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新ヒロイン登場
「カクカク・シカジカということで。裏切り者の粛清は終わりました」
頭に今までの流れを簡単にまとめて説明して、終わり……にできればいいんだが。そんなわけないよなぁ。うん。
「ご苦労さん。ブレードは研究所に行って受け取れ。その後は消費した弾を補給して自宅で待機、多分またすぐ仕事を頼むと思う」
「マジですか……」
最初からミュータントのガキを連れて行って、帰ってから裏切り者を一人ぶっ殺したくらいで終わるとは思ってなかった。だが行き帰りで二度も競技用に襲われて、裏切り者が競技用を持ってたなんて想定外のこともあったし。一度や二度なら偶然か運が悪いで済ませられるが、三度も競技用の相手をしたとなればこれからもそういう事態は起きるに違いない。
「嫌ならいいんだぜ。そん時は上に歯向かった奴はお前だと教えるだけだが」
「っ、とんでもない。喜んでやらせていただきます」
頭を下げながら、内心で悪態をつく。使えないとわかったら歯向かった罪を俺一人にかぶせて、自分は逃れる気か。とんでもない糞野郎だ、伊達に長生きしてない。
「やってくれるか。いや助かった。足の人員がこれ以上減るのは流石にマズイからな。スカウトして育成するにも手間と時間がかかる」
「……」
人を脅しておいてよく言う。だが欲を張って引き受けたのも自分だし、仕方ないことなんだろう……くそったれ。全くくそったれとしか言い様がない。今になってからあれこれと後悔してももう遅いが、最初にもう少し考えてから引き受けるべきだったんだろう。俺のバカ。
「それじゃあもう帰っていいぞ。ゆっくり休め」
「……了解しました。失礼します」
礼をして一段高いところに座る頭に背を向け、やはり心のなかで悪態をつきながら二重扉を潜って、ガスマスクを付けてから外へ出る。いくら悪口を言ってもこの苛立ちは消えないが、それでも言わずにはいられない。
「あー、あのジジイさっさと死ねってんだ。いつまで生きてるつもりだよ」
「頭にまた面倒事押し付けられたのか?」
外に出たところで心の中身を盛大にぶちまけると、警備員に声をかけられた。
「これからもこき使ってやるから頑張れだとさ」
「そりゃあ……お前さんも大変だな。俺からは頑張れとしか言えんが、頑張れ。強く生きろ」
「おう……強く生きてるぜ」
警備員に慰められながら後のことを考える……とりあえず今するべきことは、弾の補給だろう。いつ何があってもいいように、弾の補給と機体の修理だけは忘れずにしておくべきだ。修理を忘れて起きた故障のおかげで一度だけ命を助けられたが、次があるとは限らない。むしろ故障のせいで死ぬ危険のほうがずっと高い。
修理やメンテナンスはしっかりとしておくべきだろう。この前砲弾を弾いて以降、エラーの修正はしたが中身の修理まではしてないし。
となれば、これから行くところは決まりだ。弾と折れたブレードの補充に市場へ行って、修理屋に寄って家まで来てもらうように言って。最後に研究所にレーザーブレードをもらいに行く。これで決まりだ。
「そうそう、市場に弾を買いに行くなら気をつけろ。スカベンジャーのメンバーじゃない奴が、アースの部品市場に居る。そんな話が入ってる」
「そりゃおかしいな。工場の人間が部品市場に用事なんてあるはずがない。そもそも連中は立ち入りを禁止されてるはずだ」
何年か前、アースをパーツ一つ一つ買って少しずつ組み立てて、気の遠くなるような時間を経て完成した機体をデモ隊が持ち出して以来、働き蜂は工場区と居住区以外では許可のない活動を禁止されている。活動できても監視がつく。どんな些細な用事であってもだ。そしてアースの部品市場となれば絶対に立ち入ることはできない。入ろうとした瞬間に撃ち殺される。
「それが働き蜂じゃないらしい」
「もしかして、支配階級絡みか?」
「スカベンジャーでもない。働き蜂でもないとなりゃ多分そうだろう。目的が何かは知らんが、気をつけろよ」
「わかった。注意する。わざわざ教えてくれてありがとよ」
