Far road to lord/S.T.A.L.K.E.R(1)
疎らになった髪を棘のように逆立てた男たちが銃を向けてくる。恐怖に引きつった顔。近くで悲鳴が上がった。岩壁に反響して幾重にも聞こえている。それに銃声が絡み合って前衛音楽のようだ。
エジェリーは偶然見つけた野盗の隠れ家を、物資補給のために襲っているところだった。洞窟の中にあるそこには二十人ほどの野盗が住んでいた。雑多な武器に、粗末な衣服を着た典型的な無法者たち。いずれもエルフのようだ。この国では他の種族に山賊をやる自由すらも与えていないらしい。
つまるところ、こいつらはどこにでもいるクズだ。食料や武器弾薬を分けてくれといっても聞く気はないだろうし、そうするつもりもない。同族だろうが何だろうが知ったことか。
エジェリーは戦闘中にもかかわらず、ふと考える。こうした連中は、なぜ洞窟を住みかとして好むのだろうか。赤い鉤爪も洞窟の中にアジトを構えていたが、日陰者たちにはそういう共通性でもあるのだろうか。あいつらもクズだったな、と過去を思い返す。意力使いだっただけこいつらよりはましか。死んでしまったら何にもならないが。
野盗の銃が火を噴いた。弾は狙いを逸れた。人形を操る意力使いを前にしてマンデインのエルフたちは必死に撃ってきているが、効果的な攻撃とはいえない。恐れのせいで銃をうまく扱えないでいるのだ。
雑魚どもめ。エジェリーは人形の一体を自分の前に立たせて壁にする。等身大の首なし人形。それがエジェリーの武器であり、盾でもあった。
銃弾を食らって人形の背中が揺れた。だがその程度で壊れるほどやわではない。
エジェリーは指を動かした。他の首なし人形たちが男たちに襲い掛かる。指から意力を糸のように伸ばし、繋がった人形を操作することができる。それがエジェリーの意力作用だった。
ある人形は銃を撃ち、、ある人形は剣を振り翳す。銃弾をものともせずに戦う首なし人形たち。
地面が血で濡れる。球状のものが飛んできてエジェリーの足元に転がった。断末魔の形相を張り付けた野盗の生首だった。濁った眼球が裏返っている。
あらかた始末したか。エジェリーは洞窟内を見回す。灯りは山賊たちが設えたのだろうが申し訳程度のものしかなく、視界はあまり効かない。人形を操るには不便だ。姿勢を確認できない。ある程度なら意力の糸から、人形の姿勢や受けた衝撃を感じ取ることができるのだが、正確に動かすためには状態を視認できた方がいい。今後克服すべき課題だ。
入り口から隧道を抜けた先にある天井の高い、広間のような空間には死体と、死にぞこないが転がっていた。どこから持ち込んだのか、ぼろぼろのテーブルの上にはほとんど空になった酒瓶とグラスが散乱していて、カードがその下敷きになっている。その横には貨幣と紙幣が無造作に置かれていた。エジェリーが攻撃を開始したとき、彼らはちょうど賭けカードの真っ最中だったわけだ。馬鹿どもめ。エジェリーは薄く笑って野盗たちを嘲った。
奥には小屋が建っていた。正面に一軒、向かって右隣にそれよりも小さめのものがもう一軒。左側には長屋があった。長屋の方は雑魚どもの寝床だろう、とエジェリーは判断する。ではあとの二つは倉庫と――
そこまで考えを巡らせたとき、正面の小屋の扉が開いた。中から大柄な男が扉をくぐるようにして出てくる。獣のような眼が薄闇の中で爛々と光っていた。奴がボスか。体がでかくて強い奴がボスになる、オークもエルフも大して変わらないな。エジェリーはせせら笑った。それで自分たちは他の種族より優れているというのだから、救いようがない。
「なんだ、だらしねえな、みんな殺られちまったのか」
言いながら面倒くさそうに頭をかく男は、左手に何かを握っていた。じゃらりと重い音が鳴る。鎖だ。あれが奴の得物なのかと疑ったが、そうではなかった。
太い鎖の先には、両手足のない女が繋がれていた。黒い鉄製の首輪以外には何も身に着けていない。
いいな、こういうクズは大好きだ。舌なめずりしながら、エジェリーは胸の中で黒い靄が吹き上がるのを感じる。クズをぶち殺すのは楽しい。
男は首を動かして敵を探している。人形を見つけて、その動きが止まった。
