自宅訪問
サブタイは適当。久々にシリアス回。
修理屋に厄介払いとして競技用アースを売り払い、一度はゼロになった貯蓄が一気にプラスに振れた翌日の朝。昨日の宣言通りに、エーヴィヒが売り払った機体と同じ形、同じ色、しかも完全武装の機体に乗って我が家のインターホンを鳴らした。それはいい。それはいいんだが、時間が悪かった。
朝一番に玄関を開いたら、完全武装の鉄の巨人が立っていたら誰だって腰を抜かすに決まってる。
「……」
「……」
沈黙が続く。
「……」
「……」
まだ続く。とても気まずい。
「おはようございます」
「お、おはよう……」
相手が沈黙を破って挨拶をしてきたので、こちらも返してやる。叫ばなかったのはいいが、段々とこの状況に恥ずかしさを覚えてきた。いくら中身が何歳かわからないとはいえ、美少女の前でいつまでもこんな醜態を晒すのは流石に恥ずかしい。
しかし頭でそう思っていても、身体がいうことを聞いてくれない。
「機体はどこへ置けばいいでしょうか」
「そ、れなら……ガレージを開けるから、そこに入れて適当に止めてくれ。少し待ってろ」
その言葉から敵意がないことを察し、少しだけ安心する。抜けてしまった腰に喝を入れ、壁に手をついて立ち上がる。そのまま無様に壁をつたって歩きシャッターの前までなんとか到着。そこで壁についたスイッチを押すと、錆びたシャッターが金属の擦れる嫌な音を立てながら上がっていき、上がりきったところでガシャンとこれまた大きな音を立てて止まる。
「ありがとうございます」
彼女はそう言って、シャッターの向こうに伸びるスロープを降りていった。それを見送ってから自分は玄関から自分の部屋に戻って、もう一度ソファに寝転がって毛布を被って目を閉じる。今のはきっと夢だ、夢ならいいなと思って、また寝ようとする。
それからさらにしばらくすると、階段をのぼる足音が聞こえてきて。それを無視してまだ寝ていると、腹の上に膝から飛び乗られて叩き起こされた。
「うぐぇっ! ッ~~~!」
息を吐き出した後痛みで呼吸ができなくなり、腹を抱えて丸くなって身を守ろうとする。そこへ追い打ちを掛けるように布団を剥ぎ取られ、ナイフが振り下ろされたので慌ててソファから転がり落ち、痛みをこらえて跳ねるように飛び起きる。
一旦距離を取り、拳銃を引き抜こうと腰に手をやるが、ない。そういえば起きてすぐなんだし、武器を身につけているはずがないのだった。おまけに銃は彼女を挟んで反対側の壁にかけてある。取りに行こうとすれば、まず間違いなく先に取られる。
となれば、素手で叩き伏せるしかないわけだ。徒手格闘はそんなに得意じゃないのに、どうしてこんな事をやらなきゃならんのか。そう心のなかで愚痴り、構えを取る。すると彼女は急にナイフを鞘に収めてテーブルの上に置き、何事もなかったかのようにソファーに座った。それを見て少し混乱したものの、身体は自然に動いていた。相手を注視しながら動き、反対側の壁に到達したらすぐに拳銃を手にとった。
「目は覚めましたか。寝てばかりだと健康に悪いですよ」
「……はぁ?」
何言ってんだこいつ、と言いたい。確かに目は覚めたが、人を殺しにかかっておきながら、その相手の健康を気にするなんてわけがわからない。
「まだ眠気が覚めていないというのなら、朝食を食べてください。あれほど酷い味ならすぐに目が覚めますよね」
「……起こしに来ただけ、か?」
「あわよくば殺して差し上げようと思っていました」
ますます訳がわからん。殺すつもりなら最初に出て行った時に撃てばよかっただろうに。どうしてそうはせずにわざわざ失敗する可能性が高いナイフなんて持ちだしたんだか。
別に死にたいわけじゃないが、それがわからない。もしも俺の立場が逆なら、最初に出てきた時。あの腰が抜けて動けない無防備な状態を撃ち殺していた。
殺されないのはありがたいから何も言わないが、理由が少し気になるところだ。
「気になりますか?」
俺の顔をから考えていることを察したのか、向こうから聞いてきてくれた。教えてもらえるのなら教えてもらいたいところ。
「ああ。気になる」
冷蔵庫を開け中から合成食料を取り出して、そう答える。キャップを外して吸い口を咥え、チューブを握り潰して、流れでた食料を一気に飲み込む。頭をかち割るようなマズサに思わずえづくが、耐える。昔は食事を楽しむという文化もあったそうだが、俺達にとって食事は苦痛なだけだ。楽しむなんてとてもじゃないが無理。
口の中に残った合成食料を水で一気に押し流し、ゲロのような味と臭いから逃れる。
「フェアじゃありませんから」
「ぅえ……フェア?」
「アースに乗っているならアースで殺す。生身の相手なら生身で殺す。それが私に課せられたたった一つの制限です」
「どういう意味があるんだ」
反逆者を殺すのに手心を加える必要なんてないだろう。俺達は相手が生身でも気にせずアースを持ちだして鎮圧するのに。
ひょっとして、自分たち支配階級が支配される側と同じ手法を取るのは受け入れられないとでも言うんだろうか。だとしたら、馬鹿としか言いようがない。結果を求めるための手段を限定する。目的のために手段を選ぶなんて、まさしく馬鹿のやることだ。
やはり上の考えはよくわからん。
「さあ? それより、私にもそれください。朝は食べてきてないんです」
「その前に一つ聞きたいことがある」
「何でしょう」
「今俺の前に居るお前は、昨日のお前とは別人か?」
