第102話 戦争 前編
「システムチェック」
出撃直前。もう腹は括った、あれこれ考えるのはもうやめた。色々考えれば考えるほど、恐怖で震えて頭も体も鈍ってしまう。それで死んだら元も子もない。
ただ何も考えず、目の前の敵を殺す。殺される前に殺し尽す。そうすれば、死ぬことは無い。できなければ、自分が死んで、この地獄から解放される。
『チェック完了。異常ありません』
「こちらクロード。異常なし。もう出られる」
『体調はどうだ』
今回の作戦の隊長、という扱いのトーマス。
「腹ごしらえも便所も済ませた。あとはいつも通りだ。そっちは」
『ああ、バッチリだ。よし出るぞ。お嬢ちゃん、ご主人様に連絡を』
『会話は全て、ご主人様も聞いています。おそらく、既に行動を開始してるかと』
――遠雷。実際は雷ではなく、砲声。一つや二つではなく、いくつもの火器が雄たけびを上げた。
『ハッチ開け。ここからはスピード勝負だ、全員降車! クロードお前が先頭だ行け!』
「あいよ」
踵を鳴らして、ローラーを起動。格納車両から、薄靄の中へと躍り出る。外に出ると同時に目の前のモニタの一部に半透明の枠が表示され、受信中の文字とゲージが。そして上空から撮影していると思われる映像が、その中に。ご主人様の言ってた無人機だろう。
『今君たちの機体に、無人機が取った映像を送信している。受信できているかな、応答を』
「受信できてる」
『オーケーだ』
『こっちも』
『こちらダニエル。受信できています』
『エーヴィヒ、受信しました』
全員の機体に俺の見ているのと同じ映像が送られているらしい。機体を全速で進めながら話を聞く。
『コロニーで話した通り、上空に飛ばしている無人機で入手した情報を下に君たちに支持を出す。作戦区域に飛行している機体は全部で六機。もし撃墜されても予備の機がすぐにバックアップに入るようになっているから、情報が途絶える心配はない。安心してくれたまえ。
では、進行ルートを表示する。できるだけ敵を避けたルートを選ぶが、戦闘が避けられない場合もある。その場合は速やかに撃破し、敵の合流を防ぐんだ。いいね』
普段は憎たらしいだけのご主人様だが、今だけはなんとも頼もしい。
『また、無人機で発見できるのは屋外の敵のみだ。屋内に隠れている敵は、各機のセンサーか目視で発見してくれ』
指示を聞いていると、コロニーの外壁が見えてきた。遠くでは激しい銃撃戦の音がする。
戦争の始まりだ。ここまでくれば、もう後戻りはできない……戻る道なんて、最初からなかったが。
『敵が動き出したよ。戦力の多くが正面ゲートに移動を開始した。本格的な戦闘はこれから。画面の端にある数字は、赤が敵の撃破数、青が囮の残機数。よく注意して、作戦の進行速度と撤退のタイミングを調整してくれ。戦力の減少は、損耗が進むほど加速する。半分を切ったら、撤退か、命を捨ててでも進むか、決めた方がいい』
「忠告痛み入るよ。で、この壁はどう壊せばいい」
後の心配よりも、まずは目の前の障害をどう突破すべきかを教えてもらいたい。さすがに発破をかけてぶっ壊せとは言わないだろう。せっかく敵を避けた場所に取り付いたのに、わざわざ敵を集めるような真似をするなんて……ないよな。
『ブレードを使います。少しお待ちください』
隊列から抜け出して、壁にブレードを突き立てるエーヴィヒ機。灰色の壁に少しずつ刀身が埋まり、動かすと、少しずつ穴が刻まれていく。まるで人の肌のように柔らそうに見える。
「土でできてんのかこの壁」
軽く叩いてみるが、そう柔らかいものではない。ちゃんと中身が詰まっている。
『どう考えてもコンクリだろ』
