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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第一章 新たな日常
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想定外の事態

 ガキ、もといエーヴィヒを連れて街道を歩く。連れて、というか俺の歩く後ろをピッタリとついてくるだけだが、大して変わるまい。どうもこいつと一緒にいると、まばらに歩く人とすれ違う度にクスクスという小さな笑い声が聞こえてくる……気がする。実際はガスマスクで顔を隠しているおかげで個人が識別できるはずはないし、小さく笑った程度ではガスマスクの外側に音は漏れない。だというのにそういう笑い声が聞こえてくるような気がしてならないのは、自意識過剰による幻聴か、それとも羞恥心からくる幻聴か。それとも本当に笑っていて、マスクから漏れた小さな声を俺の耳が拾っているのか。


 何にせよ、頭の居る建物に到着するまでは我慢、我慢だ。


「退屈しませんね。ここは」

「そうか」


 唐突に放たれた言葉。退屈しない、とはまた妙なことを言う。俺からすれば、いや俺達からすればここは退屈そのもの。後ろをついてくるこいつさえ除けば、いつもと何一つ変わらない日常の一部。それを退屈でないと言うのは、やはり住む世界が異なるからか。支配する側とされる側、立場が異なれば見えるものも異なる。

 一体彼女の目にこの景色はどう映っているのか、というのはどうでもいい。ああ、でも俺を殺しに来るならどういう考えを持っているのかは気になる。


「そういえば、これから誰に会いに行くかは言ったよな」


 教えているから、言っておかねばならないことがある。


「ええ。言われましたね」

「殺そうとするなよ。もし殺そうとしたら、わかってるな」


 脇に吊るした銃を見せて、もしやったら。やろうとしたらどうなるかを教えておく。こいつは頭も可能ならば殺したいと言った。つまりは頭の殺害意志を持っているということだ。そんなヤツを頭のところに連れて行って、仮に頭を殺されてみろ。連れて行った俺が責任を追求されることは間違いない。三度も危機を乗り越えてつなぎとめている命をそんなことで捨てたくはない。


「武器を持ってませんし」

「持っていたらやるのか」

「もちろんです」


 わかっちゃいたが、とんでもないガキだ。やはり人間は見た目で判断するべきじゃないな。いくらおとなしそうに見えても中身は凶悪極まりない。


「……着いた」


 丸い屋根の、大きな箱型の建物。頭の住処。果たしてこいつの目にはどう見えるのか。脆そうと見えるか、攻略しやすそうと見えるか。


「よう色男! いつの間にそんな子供を買ったんだ? どこで買ったか俺にも教えてくれよ」

「買ってない。通るぞ」


 警備兵に茶化されるが、それを受け流して横を通り抜ける。エーヴィヒも俺の後ろをついてくる。

 

「待てよ」

「あっ」


 止められたか。まあ、そうだろう。部外者をホイホイと入れないための警備員だ。かと言ってこの場に置いて行けば無用な勘ぐりをされる可能性もある。面倒を裂けるためには仕方がないとポケットを漁り、金属製のチップを一枚握る。


「そいつは上から派遣された監視役だ」

「だったらなおさら……」


 警備兵にチップを握らせて、耳元でささやく。


「中身はアンジーの隠し撮りだ」

「マジかよ、あの女の?」

「ああ。品質は保証する」


 さすが容姿だけはいい女。中身を知らない奴には大人気だ。中身を知っていても、お仲間には変わらず人気があるんだろうが……果たしてこいつはどっちなのやら。


「武器は持ってない。通してやれ」


 まあ、あいつの中身を教えたところでチップの価値が消えるだけ。俺自身に何の得も無い以上、こいつの抱く幻想をぶち壊してやることもないだろう。夢は夢のままで。醜い現実を直視して絶望するよりずっといい。


「……わかった、今回は目をつぶろう」

「ありがとうございます」

「ありがとよ」


 おかげで妙な事を勘ぐられずに済む。エーヴィヒを連れて中へと入り、いつもどおりに二枚扉を潜って、ガスマスクを外して広い空間へと足を踏み入れる。

 そしていつもどおり、その空間の奥の壇上に頭は居た。そしてまたやはりいつもどおりにハゲた頭に照明の光を反射させて、堂々とイスに座ってこちらを見ていた。眩しい。


「何をしに来た」

「羽への転属願いを出しに来た」


 懐から書類を取り出して頭に見せる。文字は見えないだろうが。


「お前じゃねえ。そっちのガキだ」


 どうやら今の言葉は俺じゃなくてエーヴィヒに声をかけていたらしい。この状況でこいつに声をかけるとは思わなかった。まさか、知り合いだろうか……声をかけるってことは知り合いなんだろう。なら一体いつから。頭にこんなガキが接触したなら間違いなく噂が流れる。だがそんな噂は俺がスカベンジャーになってから今日まで聞いたことがない。

