疲労
本当は昨日の内に投稿したかったけど、できなかったので本日投稿。可能な限り毎日更新したいのですが、難しいですね
サブタイトルを考えるのがめんどくさくなってきた
ガキの監視がついてから、また時間が経った。先日まで命を狙われていたからまた狙われるのかと警戒していたが、本当にただ監視するだけ。なので、椅子に座って道路を見張る俺。それを隣に立ってずっと見張るこのクソガキというおかしな図ができてしまっていた。何か話すわけでもなく、殺しに来るわけでもなく。ただひたすら黙ったままじっと横に立っているだけだったので、それだけならいつもと変わらない仕事だと思えなくもなかった。
しかしその様子を見た同じスカベンジャーの仲間に散々笑われて。働き蜂にも変な目で見られて、ひどく羞恥心を煽られたせいで全く最悪な気分になってしまった。だがそれもようやくお終い。時計を見て時間を確認し、スモッグの向こうからやってくるスカベンジャーの仲間を視認してから立ち上がる。
「どうしたんですか?」
「交代の時間だ。家に帰る。お前も帰れ」
「帰りませんよ。あなたを監視する仕事がありますから」
「じゃあどうするんだ。ついて来るのか」
この流れだと、やっぱりそうなるか。どうも本気で俺の胃を荒らしにかかってるな。胃に穴でも空いたらどうしてくれるのやら……や、むしろそれが狙いか。その原因の一つにでもなってくれれば万々歳。ならなくても嫌がらせにはなる、と。
「遺憾ながら、そうなります」
そうだ。普段使う大きな道路を通らず、わざとわかりにくい路地を通って迷わせて置いて帰って。飢えた働き蜂どもに襲わせればいい。この前デモの鎮圧をしたばかりだから連中にとってはいいガス抜きになるし、俺にとっては厄介事が一つ減る。こいつにとっては嫌なことでしか無いだろうが、どうせ一回死ぬ程度の認識しかないだろうし。俺からしたら家がバレずに済むので。良いことでしか無い。
「置いて帰ったら殺しに行きますから」
「……」
やめておこう。さすがにもう殺し合いをする気力はない。まともな殺し合いや、一方的に命を狙われる展開なんて一度で十分。やるなら一方的な虐殺に限る。いや、できればそれすらもしたくない。退屈なのが、何もないのが一番いい。
それはともかく。また殺し合いをしなければならないというのなら、俺の中に置いて帰るという選択肢は消えて無くなる。誰だって面倒ごとは嫌いなはず。なのにどうしてわざわざ自分から面倒事を引き起こさなければならないのか、という理屈だ。
もし面倒にならないのなら当然置いて帰るつもりだったが。
「仕方ない。ついてこい」
交代のスカベンジャーの横を通りぬけて帰路につく。すれ違う際にクスクスという小さな笑い声が聞こえて来たが、この一日で羞恥心は擦り切れて消えてしまいもはや恥ずかしさなど感じない。羞恥心が消えた後には諦観だけが残った。今感じているのは、なぜ俺がこんな目に合わなければならないのかという怒りと悲しみだけ。
「あの、手を握っていてくれませんか。あなたを見失わないように」
そこにきてこのセリフだ、後ろであまりのおかしさに耐えかねて、交代に来たスカベンジャーも大笑いしてる。これはもう、明日になったらコロニー中で噂になってることだろう。これからずっと続く監視の目よりも、むしろそっちの方が辛い。
本当に、羽への転属願いを頭に出してやろうか……ああ、そうしよう。
「……あのなあお嬢ちゃん。そういう言葉は大人になって、小説の中みたいなロマンチックな状況で言うもんだ」
「大人ですか。ふふ……まあ、こんな世界でそんな状況があればいいんですけどね」
「諦めろ」
少なくとも、俺やこいつが生きている間は言う機会など無い。つまり言うなということだが、子供の頭では理解するのが難しかったようだ。
「夢が無いですね」
「こんな世界に夢もクソもあるか」
