第103話 戦争 中編
『そこの角、左側に敵。歩兵三人、アースが二機』
「映像でも確認した。アンジー』
『取り残しを頂くわ。好きな方を食べて』
「了解」
角を飛び出し、急制動。足の関節全てに強烈な負荷がかかり、地面との摩擦でローラーが悲鳴を上げる。スピードを残したまま曲がり、敵機へ突っ込む。慌てて銃を構える歩兵は轢き潰し。アースは相手の反応より早く、機体のど真ん中へブレードを一突き。おそらく、背中まで貫通。刺した辺りはちょうど、人の頭がある辺り。中ではきっと間抜けな顔が真っ二つになっていることだろう。想像したら少し気持ち悪い。
半秒遅れ、アンジーが隣の機体をすれ違いざまに一文字に切り裂いて、止まらず進む。
囮戦力の損耗はまだ一割。まだまだ余裕はあるが、余談は許さない状況だ。
「目的地まであとどのくらいだ!?」
『第二目標まで直進五分。道中には敵が十二体。迂回すれば倍の時間がかかるが、相手にするのは半分で済む。どうする』
『そろそろ侵入もバレる頃だろ。予想される増援の規模と、到着にかかる時間は』
『コロニー内には全部で三十機。外は……六十機だね。増援の到着にかかる時間は五分から十分』
半分以上残してやがったか。てっきり九割は正面の迎撃に出てるかと思ったのに……いや、良い方に考えよう。正面に出る戦力がそこまで多くないなら、囮も長く持つ。それだけ時間をかけ……られんな。中の数が多ければ包囲殲滅される危険がある。外が持っても、中が全滅しちゃ話にならん。
『弾はあるし、正面突破するぞ。時間が惜しい』
確かに。ここに来てからずっと遭遇戦を格闘で仕留めてきたおかげで、一発も撃っていない。だからここで大盤振る舞いしても問題ない。そういう判断か。
『ルートを再検索。OK、表示した。敵の通信を傍受したが、応答がない部隊の出現に警戒をはじめている。もうこれまでのような奇襲は通用しない。君たちの実力と、判断を信じているよ』
上空から撮影された映像の中の敵機と、予測射線を重ねて路地から飛び出す。
「糞が、気付かれてたか」
こちらが銃弾を放つ前に、直後に銃弾の雨が歓迎してくれた。奇襲どころかバレてんじゃねえかご主人様のウソツキめ。本当に、雨が屋根を叩くがごとく、盾が攻撃を弾く音が鳴りやまない。端を地面につけて衝撃を流しているにもかかわらず、連続した衝撃が関節への負荷を蓄積させていき、機体の色も変わっていく。これはまずい、このままじゃ盾が持っても機体が持たない。
「さっさと撃ち返せ!」
反撃はせず、両手で盾を支えて衝撃をさらに分散し、矛ではなく盾の役割に徹する。ここで耐えなきゃ俺だけじゃなく後続も死ぬ。さて、衝撃は少しはマシになったが、これだけの弾幕を受け続けるのは一機じゃ厳しすぎる。なんとか相手を減らしてもらわないと。
頼んですぐに、後ろの三人が銃身だけを俺の機体の脇から出して反撃を開始する。すぐに一機、二機、三機と敵に被害が出始め、相手も正面だけでは厳しいとわかったのか、三機ほど抜け出して、敵味方双方からの射撃を避けつつ接近してきた。
手に持っているのは重ライフル。回り込んで、盾を無視しようという考えか。悔しいが、実際有効だ。今この状況で盾を少しでも逸らせば、一秒もいらずにミンチになってしまう。
「誰かあの三機を潰せ!」
『わかりました。機体は失いますが、あとは頑張ってください』
エーヴィヒの声。何をするのかと、機体後方のサブカメラで確認すると。重砲を装備解除して方向転換。その後、装甲を開いてエーヴィヒが飛び降り、その後機体が盾のカバー範囲外に出ていった。当然、一瞬でスクラップになるが、しかし勢いは止まらず、転がるようにして敵に突っ込んでいく。そりゃ無人だし、撃たれて止まるわけないわな。
さてどうなるのだろうかと眺めていると、相手の至近距離で爆発。敵機は煙と、瓦礫の中に消え、わずかな間射撃が止んだ。
その隙にトーマスがまた二機を潰す。当たり前のように敵のカメラを撃ち抜いてるが、めちゃくちゃなことをしている自覚はあるんだろうか。多分ないんだろう。
まあそのおかげで、この場に残る敵の数はたったの三機。すぐに撤退を始めたが、内一機は背中を見せたところを、バッテリーぶち抜かれて動きを止める。
この戦闘で、こちらの被害はアース一機のみ。対して相手は一度に十機も。大戦果だ。
『第二目標までの道は開けた。逃げた敵は別の部隊に合流中。到着まで三分。また十機ほどお代わりがくる、目標の破壊を急ぐんだ。エーヴィヒは方に載せて、銃手としてでも使ってくれ。居ないよりはマシだろう』
