第101話 覚悟
……らしくもない。遺書にしては、体裁の整っていない文章を貴重な紙に書きこんで、破り捨てる。ピリリと音を立てて、床に散らばる文字の書きこまれた紙片。ため息を吐けば、濁った空気の中に臭い息が混じって溶ける。
「もうすぐ目的地か。そろそろ準備しないとな」
他の誰でもなく、自分一人に向かって言い聞かせる。震える手足に、死にたくなければしゃんとしろと命令を下す。死ぬのが怖いから震えているのだが、震えていては死んでしまう。頭ではわかっているのだが、体はそう従順に言うことを聞いてくれない。
「……腹減った」
腹が減っては戦はできぬ。と、いうことわざを思い出す。戦いの最中に空腹に気を取られて死んでもみろ、笑うに笑えない。
狭くはないが広くもない車内に据え付けられた冷蔵庫に手をかけ、水と昼食を取って、キャップを取る。昼食というのは、もちろんいつものアレ。最後、になるかもしれない食事。なのにいつもと何ら変わりない。シロップ味でも買えばよかっただろうか。
飲み口をふくんで、パックを握る。口どころか頭の中いっぱいに広がる、ゲロの味。ゲロの香。良く冷えたゲロなんて誰が味わいたいたがるものか、さっさと飲み込み、水で口の中を洗浄して味と香りを押し流す。
猛烈な吐き気。しかし吐いては栄養補給にならないので、我慢。十秒もすれば消えるのだ。
……よし、収まった。しかし、とても戦いの前とは思えないほど、いつもと何も変わらない味だった。今見ているのが実は夢で、起きたらいつも通りの日常ではないのか……なんて、都合のいいことを考えられるほど幸せな脳みそはしていない。
それに、もし夢ならこんなクソマズイ合成食糧を口に入れた瞬間に飛び起きてるはず。
「行きたくねえなー」
しかし、行かなきゃ死ぬ。行っても死ぬ可能性は高い。無抵抗で殺されるよりは相手を一発殴ってから死ぬ方がいいが、できる事なら死にたくない。
ふと窓の外を眺める。外は明るいが、光のない道だ。一歩でも外れれば断崖絶壁、深淵へ真っ逆さま。下がる道はすでに崩れ、進むしかない。いつだってこうだ。
「行くしかないかあ」
仕方ない。それ以外に道はない。アースを格納している車両と、今いる車両をつなぐ扉に手をかけ開く。気持ちに反して、とても軽い。
車両を移り、パチリと明かりをつける。照らし出された機体は大きく。しかし、頼りない。
「……」
視線を受けても、機体は何も答えない。当たり前だ、電源も入っていないんだから、AIがしゃべるはずもない。正面装甲を開いて乗り込み、袖を通す。
『おはようございます。良い朝ですね』
起動して一番に話しかけられたが、無視。
「システムスキャン」
『スキャン開始』
いつも通り、上から下まで文字が流れ、最後に問題なしと出る。ここでエラーが出てくれたら、それを理由に出撃せずに済んだかもしれないのに。
『新しい機能が導入されました。使用方法を説明します』
「おう、やってくれ」
あきらめよう。戦って道を開こう。今までのように。今までのように戦えば、きっと生きて帰れる。
……そう考えないと、やってられない。