新たな仕事
修理屋が帰ってすぐのことだった。地下のガレージに潜って修理されたアースに報酬として持って帰ったレーザーブレードを説明書を読みながら取り付けていると、突然通信機がやかましくブザーを鳴らして自己主張を始めたので、一度作業を中断して通信機のマイクを取り、すぐに顎と肩でマイクを挟んで作業を再開する。少々やりづらいが、手早くやらないといつまでたっても終わらない。
「おかけになった通信機は現在使われておりません。周波数をご確認の上、おかけ直しください」
『俺だ、チーフだ』
軽い冗談を受けもせずに流して、そのまま名前を伝えてくるとはつまらない奴だ。
まあ自分でもつまらないとは思っていたのでそれは置いておこう。足のリーダーがわざわざ直接連絡してくるか。なら要件は一つしか無いな。いつも通りのお仕事だろう。
「はいはい。今日はどこで暴動が?」
いつも通り、工場労働者どもによる労働環境の改善を求める暴動だろう。いい加減無茶をしても虐殺されるだけだと学習すればいいのに。まあ、仕事をする以外の教育を一切受けてないから学習するだけの頭もないんだろうが……
たまに現状を不満に思うだけの半端な脳みそをもった連中がそういうバカの集団を率いてこうして暴動を起こす。その度に工場の生産ラインが止まってしまうので、全く迷惑な話だ。
それを鎮圧して俺達は毎日を生きるための金を貰うんだから、たまには起きてもらわないと困るんだが。
『Bの5、水精製工場。20時に行動開始だ。いいな』
「Bの5に20時か」
いつもの癖で腕を見るが、腕時計は今巻いていないんだった。しまった。
「今何時だ?」
『オヤジ』
「……あっひゃひゃひゃひゃははっはあ! あー面白いなー! 面白すぎて脳みそフットーしそうだぜ! ……こんな反応で満足か?」
あまりの寒いギャグにスルーすることもできず、精一杯に嫌味を返してやる。せめてもう少し面白いネタを言ってくれればいいのに。
『大満足だ』
「つまんねえ冗談言ってんじゃねえよ」
『おまえが言うな。あと時計はそっちで確認しろ』
教えてもらえないので後ろを向いて、壁にかけられた時計を見る。18時。移動の時間を含めてまだ余裕がある。作業ももうすぐ終わるし、問題ないだろう。
「20時了解。調整が終わり次第向かう」
『遅刻厳禁だぞ』
「わかってる」
そう返事をすると、通信が切られたのでマイクを元の場所に戻して、レーザーブレードをアースの前腕に金具とボルトで固定する作業に戻る。なかなか重量があるしカサもあるしで面倒だが、しっかり固定しておかないと腕を振っている最中にレーザーブレードが吹っ飛ぶという惨事になりかねない。
実戦の最中にそんな事が起きては困るので、腕よりも二回り以上大きな金具二つで上からワイヤーで吊るしたブレードを挟む。その次は金具の穴を重ねてボルトを差し込み、ナットをレンチで固く締める。手で一度締めたら、次は機械を使ってさらに強く締める。これで本体の取り付けは完了。次はバッテリーとつなぐケーブルだが、これは簡単。ブレードから伸びる太い送電ケーブルをバッテリーに繋ぐだけ。しかしそれだけでは銃弾が命中したりどこかに引っ掛けたりしかねないので、またカバーを作るか調達する必要があるだろう。部品市場にまた足を運ぼう。
「……ふぅ、とりあえずはこんなもんでいいだろ。次はテストっと」
工具と機械を元の場所に戻して、あとはちゃんと使用できるかテストをするだけ。遮光グラスをつけてスイッチを押すと、真っ白に光る刃が左腕から放出された。遮光グラス越しでも眩しいと感じる光だ、直視したらきっと目が焼けるだろう。それがどれだけの熱量を持っているかは、今は試す時間がないのでわからない。
バッテリーの減りを見ると、一秒の使用で一割。説明書どおりだが、これは長時間アースに乗る場合は使用を控えたほうがいいだろう。今回はそれほど長時間乗る予定じゃないから使っても問題はないが……まあ人間相手にこんなものはやりすぎというか、過剰火力というか。アースが出てこない限り出番はないだろう。出番が無いことを祈りたいが。
「よいせ」
作業着から外行きのツナギに着替えてガスマスクを付けて人間の準備は完了。今度は機械の準備。前面装甲を開いて、背中をあずけるように乗り込む。中身が入ったことでスイッチが入り、自動で装甲が閉じクッションが膨らむ。
「チェック開始……」
以前黄色く表示されていた右腕も、今は問題なしを示す緑色。軽く動かしてみるが変な音はしない。
「問題なし。いい仕事だ」
ここには居ない修理屋に賞賛の声を投げつつ、武装を手にする。今回の武器はオーソドックスに、左手に複合装甲を切り取って作ったシールドとレーザーブレード。あとは実体ブレード。右手に対人用小口径マシンガン。それと前に使った対アース用の20mm連装機関砲を、銃と同じ側に一基。左右の重量にかなり偏りがあるが気にしない。本当はもう少し左右の偏りをなくしたほうが良いんだが、一々そんなことを気にしてちゃ武器が使えりゃしないのでこのまま出る。
ガレージのシャッターをきっちり閉めて道路に出ると、もう何人かのスカベンジャーが運送用トラックに乗って待機していた。そして近所からは誰も出てくる様子がない。
「もしかして俺が最後か?」
「そうだよ。早く乗れ、置いてくぞ」
運転手に脅されたのでさっさとトラックの後ろに回って、スロープを登る。ごついアースが並んで座るなかなか迫力のある光景に少し怯みながら空いている所に座ると、車のエンジンがかかって動き出した。こんな鉄の塊をいくつも載せてるだけに加速も緩やかだ。
「すまん。待たせたな」
「遅れた分仕事してくれりゃいい。なあお前ら」
「そうだな」
「色々あったのは聞いてる。大変なんだろ? 気にすんな」
皆からの心遣いがありがたい。頭は鬼かと思うほど酷いのに、同じ仕事をする仲間たちはこんなにも優しい。いや、頭が酷いから足が優しいのか。優しさの秘密は、酷使される苦労を皆わかっているからか。
「今日も朝にガキ一人ぶっ殺したんだろ? もったいねえ。殺す前に俺に持ってきてくれたら買い取ったのに。死体でも良かったけど」
「……それもそうだな」
冷静になって思い出してみれば、年齢はともかくとして容姿は素晴らしいものだったし。生かしておいて飼っても良かったかもしれない。悲鳴を上げる小さな子どもを押し倒して、全身をくまなく舐めまわして、中も外も汚して。きっと殺されかけたことへの恐怖と怒りが裏返って、興奮が凄いことになっていただろう。妄想だけでもなかなか……そんな趣味はないのに、妄想だけで目覚めてしまいそうになる。
そういえばふと思ったが、あのガキは支配階級の事を「ご主人さま」と呼んでいたような。上の連中はそういう趣味なんだろうか。なら能力的に成人より劣る子供を使用することにも納得がいく。上の連中は変態なんだろう。そんな連中に支配されてると思うとなんとも言えない気分になってくる。