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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第一章 新たな日常
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再遭遇

 護身用の銃を手に握り、耳を澄ませながら椅子に座ってジッとしている。ガスマスク越しに見える風景は、いつも通り濃いスモッグで霞み五十メートル先も見えない。そして工場が稼働している最中なためか、それとも今付けているフィルターが粗悪品なのか。ガスマスク越しの空気は非常に臭く、まるで火事場の煙の中を歩くように息苦しい。

 クソッタレのガキに狙われた最初の日。確か一週間前にも、こんな事を考えていた。あの時はあんなことになるなんてこれっぽっちも思っちゃいなかったが……思い返してみれば、実に密度の濃い一週間だった。

 その間は過去最高に忙しくて、過去最高にスリリングな出来事が立て続けにあったせいでやけに長く感じた。それに比べれば、今は退屈そのもの。だが、それを悪いとは思わない。むしろ今この瞬間が、人生最高の時間であると言えるほどだ。


「ああ……退屈ってのは最高だなぁ」


 大した変化の無い、人が疎らに歩く道路を眺めながらひとりごちる。以前は毎日何か起きないものかと退屈を苦痛に感じ、新鮮さや刺激に恋い焦がれていたが、一度あんな体験をしてしまえばもう十分。これからは今までとは逆に、退屈な日々をありがたく享受していきたい。

 もし刺激が欲しくなった時はこの一週間の記憶を反芻すればいい。そうすれば刺激が欲しいなんて贅沢な考えは一瞬で消え去るだろう。


「刺激のある日々はお嫌いですか」


 重ねて言おう。退屈というのは最高だ。だから私の目の前に唐突に現れた非日常の象徴である少女の姿も幻影だと思いたい。耳に入ってくるこの声も幻聴だと思いたい。だが俺はヤバイ薬もやってないし酒に酔っているわけでもない。

 目の前の存在が現実であるというのはわかっている。それでも退屈から逃れたくないがために、脳が認識を拒否しようとしている。だがこれは残酷なことに、紛れも無い現実だ。


「……少なくとも今は刺激はいらんな。道端に転がってる石と同じように、触れずにそっとしておいてほしい気分だ」


 殺したはずの少女が生き返って、また俺の前に立っている。その不可解な現象への推測はして、自分の中での答えは出ているが、その答え合わせをする気力はこいつを見た瞬間に消え失せた。

 警戒は怠らないが、彼女はアースに乗ってきておらず、かつ丸腰ということは殺意が無いのだろうし、適当に相槌を打って。その内飽きて帰ってもらえないかと思いながら相手をしてやる。


「今日は撃たないんですね」

「撃っても生き返るだろ。弾の無駄だ」


 その推測の内容だが、こいつは別に死体が生き返っているわけじゃなく、何らかの方法で記憶を共有している容姿と人格が同じの別人と言ったほうが正解に近いだろう。だから一人殺しても二人目が、二人殺しても三人目がという風に湧いてくる。こいつが俺のことを殺したいほど好きで襲ってくるならこっちも身を守るが、そうでないなら放っておきたいという気分。だから今日は、丸腰でやってきたこいつを殺さない。


「用事がないならとっとと帰れ。退屈を返してくれ」

「ご主人様からの手紙を渡しに来たんです」


 そう言って脇に提げたカバンに手を入れてあさり始める少女。銃を出したら即撃てるように、手に持った銃の安全装置を解除してトリガーに指をかけておく。


「どうぞ」


 そのカバンから取り出されたのは、茶色の封筒。その中に手紙とやらが入っているのだろうが、今は読まずに懐にしまう。手紙は後でも読めるし。それよりも殺すつもりがないのなら、帰られる前に気になっていることを聞いておこう。


「……二つ質問がある。いいか」

「答えられる質問にしか答えませんが、それでもよろしければ」

「最初に会ったときとずいぶん性格が違うようだが」


 俺を狙う理由とか、殺したはずなのになんで生きてるとか、そういうのはもうどうでもいい。答え合わせをして、合っていても間違っていても今の状況がが変わるわけじゃないし。

 しかし一番わからないのは、四回の接触の内、はじめの二回と今の話し方から見えてくる性格が全く違うというもの。果たしてどちらが素なのか。それとも両方共演技なのか。それが気になる。というかそれだけが気になる。


