第106話 後悔
少し短いですが。
これまでの戦いで失ってきたもの。金、同僚、機体。寿命、左腕、左眼球。
それから、二人しかいない、心を許せる貴重な親友の内、一人。
満身創痍。まさにそういうにふさわしい体と、心。多くの物を対価として支払い、今の時間を生きる権利と一時の安寧を手に入れることができた……あれほど渇望していた、平穏の訪れ。だが、求めていたものを手に入れたにもかかわらず、心の底ではどうにも不満の火がくすぶっていた。
絶対に、何の犠牲もなしの勝利などありえない。むしろ全滅する可能性も極めて大きい、死を覚悟したうえで臨んだ作戦だった。しかし結果を見れば、取るに足らないゴミが大勢と、どうでもいい同僚が一人。コロニーで最強ともいわれていた親友が一人。そう強くもない自分が再起不能。二人が無傷で生還。そして達成した目標は、二つ。敵戦力への攻撃、削減。大量破壊兵器の撃破。そして、イレギュラーの撃破も。考えられた結末の中では、最善と言ってもいいほどの大戦果。なのに、なぜ俺は満足していない。何が不満なのだ。生きて帰れるなんて最高じゃないか。なのに、どうして。
くだらない自問自答を続け、何となしに答えは得られた。
自分よりも強く、単純な労働力としても自分より価値のあるはずの、五体満足だったアンジーが死んだ。だからだろう。悲しむべきことだ。
これは男は女を守るべき、なんて化石レベルの思想からくるものではない。もっと実益的なこと。無傷の女一人と、障害を持つ男が一人。戦力、労働力として見た場合、どちらを生かす方が良いかなど考えるまでもない。
「うんうんうるせえぞ。傷が痛むならそう言え、ゆっくり寝られねえだろうが」
一人静かに悩んでいたつもりが、うめき声を気付かぬうちに上げていたらしい。格納車両で寝ていたトーマスが、扉を蹴り開いてやってきた。その顔はとても眠たそうで、かつ不機嫌そうだ。
「すまんな。痛いのは……まあ痛いが。そこまでひどくないうるさかったか?」
半ばで断ち切られた左腕を掲げ、鈍痛に顔をしかめ、すぐに笑って見せる。強がりというのはわかってしまうだろう。痛みがないとごまかしても、きっとこいつにはわかってしまう。長い付き合いで、俺とコイツとはそういう仲だ。
「なら静かにしといてくれ。死ななきゃ寝てるだけでもいい」
「一日寝てばかりだよ」
ずっと堅い床に毛布を敷いただけの簡易な寝床で転がっているおかげで、腕だけじゃなく背中も痛い。寝返りを打てば腕も痛む。しかし、これ以上の寝床はここにはない。どうしようもないのだ。
「便所はどうだ。ひとりで行けるか?」
「下世話な話だな」
「文字通り。下の世話をされるわけだからな。ケガはどうだ」
「これ以上悪くなりようがないし、良くなりようもないのは見ての通り」
トカゲの尻尾じゃあるまいし、千切れた腕は二度と生えてこない。失ったものは、失ったまま。二度と手に入らない。一度放たれた弾丸が弾倉に戻ってくることが無いように。
「まあ、下の世話はいらん。片手でもなんとかなる」
いろいろと不便はするが、と付け加える。
「そりゃ結構なことだ。美人ならともかく、野郎のしりぬぐいなんてしたくないからな」
「美人ならいいのか」
「例えばの話だ、アホめ。死人の名を出して悪いが、怪我をしたのがお前じゃなく、アンジーでも同じように答えたさ」
今まさに思い悩んでいた、死んだ友人の名を出され、表情が陰るのを自覚した。何か言いたがってることを察してくれたのか、トーマスが正面に座り込んで、こちらの目を見て話すよう促される。
「あの戦いで死ぬべきは、俺だったんじゃないかと悩んでる」
「五体満足のアンジーと、片目なくしてたお前とじゃ確かに価値は違うが、気にすんな。過去を嘆いても今は変えられん」
「なぐさめはいらんぞ。本心を言ってみろ」
長い付き合いだ。こいつが言っていることが本音でないことは表情の機微、間の取り方からわかる。おそらく、生涯にわたって残るほどの重傷を負った友人への気遣いだろう。
まさかこいつに気遣われる日が来るとは。明日は、火の雨でも降るだろうか。
「いいのか?」
「もちろん」
「お前が死ぬべきだった。とまでは言わんが、不思議だよ。まさかあいつがあんなにあっさり死ぬとは……油断してたのかね。あそこまで順調に事が進んでいたから。お前は、最初から万全じゃないから一切油断せずに仕事を果たした。それが分かれ目だったんなら、馬鹿な話だ。コロニー最強だなんておだてられて、気が大きくなって、結果このザマなら笑い話にもなりやしねえ」
至極残念そうに吐き出される音色には、ただの友人へ向けるにはあまりに深い感情が込められていた。おそらく、俺が彼女に向けるよりもずっと深い。
「すまんな、俺が生き残ってしまって」
「言ったろう。気にするなって。帰るまで寝てろ。死ななきゃそれでいいから」
少しだけ話をして、トーマスはまた格納車両へ戻っていった。俺も、また寝るとしよう。寝られなくとも、目を閉じているだけでも。