目的はハッキリとしないが、多分俺だろう。探す理由は、支配階級に逆らった奴を探しだして粛清するためとかか? もし会ったらどうするかを考えながら体育館を後にしようとすると、警備員に後ろから肩を掴まれた。
「今度お前の作ってる酒を分けてくれたらチャラでいいぜ」
なんだ、親切心で教えてくれたわけじゃないのか。
「つーかその情報、どこから仕入れた」
アンジー以外には知られてないはずだが。いや、もしかしたらアンジー以外にも知られてる可能性はあるけど。多分犯人はあいつだろう。あいつがあちこちに言いふらしてるのか。
「アンジーから」
「おう……あいつとは少し話をしなきゃなんねえみたいだな」
「もう遅いぜ。酔ったあいつがコロニー中に言いふらしてるから、知らない奴は少ない」
「言っとくが非売品だからな。あれは俺が一人で楽しむために作ったもんだ」
「なんだくれないのか。ならお前に家にお友達を引き連れて遊びに行くだけだぞ?」
「やらないとは言ってないだろ……クソ、どいつもこいつも同じ脅し方しやがる」
「楽しみに待ってるぜ」
本当にくそったれだ。また一つ面倒が増えた。俺は面倒が嫌いなのに、どうしてこうも面倒事が向こうからやってくるのか。そういう体質なのか? オカルトなんて信じたくないが、どうも最近の出来事からしてそうとしか思えない。
「おう、楽しみに待っとけ」
それはともかく。アンジーが酒の強さを教えてないなら、飲み方を教えずに原酒を渡してやろう。そうしよう。そして急性アル中でぶっ倒れてしまえばいい。どいつもこいつも、私にたかる奴はみんな死ねばいい……いやそれは困るか。アンジーは羽の中でも最高クラスの実力者だし、こいつはこいつで頭の守りっていう大事な仕事がある。替えの効かない割りと重要な存在だから、死なれちゃ困る。だから割る分量を少し濃い目に教えてやろう。そしてもがき苦しめばいい。
自分でも少しいせこい事を考えながら、停めておいたバイクのエンジンをかけて、モーターを回す。道路に出たらスピードを上げて市場へ続く道を進む。
しばらく何事も無く進み、市場に着く。入り口横にある駐車場にバイクを止め、警備員に身分証を見せ、関所を抜ける。抜けた先には機械油やギア、武器弾薬が乱雑に置かれている店が並んでいる。いつも通り活気のない市だが、スカベンジャーにとっては必要な場所。
そして、弾薬を扱っている店の前にアンジーではない白い髪の体躯の小さい女……以前集落へ送り届けた少女……確かアンリだったか、それと同じ位の身長の少女が一人。こんな所に存在するはずがない、あまりにも大きすぎる違和感を発する人間。それが視界に入った瞬間に心臓が鼓動するペースが急に跳ね上がり、体中を死への恐怖が駆けまわったと思うと、その時には既に店の影へと身を隠していた。
「……あれか」
アレだ。アレが俺を二回も襲った競技用アースの中身。二回襲ってきた奴の内のどちらかは知らないが、間違いない。
……落ち着こう。ガスマスク越しじゃ私が誰かまではわからないはずだ。声も低品質な量産型アースのスピーカーの音ではわからないはず。服装も、一度も生身は晒していないからわからない。それでも一応はホルスターに入った拳銃を握っておく。手袋越しに感じる物言わない鉄の硬い感触。たったそれだけでとても大きな、言葉では表せないほどの安心感を与えてくれる。
心臓の鼓動がだんだんと落ち着いてくる。大丈夫、落ち着いた。もう怖くない。
「よし」
怯えることはない。相手はたかがガキじゃないか。競技用のパイロットでも、中身だけなら。生身なら怖くない。いざとなれば殺せばいい。たかがガキじゃないか。俺は一体何を怯えてるんだ。
店の影から出る。少女と目が合う。大丈夫、怖くない。ただのガキだ、無視して買い物をすればいい。無視していれば向こうもこっちに気付くことはないはずだ。
「……まずは、ブレードから買うか」
一番近いブレードの専門店。店の前には何本ものブレードが地面に突き立つように並んでいる。刃毀れしたもの、錆びたもの、ヒビが入ったもの、長さが異なるもの。見た目は同じでも叩いた時の音が違うものなど、一本一本姿が違えば値段も違う。一応規格の決まった工業品なのにこうもばらつきがあるのはどうかと思うが……まあ表に置いてあるようなものにマトモなのがあるはずがない。少なくとも掘り出し物なんてものに期待するべきじゃない。
