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Till death do us part(2)

 ドニの足が悲鳴を上げる。朝昼晩のべつ幕なしに働かされてはたまらないと叫んでいる。


 それでも止まるわけにはいかなかった。父からの餞別として貰った金を、何処の誰とも知らぬ悪漢―――女だが、にみすみすくれてやるなど、とても看過できない。


 決して多くない額だが、それを稼ぐのにどれだけの苦労を払ったのか、どんな思いで自分に託したのか、それを思うと、はらわたが煮えくり返る。


 女の背中に追いすがりながら、ちぎれんばかりに手を伸ばす。指先が衣服をかすめた。


「このおっ」


 速度を上げて引き離そうとする女に、ドニは飛びついた。後ろから抱きすくめるように躍りかかって、二人はもつれあいながら地面に転がる。


「くそっ、離せ、離せよっ!」女が叫ぶ。

「うるさい、とった金を返せ!」


 捕まえてしまえば、負ける理由はない。転がりながら有利な姿勢、すなわち上をとって女を地面に押し付ける。女は喚きながら肘鉄を入れた。鈍い痛み。お返しに、ドニは胸倉を掴んで激しく揺さぶった。


 その拍子に、女の被っていたフードがはらりと落ちた。暗がりでも分かるほどに赤くつややかな髪が広がる。


 図らずも、ドニは女の顔を間近で見ることになった。細い眉と、釣り目がちな双眸。年のころは自分と同じ程度に見えた。


 突き刺すように、女はドニを睨む。背中がぞくりとざわめいた。


「降参か?」


 ドニは肩を上下させながら呼吸する。


「まさか」


 少女は喘ぎながら、しかし冷たい声色をなんとか取り繕った。しかしいくら強がっても、彼女にとってまずい状況が変わるわけでもない。腕力なら負けないという、絶対の自信がドニにはあった。


「もうよせよ、力で俺に勝てるわけないだろう」

 ふん、と少女は鼻を鳴らして、「一つだけ言っておいてあげる。女だからって甘く見ると、痛い目見るよ」


 言ってから、少女はすうっと息を吸った。そしてやにわに裂帛の気合を放つ。


 瞬間、ドニは赤い靄が波となって押し寄せるのを目にした。颶風にも似た圧力が岩のような体躯を吹き飛ばす。なす術もなく家屋の壁に叩きつけられ、肺から空気が押し出された。


「残念だったね」少女は悪びれる様子もなく立ち上がって、服についた土を払った。「いまどき珍しく、根性はあるみたいだったけど」そう言い捨てて、背を向けて走り去ろうとする。


 呻きながら、少女の姿を目で追う。きしむ体に鞭打って、ようやく立ち上がった。少女を追おうとするが、距離が離れすぎている。駄目だ、逃げられる。


 口惜しさに歯軋りするドニをあざ笑うかのごとく、少女は離れていく。


 その行く手を塞ぐように、夜空から降ってくる影法師が一つ。


「ひっ!?」


 少女は短く悲鳴を上げた。というのも、それは三階建ての家屋から蜻蛉を切って落ちてきたのだ。自身の肉体だけで落下の衝撃を完全に殺し、影法師は少女に向き直る。


「ヘイ、お嬢さん」


 影の正体は、マックスだった。落下の際に乱れたのだろう、柔らかな茶色の髪を手で整えている。


「新手のナンパにしちゃあ感心できないやり口だな」


 少女はマックスから離れるように後ずさる。息を吸い込む気配。


「マックス、気をつけろ。そいつ、変な技を使うぞ」


 ドニが言い終わる前に、少女は鋭い声をあげた。赤い靄が波打ちながらマックスに襲い掛かる。


 しかしマックスは、吹き飛ばされはしなかった。青い靄が防壁のように立ちはだかり、赤い靄はマックスに届くことなくかき消された。少女は忌々しげに舌打ちし、また息を吸い込もうとした。


