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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第二章 明日への逃避
30/116

奇襲

2015/01/16改稿

 人の死に絶えた瓦礫の街をひたすら歩く。一言も喋らず、一発も銃を撃たず。ただ瓦礫を踏みつぶす音と、それが空洞のビルに反響して跳ね返ってきた音だけが耳に入ってくる。

 最初は見慣れぬ緑に感動していたが、それも慣れてしまえば大したものではなく。今となっては生気を一切感じず、中途半端に崩壊して、中途半端に自然と一体化している無音の街に果てしない不気味さを感じるだけ。コロニーの中では工場の騒音に悩まされていたが、今は逆にその騒音が恋しい。騒音でなくてもいいから、何か人の存在を感じる音を聞きたい。

 自分の目の前を歩く奴以外の、という条件付きで。

 

「……」

『……』


 しかし、本当に何もない。どこまで歩いても廃墟だけの寂しい風景が続く。こんな場所から使える物を探しだして、コロニーに持って帰るのは簡単なことではないだろう。アンジーはどうも簡単な仕事だと言っていたが……成果を挙げなくてもいいなら簡単という意味か。


『クロードさん』


 交差点、だったと思われる場所に差し掛かった辺りで、俺の前を歩くやつが急に立ち止まり、声をかけてきた。何事かとこちらも思い足を止めて、半身になってシールドを前に出し、大型ライフルを構える。


『建物に反響して方向は不明ですが、アースの駆動音を探知しました。警戒してください』


 俺の機体のセンサーにはなんの反応もないが、どうもあちらの機体には反応があったらしい。位置的にアンジー達とは思えないから、他所のコロニーの連中だろうか。

 アンジーからは『今まで他所のコロニーの連中とは会ったことがない』と聞いていたが。どうも今まで無かったからといって、これからも同じようにとはいかないらしい。世の常だな。アンジー達にも知らせておいたほうがいいだろう。


「通信接続、チャンネル1」

『……はいはい、こちらアンジー。なにか見つけた?』


 軽いノイズの後に、アンジーの相変わらず軽い調子の声。こちらの状況を知らないのだから当然か。


「味方の物じゃないアースの駆動音を探知した。どうすればいい」


 何かあった場合は報告しろと言われている以上、一応指示を仰ぐ。


『あら、とりあえず隠れて様子を見て。それからどうするかはそっちで判断して頂戴。他の皆にも通達しておくわ。それにしてもあなた、本当にアクシデントに恵まれてるわね』

「了解。それと、アクシデントが多いのは仕方ないだろう」


 ライフルのレバーを引いて弾丸を装填し、少し下がって付近の廃墟と化したビルに入る。こちらの足跡を発見し、周囲の警戒に足を止めたところを先制攻撃して潰せるだけ潰すことにする。うまくいけば、そのまま一度で殲滅できる。一度で全滅させられなければ、減らせるだけ減らして各個撃破。


 すぐ隣りの廃墟に入り込み、一階フロアを見渡す。上の階が崩落していてあちこちに瓦礫の山ができているおかげで隠れる場所を探すのは苦労しない。


『こちらから接触はしないので?』

「相手が友好的とは限らない以上、こっちから接触するのは危ないだろ。お前も隠れろ」


 仕掛けるならやはりリスクの小さい奇襲。一階フロアに高く積み上がった瓦礫に身を隠し、膝をついた状態で、先ほど自分が引き返した地点に向けて機関砲とロケットランチャーを構える。装填されている弾はHEAT弾頭と焼夷弾頭の二種類。使用するのはその両方。贅沢にも全弾ご馳走してやるつもりだ、弾をけちって死ぬのも馬鹿らしい。

 しかし先にこちらが相手を発見できたのは幸運だ。今回ばかりは、この殺し屋に感謝しよう。


『隠れるのはいいですけど、相手がこの道路を通るかどうかはわかりませんよ。ひょっとすると別の所を通るかもしれません』

「それならそれでいい。そのままどっかに行ってくれればまた探索を続けられるからな。もしここを通るようなら撃ち殺す」


 友好的な接触は、おそらく望むだけ無駄。奴らの目的は俺達と同じ墓荒し。だが墓を荒らしたところで得られる資源は砂粒ほど。とても分け合うほどの量は存在しない。となれば、自分がその資源を得るために同業者を消すという答えに至るのは当然。


