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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第一章 新たな日常
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命令

空腹を耐えながら、子供を連れて歩いてしばらく。区画を二つほど移動してようやくスカベンジャーの頭が控える建物が見えてきた。丸みを帯びた出っ張りのない屋根と、大きな平面が四つ組み合わさった壁で構成されたシンプルな形が特徴的な、戦前には体育館と呼ばれていた建物。昔は窓が開け閉めできるようになっていたらしいが、今は内側の空気よりも外気の方が汚染されているので常に締め切られている。


「どうした、ここは子供連れが居ていい場所じゃないぞ」


 建物の警備をしている羽が寄ってきて、声をかけられた。どうも下っ端スカベンジャーが自分の子供を連れて見学に来たと思われているようなので、誤解を解くために事情を話し、中に入れてもらうことにする。


「朝ミュータントのガキが逃げたって話があっただろう。それだ」

「本当に?」

「本当だよ。ほれ」


 ミュータントの子供につけさせていたマスクの留め具を外して、顔から剥がれ落ちるマスクを片手で受け止める。羽が一瞬だけ止めようとしたが、俺があまりに自然な動きで外したために制止が間に合わなかったようで、マスクの向こうの表情は驚きで眼が見開かれている。

 そしてマスクを外した子供は一度胸を開いて大きく深呼吸し、吸った分の空気を全て吐き出してから口を開いた。


「うへぇ、苦しかった」


 喉に自前の生体フィルターがあるだろうに、そこにマスクをつけていたら二重になって余計苦しかっただろう。ただでさえスペアの安物のマスクで息がしにくいのに、よくここまで耐えたものだ。

 

「なんだ、本物か……」

「そうだ、本物だ」

「通っていいぞ、頭が待ってる」

「人をモノ扱いするな」

「はいはい、行くぞー」


 機嫌を悪くした子供の手を引いて、体育館の入り口へ入る。入り口は外気を中に入れないために二重扉になっており、一枚扉を潜るとすぐ扉が閉まる。その後すぐに入ってきた外気が建物内の空気に追い出されてきれいな空気に入れ替り、マスクを外しても呼吸ができるようになるのだ。

 マスクと帽子を取り、ツナギを脱いで壁のハンガーにかけて、靴も脱いでおく。体育館の床は綺麗に掃除されているのだから、外の塵で汚れたツナギを着て入る訳にはいかない。ミュータントの子供も脱がせようかと思ったが、俺のように下に何か着ているわけではないようなので靴だけ脱がせて、第二の扉もくぐらせた。


「うわ、広い……」


 ミュータントの子供が呟く。確かに、大人の視点から見てもここは広い。コロニーにある中でこれ以上広く、何も置かれていない床を持つ施設は支配階級が所有するコロシアム以外には存在しない。子供の視点から見ればそれはもう広いの一言だろう。

 そして、奥のステージの上に堂々と鎮座するのは我らが指導者。このコロニーの最年長。平均寿命が大体30なのに対してなんと今年齢い65という健康優良ジジイ。名前は知らない。とりあえず皆頭と呼んでいるので俺も頭と呼んでいる。


「連れてきました」


 化け物のような歳の人間に驚いたのか怯えたのか。自分の後ろに隠れようとするガキを引きずって、ワックスが塗られ蛍光灯の電気を反射する床の上を歩き、ステージの前まで進む。


「御苦労。そんじゃ次の仕事を任せるぞー」

「いつもの仕事ではないのですか」

「んにゃ違う。いつもの仕事……街の警備はやらなくていい。非番の羽の連中を当たらせるから、お前だけでやってもらいたいことがある」

 

 俺にだけやってもらいたいこと、とはなんだろうか。俺にしかできないこと、ではないのだろう。そんな特殊な技術はない。


「そのミュータントを西の集落へ連れて行け。そいつの親はそこから来た」

「さすがに一人でとは言いませんよね」

「馬鹿野郎、何言ってんだ」


 珍しく無精髭を生やした顔に笑顔を浮かべながら、俺を安心させてくれる頭。珍しく優しい……いつもは怒鳴り声で些細なミスを糾弾してくるのに。あまりのありがたさに涙が出そうだ。俺を向かわせるのも、羽のように優秀な連中ではなく、替えの効く。潰しても問題のない人材だからだろう。

