99話 密談
さて、お待たせいたしました。続きでございます。次話、というか100部達成記念はいつになるかわかりません、もう少しお待ちください。
夜。知らない間に寝床に忍び込んできたエーヴィヒを起こさないように。静かにベッドから抜け出して支度をする。寝間着を外出用の衣服に着替え、防護服代わりの外套を着て、ガスマスクをつけて、ブーツを履いて。多少の衣擦れの音はあるが、外では工場が絶賛稼働中なので多少動いた程度では、それにかき消されて気付かないだろう。それでも起きる可能性はあるため、できるだけ静かに動く。
これから向かうのはスカベンジャー同士の、秘密の会合。エーヴィヒもスカベンジャーとして扱ってはいるが、彼女はスカベンジャー側でもなければ中立でもなく、支配階級側。俺たちがご主人様にとって好ましくない判断をする可能性もある以上、リークされる危険は避けなければ。
キィ、と小さくドアが鳴る。振り向いても起きる気配はないので、そのままゆっくりとドアを閉めて夜空の中へもぐりこみ、目的地へ走る。
約束していた場所へ何事もなく到着したら、停められていた車に乗り込む。中には昼に集まっていた三人が。
「時間通りだな。行こう」
トーマスが車のエンジンをかけ夜道を転がす……行先は彼の自宅。スカベンジャーで最も大事な役割と言ってもいい足。その中で最強であり、最高の責任を持つ個人。俺のような下っ端とは違い立派な一軒家に澄んでいる。防犯、防諜も完璧らしいので安心して会議ができるというものだ。
ちなみにこの会議、頭にさえ秘密。スカベンジャートップの三人が集まってひっそり話すなんて知ったら頭が心労で倒れてしまう。
家に踏み込み、マスクを外して息苦しさから解放されて、我が家同様にぼろいソファに座り込む。
「すまんな。こんな夜中に集まってもらって」
まず一番に口を開いたのはトーマス。他人の事を気にかけるなんて、まったくよくできた人間だ。
「構わんよ。明日死ぬかもしれんのだからな」
「ええ」
「……」
「集まってもらった理由はわかるな」
それ以外何があるというのか。いや、何もないだろう。ここで飯の話題なんて出されても困る。
「俺は正直に言うと、まだ死にたくない。こんな無謀な作戦で命を落とすためにスカベンジャーしてるわけじゃない」
ご主人様の説明では、少数精鋭と多数の画一化された兵士の二部隊に分ける。多勢が気を引く間に少数精鋭という扱いの俺たちが深部まで侵入し、心臓を叩く……ざっくり言うとそんな計画だが。全くばかげた話だ。敵が俺たちより弱いという保証などどこにもないのに。それにアンジーとトーマスの二名はともかく俺は精鋭なんかじゃない。平均より少し上程度でしかないのに、過大評価もいいとこ。
「つまり反対だ」
言いたいことはよくわかった。気持ちもよくわかる。だがそれは問題の先送りにしかならない。
「ここで叩かないと、戦力を立て直してから全力で殺しに来る。ご主人様はそう思って部隊を編成したんじゃないかね」
あくまでも俺の予想でしかないが。奴はコロニーの維持に関してだけは前向きな考えを持っている。そこだけは信じてやってもいい。
「そのためなら死んでもいいってか?」
「まさか。だがいつでも覚悟だけはしてる」
眼帯で隠した左目を叩く。こんなザマで敵地のど真ん中へ突入すればどうなるか……俺の頭がどれだけ空っぽでもわかる。まあ、死にたくないが、死ぬかもしれないというのは今までと同じ。万全の少々リスクが大きくなっただけ。
「お前はともかく俺は嫌だからな。死ぬのだけは、絶対にごめんだ」
「なあ、相手に寝返るってのはどうだ? あんたら全員、並みのスカベンジャーよりもずっと強いんだろう? 相手にとって価値があるとは思わないか?」
新人らしい、極めて希望的な観測だ。だがそれも悪い案ではない。装甲車と高性能なアースと、腕のいいパイロット。これだけそろっていれば、あちらは戦争大好きな連中だし、喜んで迎えてくれる可能性もゼロじゃない。
だが、それじゃまだだ。まだ足りない。
「まだ甘いな」
「やっぱり駄目か」
「機体丸ごと取られてポイ。私ならそうするわね」
トーマスと二人で頷く。アンジーに限らず、きっと誰だってそうする。暴れる危険があるよそ者が機体から降りて降参してきたら、銃弾を支払ってアースを買わせてもらう。格安で機体が手に入ったラッキー、としか思わないな。
「相手を動かすには少し規模が小さすぎる。コロニー丸ごと寝返るくらいしないとな。あっちも少しは考えてくれるだろうか」
「正気?」
「まさか、自分でもおかしなこと言ってるとはわかってる……まあ、決めるのは明日だ」
決めるのは明日。ご主人様が兵隊を連れてくるから、その数を見て、相手に勝てそうなら乗る。勝てそうにないなら俺たちで支配階級ぶちのめして力関係ひっくり返して相手に下る。行っても死ぬ、失敗しても死ぬ。成功すれば生き残れる可能性がようやく出てくる。
「発電所を止められたらどうする。生活できなくなって死ぬぞ?」
「あっちのコロニーから人を連れてきてくれるだろう。資源を得るために他所を襲ってんだから。資源供給しますよって言ったら、戦力少しを渡すより上手く行く可能性は高い」
上手く行けば、の話だし、それは最終手段。あのいけ好かないご主人様の事だ。また何か隠し玉を持っているかもしれないし、何度殺してもよみがえるエーヴィヒを延々相手し続けるなんて考えるだけでうんざりする。
「あくまでもご主人様が俺たちを生かすつもりがない、犬死させるつもりなら、その手に噛みつくってだけ。勝算があるなら乗る」
勝算が、あってほしいものだ。
「賛成の奴は挙手」
上がってきた手は、三本。全員一致。
「決まりだな……」
ご主人様に楯突く計画を立ててるなんて頭が知ったら、一体どんな顔をするやら。何を言われるやら。しかし全ては生きるため。破滅を避けるために、あえて近づきぶち壊す。かしこければもう少しいいやり方もあるのかもしれないが、残念ながらそういうやり方しか思いつかないし、考える時間も知恵もない。
「じゃあ、解散だな。すまんがトーマス、家に送ってくれ。片目で歩き回るのは怖いんでな」
「いいぜ」
さて。明日が楽しみだ。