昨日は別れてすぐに撃たれて攫われたところを見たが。ちなみにこれは結構重要な質問なので、できれば答えてもらいたいところ。腹を撃たれて、武器もない状態で成人の手から逃れられるか。相手の生身での戦力を知られるいい情報となる。
もし彼女にそれほどの能力があるのなら警戒レベルを引き上げる必要があるし、そうでないのなら……まあこれまで通り油断はせず接していけばいい。
「身体こそ別ですが、中身は同じ私ですよ。ちなみに昨日の私は犯されながら食べられました。痛くて苦しくて気持ち悪くて。あれほどひどい死に方は久しぶりでしたよ」
死に際の記憶も一々引き継いでるのか。銃で撃たれるのは痛いどころじゃないだろうに、それを何度も経験してよく発狂しないものだ。
感心しながら冷蔵庫の扉をもう一度開いて、チューブを出して投げ渡し、コップに蒸留水を注いでソファの前のテーブルに置く。吐かれたら勿体無いし、汚いし、後始末も面倒くさい。
「本当に、あなたが優しく思えるレベルでした。あなたの時は痛かったのは蹴られた最初だけでしたし、その後は痛みを感じる暇もなく一瞬で終わりましたから。でも、あの時何を使ったんですか?」
もし事情を知らない奴に聞かれたら、誤解を抱かれかねない言い方だ。こいつの性格からして多分わざと言ってるんだろう。本当、嫌な奴だ。そんな嫌なやつにはこちらもそれなりの対応をさせてもらおう。
「掘り出し物」
「答えになってません」
「お前は俺を殺そうとする奴。つまり敵だ。敵に情報は与えられない」
こいつが俺を殺そうとする限り、いつかはバレる情報。それでも知られていなければまた殺し合いになった時にそれだけ有利になる。だが知られてしまえば対策されて、平等な条件で戦わなければならなくなる。俺も死にたくない、できるだけ長生きしたいから、そういうフェアな戦いは極力避けたい。
戦わず、しかも命も失わずに済むならそれが一番いいというのは、言うまでもないことだが。
「家に入れても情報は渡さないと」
「家に入れてるのは目の届くところに置いといた方が行動がわかりやすくていいからだ。不意打ちをくらって殺されちゃかなわん」
本当は関わり合いたくもないが、相手がそれを許してくれない以上、思いつく選択肢の中で最善の物を選ぶしか無い。そうして出した答えが、こいつは殺さず目の届く所に置き続けておくというもの。こいつを生かしておけば次が来ないという保証もないが、今のところ次が来る様子はない。
他の案でストックが切れるまで殺し続ける、というのもあったが、こいつがどれほど予備を持っているかもわからないので不採用。予想を越える量のストックがあればまず負けて殺される。
「あと、そいつは冷たい内に飲んどけ。温くなると臭いがキツくなる。マズイのは我慢して受け入れろ」
「そうですね……んんっ……!」
観念してチューブの飲み口を咥えて、一気に吸い込むエーヴィヒ。顔を強烈にしかめて、元の可愛らしい顔とのギャップに少し笑ってしまう。ギャップといえば外見と中身もだが。
その後すぐにコップに手を伸ばし、まるで何日も水を飲んでいない枯死寸前の人間のように一息で飲み干した。水を飲んだ後の顔は普段からは考えられないほど緩み、少し例えが下品だが、漏らす寸前まで溜め込んだ小便を便器に一気に放出した後のような感じだった。
……しかし我ながら、もう少し上品な例えが思い浮かばなかったものか。まあそれはともかくだ。食料を渡してからふと疑問に思ったことが一つある。
「もう一つ質問いいか」
「その前に水をもう一杯もらっていいですか」
「水くらいならいくらでも。ってわけにはいかんが、一杯や二杯なら」
腕と共に突き出されたコップに、ポットから蒸留水を注いでやる。それをまた飲み込んでから、こちらに向き直った。
「では、質問をどうぞ。答えられるものならなんでもお答えします」
「どうしてこっちの糞不味い合成食料を食べるんだ。支配階級に飼われてるなら、あっちで自然食品を食えるんじゃないのか?」
「ああ、いえ。そういった栽培した物を食べられるのはご主人様達だけで、私は……」
彼女が珍しく言いよどむ。それを見て、『嫌がるのなら聞かないほうがいいだろう』という自制心よりも『何を食べてるんだろう』という好奇心の方が勝った。なので、ほんの少しの逡巡の後、次の質問を口にした。
「じゃあ何を食べてるんだ」
そう質問すると、苦痛や怒り、屈辱など色々な感情が混ざったなんとも言えない表情になった。その顔はさっき殺された時のことを思い出した際の表情よりもずっと険しい。よほど答えたくない質問だったのか。
「その質問には、お答えできません……いえ、お答えしたくありません」
「答えられない、じゃなく。答えたくないか」
「はい。口止めはされていませんが……私自身、それを口にするのは抵抗があります。ですから、味は最悪であってもこちらの食事の方が幾分マシ、とだけ言わせてもらいます」
「……」
栽培した自然食品でもなく、そして合成食料でもない。人間である限り何かを食べないことには生きていけないから、何も食べていないってことはないはず。だから、それ以外の食料で、話すことにすら嫌悪感がある何か……となると一つしか無い。
しかしそれ以外に食べるものが何も無かったのなら、それも仕方のないことだろう。
「馬鹿だからお前が何を食ってるのかはわからんが、嫌な事を聞いたなら謝る。すまんかった」
さすがにいたいけな少女にこんな顔を見せられれば、いくら中身が自分を狙う殺し屋だとしても多少は罪悪感が湧く。ならせめて、何を食っているのか気づいていないフリをしてやるくらいはしてやってもいいだろう。