『……こちらからの対話はしないのですね』

「当たり前だ」

『相手が善人である可能性もあるし、必ずしも戦う必要も無いのでは』


 俺もそうであればいいとは思う。だが人間の本質は汚いものだ。それは今も昔も変わりはしない。もちろん俺もその中に入るし、だから他人もそうだということがわかる。

 このクソッタレな世界で、たった一つだけ存在する確かなルール。


「この世界に善人なんて居ない。いいな」


 他の誰かから物を奪うことを躊躇ったり、何かを分け合おうという愚かな試みをする者は、全てを奪い尽くされて死んでいく。他の誰かを蹴落とすことができない者は、真っ先に他の誰かに踏み潰されて死んでいく。落ちゆく者に手を差し伸べる者は、その手を掴んで道連れに引きずり落とされる。

 そうして善人は死んでゆき、他人から者を奪い取り、他人を蹴落とし、落ちゆく者の手を踏みにじることができる悪人だけが生き残ってこのクソッタレな世界を作っている。


『……』

「なんだ。言いたいことがあるなら言え」

『いえ……何も。今はあなたと同じ方針を取りましょう。死んでも生き返ることができると言っても、死ぬのは気分のいいことではありませんから』


 そう言って、俺とは少し離れた地点で折りたたんでいた大砲を伸ばし、二脚で地面に固定するエーヴィヒ。何だかんだと言う割には彼女も殺る気なようだ。


「その大砲で俺をぶっ殺して突き出して投降すれば、生かしておいてもらえるかもな」


 今の俺は背中を晒して隙だらけ。あの大砲をこちらに向けて撃たれるまでの間に反撃はできない。撃つなら今だろう。ただ、命乞いをしたところでそれが叶うとは限らないし、死ぬよりもひどい目に遭う可能性だってある。


『投降した後されるであろうことを考えれば、先に彼らを殺すか、抵抗して殺された方が楽に死ねるでしょう。この世界が貴方の言うとおりだとするなら』

「懸命な判断だ」


 話しながら敵を待っていると、ようやくこちらの探知範囲内に敵が入ってきた。動体反応の数は六。速度は一定。進路は運が悪いことにこちらへ一直線。これはもう、手荒な対応は避けられない。もう殺るしか無い……もし互いの探索時間が違っていれば、もし互いの探索範囲が違っていれば、死ぬこともなかっただろうに。俺も相手も運が悪い。

 そう思いながら、仕掛ける瞬間を身動き一つせずに待つ。

 そしてしばらく。アースの足跡に気付いた敵のアースの集団が一度足を止め、それぞれの武器を構えだした。細部は微妙に異なるが、見た目も武装もこちらと似たようなもの。となれば装甲も同じ程度と予想。


「撃て」

『言われなくとも』


 先手必勝と言わんばかりに、エーヴィヒの持つ大砲から轟音と共に弾丸が発射され、命を食らおうと放たれた弾丸は足を止めたアースの一機に大穴を開け、穴の空いた残骸は着弾の衝撃で後方へ大きく吹き飛ばされた。突然の奇襲に驚き、事態を飲み込めていない敵に、さらに追い討ちをかける。

 構えていたランチャーの弾丸を全弾発射。ロケットの噴煙が不安定な軌道を描いて進み、何発かは直撃。HEAT弾が装甲を破壊して、さらに遅れて着弾した焼夷弾が爆炎で機体を包み込む。外れたものもアースの至近に着弾し破片と炎を撒き散らして周囲を火だまりに変える。


 混乱する敵にエーヴィヒが次弾を放ち、三機目を破壊。ロケットを撃ち尽くした俺も、機銃を盲撃ちしてさらに二機撃墜。そこでようやく体勢を立て直した敵の残り二機がようやく射線から逃れ、それぞれ道路の左右の建物へと逃げ込んだ。


「逃げられちゃかなわん。仕留めるぞ」


 何をするにも中途半端は良くない。ここで全滅させなければ応援を呼ばれて、そのまま復讐に来られる可能性がある。なんとしても、ここで仕留めなければならない。


『残り二機といっても油断はしないようにしてください』

「言われなくとも。俺は道路の向こう側のを殺る。お前はこっち側を」

『貴方に従います』


 残りは二機。そうは言っても、数の上では同数。性能差も武器があれば埋められる。油断していてはこっちが食われる可能性もある。

 センサーを見れば、爆発の炎を食らって熱を帯びて、大きな熱源反応を発している機体が二つ。はっきりと見える。


「後ろから撃つなよ」

『撃ちませんよ。今は』


 右手に持ったライフルの単発射撃で道路の向かい側に逃げたアースを威嚇しながら道路に出て、すぐに同じ側の路地へと身を隠す。目標との距離は百ほど。


 さて、どうするべきか。機関砲の壁抜き射撃は、壁が一枚ならともかくこの向こう側に何枚もある。敵に届く頃には威力がすっかり落ちて、装甲を貫通するには至らないだろう。


 どうするべきか。と悩んでいると、向こう側はその考えを実行に移してきたようで。壁に幾つも穴が空いて、機体の装甲をカンカンと威力の落ちた弾丸が叩いた。いつまでも同じ場所に止まっていては、もしかすると威力を保ったままの弾丸が貫通してくるかもしれないので少しだけ移動する。しかし移動しても同じ場所を弾丸が通って行くだけで、移動にそって貫通痕が追尾してきたりはしない。