「あー、やめとけ」ひどく面倒くさそうな口ぶりで、「もう一回やったって、無駄だぜ。多分、俺があんたの口を塞ぐほうが速いと思う」そう言ってからマックスは「女の子の唇を塞ぐって行為自体には魅力を感じるが」と冷ややかに付け加えた。


 彼女があの靄を放つためには、音吐と一瞬の"溜め"が必要らしい。


「乱暴は駄目だ、マックス」とドニは押しとどめるように言った。「俺は金さえ戻ってくれば、それでいい」


 彼女の窃盗行為は絶対に許されるものではないが、だからといって傷つけたくもなかった。相手はまだ若い少女だ。道を踏み外してもやり直しはきく。


「俺だって乱暴は嫌いだよ。女の子は優しく扱うのが礼儀だ。ま、相手次第だがね」マックスは少女に視線を送り、「で、どうする?俺にぶっ飛ばされてからお縄につくか、優しくエスコートされてお縄につくか」

 少女は渋い顔をしたが、やがて観念したようにゆっくりと息を吐き出して、「……わかったわ」振り返り、ドニへ金の入った皮袋を放った。


 そのとき、頭上で動きがあった。騒ぎを聞きつけたのだろうか、窓から住人が不安そうな顔で様子を窺っていた。


「騒がせてすまない、ちょっとした男女関係のもつれだ。すぐ終わるよ」


 マックスは家人に手を振って中に戻るよう促した。住人はマックスとドニ、そして少女を順番に見て、詳しい事情に触れる必要はなさそうだと確認すると、奥へと引っ込もうとした。


 その刹那、少女が息を吸った。マックスの反応は早かった。青い靄を発現させながら、二十歩以上ある距離を一瞬で詰め、少女の口を塞ぐべく手を伸ばす。


 ドニは、あの赤い靄を見ることはなかった。わずかな"溜め"があればこうはならなかったかもしれないが、口を塞がれる前に彼女はたった一言、絹を裂くような声で叫んだ。


「変態ーーーーーっ!」

「なっ」


 マックスはうろたえながらも彼女の口元を手で覆う。しかし時既に遅く、振り向いた住人は顔を青くしている。彼には、マックスが少女を拉致して、よからぬことを企んでいるようにしか見えなかった。


「衛兵っ! 衛兵はどこだ!」


 住人は血相を変えて叫んだ。


「待て、誤解だ! こいつは―――」


 通報する住人に掣肘を加えようとした隙に、少女はマックスの頬を思い切りはたいた。乾いた音が響き渡る。間髪いれずにマックスを突き飛ばし、少女は駆け出した。その足には赤い靄がまとわりついている。すぐに少女の姿は見えなくなった。


「くそっ、やられた」


 赤く腫れた頬をさすりながら、マックスは唸った。それから住人をじろりと見上げると、彼は窓を閉めて引っ込んだ。


 あの靄は、なんなのだろう。ドニは疑問に思う。少女とマックスの様子からして、なんらかの力であること、そして二人はそれを使いこなしていることは明らかなのだが、当の本人は靄など出せない、と言う。もしやあの靄は、自分にしか見えないのではないか。


