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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第一章 新たな日常
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修理屋

 バイクに乗って、雨に濡れながら家に帰る。家の前にはレンチのステッカーが貼られたトラックが一台停まっていた。市場で話をした修理屋だ。待たせてしまっただろうか。いや相手も仕事だし、金を払うんだから多少待たせた位問題ないはずだ。戦前の言葉に『お客様は神様だ』という言葉もある。寛大な心で許してくれるだろう。

 とりあえず修理屋に声をかけるのは後回し、バイクを停めてガレージのシャッターを開いて、雨に濡れた荷物を屋根の下に入れる。


「おうこのクソ野郎! 散々待たせた挙句放置とはいい度胸だな、ぶっ殺されてえのか? ああん!?」


 怒声が飛んできたので振り向くと、スキンヘッドを真っ赤に染めたオッサンが車の窓から顔を覗かせていた。どうもこの修理屋に戦前の思想は存在しないらしい。そういう俺も、礼儀を知るにはちょうどいいから少し勉強しているだけで、そこまで重視してるわけじゃないから人のことは言えないが。

 その礼儀も、活かされているかどうか微妙なところだし。


「ちょっと待たせただけだろ。そんなに怒るなよ、ハゲるぞ……ああ、もうハゲてるか」

「いよぉしお前の考えはよくわかった! そこを動くな、今からてめえを轢き殺してやる」

「冗談だよ。からかったのは悪かった。頼むから落ち着け」

「クソが……それで、修理が必要な機体は」


 口では機嫌悪く罵ってきても、仕事はきちんとするようだ。感心感心。 


「ガレージの中だ。今取ってくる」


 奥へ行くついでに、シートに包んだレーザーブレードを台車に載せて運んでいく。ところどころひび割れたコンクリートの地面のせいでガタガタと揺れるが気にしない。さっさとアースの武装置き場まで運んで、包を解いて台の上に置く。雨水で汚れたシートはかごに放り込んで。汚れた上着もかごに入れる。それからアースにつないであるブースターケーブルを外して、バッテリーボックスの蓋を閉めて、前部装甲を開いて乗り込む。


「システム起動。チェック開始」


 音声操作で電源を入れると、目の前のスクリーンに部位ごとの情報が表示される。その中で損傷の状態は酷い巡に黒、赤、黄色、緑で表示されていて、黒が完全に喪失。赤が機能しないレベルの損傷。黄色が機能に障害が出る中度の損傷。で、やっぱり片腕が黄色く表示されている。中度損傷の表示だ。

 砲弾を弾く無茶をして赤くなってないのは、やはり部品の質がいいからだろう。老婆の言っていたとおり、これは価値のある古いもの(骨董品)だ。別に通常業務だけなら多少消耗していても動くだけでいいのだが、いつ上からの刺客が来るかわからないから万全の状態にしておきたい。だから今日修理に来てもらったのだし。


 機体を動かして入り口に戻る。シャッターの向こう側に出ると、修理屋がコンテナの扉を開いて中からスロープを伸ばしていた。スロープに足をかけるとギシリと軋む。鉄塊が上を歩くのだから軋むのは当然だが、その音に少し不安を感じる。大量の機械や部品が整然と並べられた小さな修理工場に入る。コンテナの中に修理用の機械類を並べて、そこにアースが入ったら、やはりというかなんというか。かなり狭い。こんな中で作業ができるのかと疑問に思うほどだ。


「なんだこいつは、初めて見る型だな。新しい量産機か?」

「よっと。新型どころか、戦前の骨董品だよ。異常があるのは右腕だ、よろしく頼む」


 アースから降りて質問に答えてやる。それからすぐに右腕の装甲を外して、人工筋肉をかき分けて患部を探し始める修理屋。そいつにふと浮き上がってきた疑問、というか一つの不安の種を聞いてみることにする。


「ところでこいつの規格に合う部品はあるのか?」

「今生産されてるアースは、競技用以外だと戦前の物をベースにしてるから多分大丈夫だろう。形だけ似せた粗悪品だからな。損傷してる部位によっちゃ性能が落ちるが」


 全くこちらを見ずに答える修理屋の言葉に、少しだけ驚く。今の事は初めて聞いた。さすがアースを専門に扱う店だ、客よりも商品のことをよく知っているのは当たり前か。

 それはともかく性能の低下はできるだけ避けたい。刺客があれ一人だけとは限らない以上また競技用と対峙する可能性がある。その時にアースは万全の状態で使用したい。


「同じパーツは無いのか?」

「昔の工場とは使ってる設備も材料も違うんだから無いに決まってんだろ」

「まあ、そうだよな」


 発掘品だし、パーツが無いのは当たり前。少々の性能低下は仕方ないと諦めるべきか。部品が合うだけ幸運と思うしかない。不安は残るが、多少性能が落ちたとしても前に乗っていた量産機よりは性能がずっと高い。


