会議
狭い居住区車両のリビングに、死都の探索に出たスカベンジャー数人と、車両の運転手一人が集まって会議をしている。話題の内容は他でもない、俺とエーヴィヒがぶっ殺した連中についての対応だ。
さっきから延々と同じことばかりを話していて進まない会議の内容は、大雑把に言うと、攻撃か撤退かという二つの意見を二人の人間がぶつけあっているというもの。
ちなみに攻撃派の意見はこう。
「ここの探索もまだ終わっていないし、撤退したら次の死都を発見できるのがいつになるかわからない。敵の残党を探しだして殲滅して、じっくり探索するべきだ。どうせ相手の練度は低い、俺達にかかればなんとでもできる」
少々楽観的すぎる気もするが、まあそこまで的はずれなことを言っているわけではないので、その考えはわからなくもない。対して撤退派の意見はこう。
「あるかどうかもわからない資源に執着して死人を出すのは馬鹿みたいだろう。そもそも敵の規模すらわからないんだ、リスクが高過ぎる。最悪、近くに連中のコロニーがあって増援が来たら一気に潰されるぞ」
どちらに同意するかと言えば、もちろん撤退派。どんなことでもリスクは小さいに越したことはないし、せっかく拾った命を捨てるつもりはない。それをあえて口に出さないのは、俺が出せる情報を全て出し尽くしたことによってこの意見の偏りが発生しているから。これ以上何を言ったところで変化はしないとわかっているので、一人でのんびり栄養補給中。相変わらずゲロのようにマズイ合成食料。チューブの中身を一気飲みしたら、水で口の中を洗い流す。
「クロード、あんた一人で何食ってるのよ」
「探索してたら腹が減ってな。お前も食っとけ」
腹が減っていては集中力も散漫になるし、集中力が切れれば隙もできる。ひょっとすると今この瞬間にも敵がこっちに来ているのかもしれないし。そう思えば、いつでも出撃できるように万全の状態を整えておくことは悪いことではない。
「ところでアンジー、お前はどっちだ」
攻撃か、撤退か。リーダーであるこいつが方針を決めれば、他の連中はそれに従うしか無い。それが一番手っ取り早いのに、どうしてそれをしないのか。
「もちろん撤退よ。私も死にたくないし」
「ならそう言えばいいじゃないか」
「そりゃ私がこうしなさいって言えば皆それに従うでしょうけど、採用されなかった方からは不満が出るでしょ。この狭い空間で無用な確執を作りたくないのよ。居心地が悪くなるから」
なるほど。意見の押し付けをしないのはそのためか。少ない人員で、しかも全員が戦闘可能。反乱分子を生み出さないように、こいつなりの方法でうまくやってるらしい。しかしこの状況でその方法は、果たしてどうなのだろう。
「まあ、放っておいたらその内殴り合いおっぱじめて後腐れなく解決するわよ」
「それでいいのか」
「私の望まない結果になったら、私が殴り倒して解決するけどね」
前言撤回。困ったときは実力に訴えればいいなんて、さすが腐ってもリーダー。操縦の腕も、殴り合いの腕も一番とはなんという脳筋。だからリーダーの座に座っていられるのか。尊敬したくないな。
「だから安心していいわよ」
「安心したからトイレへ行ってくる」
水を飲んだせいか、早速尿意がこみ上げてきた。どうせ意見が纏まるまではまだしばらく時間がかかるし、トイレに行くくらいはいいだろう。席を立って、そのまま居住車両のドアを開いて出ていこうとする。
「関係あるの? それ」
「無いな」
それだけのやりとりをして、ドアを閉めていく。帰ってくるまでに結論が決まっていればいいんだが。
もう一枚扉を開いて、トイレのある車両に入る。なにやら物音がするが、それは用を足した後で確かめればいい。
個室のドアを開いて中に入り、鍵を閉めて、便器に向って用を足す。
「ふぅ……」
用を足したら水で手を洗い、ハンカチで手を拭いて個室から出る。相変わらず隣の個室からはゴソゴソともバサバサともつかない物音が。用を足すだけならそんな音はしないだろうに、と思って個室の扉を叩く。
野生動物が入り込むなんてことは万に一つもありえないが、中に入っているのが人間なら返事があるはず。無いなら上から覗いてみよう。
「ッ、入ってるぜ」