その夢を奪っているのはこいつらに他ならないのに、何を言っているのやら。何年かに一度行われる、アース同士の殺し合いの場、通称コロシアムで一位になれば支配階級の住む無汚染地帯での居住権が獲得できるのだが。その一位は競技用アースの圧倒的性能によって不動のものとなっている。過去多くの夢を諦めないスカベンジャー達が挑戦しては殺されていった。それでも、今の俺とあの骨董品なら勝てる可能性はあるが……倒した直後に次のこいつが出てきて殺されそうだから挑戦する気はない。
人から夢を奪いやがって。
そんな感じで、家までゆっくりと帰ってきたが。このガキが去る様子はない。このまま家の中まで監視されるのだろうか。飯はどうするんだろう。なんて思いながら家のドアを開き、監視役のガキと一緒に中へ入り、ドアを閉める。
その後すぐに、外から流れ込んだ汚い空気が新たに入ってきた清浄な空気に追い出され、生身でいられる環境に変わった。ガスマスクを外し、上着を脱いで壁にかけて深呼吸。肺の中にたまった臭い空気を入れ替える。ブーツも脱いで、部屋履きに履き替える。
それからもう一枚の扉を開いて、中へと入る。
「おかえり」
ソファに座って『何かの肉』を食べているアンジーが居た。
「なんでお前が居るんだアンジー」
「なんでって、おすそ分けに来たのよ」
そう言ってタッパーに入った「何か」を差し出してくるが、それは受け取れない。その『何か』が何かを知っているからだ。材料は、昨日渡した『死体』から剥ぎ取った肉。間違いない。
「人肉なんて食えるか。持って帰って一人で食え」
「美味しいのに」
「気分の問題だ」
一体今までで何度目かわからないやりとりに、何度目かわからないため息を吐く。こいつには『人肉料理はいらない』と何度も言っているのに、何度でも持ってくる。そんなに俺に人肉を食ってほしいのかと。同じ趣味を持った奴なら他にも居るだろうに。それとも、同類を増やしたいから俺に食わせたいのか。
何にせよ俺は人の肉を食うつもりはない。よほど食糧事情に追い詰められれば食うかもしれないが、逆に言えばそれ以外の状況で食べる気はない。
それを何度も説明しているのに、構わずしつこく何度でも持ってくる。人肉が手に入る限り何度でも。
「誰ですか?」
「友人だ」
後から入ってきたガキに紹介する。アンジーはカニバリストだから近寄ったら食われるぞ、とは警告しない。むしろ食われてくれたほうが俺にとってはありがたい。そしてそのガキを見るなりアンジーがいきなり表情を変えて俺に詰め寄ってきた。何事だろうか。
死んだはずのガキが生きてて、どういうことか説明してくれということだろうか。多分そうなんだろうが、説明するつもりはない。面倒だ。
「この浮気者! 私という女が居ながらどういうことよ!」
そう思っていたら、完全に予想外の責め句が放たれた。あまりに予想外の展開に驚いて硬直してしまい、正常な思考を取り戻すまでには少しの時間を要した。
あれか、こいつは俺とこのガキがそういう関係だと思ってるのか。あまりにひどい誤解だ。仮にそうだとしても、こいつに責められる理由はないはずだ。
「そういう関係じゃねえから。お前とも、こいつとも」
「冗談よ。で、その子は? 記憶が正しかったら、私が今食べてる子と同じ顔な気がするんだけど」
「食べてる? 一体どういうことですか」
「当人同士で確認しろ」
俺は酷い目に遭って疲れたし、ガキに取り憑かれたから、もう眠たくて仕方がない。監視がいようと友人が居ようともう知らん。ソファを占拠するアンジーを蹴り落として、ソファーの背を倒して寝転がる。そのままだと少し寒いので、ソファの下から毛布を引っ張りだして被り、2人を無視して目を瞑る。
「もう。寝る前に説明しなさいよ」
「さっき言ったようにしろ。俺はもう疲れた」
それ以降何を聞かれても返事をせず、諦めて出て行くまで黙秘を決め込んだ。静かになったら、今度こそぐっすりと眠るために毛布を頭まで被って光をシャットアウトする。明日になったら、あのガキもどこかに行ってくれているだろうか。
そんな希望的観測を抱きながら、今度こそ眠りにつく。今日は素晴らしい日だったが、残念なことに明日は今日より良くなることはないだろう。全く悲しいことだ。




