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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第一章 新たな日常
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帰宅

 あの決闘めいた殺し合いから家に帰ってから二時間。ようやく持ち帰ったアースの外側の洗浄が終わり、ガレージに持ち込むことができた。後処理でも手間取らせやがって畜生、とつぶやくが、その言葉に反応する人間は近くに居ない。居るのは鉄の鎧に包まれた死体だけ。


「……死体に返事をされても困るか」


 アースを吊るしていたクレーンを手元のリモコンのボタンを押して降ろし、パレットに載せて隣の家から借りてきたリフトで運ぶ。最初は台車で運ぼうとしたのだが、耐荷重量をオーバーしていて載せた瞬間にぶっ壊れた。というかなんであんなでかいのを台車で運ぼうと思ったのか、少し考えればわかるのに完全にアホだった。

 そんなこんなでなんとか作業場に持って入ることができたので、早速床に寝かせて中身を拝見することにする。

 外部から装甲を開くために、他のアースと同じように脇の下に小さなつまみがあるはずなので、手を突っ込んで探してみる。あった。それを摘んでひねると、正面装甲が少しだけ開いたのでそこから片方ずつ装甲を引き上げ、中身を開帳する。

 

「……マスクはつけてないのか」


 俺たちスカベンジャーはアースに乗る時もガスマスクは必ずつけるが、こいつは付けていない。まあ考えてみれば勝てばわざわざ降りる必要もなくアースに乗ったまま帰ればいいし、負けたら死ぬし。どっちみち必要がないか。それよりも、他に見るべき場所がある。


「それはともかく。確かに殺したはずだよな」


 背中側から一発。頭に一発。心臓に二発。あれが全て白昼夢でなければ、確かに撃ちこんで殺したはずだ。しかしそれがどういうことが生き返って俺を殺しに来た。


「さて……」


 額を覆う髪をかきあげて、弾痕が残っていないかを見る。無い。ならばとポケットからナイフを取りだして、髪の色と同じく真っ白なパイロットスーツを切り裂いて二つに開く。至近距離で撃った弾丸だから背中から撃っても腹側に貫通しているはずだ。


「こっちにも無いか」


 灰よりも白い肌に、歳相応の小さな膨らみ。その頂点にある、わずかに色づいた突起。それだけが視界を覆った。顔を近づけてじっくりと観察するが、弾が抜けたような痕はどこにも存在しない。撃ち込んだはずの場所を指でなぞってみても、氷のように滑らかな手触りには毛ほどの違和感もない。


「まさか別人か?」


 しかし、あいつは『宣言通り殺しに来た』とハッキリ言った。容姿も声も完全に同じ双子が居たとしても、通信機を持っているようには見えなかったし言葉を伝えることはできなかったはず……けど頭と心臓を潰されて生きている人間なんてこの世に居るはずがない。

 あの武器屋にも話を聞いたほうがいいか。あいつが死体を捨てた場所に行って、衣服もしくは髪、あと血痕が残っていれば別人。そうでなければ同一人物ということで。これ以上は考えても仕方がない。


「ふむ……」

 

 ナイフをポケットに仕舞う。それじゃ今度はこいつがいくらで売れるかを考えよう。出血がないおかげで、顔色は少し青白いだけ。これだけなら血色の悪い生者に見えないこともない。あとは顔。痛みを感じる暇もなく死んだのだろう、驚いた表情が張り付いたまま動かなくなっているが、かなり可愛らしい顔つきには変わりない。

 次は身体を見てみる。髪の色と同じく真っ白なパイロットスーツに、致命傷となった右脇腹から胸部に向けて走る焼き切れた痕。人形として売るならどうしてもこれが問題になる。焼き切れた部分の肉は完全に消失してしまっているから強度が足りない。ほしがる奴が居れば渡せばいいか。


「よっと。軽いなあ……」


死体をアースから取り出して、広げたシートの上に置く。念の為に背中側の衣服も切り開いて確認。やはり弾痕は存在せず。

 こいつをどうするかはまた後で決めよう。例えるのならこれは前菜にすぎないのだし。メインはこいつを包んでいた鎧と、その武器だ。

 死体を退けて露わになった内側は、死体からの出血がほとんどないおかげで洗う必要がないほどに綺麗だ。損傷も右脇腹のみで、その部分もクッションをふくらませるための線以外は特に何もなかった。これなら少々不格好になるが、穴の空いた部分を鉄板で塞げばそのまま使えるだろう。

