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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第一章 新たな日常
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帰宅

 灰色の空に突き立つように存在する、途中でポッキリと折れたビル。壁も、窓も、どこもかしこも埃で黒く汚れている。昨日とたった一点以外何も変わらない我が家。変わっているところと言えば玄関に積もった埃の上に一つ真新しい足あとができていることくらい。俺はきちんと鍵をかけて出てきたはずなのだが、引き返した足跡がないところを見るに、長い付き合いで合鍵を交換してあるお隣さんだろう。

 お隣さんなら別に急いで対応することもない。地下駐機場へ続くシャッターを壁についているスイッチを押して、シャッターを開いて機体を中に入れたら、今度は中からスイッチを押してシャッターを閉じる。開けたら閉める。細かいが大事なことだ、うっかり忘れたら折角綺麗にしている地下駐車場が工場から出る排煙が中に入り込んで一晩もあれば煤だらけになってしまう。機体は別に汚れてもいいが、整備用の機械が汚れたら故障しかねないので注意する。

 少しだけ坂を下るとまたシャッターがあるので、それをまた開いて、奥へ入ったら閉める。二重のシャッターで外からの煤の侵入を最小限に抑える。そこを超えたらもう広い駐車場だ。機体をその隅にある充電器の傍まで歩かせ、折れたブレードを傍に置き。銃器の類はいつもの場所に置いておく。それから自分はアースから降り、機体の背中を開いてバッテリーと発電機をブースターケーブルで繋ぎ、充電開始。充電が完了したら勝手に電力供給は止まるから、あとはもう放置しても問題ない。


「弾の補給は……今日はいいか」


 今から弾を一発一発マガジンに込めていくのもダルイ。また時間のあるときでいいだろう。(かしら)も帰ってきて早々ドンパチやるような命令を出さないだろうし……多分。まあドンパチするような命令を出されても、準備の時間くらいもらえるはずだ。それに客をいつまでも待たせるのも悪い。さっさと靴と上着を洗って上がってしまおう。


 そう考え、すぐ隣にある洗濯機に今着ているものを全部脱いで放り込んで、引き出しから換えの作業着を出して着替え。水道で軽く顔をすすいでタオルで顔を拭き。最低限身だしなみを整えてからから階段を登っていく。



 一階の踊り場まで登りドアを開くと、ソファに座って寛いでいる客が居た。ドアが開いた音に反応してこちらを向いたその客の容姿にはよく見覚えが合った。というか、灰みたいに真っ白な髪を肩まで伸ばしてる奴なんてこのコロニーに一人しか居ない。


「よう、アンジー」


 隣のビルに住む、スカベンジャーでは珍しい女性パイロット。しかも羽として、積極的に外へ出て行く強者。近所ということでよく話をするので、まあそれなりに親しい間柄だ。とりあえず家に帰った安心感で疲労がドッと押し寄せてきているので、彼女の向かいにあるボロ布を張って形だけ整えた硬いソファに座る。


「意外だわ、死体じゃないのね」

「俺も二回ほど死ぬかと思った」


 ついさっきの事を思い出して身震いする。もし連中が最初から俺を殺すつもりだったなら、俺は今頃ゲートの外で死体になってるか。あるいはゲート内側の死体の仲間入りを果たしていたことだろう。ああ恐ろしい。


「その原因は二回とも競技用でしょ。生きて帰れるなんて運がいいわ」

「全くだ。できたらもう二度と会いたくない……まあそれはさておき。何しに来たんだお前。(かしら)からの伝言か?」


 俺が居ない間に家に入ってくるって言ったら、用事はそれ位しかないだろう。


「ああ、そうそう。手紙預かってきたんだよね。待ち時間が長かったから退屈で忘れてた。え~と確かここに入れてたはず。あれ無い? もしかして鞄の中かな……あった。はい」


 ボロボロの服の上着についているポケットを漁り。無かったのでカバンの中に手を突っ込んで探し。それでようやく見つかった、ティッシュペーパーのようにグシャグシャに丸められた手紙を渡される。開いてみると紙はシワだらけだったが、字はなんとか読める。

