始まり *タイトルロゴあり
肩に手を置いたまま頭を左右に揺らすと、コキコキと小気味よい音が聞こえる。今日は生存不能地域探索から帰ってきたばかりだというのに面倒な仕事をしなければならないようので、正直気が重い。一日くらい休ませてくれてもいいじゃないかと思うのだが、頭曰く休んでる暇なんてないそうで。
上の命令には逆らえないので仕方なく、自宅付近のガレージに置いてある機械式の三メートルほどある鎧。正式な名称はArms and Armord suit……頭文字を取ってAAS、アースと呼ばれる。の電源を入れて起動し、前面装甲を二つに開いてからアースによじ登り、背を預けて装甲を閉じる。鎧の内側と自分の身体との間にある隙間でセンサーの入ったクッションが膨らみ、その隙間を埋める。
探索に使って戻ってきてから整備も済んでないのに、それでもいいから出てこいとは一体どれほどの事態なのだろうか。工場で働いてる連中のストライキ程度なら、治安維持を担当している『足』の連中だけで十分だと思うけど、おかしなことに「とにかく出てこい」の一言以外何も命令されていない。しかし、それほどの大事にしては街が静かすぎる。
何にせよ状況がつかめない以上、ガレージでジットしていても仕方がないので動くことにする。普段歩くように足を動かすと、ほんの少しのラグの後、連動して鎧の足も動き出す。モーターの音も普段と何ら変わりない。鉄の擦れ合う音を鳴らしながらそのまま歩き出し、壁にかけてある実体ブレードと大型ライフルを装備して、ガレージの外へ出てからシャッターを下ろし、泥棒が入らないように鍵をかける。コロニー内でスカベンジャーに対し盗みを働くような命知らずは居ないと思うけれど、それでも念のため。警戒をしておくに越したことはないから。
準備も終わったところで道路に出て、スカベンジャーの頭達の集まる比較的原型を留めている戦前の施設。市民体育館だったところに機体を走らせる。そこは居住区の中心からやや外れたところにあるが、自分の住むところからはそれほど離れていない。体力に自信の無い私が走り続けても、十分とかからない。
ガスマスクを付けた人々が疎らに歩く道路を走る。通行の障害となる人は自ら道路の端へ寄り、道を開ける。それもそのはず、普段あまり出てくることのない、ただでさえいかつい見た目をしていて、決して自然には発生しない音を出す三メートルの巨大な機械駆動の鎧が、その巨体に見合う大きさの銃と剣を持って走っていれば誰だって道を開ける。私だってそうする。
親らしき人に連れられた子供が、道の端に寄ったままこちらに手を振ってきたので手首から先を振って返事をする。すると子供が飛び跳ねたので、あの小さなマスクの下にあるのはきっと笑顔なのだろう。私もあの位の歳の頃には、スカベンジャーの言葉の意味も知らずこの仕事に憧れていたものだ。あの子供も、もしかするとこの姿をカッコイイと思い、憧れているのかもしれない。
私の勝手な想像なので実際どうなのかはわからなけれど、もしそうならやめておけと言ってあげたい。急いでいるのでそんなことをわざわざ立ち止まって言っている暇はないけれど、理想と現実の差はとても激しいものだ。
そんな事を気にしている間に、あっさりと目的地に到着した。またげば通れる程度の側溝の上にかかった橋を渡り、平らに整地されたグラウンドへと進む。そこには私の乗っているのとほとんど同じ外見のアースが四機ほど並び、頭の号令を待っていた。
「これで全員集合か。羽が頭より遅れて動いてんじゃねえ! ちっとたるんでんじゃねえのか!?」
汚染物質の混じった塵が積もって黒光りするハゲアタマに、趣味の悪い金色のガスマスク。使い古した雑巾のように黒く汚れ、ボロボロにほつれているマント。あとは全身対爆スーツのような服装をして車いすに乗っている老人が、私たちスカベンジャーの頭、指導者の一人だ。
「そうは言っても頭。俺達本当ならガレージでこいつの整備してる時間ですよ」
と、言うのは私の隣の……顔は見えない声もくぐもって誰のかわからないので、一番と呼ぼう……一番さん。アースには何のペイントもしてないし、武装で判断しようにも皆その日によって様々だから、それもできない。こういうときには不便だと思う。
「うるせえ! 口答えすんじゃねえボケ! いいか、てめえらロクデナシ共をわざわざ呼んだのは他でもねえクソッタレの支配階級の連中がお客様を見つけてぶっ殺しやがった」
「珍しいことでもないと思うんですけど」
ちなみに、お客様というのはミュータントの隠語。この腐った世界をガスマスクなしで生きるための身体を手に入れた、新たな人類。変異種あるいは適応種とも言うけど、ミュータントという呼び方のほうが一般的。そして彼らは、このコロニーのほぼ全ての権利を握っている支配階級の支配外にあるため、支配階級の目に止まり殺されることがよくある。その後片付けで呼ばれたワケではないだろうが、一体どんな用事なのか。
「問題は、殺されたのが子連れでその子供が逃げ出したってことだ。お客様の連中は身内の子供が死ぬとギャーギャーと騒ぎやがる。今後の取引に影響が出る可能性が高いから、さっさと行ってとっ捕まえてこい!」
「もうゴミどもに食われてんじゃないですかね」
二つの意味で。このコロニーは……というか、この時代ならどこのコロニーでもそうだろうが、子供が一人だけでウロウロしていて無事でいられるほど治安は良くない。さらに言うとミュータントはコロニー外の者なので、殺してしまっても罪には問われない。心ない者に見つかれば新鮮で美味しくて柔らかいお肉として頂かれるか、見た目や性別にもよるだろうが愛玩人形として性的に可愛がられ続けるか。あるいはその両方か。
ミュータントと私たち旧人類との間に子が成せるかどうか、若干の興味が無いこともない。もし可能なら、イケメンのミュータントに抱かれて子供を作りたいものだ。お客様に対してそんな事をするわけにはいかないので、あくまで興味の範疇に収まる程度のことではあるけど。
「逃げたばっかだからその可能性は低い。だが、時間を置けばそれだけ可能性は高まるぞ。食われてたらお前ら給料なしだ」
「ほんで、場所は何処でしょう。場所もわからず探せと言われても探せませんぜ」
「D2区画の、農場ゲート付近だ。十分前に報告が入ったばかりで、加えてガキの足だ。そう遠くへは行けないだろうし、その地区を担当する足に命令して他の区画に通じる主な道路は封鎖してある」
D区画とはまた微妙なところだ。ゴミ溜めが大量にあるE区画と隣接しているから治安は最悪とまでは行かないまでもかなり悪い方に入る。しかし、D2でありかつ今日のような状況であったのは幸運だ。D2には農場区へゴミを近寄らせないために、門番の立ったゲートがある。その周囲にゴミは溜まらない。見つけ次第掃除されるからだ。さらに支配階級が出てきたということは、その周辺では徹底的にゴミ掃除が行われているはず。万が一にも彼らに傷がつくような事があってはならないから。
「アイサー」
返事をしてから、一斉に動き出す。結局休日は返上になるようだ。いや、早く見つけて早く連れてくれば、それ以降の休日は取り戻せるかもしれない。ひょっとしたら集落まで護送してこいと言われるかもしれないが。その場合には休日出勤の手当だけでなく追加で何かもらわなければ。