 だが俺の乗ってるアースは元々性能がいいし、敵が使っていた物に乗り換えるのはどうも気が引ける。もったいないような気がするが、バラしてパーツを取って別のアースに組み込んでしまうか、それともこのままの状態で売り払うかしかない。

 次はあのやたらと切れ味のいいブレード。見た目も表面の材質もほとんど普通のブレードと同じなようだが、刃の部分に触れると何かザラザラとしたような感触が。拡大鏡を工具箱から取り出して調べてみる。


「なんだこりゃ」


 鋸のようなギザギザの小さな刃が等間隔で並んでいる。柄尻からコードが伸びているところを見るに、電力供給を受けて作動する仕掛けのようだが……見た感じではチェーンソーの親戚みたいなものか。あの普通では考えられない異常な切れ味も、触れた物体を超高速で削りとっていたのなら納得がいく。消費電力によっては戦利品として自分で使うのもいいだろう。後で調べるとしよう。


「持ち込んだ後の方が手間が少ないってなあ……まあいいか」


 一旦作業は終了。作業場から離れて、通信機を起動してチャンネルを隣の家に合わせる。


『何、今寝ようとしてたところなんだけど』


 明らかに不機嫌な声。寝ようとしていたところを邪魔されれば不機嫌にもなるか。気持ちはわかる。


「新鮮な死体がある。いるなら取りに来い」

『本当? すぐ行くわ』


 死体、というか肉がよほど魅力的なのか。先ほどとは打って変わって上機嫌な声とドタドタと慌ただしく動く音が聞こえてきた。通信機の向こうにはもう人が居ないので、こちらから電源を切っておく。それから数分とまたずにガレージのシャッターが開く音がして、人間が一人スロープを下って入ってきた。


「いらっしゃい」

「死体はどこ?」

「あっち」

「ありがとう!」


 作業場を指さすと、まっすぐそちらへ向かって走っていった。さて、いくらふっかけてやろうか。子供の肉なんてかなり珍しいだろうし少し割高で引き取ってもらおう。どうせあいつは金を使うことなんて、アースの整備意外じゃ殆ど無いはず。使うこともなく金を貯めるなんて勿体無いにも程があるから、ありがたく毟り取らせてもらおう。



 いくらで売ろうかと思案していると、ガスマスクを外したアンジーが口の端から血を滴らせながらよってきた。目の焦点は定まっておらず、口を開いて呆けた表情。足もふらふら。どうも様子がおかしい。


「どうした!?」


 変な物に触って、毒ガスでも浴びたかと警戒する。もしあのアースにそんな仕組みがあったのなら、急いでガスマスクを付けて換気しないと俺まで死んでしまう。マスクを手早く付けて、アンジーに駆け寄る。


「……すっごく美味しい」

「……」


 が、心配は完全に杞憂だった。予想外の答えに肩の力が一気に抜けてしまう。

 

「お前は本当に……」

「あんないい物をタダでくれるなんて、あなたってホントいい人ね! もー大好き! 愛してる!!」


 抱きついてくるアンジーを呆れながら引き離す。いくら美人でも食人嗜好を持った奴に寄られて嬉しい訳がない。仲良くなったら『好きだから食べさせて』とか言われそうで怖い。もしくは『私を食べて』と文字通りの意味で寄ってくるかもしれないからだ。


「……誰がタダでやるって言った」

「え、タダじゃないの?」

「当たり前だ」

「ケチね」

「アレのせいででかい出費をする羽目になったんだ。せめて死体と遺品を金に変えて赤字を埋めようって考えるのは当たり前だろ」

「……仕方ないわね。で、いくら」

「10万」


 最初から売りたい額の倍の値段をふっかける。すると相手は高すぎると言うから、そこから値段を下げて希望の額に近い値段で売る。テクニックとも言えないようなものだが、本気でほしいなら値切るだろう。


「高いわよ。せめて半額」

「OK、話が早くて助かる」


 交渉する必要もなく希望の値段で売ることができて満足だ。


「お金は明日持ってくるわ、今日は遅いし」

「ついでにあのアースも引き取ってもらえないか」

「タダで?」

「有料だ」

「まあそうよね。いらないわ」

「そうか」


それじゃあ当初の予定通り、あのアースは修理屋に引き渡すとしよう。これにて一件落着。世は並べて事も無しと。あれだけ派手に鎮圧したからデモもしばらく起きないだろうし、明日からはまた退屈な警備任務に戻れることだろう。

 ああ、これほど明日が待ち遠しく感じるのは今日が初めてだ。

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