狙撃
熊の親子を倒してからしばらく。あれから野生動物に襲われることもなく、無事にコロニーのゲート前まで到達した。検問があるという話だったがどうやら内側にしかないようで、少なくとも外側に人の姿は見えない。左右も見渡す限り壁しか見えない。熱源は全て壁の向こう側。まあ、わかってたことだ。とりあえず頭に連絡してみよう、壁の外側でもこれほどコロニーの近くなら電波も届くはずだ。
故障したアースから剥ぎとってベルトで吊るしてある通信機の周波数を合わせて発信する。
「もしもーし」
『もしもーし。で、どちら様ですか』
ノイズ混じりだが、頭の熊の鳴き声と間違えるような声とは違い、耳の奥を撫でるような絶妙な高さの声の持ち主には覚えがある。
「その声はアリスか」
スカベンジャーの羽で最近活躍中の若手アイドル……ではない。風船が弾ける前には容姿に優れた者がアイドルという仕事につく事もあった。そして今はない。そんなのがあれば生活で荒んだ心も癒やされるのだが……アイドルなんて仕事が今になって残っていたとしても、残念なことにその仕事につくことはないだろう。骨に肉を薄く貼り付けて皮を貼り付けたような、とても個性的な顔の持ち主がその職につけるとはとても思えない。
いや、肉付きが悪いのは彼女に限ったことじゃなし。それにこの時代に肉付きのいい人間が居るわけもないか。
「クロードが戻ったと頭に伝えてくれ。検問を突破したい」
『はいわかりました。しばらく待ってください』
とりあえず何をするにしても、まずはゲートを開かないことには何もしようがないので、頭に伝えてもらってゲートを開いてもらう。開かれたところで蜂の巣にされるか、銃撃を振りきって一気に中へと入れるかは、この機体の性能次第。
『十秒ほど待ってください。トーマスさんが検問を荒らしてくれるそうです。その後ゲートが開くので、その時に入ってくださいね』
「はいはい」
通信が一度途切れたので、通信機のスイッチを切る。それからすぐに壁の向こう側からマシンガンの銃声が断続的に鳴り、人間の断末魔が壁越しに聞こえてきた。ふと思ったが、検問は支配階級が寄越したものだったはず。殺してしまってもいいのだろうか……まあ検問所に居るのは多分働き蟻。働き蟻が数人死んだ程度で上が怒るとも思えないし、いいんだろうか。よくわからん。
とりあえずゲートは開いたし、難しいことは考えずに中に入ることにする。
「……派手にやったなあ」
ゲートの中は人間の死体だらけ。デモ隊の鎮圧で何度も目にした光景だし、それ以外特に言うべきこともない。三日もすればゴミ達が欠片一つ残さず残らず掃除してくれるだろう。飛び散った血も放っておけばその内蒸発して、虐殺があった跡だけを残して消え去ってくれる。
一先ずは攻撃される心配が無い、と安心して死体を踏みつけて進んだところで熱源センサーが反応の動きを知らせてくれる。反応のあった方に弾の入っていない銃を向けると、どうも見覚えのあるフレームのアースが壁の上からこちらを見下ろしていた。
取るに足らない雑魚は潰してくれても、一番厄介な奴は潰してくれていなかったらしい。
「どうせやるなら徹底的にやっといてくれりゃよかったのに……」
折りたたまれていた大砲が音を立てて組み立てられ、元の姿を露わにしていく。それが伸びきったと同時に地面を蹴って思い切り前進し、射線上から逃げる。瞬間、先ほどまで自分が足蹴にしていた死体が粉微塵に砕け散り、さらにそこの地面を弾け飛ばしてそこそこのサイズの弾痕を残した。
ちょっと見えただけだが、あの大砲の口径は多分20mm以上はある。直撃したら終わる。かすっても終わる。んでこっちには銃もなし盾もなし。つーか盾なんてあってもあの口径を正面から受け止められるものか?
厳しくね?
無理じゃね?
