企画三題噺「カマキリ・ホタテガイ・シンデレラ」
カマキリ・ホタテガイ・シンデレラ 雛菊立夏
昔から目立たなかった自分が、お姫様になれるかもしれないなんて夢を見てはいけないと分かっていた。
それにも関わらず、夢を見てしまった。お姫様になれるかもしれないと。
真っ青な海を潜ると、海中をさらさらと流れる白い砂浜が見えた。更に沖へと泳いでいくと、冷たい水が私を襲った。
『近くにホタテがあるんだよ』
親友にしてトラブルメーカーの尚輝が言ったその一言が、この苦痛を生んだ。尚輝はいつもこうだ。私を苦しめる。
尚輝は何でも持っている。美貌に学力、人気まで。それでいながら、ただ一つ持っていないものがある。常識だ。そんな尚輝の言うことだから、私は最初から信じていなかった。それでも潜ったのは、尚輝が言ったことだからだ。尚輝のことは大好きだし、彼の言うことには逆らいたくない。いや、逆らえない。
「無理だよなあ」
私はぽつりと呟き、浜へと戻ろうとした。方向を変えようとした時、自分の危機を悟った。さっきよりも水が重い。引き波が強くなっているのだ。これではまずいと慌て、私は一番近い陸地を探した。近いところに、黒っぽい岩場を見つけた。長く海の近くに住んでいるとはいえ、潜ることには慣れていない。それでも分かる。岩場に上がろうとすることがどんなに無茶か。でも、浜まで回るには遠い。体力も限界だ。無茶をすることに決め、私は岩場に近付いた。
案の定、岩場を登るのには苦労した。何とか岩場に上がった時、私は信じられないものを見た。無論、ホタテではない。緑色のものが跳んだのだ。
「何……これ」
小さなカマキリが、目の前を過ぎて行った。私は慌ててそれを追いかけた。カマキリはどんどん道幅の狭い崖の方に近付いていく。一瞬躊躇したが、それを追いかけて着いていった。ぎりぎりの崖をつたっていくと、突然視界が開けた。
カマキリは見えなくなっていた。代わりに、彫刻刀を持った男子が一人立っていた。
「あれ、ほっちゃん?何でこんなに濡れているの?」
尚輝の顔は不思議そうではあるが、驚きはない。そういえば、尚輝が驚いているところを見たことがない。いつもこちらが驚かされるだけだ。
「ホタテを探しに行ったんだよ。尚輝が言うから……」
私は尚輝を責めるように見つめ、呟いた。尚輝の顔に、初めて困惑が浮かんだ。
「俺は、海の中だなんて言っていないけど」
尚輝はそう言うと、彫刻刀を置き、手を広げた。そこにはとても小さなホタテがあった。白いリングについた、真っ白なホタテガイが。
「海生まれの穂立だから、モチーフはホタテガイにしたんだ。俺は、ほっちゃんの為にこれを作っていたんだよ」
真っ白なリングは、金属の指輪より温かで、パラパラと砕けてしまいそうだった。私はそれにそっと指を通した。
今までずっと灰を被っていた私は、ずっとお姫様になりたかった。万人のお姫様なんか価値はない。ただ一人、彼のお姫様になりたかった。それがたった今叶った。
私はたった今、彼のお姫様になった。