 行って帰ってきたことへのねぎらいの一言でもあればよかったのだが、残念ながら書かれている内容はそうではなかった。

 思わず眉間に拳を当てて唸るくらいに残念な内容だ。


「ゆっくり休め、とでも書いてある?」

「逆だ。さっさと次の仕事に移れだとさ」


 手紙に書いてあったのは仕事の内容で、裏切り者の調査と排除ということ。俺の所属する部署、『足』の普段の役割であるデモ・暴動鎮圧の延長だ。調べる対象が工場労働者から、スカベンジャーのメンバーに変わっただけで中身はそう変わっていない。この内容ならドンパチすることもないだろうし、アースに乗る必要がないから支配階級に見つかる可能性もない。おまけに期間の指定もないから時間を気にせず、好きなようにゆっくりやれる。実質休みみたいなものだ。


「大変ね」

「お前ら羽に比べたら楽なもんだろ」


 コロニーの外へ出かけて、よそのコロニーの人間や野生動物との遭遇。あるいはアースの故障にビクビクしながら残ってるかどうかもわからん戦前の遺産を探してくる羽の仕事に比べれば。普段の俺たちのしごとは楽だ。


「やってみれば意外と楽よ。野生動物は集団で動いてたら襲ってこないし、他のコロニーとの争いなんて今まで一度もなかったわ。故障は何度かあったけど、他の人に引っ張ってもらえばアースから降りる必要もない。まあ、降りられるのは狭い装甲車の中だけだから少しストレスが溜まるけど。一緒にどう?」

「……今の場所はそこそこ気に入ってるからな。羽に異動しようって気はない」


 今回みたいな事は普通だったらないし。対処する相手も普通は暴動やデモ隊だけ。死ぬ危険なんて万に一つもない、羽よりもずっと安全な仕事。しかも贅沢をしなければ食うに困らないだけの収入もあるし、高望みはしない。もし望むとしてももっと高いところを目指す。例えばコロシアムに出て優勝して、無汚染地帯に住む権利をもらうとか。


「ところでだな」

「何?」

「知り合いの中で最近様子が変わった奴とかは居ないか」


 こいつが白だというのはわかっているが、念の為にカマをかけてみる。こいつら羽の連中が外にいる間、ミュータントがいつ来るかなんて知る方法がないし、支配階級へ伝える方法もない。だからこいつは白。白ならばこちらに引き込んで協力してもらい、裏切り者と言っていいのかわからないがミュータントの情報を売った馬鹿をできるだけ早くあぶり出す。そして後を習う馬鹿を出さないためたっぷりと拷問して、それから殺す。


「仕事に関わることかしら」

「そうだ」

「私と、私の班のメンバーは白よ。戻ってからまだ三日と経ってないし」

「なら班のメンバーに伝えて、腹の連中の中で様子がおかしい奴が居ないか調べさせてくれ。できるだけ隠密に」


 犯人がどこの人間かという予想はついている。ミュータントがいつ来るかというのはコロニー内に居るスカベンジャーのメンバーなら誰でも知ることの出来る情報だ。『腹』が情報を受け取り、『足』がミュータントを護衛し、『頭』がもてなすという形をとっているのだから。

 しかし、その情報を支配階級へと伝えられる人間は『腹』か『頭』に限られる。俺たち足と羽は現場担当で、支配階級が来るという情報を知るか、支配階級からの命令を間接的に伝えられるかで直接出会うことは無いから。(かしら)はミュータント達の恩恵を受けている身なので、彼らを害することは多分ない。だから消去法で犯人は腹の中の誰かということになる。


