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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第二章 明日への逃避
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処罰

2015/01/15改稿

 死都の探索から撤退して三日。サスがイカれていちいち地面の起伏を丁寧に拾ってくれて、最悪な乗り心地になった装甲車に揺られながら、運転手と俺たち探索組の生き残りは追撃を受けることもなく無事コロニーに帰還することができた。

 帰還してから他のスカベンジャーに丁寧に迎えられたが、それも最初だけ。今回の遠征の成果を聞かれ、他のコロニーの奴らに襲われてただ損害だけを出して逃げ帰ってきたと伝えたら態度は180度変更。貴重な資源と機体を浪費した挙句に何のせいかもなしとは何事だ、と口々に罵られた。ひどい話だが、立場が逆なら俺だってきっとそうしていた事が簡単に予想出来ただけに、反論はしなかった。

 周りからの罵声をBGMに道を進んで、頭の待つ体育館へと到着した。警備員は俺たちを見ても何も言わずに通してくれ、生き残り三人で、ガスマスクを外して中へと入る。


 いつも通り、頭は台の上に堂々と座って禿頭を光らせながら俺たちを見下ろしていた。


「今回はずいぶんと早く戻ってきたな、アンジー」

「申し訳ありません。想定外の損害が出たものでして、独自の判断で撤退を行いました」

「ああ、その話は聞いているぞ。人のうわさ話はあっと言う間に広がるからな」


 どうやら頭は、被害についての話はすでに耳にしているらしい。コロニーに帰ってからまだ一時間と経っていないはずなのに。


「死都の探索に出たはいいが、他コロニーの部隊と接触。撤退か攻撃かを悩んでる内に包囲されて、それを突破する際に死者が出たと聞いている」

「死者が出たのはこいつのせいです。こいつが攻撃しようなんて言わずにさっさと撤退すれば、被害も出なかった」


 ならば話が早いと、当初の予定通り一人に責任の全てを押し付けるために口を開いて事実を伝える。崖っぷちに立っている人間を突き落とすように、悪意を持って。こいつも責めるように言われれば、責任を感じて異論は出さないだろうと考えての発言。さあ、頭はどう処分する。


「そうか。で、実際のところはどうなんだ」

「……新入りの言うとおりです。全部、俺のせいです」


 消え入りそうなか細い声で罪を認める先輩に対し、少しの罪悪感も抱くことはない。あるのはすべての罪を被ってくれたことへの感謝の気持ち位なもの。情報を一部隠しはしているが、俺が言ったことに嘘はないのだし、こいつが口を滑らせなければこのまま俺の無罪が得られるかもしれない。


「なら処罰が必要だな。他への示しもある」


 さて、一体どんな処罰がくだされるのか。無駄に損害を出した罪は重いが、こいつも貴重な人材には変わりない。そこまで重い罰が下されるようなことはないだろう。

 しかし説教で済むような問題でもない。一体どのような罰が下されるのか、楽しみだ。


「アンジー、そいつを一発殴れ。思いきりな」

「それだけでいいんですか?」

「それだけだ」


 ……思ったよりもずいぶんと軽い罰で、驚いた。俺だけでなく、先輩もアンジーも、驚きで口が空いたまま閉じられない。こんなにも軽い罰なら別に先輩へ罪をなすりつけなくても良かったんじゃないかと思うほど、あまりに軽い。

 殴られて喜ぶ趣味はないので、決して殴られたいわけではない。


「不服か?」

「いえ、とんでもない! ただ、あまりに軽すぎるもので……」

「ただでさえ減った人員をさらに減らしてどうする。穴を増やしても埋める土は限られてるんだぞ」


 確かにそのとおりだが、被害に対しての罰があまりに軽いのはどうかと思う。しかしながら俺に何かいい案が思いつくかと言われればそうでもなく。ただ黙って事の結末を見届けるだけにする。


