第28話 死都
第二章からはちょっとした冒険があります。はい。
2015/01/16 改稿
いつもと同じようにアースに乗って、機体のチェックを開始する。目の前の画面に映る機体の全体図には、大気汚染と放射能汚染の警告以外の赤色は見当たらない。機体本体には問題はないが、外部環境に問題有りと。しかしそんなのはどこでも同じだからやはり警告を切っておく。起動の度に一々警告を切らなきゃならないのは面倒極まる。どうにかしてデフォルトでオフにできないものか。
とりあえず機体に異常はないということがわかったので、運転手にチェック終了の知らせを入れる。
「5番機異常なし」
「6番機も異常ありません」
『全機のチェック終了を確認。ハッチを開くぞ』
空気の抜ける音がした後に、機体の横の壁が開いて外の空気と中の空気が混ざっていき、急速に放射線量が加速度的に上昇する。これはミュータントの集落よりも遥かに放射線量が高い。アースに乗っていても車から降りるのを少しためらうほどの線量。生身なら五分と経たずに中毒症状で死ねる。
「オラ、さっさと降りろロリコン。あとがつっかえてんだ」
「ああ、すまん」
一瞬ためらったものの、やはり降りなければ仕事はできないので観念する。いくら外の汚染がひどくても、アースに乗っている限りは安全。そう自分に言い聞かせながら、出入口から伸ばされたスロープに足を進める。
スロープの上を歩いて、ひび割れだらけで道路としては機能しないアスファルトの道に降りる。外気流入の警告が出てないことを確認したら少しずつ視点を上げていき、死んだ都の全容を視界に収めていく。
「おお……」
モニターの向こうに見える瓦礫の街。過去の戦争で核の直撃を免れなかった哀れな都市。家は燃え尽き、ビルは折れ、道路は焼け、人が居ない代わりに奇形の木や草がアスファルトやコンクリートを突き破って生える鬱蒼とした森。その隙間から見える青空。ミュータントの集落や、そこに至る道にも木や草は生えているが、それでもこれよりはずっと疎ら。ここまで密度の高い自然の緑は今まで見たことがない。
思わず感嘆の声を上げてしまうほどに、美しいと感じた。コロニーから車で2日の距離にあるから、化学物質の影響をそれほど受けずに、こんなにも植物が繁栄しているのだろうか。
「ここが死都、私達の仕事場よ。どう、感動した?」
「そうだな。コロニーに引きこもってたら絶対に見えない風景だ」
本当に綺麗な場所。これをモニター越しにしか見られないなんて本当にもったいない。
自分の目で見ようと思えば見れるが、いくら先が短いとはいえ自分の命と引き替えにしてまで見たいものじゃないので、機体のカメラ越しに見える映像だけで満足しておく。
「それじゃ、仕事の説明をするわ。景色に見とれながらでもいいからよく聞いて」
「おう」
言われた通り、視線はあちこちに彷徨わせながらもスピーカーから流れる音にはしっかりと耳を傾ける。
「ここでは私の指示に従うこと。バッテリーの残量が6割を切ったらすぐに帰還すること。何か不測の事態があったらすぐに報告すること。探索中は二人以上で行動すること。使えそうなものを見つけたら持って帰ること。これだけを守ったら、あとはサボらない限りは何も言わないわ」
「やけに短い説明だな」
「短くてシンプルな方がわかりやすくていいでしょ。長々と喋ってもどうせ覚えらんないし」
「全くだ」
馬鹿な俺が、景色を眺めながらでも理解できる。いい説明だ。
「そっちの子も、話は聞いたわね」
「はい。しっかりと」
「それじゃ全機オートマッピングを起動。装甲車が入れる範囲の探索は前ので終わらせたから、ここからはもっと奥に進むわよ」
オートマッピング、簡単に説明すれば、迷わないように移動経路を自動で記憶するシステム。目の前の森を行くには必要な物だろう。コロニーと違って区画分けもされていないし、道路も無いから迷いやすい上に、迷ってバッテリーが切れて動けなくなったら、仲間との連絡も取れないからそのまま死ぬしか無い。そうならないために必要なシステムだ。
行く手を遮るように生えた木々の間を通って薄暗い森の中へ進んでいくアンジー。それを追って、他の羽の連中も森の中へ。当然俺もエーヴィヒもついていく。一歩森へと踏み込んだら、さっきまでの明るさは一変。木の葉に光が遮られて、コロニーの中と同じくらいの暗さになった。この方が目には優しいが、どうにも不気味だ。
『何か出そうですね』
「野生動物位は居るんじゃないか」
後ろをついてくるエーヴィヒの機体からの通信に答える。これほど視界が悪く、木の生い茂った場所ではアースの性能を発揮するのは難しい。熱源センサーも遮蔽物が多すぎて探知は難しい。頼りになるのは目と耳だけ。
