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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第一章 新たな日常
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準備

 朝食も終え、一日の支度も終え。エーヴィヒと他愛ない会話をして暇を潰し。そうしてゆっくりと時間を過ごしていると、置き時計のアラームが鳴った。腕時計も見て、時間のズレを修正してから立ち上がりる。


「どこへ?」

「ガレージ。仕事へ行く時間だ」


 ガスマスクと上着を壁から取って、身に付けながら階段を降りていく。遅れたら問答無用で置いて行かれるらしいので、遅刻は厳禁。そのためにかなり余裕を持った時間の設定をしてある。


「お前も来るんだろ。はやくしろ」


 暇つぶしの会話の末に、外へついてくるという話が冗談ではなく本気だということが嫌というほどよくわかったので、置いていくのは諦めて連れて行くことにした。本当は連れて行くつもりなんて毛ほどもなかったが、「もしも黙って置いて行ったら帰ってきた時に家がなくなってるかもしれませんよ」なんて脅されたら仕方ない。


「少し待っててください。少しトイレお借りしますね……覗いたら殺しますよ」

「阿呆。誰が覗くか」


 大体、ガキに欲情するような趣味があるなら、朝の時点で話をせずに押し倒して犯してる。この前はそんな事も考えたが、あれは命の危機から脱出した興奮が引き起こした一時の気の迷い。熱が冷めた今ならそんなことを考えることはない……わけでもないが、女を抱いている瞬間男は隙だらけだ。娼婦にハメられて、穴に棒をハメている最中に枕の下にあったナイフで刺されて、有り金と命の両方を奪われたという話も聞いた事もある。

 あいつが俺を殺すつもりがあるのなら、それはこれ以上ないチャンスになるだろう。この前寝ている間に殺されなかったから、結局殺すつもりがあるのか無いのかよくわからないが。

 もしヤるとして裸に剥いて、手足を縛って、噛まれないように猿轡をして、危険物がないバスルームに連れ込むくらいしないと安心できない。しかし、ただ欲望を発散するためだけにそこまで準備をするのも面倒。そこまでするならまだ信頼できるお隣に金を払って抱かせてもらう方がいい。正直それも嫌だが。

 

 最悪な気分のままガレージに降り、昨日買った荷物を入れたいくつかのトランクを大きな布で包んでアース括りつけてから、いつもの機関砲と連装ロケットランチャー、シールド、手持ち式の大型ライフル、戦利品の異常な切れ味のブレードと、レーザーブレード。持っている装備全部載せの機体に乗り込んでチェックを開始する。


「システムチェック……問題なし。積載量も同じく」

 

 モニターに表示されている機体の全体像には、エラーの文字も警告の文字も見えない。大気汚染の警告文が点灯するが、このご時世どこへ行っても汚染からは逃げられないのだから警告表示はあっても目障りなだけ。改めて消しておく。

 異常がないようなので機体を立ち上がらせ、今度は簡単な動作確認。関節の曲げ伸ばしと回転。それが終わったら今度は歩きと走り。飛んだり跳ねたり。この動作確認をするために広い地下駐車場をガレージとして利用しているのだが、最近はしばらくそれをしていなかった。そのせいで生存不能地域のど真ん中で立ち往生し、寿命を縮めることになったのだ。せめて動作不良が起きたばかりの今くらいはしておくべきだろう。


「どうですか、調子は」


 チェックが全部終わったところで、ようやく上からエーヴィヒが降りてきた。ずいぶんと時間がかかったが、何をしてたんだか。女のトイレってのはやたらと時間がかかるもんなのだろうか。


「悪くない。機体の不具合を狙って殺そうってつもりなら諦めるんだな」

「それは残念です。まあ、私よりずっと強いあなたに襲いかかったところで返り討ちがオチでしょうから。もう殺そうなんて思ってはいませんよ」


 そうやって持ち上げておいて、油断したところを後ろからズドン。十二分にありえる。油断はできない。


「どこまで本当だか」

「全部本当です」


 美少女の極上の笑顔から、子供をあやかすときのような声色で発せられたその言葉。もし俺が彼女の中身を知っていなければ、もし彼女が殺し屋でなければ、無条件に信じることもできただろう。しかし中身を知っているので、胡散臭さは十倍増し。命を狙われたので倍率はさらに十倍増し。合わせて百倍。