「お前ら、領主の兵隊じゃあねえよなあ」
野太い、威嚇するような声で男が言った。薄暗いせいで人形だとは気付いていないらしい。好都合だ。エジェリーは指を動かし、人形へ命令を送った。銃声。無数の拳銃弾が肉を抉る。囚われの女の肉を。男は咄嗟に、自分の奴隷を盾にしていたのだ。
「糞がっ」
動かなくなった女を投げ捨て、男が銃を抜いた。大型の回転式拳銃を人形に向けて撃つ。爆発したような銃声。弾が直撃し、人形が転倒した。大丈夫だ、まだ壊れてはいない、とエジェリーは糸を通して伝わってくる感覚でそう判断する。自分の方が撃たれていたらまずかったかもしれないが。
「なんだ、こいつ首がねえっ」
撃ってからようやく男が驚きの声を上げた。
遅いんだよ、間抜け。エジェリーの操る人形たちはすでに男を取り囲んでいた。男の顔が焦りに歪む。首なしの異形たちが無音の叫びを発した。
男の表情が焦りから怯えに変わった瞬間、その顔が膨れ上がり、そして破裂した。太い手足がはち切れて血が噴き出す。胴から飛び散った長い紐のようなものは、彼の腸だった。巨躯が瞬く間に赤い粘液質の液体と肉片に置き換わった。エルフだったものの残骸は地面にぶちまけられ、湯気が立っている。まるで内側から熱せられたかのように。
居座っていた山賊たちはこれで全部か。エジェリーは略奪に移った。食料、水、金、武器弾薬、それから人形の補修材になりそうなものをかき集めてずた袋に放り込む。首なし人形の一つに服を丸めたものを乗せ、さらに帽子を目深に被らせて荷物持ちにし、他の人形は棺桶に戻らせた。棺桶につながっている紐はエジェリーが握る。不測の事態に備えるためだ。
敵の排除を含めて、補給作業は三十分ほどで終わった。エルフの国であるウィ・ノナでは、同じくエルフであるエジェリーの行動を阻害する要因はあまりない。とはいえ、さすがに幼い少女が棺桶を引きずりながら歩いていると怪しまれるのは免れない。よって、物資の調達はこうした無法者のねぐらからの略奪に頼っていた。
来た道を引き返し、洞窟から出る。太陽が眩しい。エジェリーは額の上に手で庇を作り目を細める。太陽は嫌いだ。月も、星も、みんなみんな。
エジェリーは未だに、自分を倒した傭兵、マックスの追跡を続けていた。街角で聞いたラジオ報道を頼りにドワーフ自治領にも行った。あいつの行くところには争いが絶えない。自治領ではエルフは歓迎されず、マックスもいないようだったためすぐに立ち去ったが、収穫はあった。
奴は東へ向かっている。
スタスオーグから一貫して、マックスたちは東へ移動しているのは明らかだ。いきおい、次はウィ・ノナへ行くことになる。
故に、エジェリーはその後を追い、ウィ・ノナへ辿り着いたのだった。
しかしウィ・ノナは広い。エジェリーは洞窟を後にし、歩きながら考える。この国にいるはずだ。だが、どこにいる。どこでなにをしている。
奴が行くところ戦いが起こるのなら、それを待てば……いや、駄目だ。これまでそうやってきて、結局捕捉できずにいる。それにウィ・ノナでは噂が広まるのは遅い。旧世界技術……ラジオが普及していないせいだ。放送局もない。くそったれエルフどもが、それぐらい用意しておけ。
焦燥感を抱えながら、エジェリーは歩を進めた。洞窟から歩き続け、林を抜ける。すぐそこに街道があったはずだ。そう、とにかく、東だ。東に向かえば引き離されることはないはずだ。
「マックス……絶対に、見つけて、倒す……お前は、わたしの、ものだ……」
そんな言葉が口から洩れた。疲れているのだ、とエジェリーは自覚する。最近夜通し歩き詰めだ。馬でもあればいいのだが。
街道に入ったところで、あたりが暗くなった。違う、何かが上にいる。かなり大きい。反射的に身を翻し、林の中に戻る。荷物持ちの人形に戦闘準備をさせ、他のものも棺桶から起こす。
翼が空気を叩く音が聞こえている。何なんだ、いったい。エジェリーは手近な木に身を寄せて上を見る。上枝の間から翼竜がゆっくりと降下しているのが見えた。大きい。胴体だけでちょっとした小屋ほどはある。首や尻尾を含めればかなりのものだろう。その翼が生み出す風圧が埃を舞い上げ、木々を揺らしている。