「ドニ、金はあるか?」


 取り戻した皮袋の中身を確認していないことに気づき、ドニは袋の口を空ける。


「抜き取られた様子はなさそうだ」

「そりゃよかった。引っ叩かれた甲斐がある」

「俺だって思いっきり吹っ飛ばされたんだぞ」

「いいじゃないか。様子を見る限り、"お近づき"にはなれたんだろ?」


 つまらない冗談を言うマックスに、ドニは怒るべきか呆れるべきか分からない。いくら見た目がよくったって、窃盗から始まるお付き合いなんて願い下げだ。


「とりあえず金は取り戻したんだし、宿に戻ろうぜ」

「……そうだな」


 ドニとしては、金さえ無事なら構わなかった。しかし、あの少女が気にならないといえば、嘘になる。


 なぜ人の金を盗もうとしたのか。身なりはちゃんとしていたから、食い詰め者の犯行とは言い難い。やむにやまれぬ事情によって、と解釈するのが妥当なところだ。


 それで、窃盗を働くのに十分な理由を彼女から聞き出して、俺はどうするつもりなんだ?盗みなどしてはいけないと説教でもするのか、同情して金を恵んでやるのか。


 それ以上、少女に関して考えるのをやめることにした。ドニはお人よしだが聖人ではない。


 地面に何かが落ちているのに気づいて、ドニはそれを拾い上げた。まじまじと見ると、どうやら腕輪らしかった。その表面には奇妙な幾何学模様が浮かんでいる。


「なんだ、それ」

「腕輪のように見えるけど、さっきの女の子が落としたのかな」


 ドニは腕輪をしげしげと見つめる。


「捨てちまえよ、大切なものだったら取りに来るさ」


 マックスはそう提案するが、一度拾い上げてしまったものをまた捨てるのも気が進まず、ドニは軽い気持ちで腕輪をつけてみることにした。


 普通の大人の二倍近い手首にも、不思議なことに腕輪はすっぽりと収まった。あまりにもすんなり入ってしまって、気味が悪い。


 どういう理屈でそうなったのか、手をひっくり返したりして様々な方向から観察していると、突然、腕輪が甲高い音を発した。不安や焦燥感を呼び起こすような、不快な音。それが断続的に鳴り始める。


 なんだか危なさそうだ。ドニはなんとか冷静さを保ったまま、腕輪を引き剥がそうとする。が、つけるときはすんなりとついたというのに、どうやっても外れる気配がなかった。


 そうこうしているうちに、音は次第に高く、大きくなっていく。やがて振動まで加わって不安感を煽り立てた。


「うわっ、うわっ、マックス、なんだよこれっ」


 もはや落ち着いてなどいられず、力の限り腕輪を引っ張った。それでも腕輪は離れない。


「落ち着け、ドニ」


 そう言うマックスは、すでに距離をとっていた。民家の軒先の柱を盾代わりにしている。


「なんで逃げるんだ!?」

「こうなったらもう俺にできることはないからだ」


 ああ、お手上げってことね。くそっ、万が一のことになったら、真っ先に化けて出てやる。


 耳障りな音はますます大きくなり、間隔も早まっていた。腕輪から伝わる振動は、腕そのものを震わせるほどに強さを増している。ドニの心臓も、それに呼応するかのように激しく踊っていた。


 音と振動はやがて絶頂を迎え―――腕輪は音と動きを止めた。静謐な夜の空気が戻ってくる。


「なにも、起こらない?」


 肩透かしを食らったドニは、大きく息を吐き出して、左腕にしっかりとはまった腕輪を見つめる。


「よかったな、ドニ」マックスは柱の影から姿を見せた。「命拾いしたぞ」

「マックス、軽蔑したぞ!」とドニはがなりたてた。「見捨てるなんてあんまりだ」

「いや、実際問題、俺にはどうしようもできなかったからな。男と心中なんてごめんだし」

「その態度からすると、これが何なのか知ってるんじゃあないか?」

「知りたいか?」

「当たり前だ」


 話すべきかどうか、マックスは少しの間、沈思黙考する。どうやら自分はとんでもないものを拾ってしまったようだ、とドニは空恐ろしく思いながら彼の言葉を待った。


 やがてマックスは意を決したように口を開いた。


「それはな、腕輪爆弾だ」

「ばく、だん?」


 ドニは唇を震わせた。爆弾といえば、鉱山を広げるときなどに使う危険物、というのは知っているが、それが何故腕輪になっているのか。腕輪に仕込まれている量はそう多くはないと分かるが、至近距離で爆発すれば命に関わるだろう。