 信じろというのはとても無理な話だ。


「無理に信じてもらおうとは思ってませんから、別に信じなくてもいいですよ。少し残念ではありますが」


 嘘なら殺す隙ができなくて残念。本当なら疑われてて残念。どちらとも取れる言葉だから余計にこいつの言っていることを信じられない。きっと狙って言ってるんだろう、でなきゃもっと直接的な物言いにするはずだ。


「まあいいです。アースを動かします、撃たないでくださいね」


 本当に落ち込んでいるような表情を見せるが、どうせ演技だろうと切って捨てる。そして彼女はガスマスクを付けず、そのままアースに乗り込もうとする。


「待て」


 それを見て、思わず声をかけてしまった。少し情が映っているのかもしれない。良くない傾向だ。


「マスクは付けろ」

「何故です?」

「何故って、もしアースが動かなくなったら中身を引っ張りだして装甲車に押し込まなきゃいけない。その時には外の空気を吸う事になる」


 要するに、身体に悪い。マスクを付けていても外気に晒されれば強力な放射線が身体を蝕む。マスクをつけていなければ内側からも侵される。マスクが無いからと言って即死するような事はないだろうが、それでも核で汚染された粉塵は内側から急速に身体を蝕み、短時間であっても身体に深刻なダメージを与える。たかがマスク一つだが、あるのと無いのでは雲泥の差がある。


「……私は、身体の損傷を気にする必要なんて無いんですよ。死ねばまた別の身体に入って、すぐにあなたの前に戻ります」

 

 顔を伏せられてしまったのでどんな表情なのかはわからないが、さっきとは違う、ずっと重い声のような気がする。気のせいかもしれないが。


「中身はどうあれ、人の形をした奴が苦しむ姿は見てるこっちが落ち着かない」


 以前工場地帯の警備で暴漢にマスクを奪い取られた労働者が居たが、あれは本当に酷かった。正直二度と見たくない。うずくまって目玉が零れ落ちんばかりに見開き、肺に有害物質だらけの空気が入り込んで咳き込み、吐き出す空気が肺から無くなってさらに汚い空気を吸い込み、吸っては吐いての繰り返し。空気を吸っているのに酸素を取り込めず。最初は赤かった顔も徐々に青くなり、そのまま陸の上で溺れ死んだ。


「だから、マスクは付けてくれ」


 そう言うと、彼女は驚いたような顔を見せて、その後にまた微笑んだ。さっきの胡散臭い笑顔とはまた違って、今度は心からの笑顔のように見えた。それでもまだ胡散臭いが。


「そこまで言うってことは、気にかけてくれてるんですか?」

「うるさい。それ以上喋ったらその口に砲弾を突っ込んで黙らせるぞ」

「砲弾じゃなく、貴方の大砲なら咥えてもいいですよ。上の口でも、下の口でも。なんならこれからでも……」


 まるで熟練の娼婦のような仕草で欲情を誘われる。その行為には確かに効果があり、体の一部に血流が集中する。だが流石に命と一時の欲求を天秤にかければ誘いに乗ろうという考えには至らない。それに時間も迫っている。


「もう一度言うぞ。黙れ」


 その手には乗らないぞ、という意思表示も兼ねてさっきより強い口調で命令する。これ以上時間を取らせるのなら実力行使も厭わない。


「……仕方ありませんね」


 アースから離れて、大人しくマスクを付ける彼女を見てため息をつく。本当にこいつは、どういう性格なのかよくわからん。今の性格も果たして演じているものなのか、それとも素なのか。最初の二回の遭遇じゃ頭が逝ってるような性格だったが、ひょっとするとそちらが本当なのか……答えは本人のみぞ知るといったところか。

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