第104話 戦争 後編
アンジーがすぐ合流し、エーヴィヒを抱えて移動開始、速度を上げて退路を走る。
『来た、来た来たぁ! 俺が相手だ、鉄くずにしてやるよぉ!!』
うるさいので通信回線から蹴り出す。口にしたことを実行できるのなら大変心強いのだが。
『三番機、反応消失』
さもありなん。十秒持たないとは思っていたが、これはあまりにも。あまりにもひどい。文字通り、踏みつぶされたダニエルは、確認するまでもなく即死だろう。
「こっちでも確認」
相手が悪かったのか、あいつが弱かったのか。たぶん、両方だ。
『やばい、追いつかれる!』
ステップを踏み、進路そのままに半回転、最後尾のアンジーに向け猛進する大物に機関砲を撃ち込む。が、一発も当たらず。運任せでしか当たらないような、温い射撃はしてない。ちゃんと予測線を重ねて撃った。それを避けるだなんて、ばかげてる。
俺たちの機体の倍近くあるサイズと、一撃でアースを破壊する火力。射線を向けられてもすぐ回避できる機動力。まじめにやって勝ち目はないな。
「まだ十分に離れてませんが、起爆します」
一瞬で、ロケットランチャーを積んだ車は火だるまに。そして、誘爆。デカブツも火に包まれるが、さてどうだろう。死んでくれたら助かるが……
「ま、そんなわけないよな」
炎の中を構わず突っ切って、奴は現れた。
『路地へ逃げ込め。あの巨体なら追ってこれない』
トーマスの案に従い、路地へ入ろうとすると、目の前を砲弾が横切り、慌てて後退、爆発。路地を埋めた。さらにギアを上げてバックすると、その前を銃弾が耕していった。逃がす気はない、そういうことだろう。
「クソッタレ、エーヴィヒ降ろすぞ! お前が乗ってちゃ動き回れん!」
「はい。ご武運を」
抱いていたエーヴィヒを怪我しない程度に放り投げて、ライフルを抜き撃ち。今度は当たったが、命中箇所が正面装甲ではやはり貫通はせず。畜生め。あんなバケモノが出てくるなんて予想外だ。
『まずっ、追いつかれた! あっ……――――』
無線に入り込むアンジーの悲鳴。鉄が潰れる、クラッシュの音。見れば、巨体の足の先でアンジーの機体が跳ねて、転がり、そして止まる。
『二番機、機体反応消失』
「アンジー!」
潰れた機体をカメラでズームし、可能性を信じて見つめるが、現実は常に残酷だ。都合のいい可能性など存在しない。ブレードは折れて、正面装甲は無残に凹み、亀裂からは赤い液体が流れる。潤滑油の色、ではない。
間違いない。即死だ。そんな馬鹿な、有象無象ならともかく、今まで一度も、誰にも負けたことのない。俺だって勝てたことのない、あれだけ強かった彼女が、こうもあっけなく……思考封止。転換。
人が死ぬのはいつだってあっけないものだ。悲しむなんてのは、後でもできる。
『クロード、逃げられると思うか』
トーマスも同じ考えなのか、感情のない、極めて平坦で冷静な声が送られてくる。
「無理だ。機動力が違いすぎる」
『戦って。勝てると思うか?』
「できなきゃ死ぬだけだ。らしくないな、ビビってんのかトーマス」
『んなこたない。お前のやる気を確認しただけだ。やるぞ。俺たちなら勝てる』
「根拠は」
『ねえよ。いつも通り、撃って殺す! 殺せなきゃ死ぬだけだ!』
「まったくだ!」
二人息を合わせて、左右に分散。こっちを見つめる敵機のカメラは、魂を吸われそうなほど黒い。
腕が持ち上がり、カメラよりも濃い黒が見えた瞬間に、ローラーの回転速度を調整し避ける。
発砲、同時に回避。コンマ一秒以下のタイミングに合わせて砲弾を避けると、外れた弾が背後の建物を瓦礫に変える。圧倒的な威力。しかしこちらの弾は当たっても効果が薄い。いや、無いに等しい。急所に当たれば別だろうが、それほどの技量は俺にはない。だが撃って当たれば相手にとってストレスにはなる、ヘイトを稼ぎ、トーマスに狙う余裕を作らせる。
そして、ライフルの弾が切れる。
「チッ!」
一端トリガーから指を離し、人差し指でマガジンリリースボタンを押し込み、リリース。左手で腰にマウントしてある弾の入ったマガジンを取り、リロード……しようとしたが、関節部の消耗が激しくうまくいかずガチンガチンと何度か鳴る。
「クソが、よし入った!」
そして再度相手に向けた瞬間、銃口と目が合い、悪寒。咄嗟に盾を掲げるも、貫通し、装甲に食い込んで止まった。
冷や汗が止まらない。
心臓がバクバク鳴って、こめかみが脈打って、視界が狭まる。