店の外に置かれている特売品と書かれた札が付いている品物には興味を向けず、ドアを開けて中に入る。入店のベルが薄ら寒い音をたて、入店を歓迎する。
「……ああ、いらっしゃい」
ちっぽけな電球一つに照らされた薄暗い空間。壁に吊られた刃に光が鈍く反射して、入り口は少しだけ明るいが、光の届かない奥はあまりよく見えない。そんな奥から汚げな店主がやる気のない挨拶をしてくる。その店主に声を届けるため、ひび割れているコンクリートの床の上を歩いてカウンターまで行く。
「マトモに使えるやつを一本くれ」
「……サイズはどんなのがいい」
「長さ一メートル半、幅十五センチ、厚さ二センチ。片刃。できればプレスより鍛造がいい」
前に使っていた物と同じサイズ、同じ製法を指定する。使い慣れているものに近いもののほうが、また使うときに違いに混乱せずにすむ。できれば永久に使いことがない方がありがたいのだが、残念なことにまた使う可能性のほうが高い。
「入り口から見て右側が鍛造品の棚だ。そっからサイズ別に列を分けてある。探して持ってきな」
「おう、わかった」
目的のものを探そうと振り向いたら、他の客の来店を告げるベルが鳴った。そして扉を開いて店に入ってきた客を見て、思わず息を呑んだ。
「……ッ」
低い背丈と、電球の光を反射して輝く白い髪。さっき表で見かけた奴と同じ人間。思わず腰に下げている銃に手を伸ばす。
「こんにちは」
聞き覚えのある声。だが、今のは以前聞いたどの声とも異なる落ち着いた声。少女がガスマスクを取り、血のように真っ赤な瞳でまっすぐこちらを見つめてくる。まるで、よく知った人間を偶然町中で見つけたように。
「突然ですけど、あなたは最近コロニーの外へ出ましたか?」
「いや……ここしばらくコロニーから出たことはないぞ」
あえてとぼけて見せる。相手の目的がわからない以上、下手に何かするわけにはいかない。ひとまずは出方を見て、それから対応を考える。これで騙し通せるのなら、騙し通す。
「……あれ、私の声、聞き覚えがありませんか?」
「悪いが無いな。それよりお嬢ちゃん、子供がこんな所にいちゃダメだろう」
「じゃあなんでこんな所に」
なんで、と聞かれても……こっちがなんでそんなことを聞くんだと逆に質問したい……ああ、そうか。ブレードが折れたことを知ってるのか。だから新しくブレードを買いに来た客が反逆者だろうと。なら一番にこの店に入ったのは間違いだったか。
「ただの趣味だ」
「趣味?」
「ガラクタの中から使える物を探すのがな」
物凄く苦しい言い訳だが、これ以上良い言葉が浮かぶわけでもない。ガラクタと呼べるものは全て表に置いてあるし、それのタグを引きちぎって持って入ってないから、俺のことを見ていたならすぐわかる嘘だ。
「……嘘ですね?」
やっぱりバレた。いや待て、相手がカマをかけてるだけかもしれないんだから、ここで慌てたら思う壺。冷静に、大人の余裕というやつを見せつけてやるんだ。
「大人を疑っちゃいけないよ。お嬢ちゃん」
「目が泳いでますよ。マスク越しならわからないと思いましたか?」
「……」
いかんな。こりゃ完全にバレてる……ならこれ以上嘘をついても仕方がない。
「バレてるなら仕方ない。嘘だよ、お嬢ちゃんの声も聞いた覚えがある」
「どうして嘘をついたんですか」
どうしたもこうしたも。自分自身がやったことなんだから、原因がわからないはずはないだろう。単に嘘をついたことに不快感を覚えただけなら、自分のやったことがどれだけ俺に不快感を与えたかも少しは考えてほしい。
「二回も命を狙われたんだ。警戒すんのは当然だろ」
事前の警告も何もなしに、拳銃を抜き、相手に向けて威嚇する。
が、相手は全くの無反応。死ぬ危険が目の前に迫ってるのに、まるでそれが何ともないような無反応……幼い少女にアルビノ、そして彼女が殺し屋であるという事実。それら全ての組み合わせと相まって、もうこの上なく不気味だ。