「恐慌状態ってやつか?」


 体勢と一緒に心も立て直したと思ったが。そう思っていると、熱源が途中に壁があるとは思えないほどのスピードでこちらに接近してきた。その速度は何もない平地を移動するよりも少し遅い程度。すぐに壁一枚のところまで迫ってきて、そしてその壁も蹴り抜いてアースが目の前に現れた。


「さっきの乱射はそのためか」


 装甲は塗装が剥げていてところどころ煤けているが、それでも機能のほとんどは健在。そして仲間を殺した憎き俺を殺そうと、ブレードを腰だめに構えて突進してきた。だが、やはり性能は競技用には及ばないのかエーヴィヒと比べるとスピードは遅い。後ろに下がりながらライフルを手放し、左腕の盾で胸をカバーし空いた右手で自分のブレードを握って、頭を真っ二つにしてやろうと斜め上から振り下ろす。

 ここは狭い路地。左右に動いて避けることはできないし、相手は突っ込んでくる。命が惜しいのなら、相手は受けるしか無い。


「そうするしかないよな」


 相手は狙い通りに突き出そうとした刃を頭上に持ち上げて、鋼鉄の刃を防ぐ。そして俺はがら空きとなった胴へ、防御用に見せかけていた左手と一緒にレーザーの刃を振るう。一瞬だけモニターを閃光が横に走り、装甲の焼ける音が聞こえて、横に真っ赤な一本線が刻まれた相手の機体から急速に力が失われていく。


「……ふぅ、なんとかなったか」


エーヴィヒとその相手以外にもう動く物が無いことをセンサーで確認して、息を吐いて肩の力を抜く。モニターを見ても機体損傷はなし。レーザーブレードを使ったせいでバッテリーが減ってしまったが、まあ出し惜しみして死ぬことを考えればよし。

 しかし、あいつ以外とは初めての対アース戦闘。案外緊張もせずうまくできたものだ。命の危険を目の前にすれば、取り乱すものだと思っていたが。


「……エーヴィヒ。こっちは片付いた、そっちはどうだ」

『こちらもたった今片付きました。機体に損傷はありません』

「そうか。無事で何より……じゃないな」


 本当に自然に出てきた言葉だが、なんでそんな事を言ってしまったのやら。俺にとってはあいつが死んでもありがたい事ばかりで、生きていても良い事は無いのに。


『そちらは?』

「残念ながら、同じく損害なしだ」


 機体の装甲が少しへこんだくらいじゃ損害の内には入らない。穴が空くか腕の一つでも吹っ飛んだら十分損害の内に入るが、借り物の機体をそこまで壊すわけにはいかないだろう。


『それは残念です』

「ずいぶんと嬉しそうな口調だな」

『そうですか? それよりも、アンジーさんに連絡しなくていいのですか』「ああ、そうだな。通信接続、チャンネル1」


 またしてもノイズが入り、その後に回線がつながって音声が流れる。


『あ、生きてたのね』

「ああ、生きてるよ。確認した敵機は六。全機撃墜」

『……あんた、実は私より強いんじゃない? さすがの私も三倍の相手は無理よ』

「詳しい報告は後でする。それよりランチャーの弾丸を使い切ったし、バッテリーがあと四割だ。一度装甲車に帰還して補給する」

『了解。私達も一度戻ることにするわ。アースが居るならこれからどうするかを決めなきゃいけない』


 通信を切って道に出ると、ブレードを血で赤く染めたエーヴィヒも向かいの建物から出てきた。機体自体の損傷はさっきも言っていた通りどこにも見られない。付いているのは煤くらいなものだ。

 最初の戦闘の時にはそれほど苦戦することもなく終わったが、ひょっとするとこいつも奇襲がなければかなりの腕なのではないだろうか。俺が勝てたのは運が良かったからだろうか。


「通信は聞いてたな。装甲車に戻るぞ」

『はい。ですが警戒は怠らないようにしてくださいね。まだ敵が残っているかもしれませんから』

「居たら居たらでその時だ」


 あいつの機体は俺の機体よりもセンサー周りの性能はいいようだし。俺が見つけられなくてもあいつが先に見つけられるはずだ。バッテリーも弾薬も残りは少ないから、発見される前に動きを止めてやり過ごすか、先制攻撃で潰せばいい。

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