「よっし、それじゃあ歯を食いしばりなさい」

「ああ……頼む」


 細身の体にしっかりと筋肉の詰まった男が、同じく細身の女に殴ってくれと頼み込む。実に妙というか、倒錯的な光景だ。

 ……ああ、そうだ。罰が軽いと思うのなら、俺が追加してやればいいんだ。俺があの支配階級からの監視役が傍に立っているのを、子供の娼婦を買って侍らせていると噂されたのと同じように、こいつには殴られて喜ぶ性癖があるという噂を流そう。そうすれば俺の気持ちも少しはわかってもらえるだろう。


「いくわよ!」

「ッ!!」


 アンジーが数歩下がって、助走をつけた拳を仁王立ちの先輩へと叩きつける。広い空間に木霊する、重い打撃音。そしてほんの僅かな間だけ重力から解放されされ、宙に舞う先輩の体。長いようで短い一瞬が終わり、重力に引かれて受け身も取れず背中から床へ落下した。落下音は殴られた時と同じように体育館に大きく反響した。その音に自分が殴られたわけでもないのに思わず身をすくめてしまう。


「……」


 よほど強烈な一撃だったのか、先輩は鼻血を流して倒れたまま微動だにしない。少しだけ心配になるが、まあ死にはしないだろうと放っておいて頭の方を見ると、頭は満足気な笑みを浮かべていた。不満はないようだし、これ以上何か罪が追加されることはないだろう。

 

「これで処罰は終わり。アンジーは自宅で命令あるまで待機。クロードは、そうだな。同じく自宅待機」

「了解」

「了解。失礼します」


 一礼して、ガスマスクを付けてから外に出て行く。

 俺達は外でひどい目に遭ったのに、コロニーは何一つ変わらない。工場から立ち上る煙のせいで空は薄暗く、汚染物質のせいで草木の一本すら生えず。その代わりに灰で黒く汚れた建物が地面からいくつも生えている。死都の方がまだ色彩豊かで、目には優しかった。

 こっちとあっち、どちらが体にやさしいかと言えば……まあガスマスクさえつけていれば生身で外に居られるだけこっちの方がマシ。なのだろうか。


「……帰るか」


 何の益もない事を考えるのはやめにして。帰ってクソマズイ合成食料を食べて、寝よう。装甲車の揺れがひどすぎて、コロニーへの道中は碌に眠れていない。今は心と体の両方に休息が必要だから、ちょうどいい。


「そうね。帰ってお酒でも飲みましょう……あんたの家に行けばあるわよね」

「酒ならもうないぞ」


 この前エーヴィヒに飲ませたのが、今まで作り置きしていた最後の一本。というかこいつは度数90度越えのアレをもう飲んだのか。どれだけアルコールに強いのか、あるいは皆で分けあったのか。

 何にせよ今の我が家に酒はない。あったとしても、こんなに厚かましいやつに飲ませる酒なんてない。


「嘘……」

「嘘じゃない」


 欲しい物が無くて残念なのはわかるが、自分の娯楽のためにと作った物を何の対価もなしに奪われる俺の気分も考えて欲しい。


「大体、ほしいなら機材買って自分で作ればいいだろ」


 個人用のものならサイズも小さいし、装甲車にも積み込める。合成食料と時間を大量に消費することにはなるが、そうすれば継続的に酒を生産できる。俺のように。


「人が作ったものをもらうのがいいのよ。自分で作っても何の有り難みもないわ」


 元々わかっちゃいたが、最低だこいつ。人肉料理を勧めてくるし、酒は強請るし、人の家に勝手に入るし。どうしてこんな奴とお隣さんなのか、自分の不幸を呪いたい。


「そんなわけで、帰ったら私のために酒を作りなさい」

「断る」

「別にいいじゃない、ケチ」

「良くない」


 こうして普段通りのやり取りをして、日常への帰り道を歩く。これからほんの少しだけだが、退屈な日常に戻ることができる。この最悪な隣人の事を差し引いても、それはとても素晴らしいものだ。

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