翼竜が優雅に着地した。街道の真ん中に降り立ったそれは馬のように首を下げる。と、背中に人が乗っているのに気付く。
男らしき人物が、翼竜の背から飛び降りた。白いローブと同じ色のマントを羽織っている。実際には同じく白く平坦な仮面で顔を隠しているため、身長から性別を推し量ったに過ぎない。もしかしたら女かも知れないが。わかるのはエルフということだけだ。仮面の横から長い耳が伸びている。その後ろ側に生えている髪は、やはり白だった。
全ての人形の準備を終え、エジェリーは相手の出方を伺っていた。このあたりは林があるだけで、他には何もない。目当ては、まさか自分なのか。疲労感を押し破り、意識が戦闘に指向していく。どうやって探知したのか。いや気づかれているのなら隠れていても意味がない。先手を打って――
「おやめなさい」
仮面の人物が、言った。声はやつれたような男の声だ。仮面の、目の部分に開いた横に長い切り欠きの下から無感情な瞳がじっとこちらを見据えている。
「私はあなたと敵対するつもりはありません」
胡散臭すぎる。すぐに攻撃してこないのは、こちらを油断させるつもりだろうか。とりあえず攻撃してから質問することにしよう。首なし人形たちに得物を構えさせる。
「……私は、おやめなさい、と申し上げましたが」
男の声がわずかに鋭さを帯びた。首筋に何かがくっつくような感触。攻撃か。エジェリーの全身に緊張が走る。だが痛みはなかった。仮面の男もそれ以上のことをするつもりはないようだ。
「十秒以内に武装解除すれば、危害は加えません。それから、意力使いのようですから言っておきますが、障壁で防げると思わない方がいいでしょう。その子はすでに障壁の内側にいます」
癪に障る。上から物を言いやがって。しかし、自分の命はすでに握られている。ハッタリの可能性もあるが、賭けにしては分が悪い。
エジェリーは舌打ちし、人形に武器を捨てさせた。自分の武器も地面に落とす。
「応じて頂き、感謝します。それからもう一つ、林から出てきていただけませんか。念のため、手は上げたままでお願いします。人形は箱にしまってください」
人形のこともわかっているのか。これでは奇襲は無理だ。要求に従い、エジェリーは渋々林から出た。仮面の男の十歩ほど前で止まり、横一列に並んでから人形を箱に戻した。仮面の男は黙ってその様子を見ていた。
仮面の下から覗く瞳が不気味だった。とりあえず、体目当ての変態ではないのは確かだ。だが。エジェリーは断崖の縁に立ってしまったかのような違和感を覚えた。こいつはいったい何者だ。何が目的だ。
訝っていると、首筋についていたなにかが離れた。攻撃的な橙色と黒で彩られた、親指大ほどの昆虫が羽音もなく仮面の男の方へ飛んでいく。
やられたっ。やはりブラフだったかっ。一瞬後、エジェリーはその認識を改めた。潜んでいた林の中から同じ虫が群れを成して仮面の男の元へ集まっていく。百匹か、それ以上か。
「美しいでしょう」と仮面の男が言った。「意力で変性させた毒蜂です。私はこれをヴェスパと呼んでいます。小さい割に力は強いですよ。針を打ち込む力は、ちょっとした拳銃弾にも匹敵します。いくらあなたでも、この数に一度に襲われればひとたまりもなかったでしょう」
仮面の男は淡々と説明する。毒蜂の群れはエジェリーを見下ろすように、男の頭上にとどまっている。おかしなことをしたら殺す、という意思表示だろう。悔しいが、言っていることは正しい。いまのところはこいつに従うしかないようだ。
「それで、私に何の用だ」
エジェリーが聞いた。
「さきほど、あなたは『マックス』と言ったのですか」
仮面の男は質問に質問で返してきた。
先に質問したのは私の方だろう。苛立ちを募らせつつも、エジェリーは答えた。
「ああ、言った。言ったがどうした」
「その人物は茶色い髪に灰色の瞳の、無精髭を生やした自称傭兵のことではないでしょうか」
なぜ、そのことを知っている。スタスオーグで戦った意力使いの姿を思い浮かべ、エジェリーの頭が一気に熱くなる。
「お前っ、お前はあいつとどういう関係だっ。奴はどこにいるっ」
