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Far road to lord/Slayers(6)

 エリーゼ、か。


 ベッドの上でマックスは天井を見つめている。村長の家は村でも一番大きく、来客用の部屋も備えていた。寝床として与えられたのはその一室だ。ドニとファニアも、それぞれ別の部屋を与えられている。調度品もそれなりに整っていて、アルマーニュの宿屋にはさすがに劣るが、ベッドの質に文句を言うつもりはなかった。どこでも寝ることができるのは良い兵士の第一条件だ。


 ノックの音が聞こえた。ドニがドアから顔を出す。


「外の見回り、行ってくるよ」


「おう、気を付けろよ」


 ベッドからわずかに上体を起こして、マックスは答えた。


 敵の攻撃は切り抜けたが、夜に再攻撃をかけてくる可能性は否定できない。そういうわけで、マックスたちは交代で村の見回りをやることにしていた。夜中に人間が村をうろつくことをエルフたちは快く思わなかったようだが、アガタがなんとか認めさせたのだった。村長亡き今、村の実質的な権力者はエリーゼの後見人的立ち位置にいる彼女になる。


「ところでさ、マックス。ウィ・ノナについてからずっと気になってたことがあるんだけど」


「なんだ。俺に答えられることなら答えるが」


「ファニアがさ、絶対に自分の正体をエルフたちに明かすなって、何度も念を押してくるんだ。どうしてだい」


 ファニアは一見すると普通の人間のように見えるが、実は白い翼を持った翼人だ。マックスは思わず吹き出す。そういえばそうだった。


「ウィ・ノナの宗教のことはよく知らないんだったな。ま、知らん方がいい。ウィ・ノナから出たら話すよ」


 ドニの表情が憮然としたものに変わる。


「なんだよ、それ。俺にだけ秘密なのかよ」


「安心しろよ、ちゃんと教えてやるからさ」


「約束だからな」


 そう言い残してドニはドアを閉めた。


 改めてベッドに身を横たえる。考えるのは護衛対象の少女のことだった。あの名前は。綴りまで同じとはどういう偶然か。護衛対象の名前を情報部は知っていたのだろうか。あの時に質問しておくべきだったのか。いや、知っていようといまいと同じことだ。任務は果たさなくては。


 マックスはアルマーニュ連邦共和国の首都、べアリーンで任務を受領したときのことを思い出していた。





「あなたは何を考えているのですか」


 テーブルを挟んで座った、細い眼鏡をかけたエルフの女が強い口調で言った。マックスは立ったままだ。叱責を受けているようなものだった。


「任務に関係ない、しかも大勢が見ている前で戦闘を行うとは。下手をしたら合衆王国に不利益をもたらすところだったのですよ」


 女の名前はヴェロニカ・サンダンス。二十七歳にしてアルビオン合衆王国陸軍中佐に上り詰めた才媛であり、表向きはアルマーニュ連邦共和国駐在武官として活動している。銀色の髪を後ろで纏めた、怜悧そうな顔立ち。軍服姿が異様に似合っている。氷の美女、とでも形容するべきだろうか。チーフ・オドンネルから聞いていた通りの容姿だ。キーン軍曹が一度お目にかかりたいと言っていたが、まさか自分が先に会うことになろうとは。


「聞いているのですか」


「はっ、猛省しております」


 ヴェロニカが言っているのは、アルマーニュ連邦共和国ドワーフ自治領での件だ。反ドワーフ団体、ポリクラブが自治領を攻撃し、その場に居合わせたマックスが成り行きと個人的事情によって、これを撃退したのだ。


 だが、今思えば浅はかだった。傭兵と身分を偽って活動している以上、任務以外での戦闘は慎むべきだった。幸い大事にならずに済んだものの、外国の工作員がドワーフとつるんでいたとあってはアルマーニュ内外で波紋を呼んでいたかもしれない。もとはと言えば情報部からの依頼を受けたせいでそうなったのだが、それだって元を辿ればこちらに原因がある。


 ラッスィーヤ帝国に向かう途中偶然知り合った女が影の兵に追われていて、その依頼主の始末を情報部のエレクサゴン支部に頼んだのだが、丁度いいからアルマーニュ支部に手を貸せ、と言われたのが事の始まりだ。