「もともと旧世界で罪人の脱走防止用に作られたって代物だが、実物は初めて見る」


 耳慣れない言葉にドニは興味を覚えたが、歴史の授業を申し込む気にはなれなかった。代わりに別のことを聞く。


「外せないのか?」

「鍵を使えば安全に外せると思うが……下手に触るなよ。無理やり外そうとすると爆発する」

「先に言って欲しかったな、それ」


 知らず知らずのうちに命を危険にさらしていたと知って、ドニは身が縮み上がる思いだった。しかし、思い切り引っ張っても爆発しなかったのだから、ちょっとやそっとなら大丈夫だろう、とも言える。不幸中の幸いか、腕輪をかばって歩く必要はないわけだ。


「音と振動で警告を与えているようだけど、どうやったら爆発するんだ」

「一般的な腕輪爆弾だと、関連付けられている装置から離れすぎると爆発するようになってる。具体的にどれぐらいか、なんて聞くなよ。装置によってまちまちだ、としか答えられん」

「爆発しないように破壊することはできるか」

「無理」とマックスは即答した。「破壊するだけなら簡単だが、起爆装置だけを狙うのは不可能だ。俺はその手の道具については専門外だし、罪人相手のものなら予備の回路が組み込まれているかもしれない」

「つまり、生きたままこれを外すには鍵が必要、ってことか」

「そういうこと」


 となると、あの赤毛の少女を探さなくてはならない。元の持ち主が鍵を持っているだろう、と考えるのは自然な成り行きだが、ドニはあまり気が進まなかった。


 あなたの落し物を勝手につけたら外れなくなってしまったので、どうか鍵を譲ってください、とでも言うつもりか。それは自分が間抜けであることを告白するのと同じだ。


 だが、この物騒極まりない物品をつけたまま旅をするのも土台無理な話で、結局は恥を忍んで頼むしかない。


 ドニは落し物を身につけようとした自分の浅はかさを呪った。ちらりと、あの赤毛の女が人の金を盗もうとしたりしなければ、とも思ったが、人のせいにするのはよくないと思いなおした。これは自分の愚かさが招いたことなのだ。であれば、受け入れるのが筋だろう。


 落としたことに気づいて、ここに取りに戻ってくるかもしれない。そこを待ち受けるべきかと考えたが、道の向こうでちらつく松明を見て、マックスが表情を引き締める。


「衛兵だ。さっきの住人の声を聞きつけたのかもしれん」


 闇にまぎれて、二人はその場を離れた。衛兵たちは気づいておらず、追ってくる気配はなかった。


「あの女を手分けして捜そう」


 二人は路地裏に体をもぐりこませていた。マックスは用心深く通りを窺っている。衛兵を警戒しているようだ。


「そう遠くにはいってないだろう、お前がまだ生きてるんだからな」


 腕輪の起爆範囲はそこそこ広いようで、移動している間も腕輪はおとなしいままだった。


「俺は街の西側を探す。お前は東だ」

「分かった」


 ドニは頷いて、左手首に視線を落とす。どういう理屈なのかは分からないが、腕輪と、対になるなにかとの間の距離が離れすぎると警告を発して、爆発する。鍵も、腕輪と対になるものも赤毛の女が持っていると考えるべきで、換言すれば警告が出る方向に彼女はいない、ということになる。これを利用すれば、大まかではあるが居場所を掴むことができるはずだ。


「彼女は腕輪が作動してることに気づいてるのかな」とドニは呟くように聞いた。

「期待はしないことだな。気づいてようがいまいが、あいつにとって俺たちは赤の他人なんだから」


 変態呼ばわりされたことを根に持っているのか、マックスは憎らしげな顔をした。ドニとしても、彼女に思うところはあるのだが、それにかかずらっている暇はなかった。この腕輪を外すことだけを考えなくては。