気づけばエジェリーは叫んでいた。我を忘れ、仮面の男に詰め寄ろうとしたところで毒蜂に遮られ立ち止まる。糞っ、忌々しい虫けらめ。人形さえ使えればこんなものさっさと皆殺しにして、拷問してでもマックスの居場所を吐かせてやるのに。怒りに似た感情でエジェリーの眉が釣り上がる。
「その様子だと、彼に恨みを持っているということで相違ありませんね」
やはり淡々とした口調で仮面の男が聞いてくる。
「……そうだ」
エジェリーは頷いた。素直に答えるのは気乗りしないが、ここは仕方がない。無理やり吐かせることができないのなら、何とか聞き出すまでだ。
「フムン……アクターは多い方がいいか。ちょうど私の方で使える手駒が必要と思っていたところだ。お誂え向きではある」
仮面の男は呟くように、独り言のような台詞を吐いた。その瞳はすでにエジェリーを見てはいなかった。濁り、疲れ切った目。それはもっと別のものを見ているような気がする。
こいつの放つ違和感の正体は、それだ。エジェリーは気づいた。行動原理が全く読めないのだ。自分に接触してきた目的以前に、何を思って生きているのかが、皆目見当がつかない。破壊や殺戮ではないだろう。もしそうなら、自分はすでに死んでいる。女や金、名誉が目的とも思えない。ここまでくると本当に同じ生き物であるのかすら疑わしいほどだ。
やがて、仮面の男が言った。
「いいでしょう、採用です」
意味が分からない。いったい何の話だ、この野郎。私にもわかるように話せ。エジェリーは怒りをこらえて男の次の言葉を待った。
「あなたの恨みを晴らす手伝いをしてもいいでしょう。私は、マックスの居場所を知っています。まあ実際には、彼と会ってからはあなた次第、ですが」
「……ずいぶんとあっさり話すんだな」
疑惑を込めてエジェリーは言った。
「隠しても仕方がないことですからね」
そう言って仮面の男は手をかざした。彼の周囲に浮いていた毒蜂たちが、翼竜の首に括り付けられた箱の中に入っていく。自分の話を盗み聞きしていたことと、虫を操る能力からして、こいつも意力使いだろうとエジェリーは推測した。
翼竜の背に飛び乗り、仮面の男が手招きする。
「乗りなさい」
「その前に一つ聞かせろ。お前は何が目的だ。私の手助けをしてお前に何の得がある」
仮面の男は即答した。
「私はただ、この世で最も価値あるものを手に入れたいだけです」
こいつの言っていることは何一つわからない。頭がおかしいのだろうか。だがエジェリーにはもはやついていくしか道はない。頭がおかしかろうとなんだろうと、奴ともう一度戦えるのならそれでいい。
「……わけの分からない奴だ」
エジェリーは言い捨てて、翼竜に近づいたところではたと気づく。
「おい、私の人形はどうすればいい。このままここに置いていくのか」
せっかく作り直したのだ。また武器を失うのはごめんだ。
「箱に入れたままにしておいて下さい。この子に運ばせます」
仮面の男は翼竜の背を撫でながら言った。翼竜は長い首を動かし、爬虫類特有の縦長の瞳をこちらに向けている。
訝しみながらも、エジェリーは翼竜の背に乗った。座乗用の鞍が取り付けられていて、乗り心地は悪くない。
と、翼竜が喉を震わせた。翼を大きく広げ、羽ばたく。周りの木々がざわめいた。浮き上がる。翼竜は浮いたまま器用に位置を変えて、足で人形の入った箱を掴んだ。翼竜にここまでのことができるとは思っていなかった。よく訓練されているのか、それともこれも仮面の男の意力作用なのか。
翼竜はさらに羽ばたき高度を上げる。高く、高く。地平線が見えるほどに。
「どこへ向かうつもりだ」
エジェリーは尋ねた。風を受けて翠色の髪が躍る。
「コルノという都市へ向かいます。私の見立てでは、マックスたちはそこへ来ることになっています」
仮面の男は振り返らずに答えた。羽ばたきの音で聞き取りづらいが、エジェリーはなんとか言葉を理解することができた。
どうやらこいつは本当に奴の行方を知っているようだ。こいつの目的はきになるが、利用したければ利用するがいい。私は私の目的のためにお前を利用するまでだ。
なんであろうと、この機会を逃す手はない。復讐の予感を覚えるエジェリーの視界の中に、流れる冷たい青空が映っていた。