生きている証だが、今はとてつもなく煩わしい。銃口が光り、盾をずらして受け止め、また貫通。装甲で止まる。ピンホールショットされたら死ぬ、脆くなっているとはいえ、あの化け物の装甲。それを貫かれるなら、アースの装甲なんてないよりマシ程度のものにしかならない。
直撃は絶対に避けなければ。
少しだけローラーの回転パターンを変更し、相手の予測射撃からようやく逃れる。
「トーマス生きてるか!」
ダンと響く発砲音。もう何度も当てているのに、相手はビクともしない。唯一の救いは、アンジーを殺したときのような高機動は見せていないこと。動きながらの射撃ができないのだろう。
『死にそうだぜ! どうする、このままじゃ勝てねえぞ!』
「射撃は効果が薄い、突っ込め!」
『馬鹿か!? 俺は格闘苦手ってのは知ってんだろ!』
舌打ち一つ。そしてまた盾に着弾。もう穴だらけのこいつは使い物にならない、デッドウェイト。パージする。ここに来る時から腹は括ってある。
「じゃあ俺が行く」
穴あきとはいえ、あの盾は相当な重量があった。それを捨てたおかげで機体が軽い。さっきまでとは別物のようで、さっきまでなら直撃していたような弾も、装甲を掠めるだけで避けられた。
空いた左手でブレードを握る。たしか、こいつはエーヴィヒの持ってるのと同じ。なら、勝機はこれしかない。
「お前だけでも生きて帰れるといいな!」
『待て、早まんな!』
方向転換、目的地は正面のバケモノ。全速前進、突撃あるのみ!
動きの変化に、相手の注意が完全にこっちに向く。二つの銃口が、同時にこちらを向き、同時に……いや。片方だけが火を噴いた。それは、よけられた。もう片方は、まだ。回避直後、動きの変化を出せないここを狙って、火を噴いた。
予想通り。賭けに出る。勝てば生きて、負ければ死ぬ。
「ッシャアァ!」
ブレードを一閃。金属を削る甲高い音と、アラームが鳴り、聞こえる。聞こえる。つまりそれは、生きている証! 勢いのまま相手の懐へ、腕の中へ! 繰り出される太い足も、予想できていた!
「腕一本ならくれてやる!」
砲弾を斬る、そんな無茶をしたせいで動かなくなる一歩手前まで壊れた左腕。だが、まだ何とか動く。そこにとどめを刺す。迫りくる装甲に向けて、ギミック付きの刃を立てる。
衝撃、アラームがさらに大きくなり、機体の状況を示す色、左腕の表示は赤《機能不全》から黒《機能喪失》に。
見える部分の左腕は肩から先が完全に潰れ、自分の肉と人工筋肉、ギアと装甲が千切れて混ざって悲惨な有様を示しているが、それと引き換えに相手の片足は真っ二つ。腕一本と足一本、対価としちゃ釣り合ってる。いやむしろお釣りが出る。
「釣りはもらうぞド畜生が!」
もう片方の軸足。その膝関節に、横からライフルの銃口を押し当て、バースト射撃。ガン、ガン、ガキュッ。三発目で装甲を食い破り、内部構造をずたずたにされ、両の足を喪い崩れる巨人。
『よくやった!』
さらにその頭部もトーマスの銃撃で貫かれ、これで戦力の八割は削った。だが、これで終わったわけじゃない。中身の息の根までキッチリ止める。それまで絶対に気は抜けない。
ライフルを投げ捨て、仰向けに倒れた巨人の胸に登る。火器はナガモノ、懐には向けられない。抵抗しようと腕が動くが、それより早くハッチの強制解放スイッチを見つけ、触れる。空気の抜ける音、そして開く前面装甲。さあ、パイロットはどんな奴だ。
「……女か」
恐怖、屈辱、憤怒、驚愕。色々な表情がごちゃまぜになって心中を察することはできないが、まあ、美人と言ってもいいだろう。薄い服を持ち上げる胸といい、細くしまったウエストといい。良い体もしている。
「でも殺す」
なんでもするからやめて、と叫ばれる。
無視。右手を握る。
命乞いをするように細腕が伸ばされる。
無視。右腕を引き絞る。
顔を左右に振って、現実から逃れようとする。
殺す。堅く握り、引き絞った腕を迷うことなく開いた装甲の中へぶち込んだ。
風船が割れた。紅い水で、コックピットと右腕が塗りつぶされる。
「ご主人様よ。第二目標は破壊したが、これ以上の作戦続行は不可能だ。撤退したい、ルートを送ってくれ」
『囮部隊の戦力は残り四割。撤退を許可する。君たちは、本当によくやってくれた』
敵機から降りて、エーヴィヒを拾って表示されたルートを進んでいく。今日はもう疲れた。
「帰ったら、もう引退したいな」
今日、ここで敵に与えたダメージはかなりのもの……もう俺たちのコロニーへ殴りこもうなんて気は、起きないだろう。本当に、疲れた。