100部兼3000pt突破記念
純愛ものです
「エーヴィヒ」
機体の整備をしていたら視界に入ったので、なんとなく名前を呼んでみる。
「どうしました?」
白い髪と、肌、赤い瞳の少女がこちらを見つめ、視線が交わる。それから、照れて目を逸らし、照れ隠しに何か頼む。最近はいつもこうだ。
「十番のレンチ取ってくれ。赤い箱に入ってる。番号書いてあるからわかるはずだ」
「はい。ちょっと待ってください」
毎度毎度思うのだが、エーヴィヒは綺麗だ。きっとこのコロニーの中で、誰よりも。
「どうぞ」
小さい体躯から生える細い腕を伸ばし、頼んだものが突き出される。その手に触れたいという邪念を振り払い、レンチだけ受け取って気晴らしの作業に戻る。
「ありがとう」
「どういたしまして」
純度の高い鉄を打ったように、高く澄んだ、吹けば消えそうなほど儚い声も、心を乱す。
「……」
乱れる心を振り払うように、一心不乱に作業を続ける。彼女は気付いているのか、いないのか。スキンシップはいつも通りに行われる。彼女はそうやって俺の心をかき乱す。正直勘弁願いたい。
「クロードさん」
俺を見る目に感情の色はなく、ただ甘ったるい声だけが脳に染み込む。
「なんだ」
「私のこと、どう思っていますか」
動揺のせいで、ぽろり、と手からレンチが落ちる。拾うために脚立を降りると、エーヴィヒが詰め寄って。
「悪い感情は抱かれていないと思うのですが」
顔が近い。無表情なのだが、よく見れば少しだけ表情は違うし、声色にはきっちり感情が乗っている。目を逸らしたいが、逸らせば内心を悟られる。
「あ、アホか……お前のせいで何度ひどい目に遭ったと思ってる」
目を背ける。しかしその先に回り込まれる。
「ご主人様は関係なく、私はあなたが気に入っています」
「何度も殺してるのにか?」
「はい。ですが、能動的に殺したりはしませんよね。いつも何かしらの理由があって」
「理由がなきゃ動かんのは、無駄なことをしたくないだけだ。残り少ない寿命を少しでも有効に使いたいだけ……」
俺の口を指で押えてエーヴィヒは続ける。
「それに、私を道具としてではなく仲間として見てくれている……こうもはっきり言うのは少し恥ずかしいのですが、あなたのそのやさしさが好きです」
白い肌に、赤みが差す。その可愛らしさに得意のはずのポーカーフェイスがいとも容易く突き崩され、顔に血が集まるのを自覚する。罠かもしれないと思っていても、直球で投げかけられる好意を微動だにせず受け止められるほど、俺の面の皮は堅くなかったらしい。
「何度か言っただろう。この世界に善人は居ない。優しい奴なんて居ない。だから俺も優しくなんかない。お前の感じているのは幻だ」
「百年以上生かされてきて、初めての感覚ですから。幻でも構いません」
「んな事言って。誑かそうとしてるだけだろう」
「最初はそうでした。でも、今は本気です」
普段無表情の彼女が、珍しく感情をむき出して迫る。そのギャップ自体に驚きを隠せないが、何より人に好意を抱かれるというのが今まで生きてきてはじめての経験だし、その相手がよりによって支配階級に送り込まれた殺し屋というのがまた動揺を大きくさせる。
信じていいのか、悪いのか。はじめての経験に、心が揺れる。
「あなたは、私のことが嫌いですか」
「ぅ……む。嫌いだ」
彼女の真っ赤な瞳に射貫かれてそう言うのがたまらなく辛く、目を逸らし、血を吐く思いで言葉を絞り出す。人は裏切る。人は騙す。人を信じるな。これまでの人生で育ったその常識が、正直な心を吐き出すことを許さなかった。
「本当に?」
回り込まれて、底の見えない瞳が俺を捕らえる。その目は、嘘偽りは許さないとばかりに、真っすぐに俺の顔を見つめていた。俺は……
「二度三度と殺されかけた相手を好きになるなんて。ありえるか」
酷い嘘を吐いた。許してくれ、と良心が叫んだ。お前の好意を信じられない俺を許してくれと。
「……そう、ですか」
胸の前で手を組んで、下がっていく彼女は、泣いていた。
よく読んでくれた。残念だが、結ばれるとは言っていない。
騙して悪いが作者の好みなんでな。あきらめてもらおう(またはそれぞれで妄想するか。もしくは二次創作でどうぞ