 狭い路地裏から体を押し出して、マックスは周囲を見渡した。衛兵の姿はない。彼らはあの住人の声を誤報として処理したのかもしれなかった。


「行こう」マックスは手招きした。「見つかっても見つからなくても、一時間後に宿屋の前で集合だ」

「なあ、マックス」


 駆け出そうとするのを、ドニは引き止めた。


「なんだ」と少し苛立たしげにマックスは振り向く。

「手分けして探すってのは効率の上で納得できるけど、爆弾抱えた俺から離れる口実にしてないか?」


 ややあってから、マックスは問いには答えずに跳躍し、民家の屋根に飛び乗ってドニの視界から消えた。






 ドニは夜の街を歩いた。


 時折通りかかる衛兵から身を隠し、赤毛の少女を探す。


 別に隠れる必要などないのだが、こんな時間に一人で歩いているのは衛兵から見れば怪しいことこの上ないと思ってのことだ。


 これまでのところ、腕輪に反応はない。つまり近くにいる、と言えるのだが、実際にどこにいるのかまでは分からなかった。


 街を彷徨うドニの目に、巨大な建造物が映る。


 薄い薔薇色の外壁は、街を囲う壁の何倍もの高さを以って聳え立ちながらも、細やかな装飾や彫像が設えられ、巨大でありながら繊細さを併せ持っていた。入り口や窓の上部は、どれも半円状のアーチ型になっている。建物の大きさや美しさはもちろんのこと、その輪郭も他に類を見ないものであった。というのも、建物の右側だけに高い尖塔が空へ伸びていて、左右非対称になっているのだ。


 自分の目的をしばし忘れて、ドニは目前の巨大建造物に目を奪われる。自分の口から感嘆の声が漏れるのにも気づかないくらいに。


 背後から足音が近づいてくる。その主に視線を向ける。彼女はフードを目深に被り、ドニへと近づいてきていた。間違いない、あいつだ。顔を視認できる距離で、彼女は立ち止まった。


「探したわよ」険を含んだ口調で、彼女は言った。

「奇遇だな、俺もだ」


 ドニは少女に体を向けた。


「じゃあ、私の言いたいこともわかるわよね」


 少女は静かに息を吸い込んだ。またあの魔法を使うつもりなのか。ドニは体をこわばらせたが、その予想は外れた。


「バッッッッカじゃないの、アンタ!? 確かにお金盗もうとしたのは私で、それは悪いと思ってるけど、だからって人の落としたものほいほい身につけるなんてどういう神経してるのよ! おかげでいままで生きた心地がしなかったんだからね! それはお互い様かもしれないけど、一体全体これからどうするつもりなのよ、どうやって落とし前つけてくれるのよっ!」


 べらべらとまくし立てる少女に気おされて、ドニはうろたえた。なにより、話の内容がまったくつかめない。腕輪を軽い気持ちで身につけたことについてはこちらに非があるが、それにしても怒りすぎではないのか。これはそれほどまでに貴重なものなのか。