無理だろ。
無理だな。
一瞬で脳内会議を終えて、受けるのは論外という結論が出る。まあそれはいいとしよう。ここからどうする。銃は弾がないから使えない。近寄ったとしてブレードはもう鈍ら。殺せる武器はない。逃げるべきだな。よしそうしよう。
「モーターチェック……よし、ローラー起動」
少しだけ腰を落として、重心を前に傾けて加速が始まり、一瞬でトップスピードに入る。その後に今度は壁に穴が開いた。あの口径の砲だから連射が効かないというのはわかるが、十秒以上間があくのは流石におかしい。遊ばれてんだろうか。
『出てきた出てきたあ!』
今度は二秒で楽しそうな声と弾が飛んできた。今ので分かった、遊ばれてるんだ俺。最初にわざわざ組み立てるところを見せてから撃ったのも遊び。避け出すまで待って撃ったのも遊び。壁に隠れて逃げ出してから撃ったのも遊び。今わざと外したのも遊び。
見下されていることが気に入らない。だが、今の俺には現状をどうにかする術はない。結局見下されたまま、無様に逃げ回るしか無い。
「武器がありゃ反撃もできるんだがなぁ……」
理不尽な現状に嘆きつつ、とりあえず狙いにくくなるように違う区画に通じる道路上を蛇行走行。いくらこの機体の足が早くても真っ直ぐ走ってたらただの的だ。相手を楽しませるのは癪だが、的を撃つのは面白く無いだろう。面白くない仕事ならさっさと終わらせたくなるだろうし、なるべく楽しませてやらないと殺されちまう。見下されたままなのは嫌だが、死ぬのはもっと嫌だ。
そしてまた近くに着弾。連射速度は疎らだが、最高でも二秒に一発程度、ということだろう。
『それそれ、逃げろ逃げろー! アハハハハァ!!』
「チッ、キチガイが……」
でかいスピーカーでも載せているのか、離れていてもその笑い声をマイクがしっかりと拾ってくれる。しかし……機体に見覚えはあっても中身は別人なようだ。前に会った奴と声は同じでもあんなにイカれたしゃべり方はしないだろう。二重人格ってやつだろうか。そう考えている内にまた至近に着弾。ほんの少しずつだが、着弾箇所と機体の距離が近くなっている。
勘でしか無いが、あと二発位で命中させてくるんじゃないだろうか。直撃じゃなくて、まずは左右どちらかの足を潰して動きを止めて、もう片方の足も潰して。もがく姿を見て悦に浸りながら、次に両腕。それから最後に胴体へ一発。遊んでいるつもりならそれくらいはしてくるだろう。
その前に、なんとか目の前に迫った次の区画へ逃げ込めるか。それとも区画直前で撃って止められるか。多分そうなるだろうから、一つ賭けに出る必要がある。
また足元に着弾。その直後に右足を軸に百八十度旋回。ローラーの回転を逆にしてバック走行に移り、相手の方をジッと見ながら動く。大砲のマズルフラッシュが見えた瞬間にはほぼ着弾しているが、コンマ一秒以下の、ほんの僅かなラグはある。そしてまた、今度は右足の装甲を砲弾が掠めた。次で直撃弾をもらうだろうが、狙いはわかった。さっきから右左右左と順に着弾しているから、次の狙いは多分左足。もう区画を分ける門はすぐ背中。そこを越えればもう安全地帯。一発凌げばそれでもう逃げられる。凌ぐための策も頭に浮かんでいる。
問題は、機体の性能と、ブレードの硬度。
前回の着弾から一秒経過。ブレードを握り、二秒経過。遠くで小さな火が点灯。ブレードの腹を予測した弾道上にぶつけるように振る。ガツン、と装甲越しに強力な手応え……途端に赤い警告文がモニタに表示される。それが何かはわからない。とりあえずそのまま振り切る!
「ッッッッッ!!」
振り切れた! 瞬時にモニタの隅に目線を泳がして、さっきの警告文が足の異常でないかを確かめる。
「よっしゃ」
出ている文字は腕の異常だけ。足の異常は皆無。ならばこのまま逃げられる。バックでそのまま門へと突入し、ローラーの移動を駆使し急カーブを曲がり、一気に壁に隠れて一息つく。
「はぁッ……はぁっ、はっ……マジで死ぬかと思った」
心臓が破裂するかと思うほど早く鼓動が鳴る。音が機体の中で反射しているかのように、ドクンドクンという音が耳の中で鳴り響く。だがこれが生きている証明でもある……この音が、まだ命があるということを、生を実感させてくれる。
それから砲弾を受け止めたブレードを頭の前にかざしてみると、砲弾を受け止めたところから真っ二つに折れていた。帰ったらグライダーで研ごうと思ってたのに……まあ命があっただけ儲けものか。
「ッ、余韻に浸ってる暇はないな……」
五月蝿い音に耐えながら、追撃を避けるために機体を主要道路から一本ズレた道へと走らせる。追ってこない内に頭のところへ行かなければ。機体の修理も頼まなきゃならん。また出費が増えてしまう……ああ、命の代償は高く付きそうだ。