「それですか。最初にろくに相手をしてもらえなかったから、次に性格を変えて。それでも相手をしてもらえなかったからまた性格を変えて。三度目にようやく相手をしてもらえたので、これからはずっとこの話し方で通そうと思っているだけです。ご希望とあらば戻しますが」

「頭がおかしい奴の相手はしたくないから戻さなくていい」


 しかし、「これからはずっと」ということは今後も顔を合わせることが前提か。ひょっとしなくても、これからもずっと命を狙われ続けるんだろうか……アンジーから持ちかけられた羽への転属、本気で考えた方がいいかもしれない。今の快適な住居を手放すのには抵抗があるが、死ぬよりはいいだろうし。


「じゃあもう一つの質問だ。これからも俺を殺そうとするのか?」

「どちらとも言えません。あなたがご主人様に反逆するのなら、私は何度殺されてもあなたを殺そうとします。そうでないなら監視に留めるつもりです。あなたは私より強いので」


 どっちにしろこれからも接触し続けることには変わりないのか。なんとも面倒なことだ。死んでも生き返るなら死への恐怖は極めて薄いだろうし。「命が惜しければ―」という脅しの常套句は使えないし。

 だが自分から進んで反抗する意志はないことはしっかりと伝えておこう。そうすればこいつも、こいつのご主人様も積極的に殺しに来ることはないだろうし。多分。


「俺は頭に命令されるか、自分の身を守る以外で逆らうつもりはない」


 とは言うものの、スカベンジャーがミュータントを商売相手にする以上支配階級との衝突は避けられない。嫌でも関わることになる。この言葉は『これからも反抗すると思うけど自分の意志じゃないから許してね』という意味だ。重ねて言うが、反抗しないという意思表示ではない。


「そうですか」

「だから殺るなら頭にしてくれ」


 頭が消えれば俺に命令を出す奴も居なくなるし、支配階級に反抗する奴も消えて。俺も上も危険が減って一石二鳥。素晴らしい案だ。実現可能なら是非やってもらいたい。まあ、殺してもすぐに次の頭が上がってくるだけだろうし、そもそもあの建物に至る道は全てカメラで監視されてる。こいつが頭を殺しに出向こうものならすぐに自宅で待機中のスカベンジャー達が大集合して蜂の巣にされるだろう。


「それができないから末端を叩こうとしたのですが、その末端にまで負けてしまったので」

「苦労してる、と」

「はい。ですので自殺してくれると非常に助かります」

「断る」


 いくつもの幸運と試練の末拾った命だ。頼まれたからって捨てるつもりにはならない。幸運と試練の両方がなくても、捨てる気にはならなかっただろうが。


「ですから、今しばらくは監視に留めさせていただきます」


 本当は監視されるのも嫌なんだが、一まずは命を狙われなくなっただけよしとしておこう。


「死ぬのも監視されるのも嫌ならコロニーから出て行ってくださいね」


 そんな胸中を見透かしたように、素晴らしい提案をしてくれる。


「それは死ねって言ってるようなもんだぞ」


 ここ以外にもコロニーがあるのは知っている。だがその場所が北か南か、西か東かもわからない。追加バッテリーを担げば行ける距離なのか、装甲車で発電機を回しつつ行かなければ無理な距離なのかもわからない。行ったとしても歓迎してもらえるかどうかもわからない。道中で力果てて死ぬ危険もある。運良くたどり着けても、歓迎されずゴミのようにズタボロにされて放り出されるか、それとも殺されるか。勝率が1%あるかどうかという賭けに出るほど馬鹿じゃない。


「知ってます」

「……」


 もう相手をするのにも疲れた。しかし仕事を放棄するわけにもいかないので、もう黙っていることにする。話をすればするほど疲れてしまう……ああ、ひょっとしてそれが目的なのか。疲れさせて、ノイローゼにさせて、自殺させようという魂胆か。

 なら無視しよう。そうすれば疲れることもないし、反抗するわけでもないから武力行使されることもない。監視されるのも、慣れればどうということもなくなるだろうし。しばらくは鬱陶しいかもしれないが、それまでは我慢だ。

殺しても生き返ってくるヒロイン。名づけてゾンビ系ヒロイン……新ジャンルだ。

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