「待て、待ってくれ、一体どういうことだ」


 フードを外し、少女はきっと睨みつけて、視線は外さぬまま怒気を帯びた足取りで歩み寄った。ドニの巨体に物怖じする様子は微塵もない。


「あんたが腕輪をつけたおかげで、私はこれをつける羽目になったのよ」


 少女は自分の首を指差した。そこには、ドニの腕輪と同じような、金属製の首輪がはまっている。


「まさか、それも爆弾なのか」

「そのことについては知ってるのね。その通り、あなたのつけてる腕輪と、ほぼ同じ機能を持ってるわ」

「俺が腕輪をつけたせいで首輪をつけざるを得なかった、と言ったな?」

「そうよ。この首輪と腕輪はね、お互い連動してるの。片方が作動し始めたら、もう片方も作動させなくっちゃいけない」

「そうしなかったら、爆発する、と」


 少女は頷いた。


「なるほど、爆発させずに外すには、二つ同時に、ってわけか。とんでもない玩具だな」


 相変わらず憮然とした表情で、少女は首を横に振った。


「……同時に外すのでなければ、どうやるんだ」


 嫌な予感がするが、ドニはそれを蹴り飛ばして、少女に質問する。


「そもそもどうやって外す気なのか、こっちが知りたいところ」

「外せないのか!?鍵を持ってるんじゃないのか」

「ないわよ、そんなもの」少女はさらりと言ってのけた。

「なん……だと……?」


 望みが断たれた。目の前がいっそう、暗くなった気がする。破壊することも、外すこともできない。つまり、これからずっと、この厄介な装飾品をつけたまま生きていくしかないのか。


「どうにかならないのかよっ!」


 あまりにも理不尽な運命に対して、ドニは怒りを吐き出すかのように叫んだ。


 どうしてこうなった。村からずっと歩いて、ようやく街へたどり着き、そこで女に奇怪な術で吹き飛ばされ、とどめに腕輪爆弾だ。


 神と呼ばれるものがいるのなら、聞いてみたかった。俺はそれほどの罪を犯したのか、と。


 少女はドニの怒りが自分に向いたのかと勘違いして、びくりと震えた。気丈に振舞ってはいても、岩のような大男が憤りを見せれば無理もないことだった。


「いきなり大きな声出さないでよ」


 落ち着いた表情を取り戻して、少女は長い髪をかきあげた。


「あたしはあんたのとばっちり受けただけなんだからね。怒りたいのはこっちのほうよ」

「人の金を盗もうとしておいて、か?」

 少女はばつが悪そうに声のトーンを落として、「だから、さっき悪かったって言ったじゃない」


 彼女は、少なくともそのことについては反省しているらしく、ドニはそれ以上責める気にはなれなかった。当然、彼女を衛兵に突き出すような真似もしない。そんなことは、やり場のない怒りを他者にぶちまける、いわば八つ当たりに過ぎず、何一つ得るものはない。どころか、時には有害ですらある。


 それよりも、もっと建設的な話をすべきだ。昂った感情を抑えて、そう考える。


「とりあえず、この腕輪はあんたの持ってる何かから離れると爆発するらしいんだが―――」

「伏せてっ!」


 少女が叫んだ。ドニはわけが分からずも素早く反応し、結果としてそれが自身の命を救った。一瞬前まで頭があった空間を、何かが勢いよく通り過ぎる。背後から、警告なしで行われた攻撃だ。殺す気で放ったと考えて間違いない。


 地面を転がるドニに緊張が走り、心拍数と血圧が上昇を始めた。


 攻撃が放たれた方向を、ドニは見やった。


「おやおや」首魁と思しき妖艶な女が、先端に鉤のついた鞭を弄んでいる。「いい反応だねえ。本気じゃないとはいえ、かわされるとは思ってなかったよ」


 襲撃者たちは、闇に隠れようともせず、松明の明かりに姿を晒していた。その必要はないとでも言うように。


 妖艶な女を中心として、いかつい樽の様な体系の髭面ドワーフ、狼頭の獣人に、棺桶を引きずる場違いなほど小柄な少女。それが襲撃者たちの陣容だった。


「あのデカいのが奴の傭兵ですかね、ママン」と獣人。手にはマックスのそれに似た銃を持っている。


「装備からして、ギルドの傭兵じゃあなさそうですが」

「わしらと同業にも見えん」


 ドニは髭面のドワーフがこちらに向けているものが、最初はなんだか分からなかったが、束ねられた銃身を見て、どうやらそれが銃の一種であるらしいと気づいた。大量の銃身から、これまた大量の鉛弾が吐き出される様を想像して身震いしそうになる。


「たった一人なんて、拍子抜け」


 耳の長い、矮躯の少女が呟いた。得物は持っていないようだが、その声色と周りの連中の反応から、彼女も襲撃者の仲間と考えるのが妥当だ。どういう経緯で彼女が彼らの仲間に入ったのか、ドニには分からなかったが、自分たちを殺そうとしているのは確かだった。


