で耐えながら飲み下し、口の中にわずかに残った劇物を蒸留水で洗い流す。
……家の冷蔵庫でよく冷やされた劇物と蒸留水。装甲車の中にある冷蔵庫は電力が足りなかったのか、そこで食べた合成食料は少し温かった。その僅かな違いに、家に帰れたのだという安心感を与えられ、体から力を抜ける。
「再会を喜んだりはしてくれないんですね」
「死んだ親や恋人ならともかく、殺し屋と再会して喜ぶ奴がどこに居る」
生きて自宅に帰れたという喜びはあっても、こいつと再開したことへの喜びは欠片も存在しない。むしろ居ないほうが喜べただろう。
「親はともかく、恋人なんて居たんですか?」
失礼な質問だとは思わないのだろうか。いや、この時代で、しかも相手は殺し屋。それに礼儀云々と言うのは馬鹿らしい。だが、今は気分がいい。礼儀正しい俺はしっかりとその質問に答えてやろう。
「居ない。今も昔もな」
実に悲しいことだが。生まれてこの方他人とそういう関係を持ったことがない。気を許したところで、背中から撃たれて身ぐるみ剥がされて死体はそのまま投げ捨てられる。このコロニーでは、そんな行為も日常の風景としてしばしば見られる。それを見ていて、自分もそうなるのが怖いから、恋人と言うものを作った経験がない。
「失礼な質問をして申し訳ありませんでした」
「そう思うなら最初から聞くなよ」
「例えに出されれば嫌でも気になりますから。ところで、あのアンジーという方とはどういう関係で?」
なぜここでアンジーの名が出てくるのだろうか……ひょっとして近所に住んでいる仲のいい異性。しかも見た目もそれなりに良い。だからそういう風に見えたのか。わからない話ではないが、奴をそういう目で見るのは無理だ。数少ない気の許せる友人と言っても、カニバリストとは適度に距離を置いた関係で居たい。
「仲の良いお隣さんだ」
「それ以上の関係は?」
「向こうから頼まれてもお断りだ」
まず前提からして有り得ない話だが、万が一そういう事になった場合でも……だが、まあ。恋仲には至らない肉体だけの関係ならアリだ。そのままズルズルと関係が深くなっていくのも怖いから、気は進まないが。だがヤってる最中に食われるのはちょいと怖いな。
「……で、なんでそんな事をお前が気にするんだ」
こいつの役割は俺の監視。ただ監視するだけなら知る必要のない情報だろう。それとも、これからはただ監視するだけじゃなく新たに何か仕事が追加されるのか。
「これから長い付き合いになりますし、できるだけ深く知っておくべきと思ったので」
ますます気味が悪い。口ぶりからしてこれからも監視は継続されるようだし、こいつは一体俺をどこまで不快にさせれば気が済むのか。おそらくは死ぬまでか。
「聞きたくないが、一応聞いとこう。長い付き合いってどういう意味だ」
「順を追って説明いたします。ご主人様に今回の事をお伝えしたら、コロニーの秩序を乱す可能性がわずかにあるだけのあなたよりも、確実に秩序を乱す外敵をより大きな脅威と認識したそうでして。監視を継続しながら脅威が接近したら、すぐに排除に向かえるようにと言われました。そこで、勝手ながら他の方よりも信頼できるあなたの家を、監視もかねて拠点にさせていただきます。まあ、今までの状況と何も変わりありません。これからもよろしくお願いします、ということです。もしお嫌なら死ぬかコロニーから出て行ってください」
「……帰れ」
思わず頭を抱えてそう返すが、おそらくそれへの返事は……
「帰れません」
予想通り。ああ、一体俺はどうすればいいんだろうか。理不尽な状況への怒りをこいつにぶつけるべきか。それとも諦めるべきなのか。一番楽な逃げ道は自殺だが、さすがにそれをする気にはなれない。また新しい苦難を乗り越えたばかりだというのに、どうしてそう簡単に命を捨てられようか、というものだ。
「もちろんタダで居候させろとは言いません。対価としては不足かもしれませんが、どうぞ私を犯すなり殺して食べるなり。好きにしてください。何をされても抵抗しないとお約束します」
「そんなもん要らんから金を寄越せ。それか汚染されてない自然食品」
犯されても抵抗しない、なんて約束はとても信じられないし、後者の提案は隣に住んでる奴なら喜びそうだが、俺にとっては何の魅力もないので却下。だからその代わりに、こちらから二つほど要求をしてみる。
金は何にでも使えるし、あって困るものじゃない。汚染されていない自然食品はずっと前から食べてみたいと思っていたものだ。手に入るのなら是非手に入れたい。
「……私はこちらの下層区域でお金になるような物は持ってきていませんし、上で栽培されている植物はご主人様の所有物。許可は降りないと思います」
「じゃあ黙って持ってくればいいだろう」
「それは禁止されています」
融通の効かないやつだ。ということは、結局タダでこいつを泊めるしか無いってわけで……食費、水道代が倍になるのを覚悟した方がいいな。頭に給料上げてもらえるように頼むか。今回の失態からしてまず無理か……ああ、全くクソッタレな世の中だ。
「はぁ……あん?」
これから飛んで行くであろう金額を予想して肩を落としていると、目の前に白い手が差し出された。
「仲良くやってきましょう」
「……」
顔を上げれば、中身を知らなければ見とれそうな可愛らしい満面の笑顔。握手を求められているようだが、その手を無視してソファまで歩き、転がって毛布を被る。大分疲れが溜まっていたからか、傍でエーヴィヒが何かを言ってても無視してすぐに寝ることができた。