「アイサー。落ちても拾わんぞ、しっかり掴まってろ」
エーヴィヒを持ち上げて、機体の肩に載せて進む。目標まで俺たちの進路を邪魔する者はない、このまま直進すればいい。
直進三分、第二目標である多連装ロケットランチャーに取り付いた。しかし、上空からの映像では敵の増援がすぐ近くまで来てしまっている。
「で、このデカブツはどうやって解体すんだよ」
撃って壊すか。それとも切り刻むか。そんなことをしている暇はない。
「そのために、爆薬を持ってきています」
機体の肩にしがみついていたエーヴィヒが地面に降り、背負っていたリュックサックから何かを取り出した。おそらくは、複数の爆薬。
「効果的な位置に爆薬を設置するため、三分。いえ二分ほど時間を稼いでください」
『敵機の数は十一。二個小隊分。君たちを包囲する形で接近中。偵察機からの映像をよく見て、隙を作るな』
エーヴィヒとご主人様からの支持、二人の言うことをまとめると、120秒もの間敵の攻撃に耐えろ、ということだが。んな無茶な。
『第二目標を背にしていれば撃たれにくいはずだ。敵にとっても大事なものだからね』
「撃って来たぞ嘘つきめ」
そのすぐ後に、ガガンと盾を叩く音。ついでに言うと、弾が貫けて装甲を叩いた。ついにこの盾も寿命か。いやむしろよくここまで持ってくれたものだ。
もう少しだけ耐えてくれ、でなきゃ死んじまう。
「盾がボロボロになってきた。関節ももう限界だ。防御を当てにするな」
ないよりはマシ程度の物に成り下がったこの盾では、もう仲間全員への攻撃を一手に引き受けることは不可能。ここからはもう自分一人用だ。
『つまり、こっからは攻撃に転じろってことね。いいわ、ちょっと暴れてくる』
『え、援護する!』
蛇行軌道で弾を避け、敵の群れへと突っ込んでいくアンジー。そのうしろをダニーが。突っ込んで行くのは勝手だが、俺たちは援護なんてできない。フレンドリーファイアが怖いし、敵は一方向だけからくるわけじゃない。
「三時と九時方向、路地から敵。三時は俺が。そっちは任せる」
『了解』
建物の陰から奇襲をしかけようとする敵機に、ロケランの連射をお見舞いする。路地へ向け、白煙の尾を引いて連続で飛翔する弾体。丁度、顔を出した瞬間に着弾。爆炎が狭い入り口から噴き出して、空を焼き、舞い上がって落ちてきた礫が装甲を鳴らす。
「偵察機様様だな」
『ああ。全くだ』
奇襲が完全に無力化できる。今ばかりは、ご主人様に感謝しておこう。
『情報をうまく使えれば、多少の戦力差は覆せるものさ』
感心しつつ、使い終わったランチャーをパージ。荷物は少ない方がいいのだ。
『ダニー! 邪魔をするなら退きなさい!』
『す、すまん』
アンジーは両手に持たブレードで、敵の真ん中で大暴れ。相変わらず、気持ち悪いとさえ思えるような動きで敵を翻弄し、一発も当てられることなく切り伏せていく。全く見事だ。
『警告。アンノウン急速接近中。大型のアースとみられる機体……本当に大きいぞこれは』
偵察機から送られる映像を切り替え、自機周辺からもっと広範囲の映像に。上から見た映像じゃサイズがあまりわからないが、確かに大きいように見える。
「どのくらいで着く」
確かに早く、そして骨董品とも量産機とも違う。そんなフォルムが、遠方に見えた。この距離でもわかる異常なサイズ。持ってる火器も、それに見合った大きさ。バカみたいなデカさ。
「……お早い到着で。エーヴィヒ、まだか」
アンジーとダニエルは心配無用。瞬く間に敵を壊滅させ、こちらに手を振っている。心配は、今のところ不要だが、猛スピードで接近中の後ろの奴とは奴らの方が近い。
「設置完了しました。あとは起爆するだけです」
「乗ってけ。やばい奴が来てる……トーマス。逃げるぞ、嫌な予感しかしない」
エーヴィヒを肩に載せ、遠方から迫る敵機に向けて威嚇射撃をしながら少しずつ下がる。
『おう。全員撤退! 急げ!』
『了解。これだけやれば十分でしょ』
『俺はまだやれるぞ!』
一人だけ、自信に満ちた声で返事があった。少なくない数を相手にして、潰れてた自尊心が持ち直したか。
『置いて帰ろう』
「賛成」
囮部隊の残戦力は既に半分を割っている。このあたりが引き際。馬鹿に足を引っ張られて死にかけるのは一度で十分。だから、あの馬鹿にはせいぜい時間を稼いでもらおう。十秒でも稼げたら、その無謀をあの世でほめたたえてやる。