 アルマーニュの情報部の指示はドワーフ自治領の関係者と接触し、その依頼を実行することと、ポリクラブがどこの国からどれだけの支援を受けているか確認し、可能なら補給品目録を回収することだった。マックスはそれらを完璧に実行した。


 いや、さらに遡れば乗った列車が野盗に襲われたことか。あそこがケチのつきはじめだ。仕方なく迎え撃ったのだが、その戦闘中に食料その他諸々の荷物を失ってしまったのだ。不可抗力とはいえ現地当局の追及を避けるため、走る列車の上から飛び降りもした。そこから、失った荷物の代わりを手に入れるため、オークに襲われそうになっていた村を助けて、ドニと出会って……。思い返すと何かに呪われているとしか思えない道行だった。憂鬱になる。


 ヴェロニカの話はまだ続いている。


「私個人から言わせれば、あるまじき行為です」


 そこまで言ったとき、釣り上がっていた彼女の眦が少し、緩んだ。


「が、スペンサー様はこの件に関して、あなたの行為は人道的に理解できるものであり、また、やむを得ない正当防衛であったと判断し、不問にすると仰っています。寛大な措置に感謝することですね」


 マックスは内心で苦笑した。スペンサー様に貸しを作ってしまった。本人は気にするなと言うだろうが、やはり申し訳なく思う。


「ところで、先の任務で入手した目録は」


「こちらです、中佐殿」


 荷物の中から小冊子を引っ張り出して、ヴェロニカに渡す。ご苦労、とだけ言って彼女はページをめくっていく。


「あなたはこの内容を見ましたか」


「はい、確認してあります。ポリクラブを支援していたのはラッスィーヤ帝国と思われます」


 目録によれば、武器弾薬、装備品の多くはラッスィーヤから運ばれたことになっている。それだけなら個人的な横流しの線も疑えるが、それにしては規模が大きすぎる。それに。マックスは自治領で戦った意力使いのことを思い出す。空間を操る意力作用。自分の腕を切り落としてみせた男。彼の喋りに含まれていたのは、典型的なラッスィーヤ訛りではなかったか。


「まあ、そうなるでしょうね」ヴェロニカは目録を閉じた。「やはりラッスィーヤはポリクラブを支援し、間接的にアルマーニュを混乱させようとしていたわけね」


 ラッスィーヤは大陸東部に位置する国だ。十年ほど前から領土的野心を抱き始め、近隣の小国を次々と併合、侵略し、版図を広げている。今回持ち帰った情報は、その牙がエルフの王国に打ち勝った強豪国、アルマーニュにも伸びてきていることを示唆している。


 この情報をスペンサー様はどう使うのだろう。マックスはそのことが気になった。おそらく、ラッスィーヤが手を出してきているという情報は、捕縛したマルティンからアルマーニュにも伝わるだろう。ならば自分がこんなものを盗み出す必要はなかったのではないだろうか。物的証拠として使うつもりなのだろうか。


 そういえば。目録を見て不自然に思った点がまだあった。


 それは、通信機などの旧世界技術を用いた品が多いということだった。ラッスィーヤと教会の関係はあまりよくない。ウィ・ノナと国境を接しているからといって、拡張政策を続ける国を支援するのもなんだかおかしい。


 まさか、ラッスィーヤは自力で旧世界技術を取得したのではなかろうか。スペンサーも同じ疑念を持ち、確認のために情報部にポリクラブを探らせていたのでは。この推測が当たっていれば、かつては小国に過ぎなかったラッスィーヤの快進撃も納得がいく。自分の本来の任務とも無関係ではない。


 マックスはそこで思惟を打ち切った。ヴェロニカが別の話を始めたからだった。


「任務完了ご苦労、と言いたいところですが、さっそく新たな任務が入ってきています」


「また、ですか」


 顔には出さないつもりだったのだが、辟易とした心情が声に滲んでしまう。しまったな、とマックスは思う。直属の上司ではないとはいえ、相手は中佐だ。オドンネルは言っていなかったが、この歳でこの階級ということは間違いなく幕僚大学を出ている。すなわち、貴族である可能性が高い。経歴だけでなく、そう感じさせる雰囲気を彼女は持っていた。貴族に睨まれるのはごめんだ。またスペンサー様に迷惑をかけてしまう。


