報酬
今回は短めです
2014/09/29 文章増量
ガキを殺した後に、修理屋に寄って話を済ませ。そして本日最後の予定である、報酬の受け取りのためにいくつも区画を移動し、はるばるいけ好かない連中の巣食う研究所までやってきた。
門の横に設置された機械にカードを通して、ロックを解除し扉を開く。開いた扉から中に入ると、すぐに入ってきた扉が閉じられ、強い風が吹き外から入ってきた汚い空気が追い出されて、内部の清潔な空気と入れ替えられる。施設の中はコロニーの中にしては清潔で、二重扉の向こう側に見える壁は外では見られないような白色だ。その環境を維持するために、一度ここで着ている服を全て脱ぎ、壁が開いて出てきた壁と同じく真っ白な服を着る。すると奥の扉が開き、さらに中へと進めるようになる。施設の中へ、外の汚れを持ち込まないための措置なのだろうが、やはり面倒だ。
受付で要件を伝えて、さらに奥の待合室へと案内され、壁の色とは真逆の真っ黒な光沢のあるソファに座る。固そうな見た目だったが、意外なことにミュータントの集落で座ったソファよりもずっと柔らかかった。これも研究の成果なのだろうか、だとしたら感心する。もしそうなら是非市場に流して欲しいものだ。
あとはソファーに身体を預け、シミひとつ無い天井を見上げながら報酬を待つ。いつ頃来るだろうかと考え始めてすぐ、俺が入ってきた扉とは別の扉が開いて、やせ細った男が荷物を載せた台車を押して入ってきた。着ている服が真っ白なので、服と背景が同化して一瞬首が浮いているように見えて驚いた。すぐにそうではないと気がついたが、心臓に悪い。
「ようこそ私の研究所へ。話は聞いているよ。ああ、ソファにかけたままで構わないよ。どうせ話をするだけだ」
「俺としちゃさっさと報酬をもらってさっさと帰りたいんだが」
何かやることがあるわけじゃないが、どうもこの空間は落ち着かない。外と比べて清潔すぎるからだろう。俺はもう少し小汚い方が居心地がいい。
「申し訳ないが、渡すのは説明書を読んでもらってからになる」
「持って帰って読む。さっさとくれ」
「そういう奴に限って読まないからね。ぜひともここで読んでもらいたい」
そう言って、昔の文学作品のように分厚い説明書を渡される。紙はこの時代貴重品だというのに、よくこんなに大量の紙を使えるものだ……が、読んでも娯楽にならない以上読みたくないという気持ちもある。でも読まなきゃ帰れないと。やはりこういう連中は好きになれない。やりたいようにやらせてくれればいいのに。
「読み終わったらベルを鳴らしてくれればいい。読み終わったらいくつか質問をするから、読んでないのに読んだと言ってもわかるからね。気をつけてくれよ」
「几帳面なことで」
「本当はこんな貴重品を君のような野蛮人に渡したくないんだが、上の命令に従わなきゃこの施設も使わせてもらえないからね。ならせめて間違った使い方をされて壊されないよう、せめて説明書の中身は頭に叩き込んでもらわないと。どうせ殺すこと以外は空っぽの頭なんだし、そのくらい入るだろう?」
人のことを野蛮人だの脳みそ空っぽの馬鹿だのと……否定はしないが、やはり見下されていることには腹が立つ。自分が少し頭を使う仕事をしているからって、人を馬鹿にしていいわけじゃないだろう。
「その野蛮人相手に喧嘩を売るってことは、殴られたいんだな」
「殴ったらこれを渡さないだけだ」
そう言われては殴る訳にはいかないので、握った拳から力を抜いて、手を開く。
「わかったよ、読めばいいんだろ」
「さっき言ったとおり、しっかり読んで頭に入れておくんだよ。後で読んだと嘘をついてもわかるからね」
捨て台詞のように、その言葉を吐いて出て行った。今みたいなのは、なんだったか。昔親に同じことを言われた気がするな。嘘は後になってから必ずバレると。昔を思い出して少し嫌になる。わざわざそういう嫌な気分になるような言葉を選んで言っているのだろう、一々癪に障るやつだ。