「報酬は。タダじゃ動かないわよ」

「何がいるってんだ。金に不自由はしてないだろ」

「そうね。酒とか」

「……工業用アルコールでいいなら」

「協力はなしでいいわね」

「売ってないものをねだられても困るんだよ」


 売ってないだけで持ってないわけではないが。あれは俺の密かな楽しみだし、人にやれるほど量があるわけじゃない。密かな楽しみをそう簡単に他人にゆずるわけにはいかない


「合成食料から酒作ってるの知ってるわよ」

「なんで知ってる!?」

「前に酔ってるところを見たからもしかしたらと思ってたの。やっぱりあったのね」

「……うぐ。だがありゃ人にやれるほどのもんじゃ……まだ試作の段階で量産はしてない」

「手伝ってやるから四の五の言わずにさっさとよこせつってんの。知り合い引き連れて家中ひっくり返して探してもいいのよ」


 脅すようなどすの聞いた声と、睨みつけるその目から今の言葉が本気であるということがいやというほど伝わってくる。酒の味を知っている荒くれ者達に家をぶっ壊されるのは耐えられないので、大人しく折れる。


「わかった……わかったよ。けど試作品だから味は保証できんからな」

「それでよし。じゃあ早く出しなさい」

「畜生、貴重品な一本が……」


 そうは言っても家を壊されるよりマシなので、大人しくソファから立ち上がって、すぐ近くに置いてある冷蔵庫に向かい、冷蔵庫の扉を開いて、掌大の小さな瓶と、普通の一リットル瓶を一本ずつ取り出してすぐに閉める。両方共中身は透明で、底に何も沈殿していない。一見すればただの濾過した水に見えないこともない。

 蓋がキッチリ閉じているのを確認して、アンジーに小さい方の瓶を投げる。それを見事にキャッチし、大事そうに抱えるアンジー。


「よしよし……で、中身は水じゃないわよね」

「そう思うなら飲んで確かめろ。あと、水で……」

「じゃ遠慮無く」


 注意をする前に瓶の蓋を開けて、勢い良く中身を煽るアンジー。人の話を聞かないのは昔からだが、せめて一口含んでからにすればいいのに。


「ぶっへぇ!? おっふぇ……! の、喉が……焼けッ水ッ!!」


 そして案の定、高濃度アルコールと唾液の混ざった霧を口から吹き出した。


「もったいねえし汚えし……ほら水だ」


 大きい方の瓶をテーブルの上に置くと、それをかっさうように取って貪るように飲み始めた。それを見ながら雑巾で飛び散った液体を拭いていく。まったく貴重な酒をぶちまけやがって。


「あんた毒盛ったんじゃないでしょうね!?」

「いや、ちゃんとしたアルコールだ」


 瓶の中身は材料のゲロマズ合成食料を発酵させたゲロマズの酒を何度も何度も蒸留して、元の味を完全に消すことに成功した代わりに、アルコール度数は90%を超えてる。とてもじゃないが、そのまま飲めるようなもんじゃない。


「こんなの酒じゃないわ! ただのアルコールよ!」

「だったら薄めればいいだろ。つか薄めて飲むもんだそれは」

「先に言いなさいよ!」

「言う前に飲んだだろ」

「ぐぬぬ……」

「ぐぬぬじゃなくて……とにかく対価は確かに渡したぞ。今から嫌と言っても手伝ってもらうからな」


 貴重な一口を吹き出してくれておいてよくもそこまで怒れるもんだ。その態度のでかさには本当に呆れ返る。だがそれでも、こいつは約束はしっかり守る女だ。だからこそ貴重な一本を渡した。もしこれで約束を破るような奴なら合鍵の交換なんてしていない。


「……わかってるわよ。ただしこの瓶はもらうから」

「おう、持っていけ。給料だ。そして今日はもう帰れ」

「はーい。じゃあね。また明日」


 また吐かれたらたまらんし、今は折角丹精込めて蒸留した酒を吹き出されてちょっと気分が悪い。一回シャワーを浴びて汗を流して、それからベッドでゆっくり寝て。仕事は明日からやろう。この二日間、色々ありすぎてかなり疲れた……少し休まないともう何かをする気にはなれない。

アンジーは第0話の視点の主です


本作品は一種の実験作で、『FPSのような臨場感とリアルさ』を目指して、というか意識して書いております。理想的な作品を書けるように自身も最大限努力しますが、評価や感想という形でのアドバイスももらえればありがたいです。


とかカッコつけてますが、要約すると評価や感想ください苦しいですということです。カッコ悪いですね。


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