「何よ、あんたたち」


 少女が眉を吊り上げると、妖艶な女から笑みが漏れた。


「ふっふっふ、こいつは驚いた、あたしたち"赤い鉤爪"を知らない無知な田舎モノがまだいたなんてね」


 赤い鉤爪。門番が言っていた連中だ。彼らがここにいるということは、差し向けられた兵士たちは今頃屍になっていることだろう。


 噂だと八人組のはずだが、ドニが見る限り彼らは四人しかいない。兵士との戦いで消耗したか、どこかに身を潜めている可能性もある。


「次に聞きたいことは、何しに来た、ってところかしらね」

「悪いが、教える気はない」妖艶な女の後に、ドワーフが続けた。「どうせ死ぬんだからな」

「ヴィンツ、あの女、俺にやらせてくれよ」と獣人。「っていうか、あのデカいのも含めて、俺一人で大丈夫だわ。見た目どおり、素人だ。それに、お前の場合、男は死んでからが本番だろ」

 ヴィンツと呼ばれたドワーフが腹をゆすって笑った。「ホ!その通りだ」

「じゃああたしたちは」妖艶な女が、鞭を持つ手を動かした。空気を切り裂く音。「邪魔が入らないようにするよ」


 鞭の先端が、わずかに開いていた民家の扉に滑り込む。短い悲鳴が聞こえたと思うと、頭を割られた男がまろびでた。外の不穏な空気を察して、扉の隙間から覗いていたらしい。隙あらば衛兵を呼ぼうとしたかもしれないが、もはやそれも叶わない。


「パパ! パパ!」


 彼の息子だろうか、まだ年端もいかない少年が、亡骸に縋りついた。


 妖艶な女が舌打ちする。「五月蝿いガキだね」


 鞭の柄から先端へ向けて、橙色の靄がじわりと広がっていく。再び手を動かそうとする女に、ドニはやめろ、と叫んでいた。女は意に介せず、腕を振る―――その前に、何かに気づいたかのように夜空を見上げた。何かが降ってくる。女たちはその場から飛びのいた。


 血まみれの、ひょろ長い男が地面に激突した。男はすでに息をしていなかった。


「カンタン!」


 屋根の上で見張りと、場合によっては狙撃させるために配置しておいた仲間が、物言わぬ死体となって降ってきたのだ。女たちは瞠目せざるをえなかった。ただ一人、エルフの少女だけが冷ややかに死体を眺めていた。


「俺に銃を向けてきたからとりあえず殺しておいたが」


 聞き覚えのある声に、ドニは顔を上げた。


「やっぱりクズの仲間か。糞以下の匂いがする」


 立ち並ぶ民家の上に、マックスは立っていた。青い靄を体に纏って。闇の裏側にあるその表情を読み取ることはできないが、深い怒りを滲ませているのがドニには分かった。


 ドニはマックスを自分とは別種の人間として認識した。自分だけではない、門にいた衛兵たちとも、酒場にいたドラゴンボーンや他の客たちとも、そしてこの赤毛の少女とも違う。


 彼と自分たちを分けるもの。怒りの中に隠された気高さを、ドニは垣間見た。


 気高い人間。貴族や騎士と呼ばれる身分が、ここではない別の国に存在することは知っている。その多くが、特権を振りかざす唾棄すべき存在だとも。清廉潔白な領主も、苦しむ民衆のために剣を取る騎士も、物語の中だけの存在だと、そう思っていた。


「何者だい!」


 妖艶な女は、仲間を殺された怒りを燃やしている。


「ただの傭兵さ。きれい好きの」諧謔味のある口調で、マックスは答えた。「だから、あんたらみたいな薄汚くって臭ぇ連中見てると、まとめてゴミ箱にぶち込みたくなるんだよね」

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