中にいるのは人間だったらしい。何やらひどく驚いたような声だが、何かあったんだろうか。
「おい、トイレで一体なにしてんだ」
「な、なにもしてねえよ!」
ひどく慌てているような声。やましい事が無いならそう慌てることもない筈だが……怪しい。一体トイレでごそごそと、何をしているのか。
「クロードさん!」
……なんで男の声とエーヴィヒの声が、トイレの個室からするんだか。こいつは絶対碌でもない事だ。碌でもない事にはあまり首を突っ込みたくない主義なんだが、彼女も一応は戦力になる。その大事な戦力に何かあったら困る。気は進まないが、致し方なく首を突っ込むことにする。
「おい、開けろ」
「ええい、どうせバレるんだ、せっかくなら最後まで!」
できるだけ物品は壊したくないが、出てこないなら仕方がない。扉の隙間にナイフの刃を入れて、押し下げる。カキン、と音がしてロックが外れたのでそのまま奥へと押し開く。
「向こうじゃ真剣な話題で話しあってんのに。お前は何やってんだよ」
そこに居たのは、ズボンと下着を剥ぎ取られて下半身をむき出しにされたエーヴィヒと、同じく下半身をむき出しにして彼女に迫る男。これだけの体格差があったら、ろくな抵抗もできないだろう。
一歩手前で見つけられてよかったと言うべきか。ひとまず男の肩を掴んで引っぺがす。その際チラッとだが、ギンギンに固くおっ勃った男のアレが見えた……最悪な気分だ。
「い、いいじゃねえか! 合意の上なんだからよ!」
振り返って力説する羽だが、さっきエーヴィヒの口を抑えながら腰を押し付けてたし全く説得力がない。それに、アイツも合意の上なら声をかけた時に俺の名前を呼ぶこともなかったろう。バタバタと音がしていたのは、犯されまいと抵抗していたからだろう。
「この人の言ってることは嘘ですよ。無理やり私を連れ込んで、無理やり服を脱がして私を犯そうとしました」
情況証拠と被害者の証言。これではいくら言い逃れをしたところで、誰もが有罪と判断するだろう。だからと言って、罰を与えるつもりは毛頭ない。
「言われなくてもそのくらい見りゃわかる。嘘をつくならもう少しマシな嘘をついたらどうだ、今の状況を見て誰が合意の上だなんて信じられるってんだ。あとその粗末なモノをいい加減にしまえ」
体の動きに合わせてナニがぶんぶんと動きまわって気持ち悪い。言われてようやく下半身を露出したままということを思い出したのか、ようやくおろしていた下着とズボンを引き上げた。見てるだけで吐きそうだったので、素直に従ってもらえたのはありがたいことだ。
さて、汚いモノをしまってもらえたものだし、言いたいことを言ってさっさと戻ろう。
「そいつは貴重な戦力だぞ。無理やりやってケガでもしたらどうする」
「我慢できなかったんだよ……」
「我慢できないならマスでもかいてろ。誰も咎めやしないから。それもできないなら切り落とせ。それが嫌ならコロニーに帰ってからにしろ」
全く。どこもかしこもマトモじゃない奴しか居ないのか。コロニーの中にも外にも、まともな人間は居ないのか。
「戻るぞ」
「うぅ……畜生。もう少しだったのに。後生だ、頼むからリーダーには言わないでくれ! 玉を潰されたくない!」
「安心しろ。こんな事俺だって言いたくねえよ」
手遅れになる前でよかったが、もう少し遅れていたら大幅な戦力低下が起こるかもしれなかった。ひょっとしたらこれからもまた交戦するかもしれないのに、何を考えてるのやら。何も考えていないのか、それともナニを考えていたのか。
『緊急事態! 戦闘可能なメンバーは直ちにアースに搭乗して迎撃に出ろ! 繰り返す、戦闘可能なメンバーは直ちにアースに搭乗して迎撃に出ろ!』
……見計らっていたかのようなタイミングだ。つくづく、ついてない。
「思った途端にこれかよ……急げ!」
ナイフを鞘に収めて、アースの搭載車両へと急ぐ。あまり遅れると、搭載車両に穴を開けられてアースに乗り込めないという事になりかねない。
皮肉なことだが、これで皆が攻撃か撤退かを真剣に考えてくれるようになるだろう。さっきは実質二人しか意見交換に参加してなかったし。まあ、それも生きて帰れれば、の話だが。
次回に続く
2015/01/16改稿