「あなたの気持ちはわかります」


 ヴェロニカは言った。マックスの予想とは裏腹に、声音は腹を立てておらず、言葉の内容もそうではなかった。


「しかし今回の案件は、スペンサー様直々のものです。最優先に実行せよ、と」


 マックスは眉を持ち上げた。スペンサー様直々の任務か。だが内容を聞く前に質問しておく必要がある。


「それは、自分がやらねばならぬことなのですか。情報部のエージェントに任せればいいのでは」


「スペンサー様は現在、大陸で使用可能な最小限かつ最大の戦力を投入されることに決定しました。そうでなければ果たせないと判断なさったからにほかなりません」


 要するに、ちょうどいいところにいるから行ってくれ、ということではないのか。本来の任務はラッスィーヤに向かうことだ。その途中で、あれやこれやと巻き込まれて、結果として自分はここにいる。やっぱり何かに呪われているのではなかろうか。


 マックスはため息をつきそうになって、やめた。領主直々の任務を拒否する自由など自分にはない。


 人の心情など知らぬげに、ヴェロニカは封筒を取り出し、テーブルの上に資料を広げた。それからマックスに椅子に掛けるように手振りで促す。マックスはそれに従った。長い話になりそうだ。


「あなたには、ウィ・ノナに向かってもらいます」


 ヴェロニカが静かに告げた。


「ウィ・ノナ東部のポドラスキ地方で、領主が死に、代理である領主の第一夫人も死に、領主不在の状況となっています。当該地域の領土相続権を持つ者が二人いるのですが、あなたは、その片方を護衛することになるでしょう」


 なんだかおかしな言い回しだ。任務内容としてはまあ、わかる。合衆王国がよその国に秘密裏にちょっかいをかけるのはよくあることだった。大方、次期領主に恩を売っておいて傀儡化とはいかないまでも、様々な便宜を図るよう要請するのだろう。島国である合衆王国は大陸での利権をいつでも欲している。


 だが、護衛することになるでしょう、とはどういうことだ。


 ヴェロニカは続けた。


「もちろん、護衛は表向きの任務です。だからといって疎かにしていいわけではありませんが。あなたに課せられるのはもう一つ、次期領主候補の対抗馬を始末することです」


「濡れ仕事、というわけですか」


 濡れ仕事とは、ようするに暗殺のことだ。マックスの所属する部署が受け持つ任務の一つが、まさにそれだった。おかげでこの部署は『殺し屋部隊』などと呼ばれている。殺し以外の仕事の方が多かったりもするのだが、ともかく、外部からはそういう印象を持たれている。


「そうなりますね」


 わけもなく、ヴェロニカは首肯した。


「まず、留意すべき点として、この任務は通常のものとは性質が異なります。というのも、ウィ・ノナの宰相グジェゴジュからの要請によるものだからです」


 地方領主からではなく、宰相からの要請か。大方、アルマーニュとの戦争を仲介したときの伝手を頼ってきたのだろう。ウィ・ノナは大陸中の国からよく思われていない。地理的に遠いアルビオンはまだましな方だった。


 しかし王国の宰相が、自分のところの領主候補、つまりは貴族を始末しろと言ってきたのか。いかにも裏がありそうな話ではないか。そんなマックスの思考を察したらしく、ヴェロニカは淀みなく話し続ける。


「暗殺対象者は、イレナ。あの貴族擁護委員の一員です。彼女は貴族擁護委員の中で最も残忍で、多数の奴隷を処刑してきました。グジェゴジュとウィ・ノナ貴族たちはそれが気に入らないようです。知っての通り、ウィ・ノナでは奴隷は重要な労働力であり、資産です。それを貴族擁護委員の特権を以て、手当たり次第に殺しまわる彼女は、邪魔なんですよ。年間で他の擁護委員全員を合わせた分よりも多く殺しているのですから」


「それなら王なりなんなりが止めるか、始末すればいいでしょう」


「イレナには王族の血が流れています。あなたもわかっているでしょうが、貴族というのは人気商売なのですよ。王だって親族殺しの汚名を被りたくはありません」


「……だから、領土争いを利用して外部の者に始末させよう、ということですか」


 嫌な話だ。


「ま、貴族というのはそういうものです」


 自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。マックスはそう思いつつも別の質問をした。


「護衛対象について聞きたいのですが、領土争いにかこつけた暗殺なら、護衛は形だけ、と考えていいのですか。先ほど護衛も疎かにしてはならない、と仰られていましたが」


「護衛対象も王族の係累です」


 その言葉を聞いた瞬間、背中を冷え冷えとしたものが通っていった。つまるところ、貴族の、しかも親戚同士で殺し合いをさせる気なのだ。グジェゴジュという宰相の人間性を疑う。いや、人間の人間性に期待しない方がいい。いや相手は、正確には人間ではなく、エルフだったか。