「ってのが普通だが、幸運なことに羽の連中が発掘してきた品の中にパーツがいくらかあるんだなこれが。しかも状態がいいのが」

「マジか」

「ただし、値段も相応にするぜ。相場の五倍だ」

「高えよハゲ。もう少しまけろ」

「気が変わった、十倍だ」


 しまった、つい思ったことが口に出てしまった。慌てて口を塞ぐがもう遅い。少し色の引いていた頭がまた真っ赤になっている。


「う……すまん。言われたとおり五倍払う、それでどうだ」

「七倍だ。人のことをハゲつった罪は重いぞ」


 今更謝っても遅かったか。もう少し言葉を抑える練習をするべきだな。口は災いの元。下手なことを言えば、相手を怒らせて最悪の場合殺されることだってある。さっき殺したガキだって、あの余計な一言がなければ死ぬこともなかったんだし。


「畜生……払えばいいんだろ」

「毎度。それじゃ修理が終わるまで待ってろ。こっから先は企業秘密だ」

「壊れた部品を取っ替えるだけなのに企業秘密もクソもあるかよ」


 傷んだパーツの交換くらいなら俺でもできる。それでもこういった場合には修理屋に任せるのは、単純にこいつが俺たちにパーツだけ売るということをしないから。そうすればまだ安くつくのに、やれ部品の交換には技術がいるだの装甲のネジの締め方にはコツがあるだの言って自分だけでやって、手数料を巻き上げる。

 本当に金にせこいやつだ。


「文句があるなら追加料金もらうぞ」

「へいへい。俺は中で寝てるからな、終わったら起こしてくれ」


 これ以上余計なことを言わないために、これ以上払う金額を増やさないために小さな修理工場から出て行き、家の中へと戻ることにする。今度はガレージから入らず、地上の玄関から入っていく。他の施設と同じく二重扉の玄関だが、そこまでキッチリしたものではなく、玄関の奥に一枚壁を張って扉をつけただけの簡単なもの。汚れた上着とガスマスク、手袋を脱いで壁にかけ、ブーツはそのまま履き捨てる。

 外気で汚れた衣類をすべて脱いだら奥の扉を開いて室内へ。入ってすぐ横の壁についているスイッチを押して電気を点けて、部屋の真ん中にあるベッド兼ソファへとダイブする。

 どうせ待っていても暇なんだし、修理屋に宣言したとおり修理が終わるまで寝ることにする。


―――――――――――――


「おう起きろクソ野郎!」

「ーへぅあっ!?」


 気持よく眠っていた所にいきなり頭に鉄拳をくらって、文字通り叩き起こされた。


「なにしやがるクソハゲ! ぶっ殺されてえのか!」


 ソファから起き上がってすぐ、俺のことを殴ってくれたくそったれに掴みかかる。


「修理が終わったら起こせって言ったのはてめえだろうが」

「ああ……そういやそうだったな。だからって殴んなよ」

「声かけても起きないのが悪いんだよ」

「む……」


 そう言われると何も言い返せない。男に優しく起こされても気持ち悪いだけだから、殴られて起こされる方がまだいいか。ああ、でもやっぱり殴られたことには腹が立つ。一発殴り返してやりたいが、そこは抑える。さっき口を滑らせて余計な金額を巻き上げられたばかりなのに、殴ったら今度はいくら取られるやら。


「そんじゃ代金をもらおうか」

「ちょっと待ってろ」


 さっき寝ていたソファを押しのけて、その下にあった色の違う床を引っ張りあげて。さらにその下に隠されている金庫を開いて、札束を一つ取り出す。そこから必要な金額を抜いて、残りをまた金庫に戻す。貯蓄はしっかりしてあるが、さすがに修理費七倍は痛い。こうなる原因を作ってくれたあのクソガキも今は天国が地獄だから、怒ろうにも怒れない。怒りが諦観に変わり、それがため息になって出て行く。それでもわだかまりは消えない。


「ほら。いつも通り現金払い。さっさと失せろ」


 修理代の札束を、修理屋の油で黒く汚れた手に渡す。それを受け取った修理屋はパラパラと札束をめくって枚数を数えている。俺が枚数をちょろまかすとでも思っているんだろうか。わざと少なく数え間違えることならあるかもしれないが。


「ふむふむ……金額はピッタリか。機体は地下のガレージに戻してあるから。それじゃまた何かあったら当店まで。じゃあな」


 俺からむしりとった金を片手に外へ出て行く修理屋。短気なのと金にせこいのとがたまにキズだ。それさえ無けりゃ文句は無いのに。

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