そうこうしているうちに、壁にアースが通れるほどの穴が切り出された。中身はやはり、みっちり灰色の鉄筋コンクリ。そういえばこいつの剣は特注品だったが。これほどとは。
三度目の逢瀬を思い出して冷や汗が。一つ間違えば、今この場に俺は居なかった。
『付近にて機影はない。ルート案内を開始する。ここから先は気を抜くんじゃないよ。生きて帰りたいならね』
壁を抜けると、俺たちのコロニーと同じようなスラムがあった。そこには、当然。やせ細った人間たちが、怯えた表情を浮かべ。そして散っていく。
『彼らは無視していい、ただのゴミだ」
「わかってる」
『まずそうだし、食べるところもなさそうね」
『アンジー、まじめにやれ。一応ここは敵地だぞ」
『はいはい、わかってるわよ』
いつも通り過ぎるアンジーに毒気を抜かれる。
『ハァ……ハァーー……』
通信で、荒くなった吐息が聞こえる。誰がこんな興奮した変態のような声を出しているのか。
トーマス。ないな、アンジーに注意するくらいは冷静だ。
アンジー。さっきトーマスに窘められたばかり。それに、不味そうなんて言ってたし興奮するほどの熱は入ってない。
エーヴィヒ。一番ありえない。
であれば、最後一人。ダニーことダニエル。
『ダニエル君。心拍数が上がっている。落ち着くんだ』
ビンゴだ。振り返ってみれば、ダニーの機体が銃口を散っていくゴミに向けていた。トリガーに指はかかっている。まずい。
「やめろ撃つな!」
ここで一発でも撃ってしまえば、銃声に釣られて、死体に群がる人肉食者たちのように寄ってくること間違いない。そうなれば作戦は失敗、無駄死にだ。
『ヒ、ヒィ!』
怒声むなしく、トリガーが引かれた。終わった、と思った。
「……」
しかし、弾が放たれることは無く。
『火器をロックした。落ち着くんだ、ダニエル君。命令に従わなければ君は死ぬ。君だけじゃなく、全員死ぬ。君のせいでまた仲間が死ぬんだ。同じ過ちを繰り返すな。わかったら、返事を』
『わ、わかりました』
まだ始まったばかりなのに、終わったかと思った。
『先行きが不安になって来たわね。大丈夫?』
「どうする。置いていくか」
『見つかったらマズイ。連れていく。ただし隊列の順番は変更、ど真ん中だ。ご主人様よ戦闘開始まで絶対にロックを解かないでくれよ。何もかも台無しになる』
『あせったよ。もう少し落ち着いていると思ったんだがね』
「すまん。俺の人選ミスだ」
ご主人様に冷や汗をかかせるなんて、とんでもない大物だ。俺でさえあの余裕の笑みを崩せたことは一度もないのに。こんな状況でさえなければ褒めてやりたいところなんだが、今は少しマズイ。全員の生死がかかっている今では。
おかげで寿命が縮まった。もともと、今日一日を生きられるかもわからんのだが。
『帰ったら。いや、帰れたら殴らせろ。つーか殴りたいから生きて帰るぞ』
「賛成だ」
『クロード、てめえもだよ』
なんでだ。と言いたくなったが、連れてきたのは俺なんだから、その責任は持たねばなるまい。
『足を止めている暇はない。この瞬間にも囮の数は減っている。陣形を立て直して進むんだ。急げ』
『わかってるよ。クロード先頭、アンジー二番、次ダニー、俺、最後お嬢ちゃんだ。イケイケ!』
ナビに従って進路を取る。速度は最初からトップ。ちょっとしたスラムは機体の重量で轢き飛ばして進む。この陣形は、シールドを持った俺が先頭で攻撃を防ぎ突進。二番手アンジーが接近戦を担当、中央に置いて、後衛二人が射撃で戦闘の援護と後方警戒。車の中で決めた陣形とは、トーマスとダニーの順番が逆だが、不安定な奴を後衛に置くのは不安しかない。変更は致し方なし。