 なんにせよ、その任務を行う自分も人のことは言えないな。マックスはそう思った。


「王族の血縁者同士が領土を巡る戦いで命を落とすのならば、同族殺しの誹りを受けることもありませんから、いい手ですね。私でもそうします」


 冷淡な口調でヴェロニカは寸評した。どうやら彼女は見た目通りの人物らしい。


「さて、質問に答えましょうか。グジェゴジュの要望は、護衛任務も必ず達成すべし、ということです。ポドラスキ地方は王国の東……すなわち、ラッスィーヤ帝国に近い側にあります。政治的に不安定な状態が続けば、帝国に付け入る隙を与えることになるでしょう。今回の任務には、そうした意図も含まれていると思われます」


 そこで言葉を切ってから、ヴェロニカはテーブルに置かれていたポットに手を伸ばした。カップに紅茶を注ぎ、一口啜ってから続ける。


「任務の説明に移ります。まずはポドラスキ地方のトゥロスル村で、アガタという老婆に接触しなさい。彼女は護衛の依頼人ということになりますね。アガタからの要請を受け、グジェゴジュが動いた、という形です。あなたの立場はグジェゴジュが護衛のためによこした、フリーの傭兵ということにしておきなさい。彼女は暗殺の件は知りませんから、傭兵契約交渉の際に、イレナの殺害をも請け負うように誘導して下さい。もちろん、この時グジェゴジュについて話してはいけません」


 マックスは机上の資料に目を通しながら話を聞いている。紅茶の匂い。紅茶が飲みたい。だが我慢する。


 イレナの顔写真を確認する。長い金髪を縦に巻いて、険のある顔立ちをしている。だが、一応美人と呼んで差支えなかろう。エルフの証拠である長い耳が伸びている。年齢は二十代前半から半ば程度か。写真が張り付けられた紙には、確認された限りでの彼女の部下や交友関係などが記載されている。


 部下には騎士が数人いた。名前の横に脅威度が五段階で示されている。Aランクが少しいるだけで、他はBかCランクだ。Sランクはいない。やってやれないことはないだろう。一度に複数人が襲い掛かってきたり、他の貴族が騎士を貸し出してきたら話は別だが。


 次にマックスは護衛対象の資料に視線を落とした。こちらの顔写真はない。文章で生い立ちなどが列挙されているだけだ。先代領主の忘れ形見。年齢は十四歳。女性。まだ子供じゃないか。名前は書いてない。これは情報部の怠慢ではなかろうか。ま、護衛対象の名前などさして重要ではない。会えばわかるのだし。この時のマックスはそう考えていた。


 護衛対象について目を引いたのが、彼女が意力使いであるという点だった。なるほど、これはイレナが始末したがるはずだ。話し合いで次期領主を決めるとなった場合、前領主の娘で、しかも意力使いである方に正当性があると多くの貴族は判断するはずだ。エルフにとって、意力は神から与えられた神聖な力なのだから。イレナの資料と見比べる。彼女の方はマンデイン……意力を使えない、ただのエルフのようだ。


「他に質問はありますか」


 ヴェロニカが問うた。


「二つあります」マックスは言った。「まずイレナの部下は、ここに記載されているもので全てなのですか。それからポドラスキ領軍はどう動くのでしょう」


「ポドラスキ領軍は静観を決め込んでいます。グジェゴジュが手を回したようです。それからもう一つの質問についてですが……不確定部分があります」


「それは、なんですか」


「数年前から、ウルリックがイレナと複数回接触しているようです。彼が彼女の家臣になったかまではわかりません」


 ウルリック。その名を聞いた瞬間、マックスは思わず顔をしかめた。


 ウィ・ノナ最強の騎士、ウルリック。御前試合において並み居る強豪騎士三百人をただ一人で打ち破った男。そして、チーフ・オドンネル曰く『頭に超がつく滅法強いド変態』。


 マックス自身はウルリックについては噂程度でしか知らないが、オドンネルをして強いと言わしめるほどだ。相当の強者であることは容易に想像がつく。変態とはどういうことかは置いておくとして。


