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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第二章 明日への逃避
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第105話 負傷兵

 大物との戦いのあと、敵たちの混乱に加え、ご主人様の丁寧なルート案内のおかげで、敵との交戦はほとんどなく、数少ない交戦もトーマスが仕留めてくれて俺の出番はなし。無事、とはいかないまでも、なんとか敵地を離脱し装甲車まで戻ることができた。

 さて、しかし、問題はここから。このたびの戦闘で、機体の左腕が根元まで潰されてしまったのだが、アースは体の動きを機体に反映して戦う代物。そのため、機体の四肢のある程度には自分の身が詰まっている。

 端がちょっと欠けるくらいなら問題はないのだが、それが全部潰れてしまったとなると。

「ははは、こりゃまずい。痛みも感じない」

 思った通り。砕けて鉄と一緒になってしまった、俺の左腕。それをむりやり引き抜けば、びちりと肉と血管、神経、骨、いろいろなものが千切れ、血とオイルとが混ざり合った液体が床を汚す。

 肘から先は消え失せて、普段は見えない。見えてはいけない代物が、醜く断面を彩っている。ゴミ掃除ではよく見た光景、しかし、それをこの身で再現することになるとは、とても現実とは思えない。

 トーマスが青い顔で俺の上腕を縛り、止血してから、エーヴィヒがアースのブレードを持ってきて、上から落とし、汚い断面を少し綺麗にし。それを焼いてふさがれる。

 これだけされれば、普通は痛みに叫ぶかショックで気を失うかのどちらかのはずなのに、それでも痛くない。全く不思議だ。

 死地を脱したことに気が抜けて、血も抜けて。そのせいだろうか、あたまがぼんやりとして、痛みはないのに気持ち悪い。ああ、息が苦しい。

 自分が居る場所が床なのか、土なのか、水なのか。温度も堅さもわからない。転がっているのか、立っているのかさえも定かでない。

「おい、生きてるか」

「……なんとか。しかし……血が、足りんな」

「輸血しないと危険ですね」

 こう、体が浮いた感じがするのも。頭の中が真昼のコロニーみたいにぼんやり不透明なのも、きっとそのせい。左腕が潰れてから。潰してから、この装甲車に戻り処置をしてもらうまではずっと血を垂れ流しだった。

 靄のかかった思考で、自分がいま出血多量で死にかけているという状況を理解した。

 コロニーまではしばらくかかる。今の状態では、帰還まではとても持たない。

 なんだ、今まで散々生きるためにあがいてきておいて、その終わりがこんなザマとは情けない。

 いや、勤めは果たしたのだから、情けなくはないか。だが、死にたくない。いつも隣り合わせだった死という存在が、今は正面に座ってさあ握手をしようと手を伸ばしている。死にたくない、だが、このままじゃ死ぬ。

「クロードさん、血液型は」

「そんなもの、気にしたことないよ」

 今になってなにをするつもりか。いや、何をしてくれるつもりか。

「わかりました。運が悪ければ死にますけど、許してくださいね」

「何をするかは知らんが、やってやれ。どのみちこのままじゃ死ぬんだ」

 無事な方の腕を一度拭かれ、針を刺され、ただでさえ少なくなった血液をさらに抜かれる。

「もう少し待っててください。クロスマッチで血液型を特定し、輸血を行います」

「早く頼むぞ。アンジーだけじゃなくこいつまで死んじまったら、スカベンジャーも寂しくなっちまう」

 なにやら奥へ引っ込んでごそごそ動き出すエーヴィヒ。白く長い髪も、今はかなりぼやけて見える。

 吐息が荒くなっている。血が足りない。目が霞む。それでもまだ感覚は生きている、知覚があるうちは死んでいない。

「目を閉じるなよ。閉じたらその面ひっぱたいて、まぶたをこじあけて閉じられないようにしてやる」

「半死人に、拷問をかけようとすんなよ……せめて死ぬときくらいは、安らかに眠らせてくれ」

 正直、もう息をするのも苦しいのだが、なんとか返事をする。息をしているのに酸素が体に入っていない、呼吸をするための動作でさえ、重い。

「マジで視認みたいな顔色しやがって」

「お待たせしました。輸血の準備ができたので、はじめます」

 右腕をまたひやりとした布で拭かれ、針が刺される。痛みがないのは、感覚が死につつあるからか、彼女の技術が高いからか。そのどちらかは、定かではない。

「これでひとまずは大丈夫です。あとは拒否反応か敗血症を発症しない限りはたぶん大丈夫でしょう。腕の治療は残念ながらここでは不可能なので、コロニーに戻るまでは鎮痛剤を投与して我慢してもらいます。いいですよね」

「……死なずに済むんなら、文句は言えん」

 たとえ左目と左腕を喪っていても、生きているのなら、生かしてもらえるのなら文句を言う権利はない。どれだけの打算で助けられ用途も。

「眠くなってきた……寝てていいか」

「はい。もう大丈夫です。脈拍と呼吸は診ておきますので、どうぞごゆっくりお休みください」

「ありがとう」

 ……今まで生きてきて、他人へ感謝の言葉を述べることが一体何度あっただろう。決して多くはないはずだ。であれば、数少ない恩人になってしまったわけか。

 過去には敵対し、殺しあったというのに。人生、一体何がどうなるか分かったものではないな。

 などと、思いつつ目を閉じる。

「……!」

 トーマスが何かを叫んでいるが、もう休ませてくれ。俺はもう疲れ果ててるんだ。

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