まあ、真上以外の死角はサブカメラで消せてるし。真上からでもセンサーが補足してくれるから、奇襲されても大丈夫だろう。それに鋼鉄の鎧を着込んでるし、最悪襲われても少し機体に傷がつく程度だろう。穴さえ開かなきゃ問題ない。
『新入り二人、ペース上げろ。列から離れてる』
「了解」
『わかりました』
先輩からのお叱りを受けて、歩くペースを上げる。不整地を歩くのは別に初めてじゃないが、ここまでデコボコした地面を歩くのは慣れてないから歩くペースが遅れるのは仕方ないことだろう。転けないように注意しながら、足の動きを早める。
動きを早くしたらようやく列に追いついた。基本性能はこちらの機体のほうが高いはずなのだが、やはり慣れの差か。
「すまんすまん。森を歩くのは初めてでな、慣れてないんだ」
『前回の探索中に野生動物に出くわしたことはないが、出ないとも限らん。注意しろ』
『三番機、あまり新入りをイジメないであげてよ。嫌になってコロニーに帰っちゃうかも』
「このくらいで嫌になったりしねえよ。馬鹿にしてんのか」
『彼に同じく』
『二人共元気で結構。でも気をつけなさいよ。たまに穴とか空いてるから。穴を避けながら歩いてるから、ピッタリ付いてきて。落ちたら引っ張り上げるのにワイヤー取ってこなきゃいけないし、その後機体の修理もしなきゃならなくなるし。面倒なんだから』
『俺のことですかい』
『そうよあんたのことよ三番機』
なんというコント。ということは注意したのはアレか。親切心からか。車の中ではクソッタレな発言ばかり繰り返していたが、これはあれだな。戦前のサブカルチャーでいうところのツンデレというやつか。
なるほど、気持ち悪い。
『優しいんですね、三番さん』
その思いつきを代弁するかのように、エーヴィヒが通信で話す。
『さっき言ったのは落ちられたら面倒だからだ。心配したわけじゃないぞ。勘違いするなよ!』
「へい了解」
『了解いたしました』
本人がそう言うのなら、そういうことにしておいてやろう。しかしこれは、本当に見事なツンデレだな。男のツンデレは気持ち悪いという文章を目にしたことはあるが、実際に見るとここまで気持ち悪いものであったか。
まさか、合成食料も食ってないのに吐き気がするとは。恐ろしい。
それからしばらく森の中を無言で突き進むと、今度は木も草も一本も生えていない、大きな椀状の窪地……所謂クレーターというところに出た。広くて木が生えていない場所はありがたいのだが、放射線量もまた一段と高い。あまりに急激に放射線量が増えたせいで、消したはずの警告がまた自己主張を始めた。
その原因はおそらくクレーターの中心に撒き散らされている不気味で巨大な鉄板だろう。
『珍しいけど、持って帰るのは無理ね』
「だな」
サイズからして、多分今の世では見ることのない大量破壊兵器の破片。膨らみきった風船を突いて、破裂させた針の一本。何本か発射したはいいものの迎撃されてこの街に落ちて、落下の衝撃で爆発。爆風と放射能をばらまいて街は壊滅。そして今に至るという感じか。探せば不発弾もあるかも知れないが、触れぬが吉だろう。下手にバラそうとして爆発しても困る。
『これより班を3つに分けて散開する。私と二番機はクレーターの向こうを探索。三番機四番機はクレーターの西側、新入り二人は東側を探索。なにか発見したらすぐ連絡をすること。探索開始!』
『了解』
「了解」
『了解しました』
各自返事とともに、己の任された方向へ向けて移動を開始する。もちろん俺とエーヴィヒも。しかしコイツだが、さっきは後ろから撃ってこなかったが、それでも不安だ。もしかすると人が居たから撃たなかったのかもしれないし。
そうなれば、俺が先を歩くのは危ないか。
「お前が先に行け」
『普通は男性がエスコートするものではないですか』
「レディファーストってやつだ」
もちろんこの時代にそんな思想は存在しないので、ただ先に行かせるための方便でしかない。
『……男女平等という言葉をご存知ですか?』
「知ってるが、」
こいつが男女平等を良しとするなら、男性が先にエスコートするものだ、なんて言わないはずだ。俺の言えたことじゃないが。
『これは失礼。では、ご厚意に甘えて先に行かせてもらいます。この御礼はいずれ……』
……あまり嫌がらせばかりすると後が怖いので、どこかでご機嫌取りをする必要があるだろう。問題は、いつどこでどういう風に機嫌を取るかだ。変なところで変な風に機嫌を取ろうとしたら、また俺がロリコンだと不名誉な誤解を抱かれるかもしれない。
いや、もう遅いか。どいつもこいつも俺のことをロリコン扱いだし。