「自分一人で護衛をしつつウルリックの相手をしろ、と」


 文句のつもりではなく、純粋に質問としてマックスは言った。ヴェロニカは顎を撫でながら答える。


「現地のエージェントにも間接的にですが、支援させます。それに、あなたは頼りになる仲間を連れているではないですか」


 言葉の後半はドニたちのことを言っている。上層部には傭兵として彼らに雇われている、ということにしてある。意力使いであることも報告済みだ。仮の姿を補強するにはいい隠れ蓑だ、と彼らも判断したのか、いまのところ追及はされてこなかったがここで突かれるとは思っていなかった。いや口ぶりからするとただの嫌味か。


 マックスは受け流しつつ、改めて聞いた。


「それだけですか。他に支援は」


「『殺し屋部隊』のメンバーにしてはずいぶん弱気な発言ね。ま、いいわ。どんなものがお好みかしら。デイビッド戦車一個中隊、それとも砲兵支援がいいかしら。翼竜兵爆撃でも話だけなら聞いてあげるわよ」


 彼女は言外に、これ以上の支援は出せない、と言っているのだ。結局こうなるのか。マックスは少しうんざりする。だが、任務は任務だ。全身全霊で果たす。


 ただ、それはそれとして、目の前の中佐にちょっと仕返ししてやらなくては。上官をこけにしてやると体の調子が良くなる、と教えてくれたのは誰だったか。ゴードン曹長か。マックスの中で悪戯心が顔を出す。彼が言っていたことが本当か、確かめてみよう。


「いえ、もっと重要な援護です」とマックスは小さく頭を振った。


「ふぅん、それはどんなものかしら」


 マックスは微笑を浮かべて、胸の前で十字を切った。


「神の祝福ですよ」


 苦笑いを浮かべるヴェロニカを見て、胸がすく気分だった。微笑の意味が別のものに変わる。


「今度からまめに礼拝に行くことね。正直、いま大陸で動かせる人材は少ないのよ。迷惑をかける、とスペンサー様があなたに伝えるように言っていたわ」


 そこでヴェロニカは何かを聞きたげな顔をした。それもそうだ。たかが一兵士に、領主が名指しでそんなことを言うのは普通だったらありえないからだ。


 だが、ヴェロニカは別のことを言った。


「質問がなければ行っていいわ。……ああ、あと、隣の部屋に装備を見繕っておいたから、好きな物を持っていきなさい」


「ありがとうございます」


 マックスは席を立った。よし、ここで駄目押しにもう一撃だ。


「と、その前に。中佐殿、自分も喉が渇いていて……よろしければ一杯頂いても構いませんか」


 ポットを指さし、マックスは言った。


「ええ、構わないわ」


 ヴェロニカがポットとカップをマックスの方へ押しやる。


「いやあ、ありがとうございます、中佐殿」


 また微笑を作り、マックスはポットを手に取った。そのままポットの蓋を開け、大口を開けて中身を口に流し込む。いい茶葉を使っているな。さすがに領主館のものには及ばないが。


 空になったポットを置き、ヴェロニカを見やる。さすがに呆気にとられているようだ。


 ゴードン曹長が言っていたことは正しかった。勝利の余韻に浸りながら部屋から出ようとしたところで、ヴェロニカが背中越しに言う。


 それは、彼女の反撃だったのだ。


「ところで、ダスク」


「はい」


 自分の暗号名を呼ばれて、マックスは振り返る。


「あなたのその無精髭、自分ではどう思ってるか知らないけど、似合ってないわよ」





 マックスはそこで回想をやめた。


 エリーゼと同じ綴りの名を持つ少女の顔を思い浮かべる。


 彼女のまなざしが、つらい。


 自ら望んで戦士になったのに。


 俺はなぜ、こんな思いをしているのだろう。


 これだけ強くなったのに。むしろ、強くなればなるほど、心の痛みが増している気がする。


 ……余計なことを考えるのはやめよう。いまは任務に集中しなくては。村の警戒はドニがやってくれている。次はマックスの番だ。それまでの間に体を休めておかなくては。


 目を閉じると、マックスはすぐに眠った。どこでも眠れるのは良い兵士の条件だ。

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