 もう少しアースの操縦訓練をしておけばよかった。


「一人に決まってんじゃねえか」

「んな……死ねと?」


 今度はショックで涙が出そうだ。この治安の悪い街の中ではアースに乗っていれば安心安全だが、街の外だと野生動物に襲われる可能性があるし、他所のコロニーの連中に襲われる可能性もある。内側は安全でも外側は全く違う。戦闘になればバッテリーが持つかどうかも怪しいし、単独行動は無謀だ。


「なんだ、怖いのか?」


 首をブンブンと縦に振る。命の危険が迫っていて怖くないわけがない。おまけにまだ報酬が知らされていない、ひょっとするとタダ働きだ。やりたいはずがない。


「ミュータントの集落までの道は、つい昨日羽の連中が見てきたばっかりだ。危険なんてねえよ」

「羽の連中にやらせりゃいいでしょう、なんで私が行かなきゃならんのですか」

「てめえが連れてきたガキだろうが。生きて帰ってきたら褒美もやるから行って来い」

「命あっての物種ですよ! 死んだら褒美もクソもありません……で、その褒美ってのは何でしょうか」


 命あっての物種、とは言うが。もし対価が命をかけるに見合うものだとすれば、気持ちが揺らぐこともある。まずはそれを聞いてからでも遅くない。


「今日殺されたミュータントが持ってきたレーザーブレードだ。遺跡から発掘してきたもんで、修理して配線をいじればすぐ使える……らしい。燃費も出力も工場で作ったもんとは比べもんになんねえもんだ」

「……ちょっと行って帰ってくるには少し大きすぎる報酬じゃないですかね」


 それだけの代物、値段にすれば一体どれほどのものか……命と釣り合うどころか、多分俺たち被支配階級の命を数十買ったとしても、まだかなりの余裕があるだろう。そんな物をくれるとは、一体何を考えているのやら。どうせろくな事じゃないだろう。多分、このガキを送って帰ってきた後にまた別の仕事を押し付けられそうだ。しかしそれほどの装備があればコロシアムもいいところまで行けるかもしれない。

 受ける価値はある。だから、もう少し詳しく聞いておくことにする。


「当たり前だ馬鹿。追加で仕事をしてもらう、内容は帰ってきたら説明してやるからさっさと行って来い」

「できれば今説明して欲しいんですが」

「長くなる。今から説明して終わってから行ったら、帰る頃には夜になってるぞ。真っ暗な道を帰りたいのか?」


 さすがにそれは嫌だ。今の時間は太陽の強い光がスモッグを貫通しているからなんとか薄暗いで済んでいるからいいものの、それが夜になったら明かりがなければ何も見えないほど暗くなる。そうなると熱源と音響センサーだけが目の代わりになるから、野生動物が相手だと手も足も出なくなる。

 ああ、最悪だ。行きたくない。行きたくないけどブレードはほしい。ブレードがほしいなら行かなくちゃならない……コロシアムで優勝したら天然食品を毎日食べられる素敵な日々が待っている。今俺が持ってるようなちょろいパーツじゃあ優勝なんて百回死んでも無理……しかし報酬としてもらえるブレードが手に入ればワンチャンある……対価としては釣り合うな。よし行くか。


「……わかった、わかりましたよ行ってくりゃいいんでしょう行ってくりゃ。報酬はキッチリもらいますからね!」

「仕事をキッチリこなしたらな。んじゃ行って来い」

「わかってますよ畜生……アースを用意してきますから、このガキは一旦ここに置かせといてください」

「あん? ふざけんなよ。上司に子守させようってのか?」

「万が一機械をぶっ壊されたら困るんですよ。空気清浄機とか壊れたら生きていけませんからね。置かせてもらいますからね」

 

 返事も聞かずに入り口へと駆け足で向かう。頭は口こそ達者だが、実は昔の怪我で足が動かないことは多くの人が知る事実。このまま任せてしまえば追ってはこれまい。一度家に帰ってアースに乗って、戻ってきてから仕事をしに戻るとしよう。

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