その状態のまま、壁にかけてある時計の秒針が60回鳴るまで睨み合う。いや、一方的に俺が睨んでるだけだが。
「……で、撃たないんですか?」
「いや……無抵抗の子供を撃つのはちょっとな」
中身も容姿も全然違うが、この前同じくらいのサイズの子供を護衛して、ミュータントの集落へ連れて行ったばかりだしなんとなく撃つのは気が引ける。これがむさ苦しいオッサンだったり、それほど美人でもない女ならすぐにぶっ殺してたところ。この姿でも、この場で銃を抜いたりナイフで切りかかってきたら遠慮する必要もなくぶっ殺せるんだが、どうもそれをしてこない。それどころか敵意の欠片すら見せないのは……全く不気味だ。
「ならいいです。あと今日はあなたの命を狙いに来たわけではないので、銃を下ろしてください。いつまでも銃を向けられていると流石に不快です」
「あ、ああ。すまん……」
別に俺が謝る必要はないのに、何故か謝りながら銃を下ろしてしまう。
どうも調子が狂う。てっきり殺しに来たものとばかり思ってたんだが、そうではないようだし。
「ご主人様からの伝言がありますので聞いてください。『秩序を壊すつもりなら処刑する』……あなたの上司にも伝えておいてくださいね」
「……どういう意味だ?」
「わかりません。私はただ伝えてこいと命令されただけなので。ではさようなら。次は必ず殺します」
わけがわからん。どちらかと言えば俺達は秩序を守る側で、乱してるのは支配階級じゃないのか。それとも支配階級の考える秩序と、スカベンジャーの考える秩序とは違うのか。何にしろ俺はただ与えられた仕事をしているだけなのに、それで『ぶっ殺す』と脅されては怖くて仕事もできやしない。
こちらに背を向け、ドアを開いて出て行く少女に向けて、再び銃を構える。無抵抗の少女を撃つのはさすがに気が引けたが、『次は殺す』と物騒な宣言をされてしまっては仕方がない。
「ああ、さよならだ」
「あぐっ!?」
小さな背中に向けて、まずは一発。撃たれた衝撃と痛みでバランスを崩し、少女の体が表の道路に倒れていく。
怖い奴は、脅威となる者は消せる時に消しておくべきだ。そんな奴が無防備な背中を晒しているのなら、これ以上の好機はない。そして俺は、その好機を相手が幼い子供だからといって逃すほど情に厚くない。
「ーーー!!」
声にすらなっていない悲鳴を上げて、表の道路にうつ伏せに倒れる少女。彼女を追って自分も表に出る。そして誰かに助けを求めるように、虚空へ手を伸ばす彼女の頭にもう一発銃弾を撃ちこむ。
誰かを殺しに行って、失敗したら殺し返されるのは当然。そういったこの世界での常識が、この行為を取る罪悪感を消し去ってくれる。
「っ」
悲鳴は止んだ。伸ばされていた手も地面に落ちたが、念の為に心臓の真上からもう一発。念には念を入れてさらにもう一発。合計四発の弾丸を少女の身体に撃ちこんで、完全に息の根を止める。
「……ふぅ」
終わってしまえばあっけない。全く、こんな弱っちいガキに怯えてた俺が馬鹿みたいだ。
アスファルトの上に血溜まりを広げる死体を放っておいて店に戻り、鍛造品の棚から適当な物を見繕って、商品タグをちぎってカウンターへ持っていく。
「表の死体をゴミ捨て場に運んでもらえないか」
タグに書かれた金額より多めの金を置いて、店主に頼む。
「オーケー。店を汚さないように気を使ってもらったし、金さえもらえりゃな」
「よし、じゃあ頼んだ。ブレードはいつも通り俺の家に運んどいてくれ」
「お前さんはどうするんだい」
「残りの買い物を済ませる。そんで帰ったらまた頭から仕事を押し付けられるまで待機さ」
頭から脅されはしたが、ここまでやれば上が気付くのも時間の問題だ。もう報酬だけ受け取って通常業務に戻ってしまおうか……まあ、それは後で考えよう。
「大変なこって」
「同情するなら金をくれ」
「うちは客に金を貰うことはあっても払うことはないぜ」
「上手いこと言うな。面白くないけど。じゃあな」
さて、早く残りの買い物を済ませよう。それからさっさとマイホームへ帰ってゆっくり寝るとしよう。今日はぐっすり寝られそうだ。
そして退場