 噂にならないよう秘密裏に接触していたかのか。それが現実的なところ。


「覚えていらっしゃいましたか」

「忘れるわけねえだろ。お前みたいな個性的な見た目。で、今日はどうした。また俺を殺しに来たのか?」

「いえ。しばらくは彼の監視です。あなたに用事はありません」

「そうか。クロード、お前も厄介な奴にとりつかれたなあ」


 ようやくこちらに話題を振ってきたので、声を出して返事をする。


「だから転属願いを出しに来たんだよ」

「アホどもが先走って何人か競技用にぶっ殺されて人手が足りなくなってたところだ。いいだろう、お前の転属を認めてやる。足の連中には話をしておいてやろう。次の出張は明後日だから、アンジーに話を聞いて準備をしておけ」

「さすが頭。話がわかる」


 これでこいつの監視からも逃れられる。そう思うと思わず頬が緩む。しかも羽として外に出ていれば噂で笑われることもないし、からかう対象がいなくなるから噂も沈静化する。一度で三度美味しい、だ。それに仕事もそれほど危険なものじゃないらしいし。


「コロニーから逃げた位で私から逃げられるとでも?」

「お前、まさかついてくるつもりか?」

「私もスカベンジャーに入らせて貰います。お頭さん、構いませんね」

「な、冗談じゃねえよ」


 監視から逃れるために羽への転属願いを出したのに、なんで羽でまで監視されなきゃいけないんだ。というか、そもそもそんなことを頭が許すのかという話だ。


「ほう。俺がお前にどれだけ恨みを持ってるかわかって言ってんのか。それにさっき人手不足って言っただろ。わざわざ殺し屋を可愛い手下の傍に付けてやる理由がない」

「よほど彼を高く買ってるんですね。安心してください、貴方がご主人様に牙を剥くような命令を出す、本人が反抗しなければ手を下すこともありません」

「そういう問題じゃねえんだよ。人に頼み事をするなら、それに見合った報酬を用意するべきじゃねえのかって話だ。頭わりいなお前」

「報酬ですか……そうですね。では果実酒はどうでしょう」


 天然食品を酒にできるほどの余裕があるとは羨ましい限りだ。一体上ではどんな食事が毎度食卓に上がるのか。一度見てみたい気もするが、見たら最後、おそらく嫉妬のあまり跳びかかって殴り殺さずにはいられないだろう。


「ずいぶんとまあ贅沢なことで」


 少しは下々の者に物資を分けてくれたっていいじゃないかと思い、愚痴を言ってみる。ま、どうせ言うだけ無駄だが。


「ほう、いいな。酒なんて久しく飲んでない」

「ではそれで」

「だが、そんな目先のもんはいらん。どうせなら支配階級の食料を軽度汚染区域にも流すくらいはしてほしいもんだ」

「それは私に言われてもできません」

「飼い主に話すくらいはしてくれたっていいだろ。コロニーから労働階級を拉致って農園で働かせてんだから、ちっとは還元しやがれ」

「……まあ話すくらいならやりましょう。で、同行は認めてもらえるのでしょうか」

「約束は守れよ」

「私はあなた方と違って約束は守ります」

「支配する側のプライドってやつか。よくわからんが、まあ守ってくれるならそれに越したことはない。同行を認めよう」


 ……なんだかよくわからん内に話がまとまったようだ。しかも俺にとってはあまり嬉しくない方向で。


「そういうわけだクロード。殺されんなよ。お前の機体が壊れたら集落の連中に怒られちまう」

「そう思うならなんで同行を認めたんだよ」


 わけがわからん。ここは普通部下の為を思って、こいつの同行を認めないのが普通じゃないのか。

 ……そういえばこのジジイは普通じゃなかったな。寿命といい、足が吹っ飛んでもスカベンジャーの頭で居ることといい。


「お前なら大丈夫と見込んでな。それと楽しそうだし」

「さっさと寿命でくたばっちまえ老害」

「そう言われる度に寿命が伸びるからもっと言ってくれ。はっはぁー!」


 俺の味方はここには居ないのか……なら仕方ない。諦めよう。人生たまには諦めることも大事だ。まあこいつがついてきて、俺を殺そうとしてもだ。一度は勝ってるんだし、次もまた勝てるだろう。多分。

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