顔をしかめながら、本を開く。この分厚い本を読み終えるのは、一体いつになるかわかったものじゃない。
「めんどくせえなあ……」
面倒くさいが、やらねばならない。そんなことはいくらでもある。面倒くさいの一言で何もかもから逃れられれば、この世はどれだけ楽になるのやら。
とりあえず、文句ばかり言っていても仕方長いので読み始める。内容を一々覚えていくのも無理なので、大体の流れを追っていくことにする。質問はされた時に答えて、不足分はまた読み返して穴埋めすればいいだろう。
「……よし」
何時間かかけて分厚い説明書を読み終わり、パタンと音を立てて本を閉じる。読み終わった感想としては、書かれている文量こそ多かったが、馬鹿な私にもわかりやすいよう簡単に書かれていた。所々に挟まれた『馬鹿な君にもわかりやすく説明すると』という言葉さえ書かれていなければ、著者の親切心が垣間見える良い本であったと言えるだろう。その言葉が全てを台無しにしてくれているが。
本をソファの横に置いて、立ち上がって伸びをする。
「んん~~……はぁっ」
身体の骨がぽきぽきと心地よい音を立てて、身体にたまった疲労が少しだけ抜けたような気がする。肩のこりは取れないが。早く家に帰りたいので、テーブルの上に置かれたベルの柄を持って、振って音を出す。聞きなれない、澄んだ高い音だ。その音が部屋の中に響いてからすぐに、コツコツとこちらに向かう足音が聞こえてきた。多分、散々俺のことを馬鹿にしてくれたあの研究者だろう。
ドアノブ以外白一色のドアが開く。入ってきたのは予想通り、あのいけ好かない研究者。
「お疲れ様。ソレはもう持って帰ってもいいよ」
「あん? 質問するんじゃなかったのか?」
「カメラで見てたから、読んでいたかどうかはわかる。ちゃんと読んでたようだから、質問する必要を感じなかった。理由は以上だ。さ、研究の邪魔になるから早く帰ってくれ」
そのまま台車ごとレーザーブレードを押し付けられて、部屋を追い出される。俺の数時間の努力は一体何だったのか。手間が省けてありがたいのはありがたいのだが、なんだろう。あまりスッキリしない。
とりあえず入ってきた二重扉まで台車を押していって、ここに入るときに預けた汚い服に着替える。清潔な、臭いの無い場所から戻ってきたおかげで自分の衣服がどれだけ汚れているかが見た目でも臭いでもよくわかる。真っ白な壁と比べて、服の黒い汚れが目立ち。無臭の空間に居たせいで、普段は気にならない服の臭いがたまらなく臭く感じる。
『服は持ち帰らないで、かごに入れてくれたまえよ』
脱いだ服をどうしようかと考え始めた所で、釘を刺すように放送で注意が飛んでくる。多分言われなければ持って帰ってただろう。少し惜しいが、服のことは諦める。外に出るためにガスマスクを装着して、手袋を嵌め、手首の部分をマジックテープで軽く締めて準備は完了。扉を開いて、台車を押しながら外へ出る。
するとマスクの目の部分に水滴が付いたので、空を見上げる。いつも晴れなんて言葉が存在しない暗い空だが、今日の空はさらに暗い。雨雲と排煙が光を完全に遮って、光の代わりに煤や有害物質をたっぷりと含んだ毒の雨を降らせている。触れたら溶ける、というほどではないが長い間浴びていたら簡単に体調を崩す。
「こりゃ早く帰らないとな」
戦闘用の機械が雨に濡れた程度でどうにかなったりはしないが、帰ってから洗うのも面倒なので、シートで包んでおこう。台車は一旦軒下に置いて行き、雨に濡れながら駐車場まで走ってバイクを玄関前まで動かす。それからトランクの中に入れていた防水シートとロープを出して、シートでブレードを包み、持ち上げてトランクの上に置く。大きな容量のある車ならともかく、バイクのトランクに抱えるほどの大きさの機械は入らない。それをロープで落ちないようにしっかりと括って、最後にズレないかヒモを軽く引っ張って確認したら、バイクに跨がりエンジンをかけ、自宅へと走らせる。